第214話 めでたいのなら、宴会だ!

 満を持して起動した魔石製造機は、想定通りの性能を発揮してくれている。

 加圧中に魔力が魔術具に浸透してしまうような事も無ければ、外部に漏れ出すという事も無い。それでいて十分な圧力が掛かっている。

 これならば内部で魔石が爆発する事も無く、想定通りの魔石を製造する事が出来るだろう。


 しばらくして、集積具に込められた魔力を全て使用しきったようだ。


 「集積具の魔力、残量0です!」

 「良し!魔石製造機の稼働を停止しろ!」

 「魔石製造機、稼働を停止します!」


 私には既に魔石製造機の内部が確認できているので、結果は分かっている。


 魔石は問題無く、想定通りの品質で出来上がっていた。この魔術具を製造するにあたって、私が手を貸した事と言えば、知識と魔力を提供したぐらいである。

 それも、知識に至っては直接答えを伝えたわけでは無く、答えに至るまでの疑問を投げかけただけに過ぎない。直接手を貸してはいないのだ。


 あの魔石製造機は、彼等の技術のみで作られたと言って良いだろう。


 「魔石が出来ているか、確認するぞ!」

 「貯蔵蓋、開きます!」


 不穏な駆動音も振動も無く、終始安定して魔石製造機は稼動していたのだ。所員達やリオリオンの表情は、期待に満ちている。


 貯蔵蓋を開き、内部を確認した職員達から歓声が上がる。


 「やりました!やりましたよ所長!!想定通り、いえ!想定以上の成果です!」


 興奮気味に魔石を回収した所員がリオリオンの元まで駆け寄り、完成したばかりの魔石を彼の手に差し出す。

 手渡された魔石をじっくりと確認した後、彼は両拳を握り締めて俯いた。彼の全身は、歓喜に打ち震えている。


 あ、これ叫ぶな。

 オリヴィエの背後に回って彼女の耳を抑えておこう。


 「えっ!?ノ、ノア様!?なに「いいぃよっしゃぁあああああっ!!!ついに!ついにやったぞぉおおおおっ!!!」ひぅっ?!」


 ギリギリだったな。喜びのあまり声量を抑えないばかりか、叫び声に魔力まで籠ってしまっていた。その結果、広範囲に微弱な物理攻撃を伴う衝撃波が発生してしまったのである。


 肉食系動物の因子を持つ獣人ビースターには、『猛獣の咆哮ビーストロアー』と呼ばれるブレスの様な攻撃手段を会得している者がいる。


 魔力ないし生命エネルギーを肺に溜め込み、咆哮と共に直線状に放出して対象を攻撃する技なのだが、今回リオリオンが放った雄叫びは、それに近い現象を引き起こしている。


 この『猛獣の咆哮』、詳しくは私も知らないが、修練によって効果範囲の拡大縮小や、勢いの強弱など、様々な応用が効くようになるらしい。


 リオリオンも『猛獣の咆哮』の派生型を複数習得していて、今回その一部を無意識の内に放ってしまったのかもしれないな。


 辺りは彼の放った雄叫びによって、結構な惨事となっている。大抵の者は耳を抑えて悶絶してしまっているし、聴力の優れた者の中には、気を失ってしまっている者すらいる。


 これは流石に擁護できそうにないな。耳を抑えた事で無事だったオリヴィエが、怒りの感情を隠そうともしていない。

 軽く私に礼を述べた後、喜びに打ち震えているリオリオンの元へと歩み寄り、冷たい声色で彼を呼んだ。


 「よろしいでしょうか?リオリオン所長。」

 「おう!どうした!オリ…うぅっ!?」


 おいおい、いくら興奮しているからって、オリヴィエの名前を口にするのは拙いだろう。

 幸い彼女の氷点下の視線にたじろいだため、名前を言いきる事は無かったし、ほぼ全ての所員達は耳を抑えているか気を失っているかのどちらかである。

 オリヴィエの名前が周囲の者達の耳に入るような事は無かったと思いたい。


 不思議と今のリオリオンは、歓喜の雄叫びを上げていた時よりも小さくなっているように見える。


 「まずは、人工魔石製造実験の成功、心よりお慶び申し上げます。おめでとうございます。」

 「お、おう…。ありがとう…。」


 人工魔石が出来た事自体は、オリヴィエにとっても喜ばしい事である。リオリオンへの祝辞も、偽りのない本心から出た言葉である事は間違いない。


 「ですが。」

 「ハイ。」


 だが、祝いの言葉はそれで終わりだ。本来であればこのまま祝賀会でも開いていたのかもしれないが、この有様ではそれもままならないだろう。

 彼等の治療は私が行うとして、この事態を作り上げてしまった事への言及はするべきなのだろうな。つまり、説教の時間である。


 「周囲をご覧ください。どういった状況か、お判りいただけますでしょうか?」

 「あー…み、皆、悶えるぐらい、う、嬉しかったのかなぁ…?」


 リオリオンよ。何故そう言った方向へ言い訳をするんだ。その言い訳は、火に油を注ぐのと変わらないぞ?以前も似たような事があっただろうに。


 「所長?」

 「…ハイ…。」


 オリヴィエの表情から笑みが消える。彼女にとって、笑って済ませられる内容ではない、という事だな。


 それと言うのも、オリヴィエは聴力に優れているのだ。私が彼女の耳を塞がなかったら、気絶してしまっていたかもしれない。

 自身の身の危険にも及ぶ事だったためか、リオリオンの短慮さに対してかなり頭にきてしまっているのだろう。


 「彼等の表情をご覧ください?アレが嬉しさに悶えている者達の表情ですか?」

 「ああ…いや。そのだな…これは、何と言ったらいいか…。」

 「所長、少し二人でお話をしましょうか。」


 ただ、彼にも立場があるからか、この場で説教をするつもりは無いようだ。場所を変え、長い時間懇々と説教をするつもりである。


 「えぇ…。」

 「何か問題が?」

 「イエ…ナイデス…。」

 「では、所長室まで行きましょうか。ノア様、申し訳ありませんが、所員の方々の治療をお願いできますか?」

 「構わないよ。こっちは任せて、存分に語り合って来ると良い。」


 基本的に、リオリオンはオリヴィエに対して頭が上がらないようで、彼女の言葉に逆らう事が出来ないでいる。

 確かに、今の彼女からは圧力のような気配を感じ取れるが、彼女自身の力が増幅していると言ったわけでは無いのだ。


 リオリオンがオリヴィエに頭が上がらないのは、何か理由がありそうだな。


 「ちょちょちょ、ノア!お前さんからも何とか言ってくれないか!?このままだと折角の歴史的快挙の余韻が、説教で潰れちまう!」

 「自業自得だよ。流石に、今のは私でも擁護が出来ないからね。」

 「うっ…ぐ、ぐうの音も出ねぇ…。」


 私に助けを求められても、先程の様に擁護する事は出来ない。

 今回は我慢できずに周囲に被害が出るほどの雄叫びを上げてしまった、リオリオンに非があるのだから。

 観念してたっぷりと怒られてくると良い。


 「さ、行きますよ。私の膂力では所長を動かす事なんてできないんですから、キビキビ歩いてください?ノア様がここにいる方々を治療してしまったら、所員の方々に醜態をさらす事になりますよ?」

 「お、おう…。」


 遠慮が無いな。もしかしたら、二人で話をするのはオリヴィエ自身、抑制が効かずにリオリオンの事を大叔父と呼んでしまう事を恐れたからかもしれないな。



 二人が最下層を後にしたのを見送ってから、私は周囲に対して『広域治癒エリアヒール』を発動する。


 勿論、この場にいる者達にしか効果が及ばないように効果範囲は抑えている。

 気絶せずに悶絶していた者達はこれで問題無いだろう。魔術を発動してすぐに彼等は回復したようで、耳から手を放していた。


 気絶してしまった者達は…受けたダメージ自体は回復しているが、起きる気配が無いな。疲れが溜まってしまっていたためか、そのまま熟睡してしまっているようだ。


 回復した所員の一人、私達を魔術具研究所に案内したコンバが私の元まで来て礼を述べてくれた。


 「ありがとうございます、『姫君』様。」

 「気にしなくて良いよ。それよりも、おめでとう。無事、人工魔石を製造する事が出来たみたいだね。」

 「は、はい!これも偏に『姫君』様のお力添えのおかげです!本当にありがとうございました!」


 周囲から視線を感じたので辺りを見回してみれば、回復した所員達が皆、私に向けて感謝の気持ちを込めた視線を送っている。


 実際のところ、その気持ちも理解は出来る。私がリオリオン達に答えに繋がる疑問を投げかけなかった場合、今の魔石製造機を完成させるのに、最低でも十年以上の歳月を掛けていた筈だ。


 それに、魔石製造機を完成させたとしても、この実験を行うには大量の魔力が必要になる。

 今回使用した魔力集積具に満杯まで魔力を込めようとした場合、それだけでどれだけの時間を消耗する事になるか分かったものではない。


 私もその事を理解出来ているので、彼等の感謝の気持ちは素直に受け取る事にした。例え私にとっては大した事が無かろうとも、所員達にしてみれば非常に大きな貢献だったのである。


 「どういたしまして。私としても、貴方達の研究の助けになれて良かったと思っているよ。ところで、貴方達は寝なくて大丈夫なのかな?」

 「ああ…ははは…ホントは寝た方が良いのでしょうが、ちょっと興奮しすぎちゃってて…難しいですね…。」


 コンバを含めた何人かは夜勤明けの状態である。本来ならば夜勤が終わり次第睡眠をとるところに、例の魔物騒ぎである。

 その騒ぎが落ち着き、これから寝ようというところで私が訪れたので、そこから魔石製造機を組み立てる事となったのだ。


 魔石製造機を組み立てている間に睡眠をとっておけばよかったのだが、そこは魔術具研究所員、興味がある事には寝る間も惜しんで作業に加わっていたのである。


 流石に睡眠不足の者を作業に加えてしまったら、大きな事故が起きる可能性があったので、組み立て作業に参加させるのを渋ったのだが、彼等は魔術によって眠気を一時的に取り除いて参加を要請して来た。


 なんとこの眠気を取り除く魔術、ここの所員は全員が習得している魔術らしい。

 ちなみに、一時的に取り除くだけの魔術であり、睡眠をとる必要が無くなる魔術ではない。魔術の効果が切れると、尋常ではない睡魔が襲って来るらしい。


 そして、そろそろその眠気を取り除く魔術の効果が切れるころなのだが、彼等は悲願が達成された事の興奮のせいか、あまり眠気が無いようなのだ。

 しかし、このままでは後の反動が凄まじい事になるだろう。今の内に睡眠をとっておくべきだな。


 「なんなら、私が眠れるように睡眠促進の魔術でも掛けようか?貴方達は特に身体能力に優れているというわけでも無いのだし、そろそろ睡眠をとらないと健康に悪いだろう。」

 「しかし、『姫君』様にそこまでお世話になるわけには…。」


 可能であれば、自分達の力で事を成し遂げたかった彼等は、何かと私に対して遠慮しがちである。

 だが、睡眠の手助けに関しては魔石製造機に直接関わる事では無いので、積極的に関わらせてもらうとしよう。


 「遠慮なんてする必要ないよ。どうせリオリオンはさっきの雄叫びが原因でリビアにこっぴどく説教を受ける事になるからね。彼がこの場に戻って来るのはまだしばらくかかるだろうさ。」

 「…かもしれませんね。分かりました。図々しいかもしれませんが、お願いできますか?」

 「勿論。他にも睡眠をとりたくても眠れそうにない人がいたら、言って。」


 他の職員にも声を掛けてみれば、結構な人数が魔術を要求してきてくれた。

 中には夜勤明けではなく、単に休憩したい者までいるほどだ。私は別に何も言わないが、後で怒られても知らないぞ?


 「それなら、魔術を受ける者達はこれから自室に向かってもらえるかな?ああ、ついでだから気絶してそのまま眠った者達も部屋に送っておこうか。」


 片やベッドで快適な睡眠をとっている中、片や冷たく硬い床で睡眠をとるともなれば、流石に不公平で可哀想だ。

 気絶してしまった者達を一か所に集めて、『我地也ガジヤ』によって複数人が座れる車輪付きの椅子を作製し、彼等を椅子に座らせる。


 『我地也』の効果を見て所員達は一様に驚愕しているが、今更彼等が私に対してよからぬ事を考えるとは思わない。

 そのため、『我地也』を使用する事に躊躇いは無かった。



 睡眠が必要な所員達を各々の部屋へと送り、睡眠促進魔術を施せば、彼等は瞬く間に眠りにつく事となった。

 ゆっくりと休むと良い。今日は本当に色々とあったのだからな。


 さて、私は私で動くとしようか。

 何せ歴史的快挙を成し遂げたのだからな。相応の祝賀会が必要だと思ったのだ。


 私は今のところ、小説などでよく目にする祝い事の行事、パーティーや宴会というものを体験した事が無い。強いて上げるのであれば、エリザベートにモスダンの魔法を発現させた時に受けた歓待ぐらいだ。


 グリューナとの親善試合を行った日の夕食時も、周囲は祝いの席の様な雰囲気ではあった。

 だが、生憎と私はその時フウカから彼女の事情を聞いていて、それどころではなかったのだ。


 何と言うかこう、皆でワイワイ騒ぎながら、嬉しい気持ちを分かち合いながら、楽しく飲み食いするという行事を体験してみたいのだ。


 今回の人工魔石製造実験の成功は、宴会を行うのに非常に良い理由になる。

 それに、この研究所には食堂もあるのだ。昼食を取らなかった分、盛大に御馳走を用意しようと思う。



 と言うわけで、私は食堂に足を運び、調理師達の元に来ている。

 ここの食堂は昼食をとる際に何度か利用させてもらっているので、調理師達にも顔を覚えてもらっているようだ。


 尤も、私もオリヴィエも新聞に載っているような有名人だ。食堂に通わなくとも顔を覚えられていたかもしれない。


 ここの食堂の料理の味は非常に美味かった。何せ王族であるリオリオンが、食事を取る際は必ずこの食堂を利用しているのだ。

 王族を納得させる腕前を、この食堂に勤める調理師達は持っているのである。


 「それで、『姫君』様、私達に頼みたい事って何です?」

 「ああ、ついさっき、この研究所で大きな快挙を成し遂げたからね。今晩は盛大に宴会でも開いてもらえいないかと思ってね。」

 「へぇ!そりゃあめでたいですねぇ!ただ、宴会を開くのは私等としても賛成なんですが、食材の在庫があんまりないんですよねぇ…。仕入れたくても、今はどこもかしこもお祝いムードでしょうし…。」


 なるほど。食材の問題か。確かに、私とリビアの件があるから、あらゆる場所で豪勢な食事を用意して良そうだし、国としても魔物の大群を退けた祝勝会を開いているかもしれない。

 …至る所で食材不足になっていそうだな。


 だが、食材という事なら問題無い。言い出したのは私なんだ。食材に加えて、酒も私の方で提供させてもらおうじゃないか。


 「ちょっと待っていてくれる?今朝斃した、食べられる魔物を解体して持ってくるから、それを使ってくれて良いよ。ああ、それから、酒や調味料もそれなりに所有しているから、足りなかったら提供しよう。」

 「い、いいんですかっ!?」

 「勿論。実を言うと、私は宴会というものをまだ体験した事が無くてね。是非、私の楽しい思い出作りに協力して欲しい。」


 言うなれば、自分のために普段とは違う事をして欲しいと彼等にねだっているのだ。少し我儘が過ぎるだろうか?


 嬉しい事に彼等は乗り気になってくれた。


 「そういう事でしたら、此方としては腕を振るわないわけにはいきませんね!お任せください!リオリオン様も贔屓にして下さっている我々の料理の腕、『姫君』様も存分にご堪能ください!きっと満足させて見せます!」

 「ありがとう。それじゃ、早速解体して来るよ。」


 魔物の数は潤沢だ。何せ今朝、地下で大量に斃しているからな。

 調理師達に現在私が所有している魔物の種類を伝えて、その中から宴会に用いたい魔物を選んでもらった。


 解体に向かう前に『通話コール』を用いてオリヴィエと連絡を取り、少しの間研究所を離れる事を伝えておいた。勿論、彼女の傍には『幻実影』の幻を置いておく。

 ちなみに、オリヴィエはまだリオリオンに説教中であった。

 気持ちは分からなくも無いが、程々で許してあげるよう、伝えておいた。



 それでは、街の外へと移動し、宴会に向けて魔物の解体である。

 解体には勿論、血を抜くために開発した『血液除去ブラヅェムバル』を使用する。まさかこんなところで使用する事になるとは思わなかったが、おかげで解体時間を大幅に減らす事が出来た。

 これで宴会の準備も余裕を持って行う事が出来る。


 手早く解体を終わらせ、食堂の調理師達に食材を提供しよう。


 宴会か…どういったものになるか、楽しみだな!

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