第593話 おてんば娘との再会
記者ギルドへ訪れ今後の予定を伝えれば、王城にはすぐさま連絡を入れてくれるとのことだった。
ならば、この街で宿泊してから翌日城を訪れれば十分だろう。今日リアスエクを訪ねても急すぎるだろうからな。
モーダンで停泊の様子を最前列で見たいのは確かだが、何もすぐに交易船が到着するわけではない。私達ならばギリギリになってからでも十分間に合うだろう。
ただ余裕を持っておきたいのだ。
それに、モーダンには知り合いがいないわけでもないからな。
タスクやオスカーは現在どうしているだろうか?オスカーは腕を上げているだろうか?タスクはあれからジョゼットと何か進展があったのだろうか?
気になる点はいくつもある。
そんな疑問を解決するためにも、なるべく早くモーダンに立ち入りたいのだ。ティゼム王国からアクレイン王国に訪れている貴族というのも気になる。
ジョゼットの所に顔を出しても構わないのだが、彼女のことだ。1泊ぐらいしていったらどうかと聞いて来るに違いない。
彼女の屋敷には魅力的な海外の趣向品(主に飲食物)があるからその魅力に抗うのは大変なのだ。顔を出さずにモーダンへと移動する所存である。
さて、この国境都市は魔大陸の品を海外へ輸出するために魔大陸中の国から商人達が訪れている。そしてこの国境都市にも卸されている商品があったりする。
つまり、私が今まで訪れた国の趣向品がこの街でも手に入るということだな。
今しがた、サウズビーフの塊肉がチラッと視界に入ったのを、私は見逃さなかった。
卸されたのは料理店ではなく精肉店だ。つまり、サウズビーフが手に入れられるということだ!
購入しない手はないな!不思議そうにしているリガロウやウチの子達を半ば引きずるような勢いで精肉店へと移動した。
ショックだ…。
私の抱いた希望は見るも無残に打ち砕かれてしまった…。
サウズビーフは、既に予約の入っていた商品で飛び入りの私が購入できるような品ではなかったのだ。
店主の非常に申し訳なさそうな表情が見ていていたたまれなかった。
彼としても私があの精肉店に訪れるなどとは露程も思わなかったのだろう。私が店を訪ねたらひっくり返りそうなほど驚いていた。
リガロウやウチの子達に驚いていたわけではない。あの子達は店の中には入らなかったからな。店に入ったのは私だけだ。
そしてサウズビーフを求めたら頭を地面に打ち付ける勢いで頭を下げられてしまったというわけだな。
分かっているとも。
生産国であるファングダムですらその取扱いは国が厳しく管理しているのだ。一般販売ができるような商品ではなかったのだ。
ただ、あわよくば購入できないかとほんの少し希望を抱いただけである。
〈その割には目がかなり本気だったような…〉
〈ご主人、ひょっとしてサウズビーフって物凄く美味しいお肉なの?〉
「うん、以前にも話したけど物凄く美味しかった。料理人の腕もあるだろうけど、私はステーキであれほど美味しい肉を今まで食べたことが無い…」
〈……予約している客を探そうかしら?〉〈……譲ってくれるようにお願いするのよ?〉
うん。そうだよな。私がここまで美味いと褒めるような肉だ。レイブランとヤタールが興味を持たない筈がない。
だが、予約した客だってかなり苦労してようやく手に入るのだ。
どこの誰かは分からないが、その苦労を台無しにするような真似、私にはできそうにない。
「気持ちは分かるけど、やめようね?」
〈ノア様が言うならやめるわ〉〈仕方がないから許してあげるのよ〉
〈いつかファングダムに行ったときにでもノア様に御馳走してもらおうね〉
サウズビーフに対しては皆興味津々だな。まぁ、無理もなかったりする。
特にウチの子達には、私がファングダムの旅行から帰ってきた際にその美味さを一度伝えているからな。元から興味を持っていたのである。
私がサウズビーフを楽しむのであれば、やはりファングダムに旅行へ行くのが1番良いのだろう。
オリヴィエかレオナルドにでも頼んで私にも少しサウズビーフを手配してもらう。これが最良だと思うのだ。
それが認められるだけの功績が私にはある筈だ。
時間はかかってしまうかもしれないが、私達の寿命は永い。数年程度ならば待たせてもらうとも。
さて、私の目に映った趣向品は何もサウズビーフだけではない。旅行をしている間に口にした高級酒の銘柄も目に入ったのだ。
そしてやはりというか何と言うか、フレミーもその銘柄を見逃していなかった。
〈ノア様!アッチ!アッチに8年もののヴィオレスキーが!!〉
〈なぬ!?ヴィオレスキーの8年ものとな!?〉
「行こうか」
いやはや、やはりフレミーの酒に掛ける情熱は凄まじいな。私の視界にもほんのコンマ001秒も映っていなかった筈なのだが、フレミーも見逃さなかったとは。
おそらく気に入った酒が無いか隈なく探していたな?旅行といものを楽しんでくれているようでなによりだ。
ヴィオレスキーの8年ものと言っても分からない者が耳にしても何も分からないだろう。リガロウもそんな分からない者の1体である。
可愛らしく首をかしげて詳細を訪ねてきた。
「クキュウ?美味しいお酒なんです?」
「美味いよ。味もいいし、何と言っても香りが良いんだ」
ヴィオレスキーはティゼム王国で私が購入した銘酒の一種なのだが、最初の旅行で購入してからというもの、再度購入していない酒だった。
それなりの量購入していたということもあったし、旅行へ行くたびに新しい酒を買ってきてもいた。
更にはフレミー達も酒を造り出したからな。自然と消費量は抑えられていたのだ。
そう。マクシミリアン=カークスが好んで飲んでいた酒の1つである。
彼は私達が最初に口にした酒、ウィスキーと呼ばれる麦を原料にしたマスターマークという酒が最も好きだった。
だが、私達はラム酒という砂糖の元となる植物を原料にした酒である、ヴィオレスキーの8年ものが最も気に入った。
リガロウにも説明した通り、香りが良いのだ。
甘く、濃厚で、そしてまろやかな口当たりが特徴の酒だ。舌で直接甘味を味わうのではなく、香りで甘味を楽しむタイプだな。
蒸留酒のため酒精も相応に高く、飲む者によってはすぐに酔っぱらってしまうほど強い酒でもある。
そのため、レイブランとヤタールやウルミラはあまり好きでは無かったりする。
〈お酒はねー。美味しそうな匂いもするんだけどねー〉
〈においがキツいからいらないわ!〉〈甘い香りなのにツンと来るのよ!〉
と、酒になると毎回こんな反応だ。
まぁ、コレは私達がどちらかというと酒精の強い酒を好む傾向にあるからなのだが。ラフマンデーのハチミツ酒ならこの子達も問題無く飲めているしな。
リガロウも酒が飲めないわけではないので、興味を示しているようだ。
ただ、リガロウは幼竜のためか酒に対する耐性がまだ低い。酒精の強い酒を飲ませるのは夜だけにしておこう。
ところで消費量の少ない酒を何故こうも必死になって購入しようとしているのか?単純に残りが少ないからである。
実を言うと、消費量が少なかったのはつい最近までの話だったりするのだ。
それというのも、魔王国にて酒と他の飲料物を組み合わせるという飲み方を知ってしまった手前、様々な組み合わせを試さずにはいられなくなったのである。
それに、ラム酒は料理の香りづけにも使ったりするからな。
私とホーディがスイーツを造る際にラム酒を投入しているところをフレミーが見て発狂しかけたのもいい思い出である。
その時は流石にヴィオレスキーを使用してはいなかったが、フレミーとしては酒を惜しげもなく投入する様子が信じられない光景に見えたようだ。
勿論、完成したスイーツは大変気に入ってもらえた。今ではフレミーの好物の1つとなっている。
まぁ、そんなわけで高級酒も他の酒や飲み物との組み合わせを試し続けていたせいで消費量が跳ね上がってしまい、残りが少なくなっているという状況だ。
それ故に、この場で手に入るなら是が非でも購入させてもらいたいのだ。
それに、ヴィオレスキー以外の銘酒も手に入る可能性がある。見に行かない理由がないのである。
………ショックだ…。
抱いた希望を打ち砕かれるという経験を、まさか1日で2度も体験してしまうとは…。
そしてまたしても必死に頭を下げる店主の姿を目にすることになろうとは…。
またも…またしても望んだ品は予約品だとのことで購入できなかったのである!
別に高級な趣向品が全部予約制というわけではないのだ。ただ、私達が求めた趣向品が悉く予約制だっただけの話である。
「姫様…」
〈ノア様、欲しいものがあったら現地で買った方が良いみたいだね…〉
「うん。無理に今日この街で買う必要はないからね…」
〈おひいさま。そう気を落とさずに。確かにヴィオレスキーは手に入りませんでしたが、全ての酒が手に入らなかったというわけではありますまい〉
そうなのだ。目的で合ったヴィオレスキーの8年もの以外は問題無く手に入ったのである。だが、だからこそその1品だけ手に入れられなかったのが残念でならないのだ。
〈こればっかりは仕方が無いよ!他にもいっぱい珍しいものがあるんだし、探して回ろ!〉
いやまったく、ウルミラの言う通りだな。趣向品やら珍しい品はまだまだたくさんあるのだ。切り替えていこう。
そうだな。いっそのこと、気になる商品を見かけても既に先客がいると考えてみて回ればそれほどショックも受けずに散策を楽しめるだろう。
2度も欲しい物を手に入れられなかった悲しみを解消するためにも、時間の許す限り街中の店を見て回るとしよう。
そうして国境都市での1日を終えて私達は早朝から直ぐにアクアンへと向かった。
街を出る前に記者ギルドに立ち寄り、既に私がアクアンに行きリアスエクに会いに行くという話を通してあるのも確認済みだ。
おかげで非常にスムーズに用件を終わらせることができた。
リアスエクはマギモデルトーナメントでの優勝を諦めていないようで、また別の機会にでも特訓に付き合ってほしいと要求してきた。
構いはしないので了承し、私達はモーダンへと移動した。
リアスエクから見た私の姿は、非常に慌てていたようにも見えたのかもしれない。
それほどまでに私はアクアンを素早く後にした。勿論、ジョゼットの屋敷にも足を運んではいない。
そもそも、ジョゼットはアクアンにはいなかった。
一応『
不在であるならば特に気にする必要もないので、憂いなくアクアンを発つことができたというわけだ。
そして手早く移動して現在私達はモーダンに到着した。
門番に見送られてリガロウを連れて街の中に入った直後だ。
物凄い速さで私達の元に向かって来る少女の存在を確認できた。
「グルゥ…」
あまりの勢いにリガロウが敵でも現れたのかと警戒しだしてしまったので、優しく首筋を撫でて宥めておこう。
「大丈夫。知っている娘の反応だから。教え子の1人だよ」
「随分と好戦的な奴ですねぇ…」
まぁ、こうして会うのは久しぶりになるしな。今の自分の力をぶつけたくて仕方がないのだろう。
私の元に接近して来る少女は私の視界に入る前に高く飛び上がり、そのまま勢いよく高速回転しながら私の元まで飛び込んできて、回転の勢いと落下の勢いを加算させながら木剣を私の頭上に振り下ろしてきた。
「せぇ~~~ん~~~せぇ~~~い~~~!!!」
振り下ろされた木剣は『収納』から取り出したハイドラによって防がせてもらった。
別に道具を使わずとも木剣の一撃でどうにかなるわけではないが、相手は剣の実力を確かめたいだろうからな。
しかし、こうして会うのは本当に久しぶりだ。
「相変わらず元気いっぱいだね、シャーリィ。こっちに来る際に周りの人達に迷惑かけなかった?」
「バッチリ!ジョージ以外の凄く強い男の子にも会えたし、先生にも会えただなんて、やっぱり着いてきて正解だったわ!」
そう。私に向かって物凄い勢いで突っ込んできたのは、ティゼム王国にいる筈の貴族令嬢。そして今は泣きマクシミリアン=カークスの愛娘、シャーリィ=カークスだったのだ。
久々の再会となるわけだが、元気そうで何よりである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます