第592話 いつの間にやら

 ヒロー達に別れを告げ、チヒロードの住民達にも私がこの場を去ったと分かるようにリガロウには派手にチヒロード上空を通過してもらった。

 その後は徐々に高度を上げていき、人間では知覚できない高度まで上昇したら、いよいよウチの子達の透明化を解除させる。


 「窮屈な思いをさせて済まなかったね。ああでもしておかないと珍しがって人が集まっていただろうから」

 〈理解しておりますとも。これから向かう国でもそれは変わらんでしょうからのぅ…〉

 〈1日しかいない街でじろじろ見られ続けるのは流石に煩わしいからね〉

 〈うっとうしかったらブッ飛ばせばいいじゃない!〉〈煩わしいならぶちのめすのよ?〉

 「ぶっ飛ばさないしぶちのめさないの。はたく程度ならいいけど」

 〈ご主人、レイブランとヤタールが人間をはたいたら酷いことになっちゃうよ?〉


 だよなぁ…。

 素の身体能力に差があり過ぎるから、軽くはたいただけでも酷いことになってしまうだろう。まぁ、見た目的には何も残らないので不快感は無いだろうが。


 とは言え、はたかれた人間は無事では済まないので、なるべくなら控えた方が良いだろう。

 少なくともモーダンに住まう住民達、私が面倒を見た冒険者達は、つまらないことで命を落とす必要のない人間達だ。


 「私の方から一言声を掛けておくけど、威嚇するぐらいにしてあげようね?」

 〈はーい!〉

 〈糸で縛るぐらいならいいよね?〉

 〈風を起こして吹っ飛ばしてやるわ!〉〈遠くにポイッなのよ!〉


 まぁ、大怪我以上のダメージでなければ自業自得と判断しよう。この子達にちょっかいを掛けるなと私が一言伝え、それを守らないようなら責任は取らない。


 さて、そろそろアクレイン王国の国境だ。

 リガロウならばこのまま国境を通過してしまえるが、国に通達が行かなければ驚かせてしまうのは間違いない。

 今日は国境都市で一晩過ごさせてもらうとしよう。以前この国に訪れた時はアークネイトの調査ですぐに国境都市を去ってしまったからな。


 国境が近づき、上空からということもあって海が見えてきた。

 前回魔王国へ一緒に旅行へ行ったレイブランとヤタールとウルミラはそれほど海に対して反応はないが、フレミーとゴドファンスは初めて目にする海だ。

 やはり、目に映る光景には感動するものがあったようだ。


 〈これが海なんだぁ…!凄く綺麗…!今度作る服は海をモチーフにしてみるのもいいかも!〉

 〈これはまた、実に雄大にして慈しみを感じさせる光景ですなぁ…!見渡す限りがあのような水面とは…!おひいさまが"楽園"の外へ出て様々な景色を目にしたいと仰る気持ち、このゴドファンスにも些少では御座いますが理解できましたぞ?〉


 うんうん。こういう雄大な光景を眺めるのも、旅の醍醐味だよなぁ…。

 現状、私は自重じちょうさえしなければこの世界で行けない場所はないと自負している。自分の翼と肉体の耐性があれば、火山の火口にだって入っていけるのだ。


 しかし、一応人間として活動している状況でそんなことをすれば正体を隠している意味が無くなってしまう。

 少なくとも、現状は単独で空路を使用するわけにはいかないのだ。


 しかし、そんな私にはリガロウがいてくれる。

 この子が自在に空を飛べるおかげで、私は現状でも空路を使用して移動をしても人間達から納得してもらえるのだ。

 尤も、地上を移動しなければ見られない光景というものも当然ある。

 今回の目的の1つでもある、船による移動もその1つだ。

 甲板から眺める大海原の光景は、依然イダルタの展望台で眺めていた光景とはまた違った感動を味わえることだろう。


 徐々にリガロウに高度を落としてもらえば、国境を警護する兵士達が遠くからでも私達の来訪を認識できたようだ。

 まだまだ距離があるというのに、既に複数の視線を感じる。


 〈国境を警備するだけあって優秀だね。それとも、リガロウが分かりやすくしているからかな?〉

 「はい!人間達に来訪が分かるようになるべく大きな光を出して飛んでます!」


 現在リガロウの噴射孔から放出されている魔力の光は、遠くから見ても目立つ。

 それこそ、真面目に警護任務を務めている者ならば気づかない方がおかしいとすら思えるほどだ。


 ちなみに、本来ならばここまで目立つような行為は推奨されないどころか咎められてしまう行為だ。

 空を根城にしている魔物や魔獣に目を付けられてしまうからな。

 そういった魔物や魔獣に対して多少の飛行能力を持つ程度の人間は、まるで歯が立たないのだ。知覚され次第、彼等の腹を満たすことぐらいしかできなくなってしまう。


 だが、私達の場合は違う。

 いかに彼等が空を生活圏にしていたとしても今のリガロウほどの速さは出せないし、私だけでなくウチの子達まで傍にいる状態で干渉してくる気は起きないのだ。


 いや、正確には人間には知覚できない高度を移動している時に何度か知能の低い魔物が襲っては来たのだ。

 しかしそんな魔物達がどうなったかというと…。


 〈〈500年早いわよ(のよ)!〉〉


 レイブランとヤタールが放った『空刃』の乱射によって一瞬で粉微塵にされてしまったのである。

 バラバラではなく粉微塵だ。

 ラビックやホーディのように普段から鍛えていたというわけでもないのに、いつの間にか彼女達も私と出会った時よりも強くなっていたようだ。


 〈そりゃー毎日オーカムヅミ食べてオーカドリアの木の枝で昼寝して美味しいご飯食べてご主人やオーカドリアの魔力が籠ったお風呂に浸かってればねぇ…。ボクも前よりも強くなったよ!〉

 〈流石に毎日のように稽古をしてるラビック達ほどじゃないけどね〉


 まぁ、自由気ままに空を飛んで食べて寝てを繰り返している子達が日々修業と稽古をこなしている子達よりも強くなっていたらやるせないだろうしな。当然の話である。


 多分だが、皆で少しずつオーカドリアの果実を食べたのも原因の1つなんだろうなぁ…。

 外見こそ皆変わっていないが、ヨームズオーム以外は進化しているんじゃないかと疑ってしまうほどウチの子達は皆強くなっている。


 現在私とリガロウの周りにいる子達が全員それだけの力を所持しているのだ。

 少しでも相手の力量が読み取れる相手ならば、自分から関わろうなどとは間違っても思わないのである。


 話が逸れてしまったが、とにかく空で強い光を発しながら移動して来る存在を、国境を警備している兵士達が気付かない筈がないのである。

 兵士達の中には望遠の魔術や同様の効果を持った道具や魔術具を用いて発行している存在の正体を確認しようとしていた。


 そしてすぐにそれが私達だと理解したようだ。

 兵士達は慌ただしく動き始め、通達を行う者や私達を出迎えようと準備をし始める者達が現れた。

 今のままの速度で国境の城門まで移動したら彼等の準備が間に合わなくなってしまう。


 「リガロウ、少し離れた場所に降りようか。その後はゆっくり街に近づいてくれれば良いよ。多分、向こうからも馬に乗った兵士か騎士がこっちに向かって来るから」

 「分かりました!」


 ウチの子達には特に指示を出したりはしていない。

 レイブランとヤタールは私の両肩にいるし、フレミーは私の背中だ。

 ウルミラとゴドファンスは私が何も言わなくとも走る速度をリガロウに合わせてくれている。


 予想通り向こうからも馬に乗った門番が私達の元に向かってきている。

 このままのペースでリガロウに走ってもらえば5分後には何も問題無く合流できるだろう。


 予想通り5分後、私達は馬に乗った門番と合流を果たした。彼は以前私を馬に乗せてくれた人物だ。

 やはり彼は立場のある人物なのだろう。


 「『黒龍の姫君』ノア様!お久しぶりでございます!本日はその…随分と大御所ですな…」

 「うん、久しぶり。この子達のことはいずれまた詳しく説明するけど、大切な子達だとは伝えておくよ。今回も城門まで案内してくれるのかな?」

 「はっ!今回も私が城門までご案内させていただきます!」


 それにしても、この門番が跨っている馬は非常に優秀だな。

 以前私を乗せたことがある馬なのも変わらないので私に怯えたりしないのはともかく、リガロウやウチの子達に対しても特に怯えたり委縮している様子はない。

 神経が異常なまでに図太いのか、それとも訓練の賜物なのだろうか?


 相変わらず私を見つめる馬は非常に可愛らしいのだが、流石に今回はあの子の背に乗ってやるわけにはいかない。今の私にできるのは、精々リガロウに跨ったまま近づいて首筋辺りを撫でてやるぐらいだ。


 物欲しそうな目でこちらを見ているということは、恐らく以前私が撫でたことで魔力が浸透して身体能力が上昇したのを覚えているのだろう。


 「また、この子を撫でさせてもらってもいいかな?」

 「はっ!モチロンで御座います!その…このままの状態で?」

 「うん」


 撫でても良いと言われたので、遠慮なく撫でさせてもらうとしよう。

 …うん、暖かい…。それに相変わらずの毛並みだ…。短いが、とても艶やかでサラサラしている…。

 撫でることで私の魔力が浸透して今回も馬の身体能力が上昇しているだろうから、門番には振り落とされないように気を付けるよう言っておかないとな。


 「はっ!ご忠告ありがとうございます!では、参りましょう!」


 門番が馬に走るように指示を出せば、馬は待っていたとばかりに勢いよく走り出した。リガロウもそんな馬の後を追いかける。

 そして馬の走る速度が本来の速度よりも跳ね上がっている。

 以前私を乗せた時は精々が2倍程度だったのだが、1人の人間しか乗せていないこともあるせいか今回は本来の3倍の速度に迫るほどの速さだ。

 門番も前回と同じぐらいの速度を想定していたため、振り落とされそうになっていた。


 これは…どうやらウチの子達だけでなく私も知らず知らずのうちに成長していたようだな。まるで気付かなかった。

 やはりオーカドリアの影響だろうか?あの子もあの子で凄まじい存在だからな。

 それとも、ここ最近は精密なコントロールを鍛える修業よりも戦闘能力を高める修業をメインにしていたからだろうか?


 どちらにせよ今後は更なる力のトレーニングをする必要があるようだ。

 家に帰ってからなどと言わず、旅行中でも力の制御ができるように修業を繰り返そう。


 アクレイン王国に入国したらまずは宿屋に行こう。そこで宿泊手続きをしたら、冒険者ギルドだ。

 1泊する以上、時間を潰しておきたいからな。

 どの国でも図書館が私に対して本の複製依頼を出しているのだというのなら、是非引き受けようと思っている。


 冒険者として依頼をこなすというのも目的の1つだが、未読の本を複製するためという意味合いが強い。

 大陸中を私は移動したが、まだ訪れていない人の住む場所は多々存在しているのだ。

 そんな場所に図書館があったとした場合、その場所にしかない本が存在する可能性も高いのである。


 本の複製依頼を終わらせたら、今度は記者ギルドへと移動だ。

 記者ギルドは私が何も言わずともアクレイン王国中に私の来訪を伝えるのだろうが、それだけでは少し足りない。

 彼等の元に尋ねて直接今後の予定を伝えておくのだ。


 本来はここまでする必要もないかもしれないが、今回に限っては話が別だ。

 なにせ、アクレイン王国の国王であるリアスエクが、私の再訪を待ちわびていただろうからな。


 リアスエクは、ティゼム王国のボルテシモで私に礼がしたいと語っていた。

 モーダンに行く前に、一度アクアンに寄ろうと思うのだ。

 尤も、アクアンで1泊する予定はない。


 リアスエクから礼を受け取ったら、すぐにモーダンへと移動するのだ。

 そろそろスーレーンから交易船が到着するようだからな。


 着港の瞬間を、今度は最前列で見届けるのである。

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