第596話 少年少女が飲むコーヒー

 コーヒーは以前この街に訪れた際に購入しているため、家でも結構飲んではいたのだ。だが、それ以外の場所では飲む機会が無かった。

 アクレイン王国以外では軒並みモーダンで販売されている価格の3倍以上の価格になってしまうからな。殆どの人が手を出そうとしていないのだ。


 淹れ方も本格的になれば紅茶とは変わって来る。上手くコーヒーを淹れられる者がいるとも限らない。

 一部の人間がその香りに惹かれて趣味で飲んでいる程度の普及率である。


 コーヒーの香りに魅了された喫茶店の店主が、その素晴らしさを広めようとして喫茶店のメニューに追加したことがあったのだが、結果は惨敗。一部の物好きにしか好まれないという結果に終わってしまった。

 その喫茶店の店主の紅茶を淹れる腕が良すぎたというのも理由の1つだろうな。

 いつも通りの美味い紅茶が飲めるのだから、敢えて別の飲み物に挑戦する気が無かったのだ。


 で、コーヒーなのだが、ウチの子達の間では評価が分かれた。

 レイブランとヤタールは1口飲んで拒否。ウルミラ、フレミー、ラビック、ゴドファンスは飲めないことはない。ラフマンデーとホーディ、そしてヨームズオームは気に入っている。


 レイブランとヤタールが拒否した理由は言わずもがな。単純に苦いからだ。ミルクと砂糖を加えれば飲めないことはないが、そんなことをするなら最初から甘いミルクを飲むとのこと。

 まさか味が気に入らな過ぎて香りまで苦手になるとは思ってもみなかった。


 今もレイブランとヤタールは私がコーヒーを頼んだ際に露骨に嫌そうな気配を出したが、ここは我儘を通させてもらおう。その代わりこの娘達には甘いミルクを飲ませてあげよう。 


 〈甘いミルクが飲めるなら文句はないわ!〉〈甘い飲み物はミルクじゃなくても好きなのよ!〉


 2羽の御機嫌は取れたので良しとしよう。なお、リガロウはコーヒーには興味なしといった様子だ。この子の場合、飲み物よりも提供されているお茶菓子に興味があるようで一応紅茶を受け取ってはいるが、最初に一気飲みしてそれで終わりだ。

 その後はお茶菓子を好きなように食べている。幸せそうで愛おしい表情だ。


 この場にいる私以外の者達は紅茶を飲んでいるわけだが、ジョージは前世の記憶があるからか、コーヒーに対して懐かしそうな表情をしている。そしてシャーリィがいかにも興味があると言いそうな反応を示した。

 そう言えば以前シャーリィに手紙を出した時にコーヒーのことも記載していたな。それで興味を持ったのだろうか?


 「おおおーーー。手紙で見た時にコップに黒いのが描かれてましたけど、本当に黒いんですねぇ…。この香り、結構好きかも…」

 「ああー、シャーリィ?その飲み物、確かかなり苦い飲み物らしいぞ?飲むなら砂糖とミルクを入れた方が良い」


 飲みたそうにしていたのでシャーリィにも1杯淹れてもらおうと思ったのだが、その前にジョージが味について忠告を出した。

 まぁ、確かに私は香りと渋みを楽しむために何も入れていなかったが…。ジョージはこの香りを嗅いだだけで苦いと判断できたようだ。


 ジョージの忠告にシャーリィだけでなくジョゼットも意外そうに反応を示す。


 「そうなの?」

 「ほう?流石は殿下。コーヒーについてもご存知でしたか」

 「あ!え、ええ!まぁ…。その…実際に飲んだことはないですけど…」


 あの様子だと、前世の知識から自然と口が出てしまったといったところか。

 が、元皇子という立場が幸いしたな。知っていてもおかしくないとジョゼットから判断されたようだ。


 「それなら、いい機会だ。ジョージも1杯どう?」

 「え?あ、そ、そうっスね!俺もいただきます!その…折角なんで何も入れずに!」


 ジョージにもコーヒーを誘ってみたが、まさかのブラックコーヒーを要求するとは。前世で飲んだことがあるのだろうか?

 しかし、彼から聞いた話では大人になり切る前に転生したようだし、そもそも今は成長しきっていない肉体だ。この苦味と渋みを楽しむのは難しい気がするのだが…。背伸びがしたいのだろうか?


 「ほう…。殿下、なかなかチャレンジャーですね。クククッ、ミルクと砂糖は用意しておきましょう」

 「ど、ども…」


 ジョゼットもそれが分かっているからか、苦みや渋みに耐えられなかった場合を考慮したようだ。

 そしてジョージがコーヒーを飲むことになったため、俄然シャーリィもコーヒーに興味を持ち始めた。


 「ジョージが飲むなら私も飲んでみたい!」

 「構わないよ。シャーリィ嬢はどうする?最初からミルクと砂糖を入れるかい?」

 「最初は何も入れずに!」


 おやおや、ジョージに対抗意識でも抱いているのだろうか? 

 私の知る限り、シャーリィの味覚ではブラックコーヒーは飲めそうにないのだが…。ジョージもそれを知っていたから忠告しただろうし。


 まぁ、ミルクと砂糖は用意するのだ。飲めなければ飲めるようになるまでミルクと砂糖を淹れればいいだけの話である。


 そうしてコーヒーを口にしたジョージとシャーリィなのだが、2人とも見事に撃沈していた。

 ジョージの方は1口目は何とか堪えようとしていたのだが、表情がもう耐えられないと語っていたからな。強がってはいたが、2口目は無理だった。

 シャーリィに至っては軽く口に含んだ時点で噴き出しそうになっていた。

 なんとか耐えることはできたが、その後何も言わずにミルクと砂糖を大量にカップの中に投入していた。


 「ん!コレなら飲める…!……結構美味しい…」

 「はっはっは!それで良いのさ!こういうものは、変に意地を張らずに自分が飲めるように味を整えるべきなのさ!」

 「うう…。イケると思ったんだけどなぁ…」


 何を根拠にイケると思ったのだろうか?前世ではブラックコーヒーを飲めたのだろうか?しかし肉体が変わってしまっている以上、前世の感覚はあまり当てにしない方が良い気がするのだ。



 さて、コーヒーが原因でひと悶着起きてしまったが、私達がこの場にいるのは、ジョゼットと楽しいひと時を過ごすためではない。訓練場を任意の時間に貸してもらえるようタスクと交渉するためだ。


 私の要望をタスクに伝えると、彼は特に渋る様子もなく要望を快諾してくれた。


 「陛下からもしもノア様から要望があった場合極力叶えるようにと伺っていますから」

 「そうだったの?悪いね」

 「いえ。ノア様には我が国を救っていただいたのですから、このぐらいはお安い御用です」


 国を救ったとは少し大げさではないだろうか?

 確かに1つの街を救ったのは間違いないが…。


 「高級リゾート地であるアマーレが齎す経済効果は非常に高いのです。あの街だけで我が国の財性を支えているとは言いませんが、あの街が壊滅してしまった場合、我が国は経済的に大きな痛手を被っていたのは間違いありません」


 それを言われてしまったら、反論はできないな。

 タスクの言葉は正しい。アマーレで取り扱っている商品やサービスは裕福層から平民まで多くの人間をターゲットにしているためか、貧富の差を問わず多くの観光客が大金を落としていった。

 しかも、あの時アマーレにいた客の中には見るからに地位の高そうな客が複数いたからな。

 彼等が津波によって命を落としでもしていたら、色々な意味で経済面で大きな影響を与えていたのは間違いない。


 あの時の津波を防いだことでリアスエクからは2000枚の金貨を礼金として渡されただけでなく、勲章まで渡されてしまった。


 虹翼慈竜勲章。あの時の私を称えるためにわざわざ新しく作らせた勲章だ。

 虹色に輝く石を抱えた黒色のドラゴンの形状をした勲章なのだが、この虹色の石はプリズマイトである。

 リアスエクが所有する煌貨を素材として作らせたらしい。


 リアスエクはこの国にいる間だけでも身に付けていて欲しいと言っていたが、申し訳ないがデザインが私好みではないので断らせてもらった。

 尻尾の形状が明らかに私の尻尾を意識しているのだ。だというのにドラゴン本体があまり私だと思えないようなデザインのため、妙な違和感を覚えてしまうのである。

 正直、この勲章のドラゴンを私だとは思われたくない。


 私はドラゴンの姿になれるわけでもないし、仮にドラゴンの姿になれたとしても今は人間達に見せる気もないので、ドラゴンの姿を見せて作り直せとも言えない。どうしようもない話なのである。


 話を戻そう。訓練場の使用許可ももらえたことだし、今飲んでいる紅茶やらコーヒーやらを飲み終わったら早速訓練場を使わせてもらおうと思っている。

 ついでとばかりにオスカーを含めたこの街の騎士達の面倒も見て欲しいとタスクから頼まれたが、元よりそのつもりだ。

 ならばと私の方からタスクを訓練に誘ってみたのだが、事務関係で色々と忙しいらしく、やんわりと断られてしまった。


 なお、アイラだけはジョゼットが話をしたいそうなので一緒には来られない。

 会話の内容も2人だけの秘密にしてほしいようだし、聞き耳を立てるのも止めておこう。どうせだから、反対に彼女達の周りに防音結界を張っておこうじゃないか。これで会話し放題だ。


 ジョゼットが満足気に私を褒める言葉を騙っているのだが、既に防音結界内にいるため、声は聞こえてきていない。

 まぁ、口の動きを見れば何と言っているかは理解できるので、彼女の言葉に鷹揚に頷き親指を立てておこう。



 アイラを執務室に残して私達は訓練場に移動だ。

 訓練場では現在この街に在中している騎士達が汗を流しながら稽古に励んでいる。

 彼等の表情は真剣そのものであり、真面目に稽古に取り組んでいるのが良く分かる。


 騎士達の中にオスカーの姿も見かけたので、一声かけておこう。

 と思ったら、騎士達が私達の姿に気付き、全員が即座い一列に横並びになって跪き始めてしまった。


 「この度はようこそ我等が訓練場へ!貴女様からご指導、ご鞭撻いただけること、誠に光栄で御座います!」


 横並びとなった騎士達の中央にいる騎士が、代表として私に挨拶をしてきた。

 どうやら私が騎士舎に来た時点でタスクは私に騎士達の面倒を見させるつもりだったようだ。

 それならば訓練場の使用を快諾するのも当然か。用意が良いのは相変わらずのようだな。


 では、遠慮せず鍛えさせてもらうとしよう。

 だが、彼等だけを鍛えるのはつまらない。


 やはりタスクの実力は知っておきたいし、鍛えてもやりたい。


 ここはひとつ、タスクが稽古を断る理由を私が片付けてしまうとしよう。

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