第216話 心強い協力者
ファングダム王城前。本来ならば"
城門には、二人の門番が配置されている。
魔物の襲撃を退け、王太子が無事に帰還してきたからか、気が緩んでいるのかもしれないな。門番達の表情は穏やかだ。
今のところ、周囲に不穏な気配は無いが、そうして気が緩んだ時が一番危ないとはおもう。小説で得た知識ではあるが、屈強な門番が賊に出し抜かれたりする時と言うのは、決まって今のような状況だったのだ。
彼等に用件を伝えるついでに、一応注意しておこう。
「こんにちは。ちょっといいかな?」
「こ、これは『姫君』様!?よ、良くぞお越しくださいましたっ!ほ、本日はどういったご用件でしょうか!?」
私が声を掛けた途端、彼等は揃って表情を引き締めた。自分達の気が抜けている自覚はあったのだろう。
「至急、報告したい事があってね。可能ならば国王レオナルドに、無理そうなら王太子レオンハルトと話が出来ないかな?」
「し、少々お待ちくださいっ!!」
門番の一人が上司へ報告と指示を仰ぐために駆け足で城内へ駆け込んでいった。
話がスムーズに進むのは此方にとっては喜ばしい事なのだが、報告の内容ぐらいは聞くべきだったんじゃないだろうか?
それだけ私がファングダムの国民達から信頼を得ているという事なのか?なるほど。有名になると、こういう時に便利ではあるな。
まぁ、こういった利点でも無ければ、有名になりたいと思う者はそうはいないだろう。そうでなければ只々煩わしいだけになってしまう。
…中には、そういった状況を好む者もいるかもしれないが、私は御免被る。
さて、どちらかは会ってくれるとは思うが、どちらが会ってくれるかな?出来れば私の要件も済ませたいので、レオナルドが会ってくれると嬉しいのだが。
念のため出来ればレオンハルトに会いたいとは伝えたが、相手側が私をどう思っているかに寄るだろうな。
残った門番はと言えば非常に緊張した面持ちである。これでは気軽に声を掛けられそうにないな。
軽い気持ちで声を掛けたら、いつぞやのイスティエスタの門番の様に極度の興奮状態になりかねない。
ここは黙って先程の門番が戻って来るのを待つとしよう。
20分ほどして先程の門番が戻って来た。報告に向かってからここまで戻って来るのに全力疾走だったのだろう。かなり息を切らしている。
この状態では上手く報告しに行った結果を口に出すことが出来ないだろう。治癒魔術を掛けて体力を回復させよう。
「お疲れ様。どうだった?」
「え…?こ、呼吸が…。これは、治癒魔術…!?あ、ありがとうございますっ!」
「どういたしまして。」
治癒魔術を掛けた事によってすぐさま息切れが解消され、体力が戻った事に一瞬困惑するも、すぐにそれが治癒魔術の効果であると理解し、それを施したのが私だと気付いたようだ。
慌てた様子で私に礼を述べてくれる。
「そ、それとっ!へ、陛下が直接お会いになるそうです!どうぞ!城内へお入りください!案内にメイドを一人付けるとの事です!」
「ありがとう。それじゃ、失礼するよ。」
メイドをつけると言うのならば、あまりここで長話をするわけにはいかないし、軽く礼を言って城に入るとしよう。
城に入ると、既にメイドが一人、入り口で待機していた。彼女が私の案内を務めるのだろうか?
だが待って欲しい。往復とは言え、上司に報告をしてから門番が城門まで戻って来るのまでの間、全力疾走をして息を切らしているのに対し、彼女は汗一つかいていないし、呼吸もまるで乱れていない。
門番よりもこのメイドの方が身体能力は高いらしい。
ひょっとしたら、王族の専属メイドなのかもしれないな。
ただ、それだけではない。待機しているメイドの発する気配はかなり小さく、存在感そのものが希薄なのだ。
印象が非常に薄いため、顔の形状を認識し辛い。一般人が時間を置いて再び彼女に会った時、一目見て彼女の事を認識するのは困難だろう。
メイドは私を視界に収めると、深々と礼をした後、国王の私室まで案内してくれると伝えてくれた。つまり、彼女が案内のメイドで間違いないのだ。
それにしても、私室とはな。
「執務室では無いのだね。」
「現在陛下は、特にこれと言った執務がありませんので。私室にてお休みになられています。それに、私室でしたら、お二方の会話が他の者の耳に入る事も無いでしょうから…。」
流石に王族の私室だけあって警備は万全なのだろう。防音処置を十全に施して外部に音が漏れないようにしているようだ。
仮に部屋の中で問題が発生した場合どうなるのか疑問に思ったのだが、そこは王族、音を介さずに状況を知らせる魔術具が存在しているらしい。
何かあった際はその魔術具を使用すれば、すぐに人が駆けつける手はずになっているそうだ。
レオナルドの私室に向かっている途中、案内してくれているメイドが歩きながら私に話しかけて来た。
「つかぬ事をお伺いしますが、ノア様とご一緒されている聖女様は、オリヴィエ様で間違い御座いませんか?」
いきなり直球の質問を投げかけて来たな。このメイドは、回りくどい話は好きでは無いのかもしれないな。
実兄であるレオンハルトですら一目見てオリヴィエの正体を見抜けなかったのだ。新聞に記載されていた彼女の姿を見ただけでその正体に気付けるとなると、このメイド自身が変装に精通していると考えられるな。
だとすれば、このメイドは、話に聞く人物の可能性が高いか。
「間違いないよ。貴女の名前は、カンナで良いのかな?」
「…お察しの通りです。私の事は既に姫様からノア様のお耳に入れていらっしゃるようですね。」
やはりと言うか何と言うか、私を案内しているメイドはオリヴィエから教えてもらっていた変装が得意なメイド、カンナだった。
彼女が変装を得意とする理由の一つに、この存在感の希薄さがあるのだろう。
これだけ存在感が小さければ、確かにオリヴィエの言う通り髪型を変えただけでも別人に思えてしまうかもしれないな。
「貴女は、リビアの事をレオナルドを始めとした王族達に報告した?」
「いいえ。あの姫様が別人と思われるほどの変装をしていたのです。きっと何か事情があると判断して、まだ報告はしていません。」
案内をしながらもカンナは淡々と答える。
彼女の行動は、オリヴィエが予測した通りだったな。ならば、事情を説明して私の協力者になってもらおうか。
「事情があると察してくれているなら都合が良いね。貴女には是非とも私の計画に協力して欲しい。」
「ノア様の計画、ですか?」
「なに、そんなに難しい事じゃないさ。」
どうでも良いかもしれないが、今の私の言い方は、なんだか小説に出て来る裏で暗躍する悪党の台詞に聞こえなくもない。現にカンナは少々警戒した様子である。
まぁ、計画と言っても本当に大した事ではない。オリヴィエの家族関係を改善させるために力を貸して欲しいと言うだけの事だ。
「実を言うと、レオナルドに至急報告があるのは間違い無いのだけど、態々私が城に報告に来たのは、別の理由があるからなんだ。ファングダムの王族と、個別に話がしたくてね。」
「お話、ですか?」
レオナルドだけでなくファングダムの王族と会話がしたいと言う内容は、カンナからすれば不可解なのだろう。彼女の警戒は消えていない。
「カンナは、オリヴィエと彼女の親兄弟との関係はどう見えるかな?」
「そう…ですね。姫様は皆様との会話をなるべく避けているように感じています。それに対して、ご家族の皆様も姫様は個人的な人付き合いが苦手なのでは、と考えているように思えます。ノア様?こういった質問をするという事は、ノア様の計画と言うのは、まさか…。」
カンナはかなり聡いメイドだと思う。私の目的を察してくれたようだ。あるいは、カンナも私と同じ気持ちを持っていたのかもしれないな。
「ズバリ、私が城に来たのは、王族達がオリヴィエの事をどう思っているのか直接聞かせてもらおうと思ったからなんだ。ああ、それとは別に家族全員で話をする場を設けようとも思っているよ。」
ざっくりとではあるが、オリヴィエから自身の家族の関係を聞いたうえで私がどう行動し、どのような結果をもたらしたいのかをカンナに説明する。
その際、既にレオンハルトからは意見を聞いている事も説明した。
「そういう事でしたか…。姫様の、ひいては王族の皆様の仲が円満になると言うのであれば、協力しない理由はありません。是非ともお願いします。」
やはりカンナとしても王族達には円満な関係を築いてもらいたいようだ。聞いてみれば、彼女は王族達の関係に、どことなくぎこちなさを感じていたと言う。その事に、少なからずもどかしさも抱いていたそうだ。
つまり、私達は同じ結果を求めて行動する同志と言うわけだ。
「ですが…解せない事があります。」
強力な味方を得られた、そう喜ぶのもつかの間、カンナは此方に振り返り、じっと私を見つめてきた。その視線からは疑念を感じる。
カンナが解せない事とは何なのだろうか?
「何故、姫様を助けて下さるのですか?いえ、ノア様が姫様を大層気に入ってくださっているのは理解できるのです。ですが、何故そこまでノア様が姫様の事をお気に召したのかが、私には良く分からないのです。」
なるほど。何故助けるのかと聞かれたから、オリヴィエの事を気に入ったから、と答えようと思った矢先、それは分かっているから、気に入った理由を教えて欲しいと言われてしまった。
最初は単純な興味だったな。ティゼミアの冒険者ギルドの受付の中で、私に対して怯えていない人物を探していたのがきっかけだった。
あの時、怯えの感情を見せず、凛とした佇まいをしていたのが、オリヴィエだったのだ。
ただ、今にして思えば、アレはただ単に自分の所に来る筈が無いと思っていただけなのかもしれないな。
彼女のカウンターに近づいた際、彼女は一瞬とは言え激しく動揺していたのだ。他人にその動揺を悟られる事なく、凛とした姿勢を崩さなかったのだ。
あの時は単に極めて事務的な人だと思ったものだが、今にして思えば、彼女なりに必死だったのかもしれない。
とても健気な娘だ。今更ではあるが、改めて力になってあげたくなる。
さて、そんなオリヴィエではあるが、非常に優秀な人物だ。本来は若くして国の財政に関わり、一人で数人分の仕事をこなしていたのだ。冒険者ギルドの職員としての仕事もつつがなくこなせて当然だったのだ。
私はそんな彼女の優秀さに興味を持った。いや、どちらかと言うと感心したと言うべきか。なんにせよ、彼女の事を知りたいと思ったわけだ。
その少し後でオリヴィエが他国の王女だと知ったわけだが、今にして思えば、そこからが私のティゼミアにおける厄介事の始まりだったな。
あれよあれよと複数の事情が噛み合わさって、国に蔓延る悪徳貴族を一掃すると言う大事にまで事が膨らんでいったのだ。
まぁ、その話は置いておき、一国の王女が他国のギルドの受付嬢を務めているなどどう考えても異常事態だったわけだ。
オリヴィエの事情が知りたくなった私は、何とか会話を増やそうとして、多少強引に話しかけたりもした。
そうして分かったのは、彼女は非常に優秀でありながら、自分の事に関してはやや抜けているところがある、可愛らしい人物だったという事だ。
オリヴィエが事務的な態度をとる理由は、彼女が他者から嫌われる事を恐れたためだった。過去の出来事が原因で、彼女は自分の思いを内側に押し込めるようになってしまったのだ。
私は、彼女の溜め込んだ感情を吐き出させる事にした。
そして、オリヴィエは私に助けを願い出たのである。彼女が心に溜め込んでいた不安や恐れを受け取り、彼女を助けてあげたいと思うようになったのだ。
まぁ、白状してしまうと、当時モフモフ成分をしばらく堪能していなかったので、あわよくばオリヴィエのフワフワした耳や尻尾を触らせてもらえないかなぁ…。などと考えていた事は認める。
彼女の頭を撫でた時に私の手が彼女の耳に触れた時は、本当に理性を抑えるのでが大変だった。
とにかく、オリヴィエが私に助けを願い出る時には、十分に彼女の事を気に入っていたと言って間違いない。
そんな内容の話を、ざっくりとカンナに説明した。レオナルドの部屋へと向かっている最中だったからな。
彼を待たせないためにも、あまり時間は掛けない方が良いだろう。
「私がリビアを気に入った理由は、そんなところかな?納得してもらえた?」
「はい。ご説明、ありがとうございました。勝手な事は承知の上ですが、今後とも、姫様と仲良くしていただけたらと思います。それと、先程から無礼な態度を取ってしまっていた事、深くお詫び申し上げます。」
おそらくだが、私に対して警戒していた事や疑念をぶつけた事を言っているのだろう。カンナは私が彼女の感情を察している事に気付いていたようだ。それとも、私ならば理解出来ていてもおかしくないと判断していたのだろうか?
なんにせよ、彼女を責めるつもりは毛頭ない。今後は頼れる仲間として、私の計画に協力してもらうとしよう。
「そのつもりだよ。それと、貴女の謝罪の言葉を受け入れよう。さて、貴女に協力してもらいたい事と言うのはね、単純に、城の案内なんだ。」
「城の、ですか?今こうして陛下の私室へとご案内しているように、ですか?」
「そう。他の王族達の所にも案内して欲しいんだ。私は彼等と一対一で話がしたいからね。」
「なるほど。お安い御用で御座います。」
流石に一人で場内を歩き回るわけにはいかないからな。案内してくれる人物が必要だったのだ。まぁ、仮に案内してくれる人がいなかった場合でも『
そんな事をする必要など、ない方が良いに決まっている。コソコソするのはあまり好きでは無いし、カンナに案内してもらえば、堂々と行動出来るだろうからな。
「ああ、そうそう、レオンハルトからは既に話を聞けているから、彼以外の王族の元まで案内してくれる?」
「そうなのですか?あの、王太子殿下は、姫様の事をどのように思われていたのか、教えていただくことは出来ますか?」
やや食い気味に訊ねられたので、レオンハルトがオリヴィエに対して恐れ、怯えてはいたが、決して嫌悪や憎悪の感情は持っていない事、そして恐れるあまり彼女から距離を取った事で彼女を傷付けていた事を知り、自身の行いを悔い、必ず直接謝罪すると言ってくれた事を、簡単に説明しておく事にした。
「そうだったのですね…。はぁ…姫様も、殿下も、変なところで不器用なのですから…。」
「リビアの話を聞く限り、私は他の家族も彼女に対して悪感情を抱いているわけでは無いと思うんだ。だから、一度ハッキリと彼等の思いを把握して、その上でオリヴィエを含めた全員で話をしてもらいたいと思っているよ。」
「素晴らしいお考えですね。ええ、そうでしょうとも。皆様方に足りないのは会話の機会でしょう。ノア様、段取りや都合の確認などは私にお任せいただければと思います。」
おお!やはりカンナは心強い味方だ!王族全員の都合をつける役割を自ら買って出てくれた。彼女の声は自信に満ち溢れている。
いいぞ。もしも、会話の機会が得られなかったら、私が魔法や魔術を用いて時間と空間を弄り強制的に会話の席を設ける事も視野に入れていたが、どうやらその必要も無さそうだ。
「是非とも頼むよ。ちなみにだけど、その時に王族達にはリビアの正体を明かそうと考えているよ。あの娘もそのつもりだ。」
「良いですね。皆様方の驚く様子が容易に思い浮かべられます。とは言え、私は席を外しておくべきなのでしょうね…。」
ネタ晴らしをした時の反応を想像して、カンナは楽しそうな表情をしている。彼女はひょっとして、変装で人を驚かすのが好きなのだろうか?
楽しそうにしているのは良いのだが、自分がその場にいられない事を、とても残念そうにしている。
自分から協力を名乗り出てくれたとは言え、私の我儘に付き合ってくれるのだ。報酬は用意するべきだろうな。
「それならカンナ、協力してくれたお礼に、問題が片付いた後でその時の映像を貴女にだけ見せようか?」
「そ、そのような事が出来るのですか!?」
凄い食いつきぶりだな。まぁ、『
映像を記録して後で好きなように見返す事の出来る魔術など、想像もつかないのだろう。
「私なら可能だよ。ただ、魔術具などを介してみるようなものじゃないから、一度きりになるね。」
「構いません!その一度で十分ですっ!報酬は、是非とも皆様方の記録映像でお願いしますっ!」
カンナは意外と悪戯好きな性格かもしれないな。是が非でもオリヴィエの正体を知って王族達が驚く様を見たいらしい。
「分かったよ。では、城の案内と段取りの方、よろしく頼むよ。」
「はい!お任せくださいませ!」
最初の時よりも明らかに機嫌がよくなっているな。カンナにとっては望外の報酬だったらしい。全身からやる気が満ち溢れている。
そうして一通りの話が終わって5分もしない内に、いかつい全身鎧を装備した二人の兵士が守る扉の前に辿り着き、そこでカンナは足を止めた。
「それでは、此方がレオナルド国王陛下の私室に御座います。『黒龍の姫君』、ノア様をお連れしました。通達をお願いします。」
カンナは私に部屋の説明を軽くした後、扉を守る兵士達に、私が部屋に到着した事をレオナルドに伝えるよう願い出た。
そういえばレオナルドの私室は完全防音処理を施されていたのだったな。ドアを叩く程度では部屋の内部に情報が伝わらないし、声も届かないのだろう。
私が部屋まで来た通達をするのは、兵士たちの役目らしい。
「陛下より入室の許可が下りました。どうぞ、ご入室ください。」
そう言って兵士が扉を開ける。
ようやくレオナルドとの会話である。さっさと人工魔石の報告を済ませて、彼がオリヴィエをどう思っているのか聞かせてもらおう。
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