第215話 宴会を行うまでに済ませておく事
食堂の調理師達が所望した魔物を手早く解体していく。
指定されたどの魔物も、大体ゴドファンスと同じぐらいの大きさであり、人間からしたら大型の部類に入る魔物だ。10体分もあれば十分すぎるほどに賄えるだろう。
調理師達が欲した魔物の素材は魔物の肉だけではない。
魔物の骨や一部の内臓も料理に使用するとの事だ。必要な素材はメモに記載して渡してくれていたので、メモの通りに丁寧に分別しておこう。
さて、肉を始めとした食材は私が今朝斃した魔物を提供すれば良いとして、やはり人間の食事と言うのは肉だけでは味気が無い。
穀物と野菜、それから卵に乳製品も欲しい所だな。
乳製品に関しては、サウレッジで大量に購入させてもらった物を一部提供するとして、問題はそれ以外の食材だ。
レオスに卸されている食材は、既に売り切れていると考えて良いだろう。既に夕食の仕込みを始めている宿や料理店が購入してしまっているのだ。
だが心配はいらない。レオスに売っていないのであれば、売っている場所へ足を運んで購入すればいいのだ。
幸い、レオスに野菜を卸している村は魔物の襲撃に遭っておらず、平穏無事である。おそらく、彼等はファングダムの都市が一斉に魔物の襲撃に遭った事も知らないんじゃないだろうか?
それはつまり、私が新たな寵愛を得た事やオリヴィエが天空神から寵愛を与えられた事も知らないと考えられる。
実に好都合だ。辺りには人の気配も無いし、誰かに見られているわけでも無いので、遠慮なく転移魔術で村の近くまで移動しよう。
記者ギルドが無い村の様な集落でも新聞の存在は知っているし、ある程度の情報の伝達はされているようで、食材を求めて訪れた村人達にも私の情報は伝わっていた。
おかげで村に訪れるなり、とんでもない騒ぎになってしまった。用件を伝えなければ、そのまま歓迎会を開かれてしまうところだったのだ。
歓迎会自体は別に悪い気はしないし有り難いのだが、今の私は急ぎの身だ。早いところ調達した食材を調理師達に渡さないと、夕食に間に合わなくなってしまう。
事情を説明した時は非常に残念がられてしまったが、その分大量の食材を割引きしない定価で購入させてもらった。
何せ所持金は有り余るほど所持しているうえ、更に追加で大量に受け取る事がほぼ決まっているようなものなのだ。出し惜しみする必要は無い。
とは言え、村の食材を買い占めるような真似はしない。他にもこの村の食材を求めている者達がいるだろうからな。購入するのは、あくまで宴会で使用されると予測される量に2割ほど余裕を持たせた量だ。
宴会を行うのに十分な量の食材を購入したので、村から少し離れた場所で転移魔術を使用してレオスの入り口付近まで戻る。
私とオリヴィエが寵愛を得たという話は、既に街中に知れ渡っているようだ。
私を見かけた街の住民が驚いた表情をしている。中には私に向かって拝みだす者すら現れた。
拝むのは勝手だが、私を拝んだとしてもご利益の様なものは得られ無いぞ?
この分だと明日の新聞がどうなっているのか分かったものでは無いな。
教会にいた記者と思われる人物は増刊すると言っていたが、どれぐらい割増しで発刊するつもりなのだろうか?
複雑な気分ではあるが、不思議と楽しみにしている自分もいる。
なんだかんだで、私は私や私に関わった者達に対する人間達の反応を見て、それを楽しんでいるのかもしれないな。
今のところ、人間達から悪感情をぶつけられているわけでは無いのだ。変に関わってこないのであれば、敬われようが称えられようが好きにさせておこう。
そう思えるぐらいには、私は人間達の反応を受け流せるようになっていた。
現在のレオスの住民達からの反応も理解出来た事だし、これ以上の長居は無用だ。魔術具研究所の食堂に戻るとしよう。
時刻は午後3時。大がかりな夕食の仕込みを始める場合、やや遅いかもしれないと感じる時間だ。
調理師達は、元々食堂に保管されていた食材を用いて既に夕食の仕込みを始めていたようだ。仄かに香る食材の匂いが、昼食を抜いた私の食欲を掻き立てた。
やはり食堂に残っていた食材だけでは宴会を行うには心許なかったようで、魔物の素材だけでなく、野菜や穀物、乳製品に卵を渡したらとても喜ばれた。
私が彼等の料理を存分に堪能したかったからなので、喜ばれるのは想定内なのだが、だからと言って拝むのは違うと思うんだ。
いやまぁ、先程街で見かけた者達が私に対して拝んでいても、好きにすれば良いと思っていたのだが、直接会話をしている相手に真剣に拝まれると、流石にむず痒さを感じてしまうな。
まぁ、拝んでいるとは言え、彼等から信仰心が送られてきているわけでは無いので、まだ平静を保つ事が出来る。彼等の信仰心は、依然変わりなく五大神に向けられているようだ。
これで食材が足りなくなる心配は無くなった。後は、夕食の時間を待つだけだ。
宴会の開始時間はやや遅めであり、午後7時から始めるのだとか。それまで何をしていようかな?
そろそろオリヴィエの説教も終った頃だろうか?終わっているならば、宴会の時間までレオスの状況を見て回ろうと思う。
ああ、そうだ。宿の主人に夕食は別の場所で取る事も伝えておかなくては。
所長室に入り様子を見てみれば、そこにはすっかり意気消沈して机に突っ伏してしまっているリオリオンと、魔石を手に取りその品質を確認しているオリヴィエの姿があった。
「話は終わったみたいだね?」
「ええ。大叔父様もこれで少しは懲りてくれたかと。」
さて、どうだろうな。古くからある言葉に[喉元過ぎれば熱さを忘れる]、と言う言葉がある。人間は時間と共に過去の苦悶や苦労を忘れてしまうという言葉だ。
リオリオンも、時間が経てば今こうしてオリヴィエから受けた説教の事を忘れて盛大にはしゃぐ未来がなんとなくだが予想できる。
そんな事をオリヴィエに伝えれば、彼女の説教は長引くだけの様な気がしたので、敢えて伝えないようにした。
彼女も言いたい事は言い終えているのだ。それよりも、彼女が手にしている魔石について聞いてみよう。
「魔石の品質はリビアから見てどう?」
「素晴らしい出来ですね。これが定期的に量産する事が可能となれば、ファングダムは金に頼る必要が無くなるでしょう。」
オリヴィエから見ても魔石の品質は満足のいく出来だったらしい。ともなれば、後は魔力の供給の問題だが、これに関しては今となってはあまり心配していない。
同じ性能の魔石製造機を量産すれば、ファングダムは半永久的に良質な魔石を得る事になるだろう。
まぁ、その話は後だ。長年続けて来た研究が日の目を見たのだ。祝い事である。
「さてリビア、このめでたい研究結果、私は盛大に祝っても良いと思うんだ。」
「えっ?はい…そうですね。人工魔石の製造は、歴史的快挙なわけですから、その意見には私も賛成です。」
「そういうわけでね、実を言うと、リビアがリオリオンと話をしている間に食堂の調理師達に頼んで、宴会の準備をしてもらっているんだ。今晩はここの食堂で盛大に飲み食いしよう。」
「まぁ…。それでは、先程少し外に出るというのは?」
「うん。食材を補填するために今朝斃した食べられる魔物の解体していたんだ。他にも、レオス近辺の村へ行って、レオスでは既に売り切れているであろう食材の買い出しもしてきたよ。」
「ノア様、ひょっとして宴会が楽しみだったりしてます?」
流石に分かるか。私が今まで宴会などの祝い事に参加した事が無い事を伝えると、オリヴィエは嬉しそうに笑ってくれた。
彼女も宴会に参加した事は無いに等しいとの事だ。
いや、一国の姫である以上、パーティーには数えきれないほど参加しているのだ。
だが、相手に気を遣わずに好きなだけ飲み食いする催しには参加した事が無く、彼女も宴会は楽しみだと言ってくれた。
宴会と言う言葉を耳にしたからか、先程まで意気消沈していたリオリオンも若干気力が回復したように見える。彼は、宴会を楽しんだ事があるようだ。
「宴会かぁ…。宴会は良いぞぉ…。自分達が体験した嬉しい事やめでたい事を美味い飯と酒を分かち合いながら共有し合うんだぁ…。俺も参加してぇなぁ…。」
何やら寂し気に宴会の良さを呟き、チラチラとこちらの様子を伺っている。自分は参加できないとでも思っているのだろうか。
「何を他人事のように言っているのさ。今回の宴会の主役は貴方だろう?宴会を進行する音頭を取る人物がいなければ、宴会を始れられないよ。」
「んえ?俺、参加して良いのか?城に報告は?」
「そんなものは後で良いだろう。人工魔石が完成したのを知っているのは私達だけなんだから。」
「いいえノア様。報告はしっかりするべきです。」
おおっと。ここで宴会を楽しみたい私と、生真面目なオリヴィエとで意見が食い違ってしまった。
確かに人工魔石の製造を成功させたという事実は国の財政を大きく変えるほどの大ニュースだ。すぐにでも報告した方が良いというオリヴィエの気持ちも分かる。
だが、人工魔石の事を知っているのは私達だけだし、他にこんな研究をしている者達がレオスはおろか、ファングダムのどこにもいなかったので、報告は時間を置いてからでも良いかと思っていたのだ。
そう思っていたのだが、そこはオリヴィエだ。報告すべき事はしっかりと直ちにするべきだと考えているのだろう。
「ううむ。相手、王族に人工魔石が作れた事を知らせられればいいんだね?」
「ええ、まぁ…。」
「なら、リオリオンに報告書を手早く書いてもらって、魔石と一緒に城へ届ければいいかな?」
我ながらいい案だとは思うのだが、オリヴィエとしてはそれでもまだ問題があるらしく、難色を示していた。
「例え大叔父様と言えど、そう簡単に報告書に目を通していただけるものではありませんよ?物事には順番というものがありますから。」
それはそうだ。となると、やはり直接報告するしかないのか。
だが、例えリオリオンが報告に向かったとしても、すぐに対応してくれるとは限らないだろうな。
そうなると最悪、リオリオンが宴会に間に合わなくなってしまう可能性がある。
宴会の準備をしてしまっている以上、宴会を別の日に行う事は避けたい。
リオリオンは色々とやらかす人物ではあるが、所員達全員から慕われているぐらいには善良な人物だ。流石に宴会に参加させてあげられないのは可哀想な気がする。
ここは私が動くべきだな。リオリオンには先程私が提案した通り手早く報告書を描いてもらい、私が城に報告書と製造した魔石を提出しに行こう。
「よろしいのですか?」
「よろしいよ。今朝の事もあるし、私が城に顔を出して報告したい事があると伝えれば、ある程度融通してくれると思うからね。」
「それは…仰る通りなのですが…。国の財政に関わる重要な報告をノア様に行ってもらうのは…。」
オリヴィエとしては、国にとっての重要な報告をする場合は、私の様な無所属の者ではなく、出来る事なら国の人間にさせたいようだ。それに加えて、彼女は私に伝令の真似事、使い走りのような事をさせたくないのだろう。
とは言え、全員が時間通りに宴会に参加するにはこの方法が一番だろうし、私は個人的な理由で城に用があるのだ。多少無理を言ってでも報告に行かせてもらおう。
「ふぅ…分かりました。ですがノア様。宴会に遅れてしまうかもしれないという事を忘れないでくださいね?」
「うん。でもまぁ、あまり心配はいらないよ。コレがあるからね。」
オリヴィエとリオリオンの前に『
何なら報告は幻にさせてしまっても良いまであるが、流石にそこは礼儀というものがあるから本物の私が報告に行こうと思う。
無いとは思うが、幻を認識できる装置があったり、モスダン公爵のように優れた感知能力を持っている者がいるかもしれないからな。
「まぁっ!?…うぅ…流石に、今回ばかりはノア様の事をズルいって思ってしまいます…。」
「やっぱその魔術、反則だよなぁ…。姿も消せるし、別人の姿にもなれるんだろ?しかも複数生み出せるし…やりたい放題じゃねぇか…。」
「その認識で間違ってないよ。実際、ティゼム王国の悪徳貴族の悪事の証拠を、この魔術を使ってかき集めたからね。自分でもこの魔術はかなり凶悪な魔術だと思っているよ。」
「…怖すぎんだろ…。」
オリヴィエもリオリオンも、『幻実影』の性能に対して脅威を感じずにはいられないでいる。
無理もない。この魔術は魔王ですら驚愕し、
自慢のオリジナル魔術である。まぁ、大元はウルミラの『
流石に『幻実影』の幻まで出されてはオリヴィエも反対は出来ないようだ。この幻の性能はオリヴィエも十分知っているのだからな。
渋々ではあるが、彼女は納得してくれた。
「そういうわけだからリオリオン、パパっと報告書を作成してもらえるかな?」
「あいよ。ちょいと待っててくれ。」
リオリオンがパパっと報告書を作成すると言っても、多少の時間は掛かってしまうだろう。その間、紅茶でも淹れて待つとしよう。
さっきまで懇々と説教を続けていたオリヴィエだ。以前の時の様に喉を乾かしているだろうからな。
その後、リオリオンは本当に手早く報告書を作成してくれた。掛かった時間は僅か30分足らずだ。内容を確認してみれば、しっかりと要点を纏められていて読みやすく書かれている。
意外にも書類仕事は得意だったようだ。まぁ、研究所の所長ともなれば、書類の一つや二つと言わず、いくつもの書類を作成しているから、こういった仕事はて慣れているのかもしれないな。
報告書と生成された魔石を紙袋に収め、『収納』に仕舞う。準備完了だ。
では、ファングダムの王城へ報告に行くとしよう。
私が城へと向かう個人的な理由。
それは、ファングダムの王族達と、一対一で会話がしたかったからだ。
各々忙しいかもしれないが、多少の無理は通させてもらう。彼等がオリヴィエをどう思っているか、聞かせてもらうとしよう。
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