第594話 リガロウのお気に入り
衝撃を無くす形でシャーリィの振り下ろしを受け止めたのだが、彼女はそれも想定していたのだろう。
手首の力だけでハイドラと木剣が触れている部分を起点として再び飛び上がり、私から軽く距離を取った。
だが、今の一合だけで終わりにするつもりは全く無いのだろう。彼女の体からは闘志が漲っているのだ。
このまま受けるでもいいが、偶には私の方から仕掛けさせてもらうとしようか。
シャーリィとの距離は木剣ではまず届かない距離だ。一度仕切り直すつもりなのだろう。
しかし、そうはさせない。
私はハイドラを突き出すと同時に鞭形態にさせてハイドラの先端をシャーリィに向けて射出させる。
タイミングとしてはちょうどシャーリィが地面に着地する直前だ。
「油断大敵」
「へっ?~~~っ!?っっったぁ~~~い!!?」
小気味良い音がシャーリィの額から鳴り響き、彼女はあまりの痛みに額を抑えて蹲ってしまっている。ハイドラは曲剣状態に戻しておこう。
ハイドラで与えるのはあくまで痛みだけだ。傷はつかないし痕にもならない。
が、そんなことはシャーリィにはどうでもいいのだろう。涙目でこちらを睨みつけている。
「じゅ、十分距離を取った筈なのになんで~~~!?」
「ジョージから聞いてない?コレ、伸ばせるんだよ」
軽く説明してハイドラを鞭形態へと変形させる。そして軽く振って今シャーリィがいる場所ぐらいならば容易に刃が届くところを披露してあげよう。
「た、ただの模造刀じゃなかったの!?」
「その様子だとジョージからコレのことは聞いていないようだね。彼に少しの間修業を付けたことについては聞いたかな?」
「それは聞きましたよ。でも、そんな面白そうな武器を持ってるって話は聞いてなかったわ!」
そもそも私が実体のある武器を使用しているという想像が無かったのかもしれないな。なにせ私がシャーリィと対峙している時というのは、『
「リナーシェの武器の1つを気に入ってね。私も使ってみたいと思ったんだ。こういった変形機構というのは、使っていて面白いと思わない?」
「いや、使ったことないから分かりませんけど…」
ティゼム王国で好まれている武器は純粋な直剣が主だし、そもそも蛇腹剣は非常に珍しい武器だからな。扱っている総人口からして少ないのだ。
そしてシャーリィは蛇腹剣を見ても特に興味を抱かないようだ。
扱えるようになればかなり便利だし、彼女ならば十分扱えるとは思うのだがな。
だが、蛇腹剣の練度を高めようとして今まで使用していた剣術の腕が下がってしまったら目も当てられないし、彼女自身そう思っているのだろう。
とにかく、戯れの時間はこのぐらいで良いだろう。ハイドラを振るい刀身を鞭形態へ変形させ、シャーリィの体に巻き付けてこちら側に引き寄せる。
「うへぇっ!?ちょっ!先生!?何をっ!?」
突然のことで驚いたのだろう。屈んだ状態で痛む額を擦っていたこともあり、シャーリィは完全に無防備だったのだ。
あっという間に体にハイドラが体に巻き付き、先程のような痛みを与えられるのではないかと警戒している。
が、ハイドラは別に痛みを与えるためだけの道具ではない。
巻き付けたシャーリィを私の元に手繰り寄せ、巻き付けていた刀身をほどいて『収納』に仕舞い、シャーリィを抱きしめる。
「おっふぉっ!?」
「こうして抱きしめるのは初めてだったかな?改めて久しぶり。この街で合えるとは思っていなかったから嬉しいよ」
シャーリィは常日頃から体を鍛えているだけあって、見た目以上にしっかりと筋肉が付いているな。その筋肉が外見に現れていないのが不思議で仕方がないのだが。
抱き心地は悪くないな。
良い服を着ているというのもあるし、髪の手入れも意外なことにしっかりとしているようだ。以前会った時は、今ほど髪質が良くなかった気がする。
何らかの変化があったのか、それともアイラに言われて髪の手入れをするようになったのか。なんにせよ良いことだ。
抱きしめられているシャーリィは顔を赤くして恥ずかしそうにしている。
同性なのだし、そこまで恥ずかしそうにしなくても良いと思うのだが…。
「せ、先生?周囲の視線が痛いんですけど…」
「そう?これぐらいは日常茶飯事だよ?貴女も他人から見られることには慣れているだろう?」
「た、多少は慣れてますけどぉ…!」
普段とは違った視線を感じているということか。
まぁ、シャーリィはこうして誰かに抱きしめられているところを見られたことはないのかもしれないな。そろそろ放してあげよう。挨拶しなければならない相手もいることだしな。
「お久しぶりです、ノア様。娘を見ていてくださったようで感謝いたします」
「久しぶり、アイラ。この街に来たのは、やっぱりオルディナン大陸へ行くため?」
「ええ。1週間後、この街を出る予定です」
ティゼム王国からアクレイン王国へ訪れた貴族はアイラだったようだ。シャーリィはその付き添い兼護衛と言ったところだろうか?
「いえいえ、護衛に関しましては別の方がしっかりとしてくれています。この子は社会勉強の一環ですね」
「むぅー。私も護衛ぐらいできるよ?」
「実力の問題ではありません。今の貴女の立場は護衛対象だと自覚しなさいと言っているのです」
オルディナン大陸で何らかの交渉を行いにでも行くのだろうか?
今のアイラの立場はティゼム王国にとってかなりの重要人物の筈だ。
なにせ"楽園"由来の素材を管理する帳簿の取り扱いを、マコトから任されているのだ。
彼女の身に何かあった場合も、彼女が所有しているであろう帳簿を損失、もしくは奪われでもしたら一大事である。
マコトがアイラに同行していないということは、彼は護衛としてかなり信頼されているのだろうな。
リガロウがウズウズした様子で私を見つめている。じっとしていられなくなったようだ。
会うのが久しぶりになるから、じゃれあいたいのだろう。
「姫様…」
「いいよ、行っておいで。ちょっと遊んであげると良い」
「はい!」
私が許可を出すと、リガロウは跳躍と同時に噴射加速を行い一瞬で屋根まで移動してしまった。
アイラ達の護衛がいる方角に向けて迷わずに空中で走り出す。目当ての人物がその場にいるのだ。
「あー、行っちゃった…。お話とかしてみたかったのに…」
〈なんだかラビックとレイブランとヤタールを足して3で割ったような子だね〉
〈そう?どっちかって言ったらホーディに似てない?〉
〈跳ねっかえりなのは間違いなさそうですな〉
聞こえていないからとウチの子達は言いたい放題である。
私としては、戦うことが好きという以外はウチの子達とは似ていない気がする。
シャーリィはレイブランとヤタールほど食い意地は張っていないし、魔術も得意ではないからな。
「あの方がリガロウ様…。話に聞いていた以上に強い力を感じさせる方ですのね…」
「魔王国に旅行へ行った時に色々あってね。とても強くなったよ」
「魔王国!先生!その話詳しく教えて下さい!」
おや、シャーリィは魔王国に興味があるのだろうか?それともルイーゼに興味が?どちらにせよ、話すのは吝かではない。
が、それはもう少しだけ時間を置くとしよう。
上空から来客だ。
「どわぁあああああ~~~~~っ!!?」
「ただいま戻りました!」
リガロウがとある人物の襟を咥えてこの場所まで連れてきたのだ。
この子に目を付けられた時点で逃げ出したかったのかもしれないが、護衛任務を投げ出すわけにもいかず、あえなく捕まってしまった。と言ったところだろう。
得意気にしているリガロウの顔を撫で、急上昇と急降下を味わわされた人物に再会の挨拶をしておこう。
「お帰り。それと、久しぶりだね、ジョージ。護衛任務ご苦労様」
「ど…ども…。ご無沙汰っス…」
「ええぇ……速…っ!」
そう。アイラの護衛任務に就いていたのは、マコトの元で彼の後継者として修業中であるジョージだったのだ。
今回の護衛任務もジョージにとっていい修業になるとでも思ったのだろうか?まぁ、実際いい経験になるとは思う。
シャーリィはジョージがどの辺りにいたのか把握していたようだが、そのジョージがこの場所まで即座に連れて来られたことに驚いている様子だ。
シャーリィとジョージの実力は互角か、状況次第でどちらかが有利になるといった具合だからな。
十全に魔術が使用できる環境ならばジョージがあっさりと勝つだろうし、反対に魔術が安易に使用できない状況の場合はシャーリィがあっさりと勝利する。2人の実力はそんな関係だ。
そんな自分が実力者と認めたジョージがこうもあっさりと、まるで犬が投げられたボールを取ってくるような感覚で連れて来られてしまった現実に困惑しているのだ。
以前一緒に修業した(リガロウからしたら遊んだ)ことのある相手に再会できて、リガロウも嬉しそうである。
「久しぶりだな!ちょっとは強くなったか!?俺は物凄く強くなったぞ!でもこれからもドンドン強くなるぞ!」
「お、おう…。あの時よりももっと強くなったのか…」
「ジョージがまるで赤子か子犬みたく扱われてる…。ひょっとしなくても、グリューナさんより強い…?」
シャーリィにとって私に次いで強い人物がグリューナだからな。比較対象がそうなるのも仕方がないのだろう。
ちなみに、グリューナは同行していない。今頃はティゼム王国で自らを鍛えている真っ最中だろう。
実際のところ、リガロウの実力は既に人類という枠組みすら超えてしまっている。
その事実を知ったらどう思うのだろうな?
それでも彼女はこの子と戦いたいと思うのだろうか?
「そりゃ戦ってみたいですよ!良いんですか!?」
「あー、シャーリィ?一応忠告しとくけど、やめた方が良いぞ?」
「えー?何でよ…」
ジョージはリガロウと何度も戦った経験があるからな。それも、現実だけでなく夢の中ですら。
総合的な日数で言えば1ヶ月近く戦ったことがあるのだ。リガロウとの戦いでどのような目に遭わされるのか、身に染みて知っているのである。
しかも今のリガロウはジョージが知っている時よりも遥かに強くなっているのだ。戦えば無事では済まないと理解しているのだろう。
「マコトさんやグリューナさんがマジで優しいって思えるぐらい容赦がないんだよ。マジでしんどいからな?」
「上等じゃない!そんな辛い戦いを乗り越えてこそより強くなれるってもんでしょ!」
「シャーリィ…」
つい先ほどアイラはシャーリィも立場上は護衛対象だと伝えた筈なのだが、シャーリィは傷付くことを恐れずにリガロウと戦おうとしている。
シャーリィの様子に呆れてアイラは目頭を押さえてしまっている。相変わらず娘の教育には苦労しているようだ。
シャーリィにはリナーシェにも教えた魔術の習得方法を教えようと思っていたし、この街で相手をする時は私が相手をするとしよう。
「え!?先生が直接見てくれるんですか!?やったー!!」
「えっと…俺は…?」
アイラ達は1週間後にこの街を出るようだが、私はデンケンの船に乗ってオルディナン大陸に移動するため、彼女達とはこの街で分かれることになる。
だが、それまでの間に8日間も時間があるのだ。この時間を無駄に過ごすのはあまりにも勿体ないだろう。
シャーリィは既にオスカーにも出会っているようだし、あの子も一緒に鍛えてあげるとしよう。
なお、ジョージが自分はどうなるのかと気にしていたようだが、彼の左肩にリガロウが右前足を乗せているように、彼の相手はリガロウがする。
「またいっぱい遊ぼうな!」
「デスヨネー」
実力にはかなり差があるのだが、リガロウはジョージのことを結構気に入っていたりする。
彼はリガロウに引っ張られて"ドラゴンズホール"を走り回ったり、リガロウとの修業(遊び)に付き合いボロボロになってもひたむきにあの子に付き合い続けていたため、見込みがあると思われているのだ。
まぁ、実際にはそうでもしなければ目的を達成できない状況だったからなのだが。それでもあの時の修業をやり遂げた辺り、私もジョージはかなり根性とやらがある人物だと思っている。
そんなわけで、ジョージにはリガロウの相手をしてもらう。
ジョージの顏が引きつっているが、安心して欲しい。死ぬようなことは決してないから。
今よりもずっと強くなって、ティゼム王国に帰った時にマコトを驚かせてあげると良い。
なに、今回は1人ではないから、その点にも安心すると良い。
一緒に修業をする相手を連れてきてあげよう。今も私達のことを見ているようだしな。
「ウルミラ、連れてきてくれる?」
「はーい」
というわけでウルミラにはジョージと共に修業をする相手を連れて来てもらおう。
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