第595話 訓練場を借りに行こう

 ジョージと共にリガロウと修業をする人物をウルミラに連れて来てもらうわけだが、ウルミラ自身はこの場から移動しない。する必要が無いからだ。

 彼女は『幻実影ファンタマイマス』の使い手だからな。目的の人物の傍に実態を持った幻を出して連れて来てもらうのである。


 だが、その前にこちらから『通話』によって連絡を入れておこう。ジョージに正体を知られる訳にはいかないだろうしな。

 こちらの様子をジョージがいた場所よりも更に離れた場所から確認していたので、遠慮する必要はないだろう。


 〈ちょっといい?今日からジョージ達がオルディナン大陸に行くまでの間、貴女も一緒にリガロウの相手をしてもらえる?〉

 〈ふぎょぉおぁっ!?!?の、ノノ、ノノノア様!!?!?〉

 〈うん。とりあえず、正体は知られたくないだろうし、変装してからこっちに連れて行くよ。そう言うわけだから、今から変装してもらって良い?〉

 〈あ、あの…私にも仕事というものが…〉

 〈私と一緒にいればその仕事は十分片付けられるでしょ?さ、着替えて〉


 彼女もリガロウの実力は把握しているから、正面から対峙したくはないのだろう。

 だが、そうはいかない。いい機会だから彼女にも強くなってもらうのだ。


 渋々と言った様子で変装を始めたので、変装が完了したらウルミラに連れて来てもらおう。


 〈お待たせー!〉

 「ご苦労様」

 「まぁ…!」

 「………御無沙汰しております、『姫君』様。招集に応じ馳せ参じました」

 「んなぁっ!?あ、アンタもこの国にいたのかよ!?」

 「……誰?」


 変装が完了した瞬間、一瞬にして私達の前に怪盗の姿が現れた。

 ウルミラは転移魔術も使用できるからな。人間1人ぐらい、この街のどこにでも自由に転移可能である。


 怪盗…つまりイネスはウルミラに連れて来られたという認識はおろか、彼女に傍まで接近を許したことすら認識していない。訳も分からずこの場に召喚されたとでも思っているかもしれない。

 が、流石はイネスだ。すぐに状況を把握して私の言葉に合わせてくれた。


 シャーリィは怪盗を知らなかったようだが、アイラは知っているようだな。意外なものを見た、といった様子で驚いている。


 「彼にもリガロウの相手をしてもらうから」

 「お、押忍…!その…頑張ろうな…」

 「フ、良いでしょう。この際ですので存分に鍛えさせていただこうではありませんか!殿下の成長ぶりを間近で見られると思えば安いものです!」


 若干自棄になって大袈裟な仕草をしながら了承するイネスの様子を、シャーリィは不思議そうに見つめている。

 …この様子だと、イネスに勝負を申し込みそうだな。


 それ自体は構わないのだが、その場合シャーリィは私との稽古の時間が、イネスはリガロウとの修業の時間が削減されてしまう。

 あまり面白い話ではないので、早いところオスカーと合流してしまおう。あの子も巻き込んでシャーリィの意識を私に集中させるのだ。


 「それじゃあ移動しようか。場所は冒険者ギルドで良いかな?」

 「問題無いですけど、オスカーも誘うつもりなら騎士舎を使わせてもらえるかもしれませんよ?」


 ほう。騎士舎か。それも良いな。

 まだデンケンの交易船団も到着していないし、今日に限って言えばタスクも暇をしているところだろう。

 挨拶しに顔を出す際に騎士舎を使わせてもらえないかどうか確認してみよう。


 ついでだ。この際だからタスクの実力もハッキリと把握させてもらおうじゃないか。

 方針も決まったことだし騎士舎へと移動させてもらうとしよう。



 騎士舎の訓練場ではこの街に常駐している騎士達が訓練をしている最中だった。

 時刻としては既に街の住民達が活動を開始している時間だから当然と言えば当然だ。訓練をしている者達の中にはオスカーもいる。


 ところで今の私達はかなりの大所帯なのだが、この状態のまま騎士舎に訪れても大丈夫なのだろうか?

 そもそも、騎士達の前に怪盗を連れて来て良かったのだろうか?


 「大丈夫じゃないっスかね?俺達も3人だけでアクレイン王国に来たわけじゃないですし、他の同好者達と一回ここにい挨拶しに来てますから、このぐらいなら特に問題無いと思いますよ?」

 「その時は全員人間だっただろう?今の私達のメンバーはこんな具合だし…。そもそも騎士の前に出てきていいかどうか怪しい人物がいるし…」

 「その懸念は騎士舎向かう前に抱いていただきたかったですな、姫君様。ですが、ご安心ください!」


 イネスがその場で高速回転し始めると、彼女は変装を解除して普段のイネスの姿に戻ってしまった。

 これは…正体をバラすのではなく、"イネス"に変装しているという体で行くつもりか。

 考えたな。それならこの場で自然体で行動しても何とも思われないか。


 「うぉっ!?」

 「一般人として行動いたしますので、何も問題有りません!」

 「スゴッ!なになに!?その変身どうやったの!?」


 ジョージは怪盗の正体がイネスだとは知らないどころか怪盗の性別が男性だと思い込んでいるため、イネスの姿を見て非常に驚いている。知人に変装するとは思っていなかったのだろう。


 シャーリィはシャーリィで変装の速さに驚いているようだな。

 実際には高速回転中に『早着替えドレスチェンジ』を使用しただけなのだが、人間の間ではあの魔術は非常にマイナーな魔術となってしまっているため、着替えただけとは思われていないのだ。


 ジョージが知人に変装されたことに対して怪盗に苦言を出している。


 「へ、変装するならせめて男に変装しろよ…」

 「おんやぁ~?どうしたんですか殿下~?若干顔が赤くなってませんか~?ひょっとして知人に変装されて照れちゃってるんですか~?」

 「そ、そうじゃねぇよ!異性に変装するとか恥ずかしくないのかよ!?」

 「甘いですねぇ~。一流の変装技術というのは、性別に左右されるものではないのですよ!」


 実際には変装を解いただけなのだがな。知らない者からすれば完璧な変装をしているようにも見えるだろう。


 シャーリィがイネスを疑いを込めた目で見つめている。


 「ど…どうしたんです?シャーリィ様。な、何か変です?」

 「うーん…。凄く本物っぽい…」

 「変装は私の十八番ですから…」

 「…中身もしっかり着替えてるの?」

 「ブッ!?」

 「シャーリィ」


 ああ、男性と女性では下着も変わって来るからな。そちらも変わっているのか気になったようだ。

 シャーリィ達からすれば男性が女性の下着を着込んでいる形になるからな。気になるのも不思議ではないか。

 ジョージなんかはそこまで気が回っていなかったのか今になって衝撃を受けている。


 私も本で読んだだけだが、異性の下着、とりわけ男性が女性の下着を着込む行為は忌避されているようだ。

 理由は良く分からない。ただ、体型からして合わないのは理解できる。好んで着用するような物でもない。


 それを好んで着用するというのであれば…まぁ、奇異の目で見られるのは仕方がないだろうな。

 それはそれとして、少女がして良い質問ではなかったようだ。

 アイラがシャーリィの先程の質問を咎めている。

 

 「いや、だって気にならない!?変装の名人だか何だか知らないけど、私達女性用下着を着込む変態と一緒にいることになるのよ!?」

 「気持ちは分からないでもありませんが、言葉遣いを何とかなさい。何時も言っているでしょう。それに、このような場所で問いただす内容でもありません。後でそのことについてお話をしましょうか」

 「ひーん!せんせーい!」


 そこで私に助けを求められても困るのだが…。

 シャーリィはもう少し一般常識というものを身に付けるべきではないだろうか?

 とは言え、アイラがその辺りの教育をしていなかったわけがないだろうし…。


 確認のためにもアイラに視線を向ければ、彼女は目を伏せて小さく首を左右に振り出す始末だ。

 つまり、教育を施しても効果がなかったということだな。


 「シャーリィ。まずは思い立ったらすぐ行動、という癖を治そうか。私が言えた義理ではないかもしれないけど、それは間違いなく悪癖と言って良い」

 「ええーーーっ!?」

 「[ええー]ではありません。向こうでもそのような態度では今後騎士としての道を諦めてもらう可能性もありますからね?」

 「んなぁっ!?なんでぇ!?」


 アイラも思い切った判断をしたな。

 すぐに騎士に就かせるよりもまずは貴族として常識的な振る舞い方を身に付けさせたいのだから、当然と言えば当然か。


 騎士ともなれば爵位を持たずとも高い地位を持つことになるのだ。今まで通りの奔放な態度が許される立場ではなくなるのである。

 今回アイラがシャーリィを連れてきたのは、オルディナン大陸に向かった先で騎士としてあるべき姿を学ばせるためなのかもしれないな。社会勉強と言っていたし。


 さて、イネスが怪盗の姿から異性と思われる姿になってしまったため話がかなり逸れてしまったが、そろそろ騎士舎にお邪魔させてもらうとしよう。

 ウチの子達やリガロウのことは気にしないことにした。


 まずは施設の出入り口を見張っている人物に声を掛けるとしよう。


 「こんにちは。タスクには会えるかな?」

 「は、ははぁっ!た、ただいま確認を取ってまいります!少々お待ちくださいませ!」


 見張りは慌てた様子で施設内に入っていってしまった。まぁ、見張りは彼だけではないので問題は無い。


 だが、見張りが戻ってくるまでの間どうしていようか?

 残った見張りと会話をするのは彼の仕事の邪魔になってしまうし…。


 「はえー…。改めて思うけど、先生って本当に立場が王様とか女王様とかそういうレベルになっちゃってますねぇ…」

 「初めはあまり良い気はしなかったけどね。今は感謝しているよ。なかなかに都合がいいからね」

 「王族扱いされて堂々としてられるのって、一種の才能っスよね…」


 そう言うジョージも元皇族だろうに。今の彼は私のようには振る舞えないようだ。

 以前は皇族らしい振る舞いもできていたようだが、無理をしていたのだろう。身分の束縛が無くなった今、随分と低姿勢な態度を取るようになっている。

 少なくとも、皇族でも無いのに自然体で先程のような態度は取れないらしい。


 まぁ、私の場合、こういった態度を配下から求められているというのもある。


 〈我等がおひいさまであるからな。当然である〉

 〈ノア様が称えられるのは良いことよ!〉〈いい気分なのよ!〉

 〈誇らしいよねー?〉

 〈そうだね。仕えて良かったって思える〉


 この子達が喜んでくれると、私もまた嬉しい。だからこそ、私もこの子達を喜ばせるためにこの子達が求める振る舞いをするのだ。


 私の態度に関する話でも使用かと思ったが、思った以上に見張りが戻ってくるのが早かった。

 多分だが、タスクの元までは行っていないな。この場所からそう遠くない場所で遠距離にいる相手に連絡が取れる手段があると見て良いだろう。


 なんにせよ、待つ必要が無いというのは良いことだ。


 「お待たせいたしました!すぐにお会いになるとのことです!」

 「皆一緒で大丈夫かな?」

 「ははぁーっ!皆様全員で尋ねてきていただきたいとのことです!」


 ふむ。ウチの子達やリガロウが気になるだろうから見てみたいというのは分かる。

 しかし、アイラ達は既に会っている筈だ。もう一度顔を合わせたいと思う理由があるのだろうか?


 まぁ、行ってみれば分かるか。

 行かずとも『広域ウィディア探知サーチェクション』でタスクの様子を探ればある程度分かるかもしれないが、どうせすぐに分かることなのだろうからやるだけ無駄だ。

 敵対している者の元へ行くわけではないのだから、楽しみにして会いに行けばいいのである。



 施設を案内されてタスクのいる執務室まで移動したのだが、部屋の中にいるのはどうやらタスクだけではないようだ。

 そして、アイラ達にも部屋に来るように願った理由が理解できた。


 「失礼するよ。久しぶりだね、2人共」

 「はい、お久しぶりですノア様」

 「やぁ!我が愛おしき友人!良くぞこの国に再訪してくれた!歓迎させてもらうよ!とりあえず何か飲もうか!私の屋敷から一通り持って来ているよ!好きな飲み物を選ぶと良い!」


 それは嬉しい限りだな。ならばお言葉に甘えさせてもらうとしよう。

 しかしまさか、ジョゼットがモーダンに訪れていたとは。アクアンで不在だったのはタスクに会いに来ていたのか。


 そして、彼女はまだアイラやシャーリィと顔を合わせていなかったのだろう。ジョゼットの視線が主に2人に向けられている。

 勿論、他の初めて目にする者達にも視線を向けてはいるのだが、一番興味を引いたのはあの2人だったようだ。


 「う~~~ん!実に素晴らしい!特にアイラ夫人!実に見事だ!後で少々込み入った話をさせてもらえないだろうか!?」

 「え?え、ええ…。私で良ければ…。閣下が求める回答ができるとは思えませんが…」


 ジョゼットは美しいものが好きだ。美術品や骨董品もだが、人の美醜にも大きなこだわりがある。

 アイラやシャーリィの外見は、彼女の琴線を大きく刺激することとなったのだろう。


 どんな話をするのかは気になるところだが、どうやらアイラと2人きりで話たい内容のようだし、私達は予定通りタスクに訓練場の使用許可を求めるとしよう。


 それはそうと、飲み物は頼む。


 折角だから、私はコーヒーを頼ませてもらうとしよう。

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