第217話 王として、父として

 部屋に入ってすぐに、レオナルドの姿は確認できた。まぁ、私室に一人、椅子に腰かけている状態で他に誰もいなかったので、彼以外にレオナルドと思われる人物はいないわけだが。

 現国王と言うだけあって、その姿は新聞に載る事も多いし、ティゼム王国の本にもその姿が記載されていた。

 そのおかげで、一目見て彼がレオナルドだと理解できた。


 まぁ、本の方に関しては王族としてではなく武人としてだが。


 そう、レオナルドは本に記載されるほどに武芸に秀でた人物だ。既に全盛期は過ぎている年齢であっても、鍛え上げられた肉体は衰えを感じない。

 これで衰えていると言うのであれば、全盛期は一体どれほどの恵体だったのだと言いたくなるような佇まいだ。


 レオナルドの表情は硬い。やや緊張しているようだ。彼は本能的に私との力の差を理解しているのかもしれないな。


 「初めまして。知っているとは思うけど、私は"上級ベテラン"冒険者のノア。急だと言うのに態々私室に招いてくれた事、感謝するよ。」

 「ファングダム現国王、レオナルド=ウィグ=ファングダムだ。娘や息子が世話になったな。それで、急ぎ報告があると聞いたのだが、何があったのだ?その様子だと、悪い知らせでは無いようだが?」

 「ああ、むしろ吉報だよ。…これに目を通して欲しい。」


 『収納』からリオリオンの報告書と人工魔石が入った紙袋を取り出し、レオナルドに手渡す。

 本来、こういったものは危険物を警戒して本人に直接渡すような事はあり得ないらしいが、この場には私と彼の二人だけだ。直接渡すしかないのだ。

 この二人きりの状況を作ってくれただけ、私の事を信頼してくれているという事だろう。


 紙袋を受け取ったレオナルドは、まず紙袋そのものを確認する。紙袋を使用している時点で、それなり以上の力を持った者からの報告だと気付いたようだ。


 「これは、魔術具研究所の、叔父上からか?ん?報告書以外にも何かあるな…。む…魔石か。随分と質が良いな…。ふむ、報告書の内容は……な、何ぃっ!!?」

 「急ぎの報告と言うのも理解できるだろう?歴史的快挙というやつさ。」


 報告書の内容に驚愕し、報告書と魔石を交互に視線を送っている。


 「こ、これは!量産が可能なのか!?使用する魔力量は!?生成までに掛かる時間は!?魔石を製造するための魔術具の維持費は!?そもそも、魔術具の製造にどれほどの費用が掛かるのだ!?」

 「それらの情報に関しては、二枚目以降の報告書に目を通してもらえればちゃんと記載されているよ。」


 人工的に魔石を製造できると言う事実が何を意味するのか、レオナルドも十分に理解できているようだ。

 報告書の一枚目には、レオナルドへの挨拶と単純に安定して魔石が製造可能だと言う事実が記入されていた。細かい仕様などについては二枚目以降の報告書に記載されている。


 私の指摘を受けて、レオナルドは食い入るように報告書に目を通していく。国の財源として使えるかどうか、必死に頭を働かせているのだろう。


 「これは…!本当にこれほどの…!これが事実ならば、すぐにでも量産を…!いや待て、流石にそれでは急すぎるか…。」

 「確かに、貴方の言う通り今すぐに量産体制に移るのは、無理があるね。」

 「うむ。確かにめでたい報告ではあるが、問題点が無いわけでは無いだろうからな。そなたも、その事は理解しているようだな。」


 報告書を読み終え、レオナルドは現状では魔石の量産が難しい、そう結論を出したようだ。

 それでいい。すぐにでも量産に映ろうとしたのなら、それはそれで王として問題のある判断だ。

 だが、近い将来、具体的には5年で量産体制に持って行けると私は考えている。


 レオナルドはそんな私の考えを、私の表情から読み取ったようだ。両眼を見開き、食い気味に私に訊ねてきた。


 「その表情、そなた、問題点の解消に目途がついているのかっ!?そういえばそなた、だと言っていたな!?ならば何時だ!?そなたはどれほどの時間で量産体制に入れると考えている!?」

 「最短で5年だよ。尤も、この期間は人工魔石の量産を国の財源と認めて、全力で量産体制を整えようとした場合になる。その為の政策も即決で決まる事が条件だね。遅ければ、それこそいつまで経っても量産できないんじゃないかな?」


 そう、5年と言うのはすべての事が上手く運んだ場合での話だ。国王は国で最も権力のある人物ではあるが、だからと言って政治のすべてが国王の沙汰で決まるものではない。

 魔石の製造に懐疑的な者もいるだろうし、量産体制のための予算配分に難色を示す者も現れるだろう。最短で事を成すにはそういった者達を納得させ、従わせる必要がある。


 私の言葉の意味をレオナルドも理解したようだ。難しい表情で左手で額を押え、唸り声をあげてている。


 「ぬぅううう。確かに、政治に関わる者達の中には、金の採掘に執着している連中がいるからな。その連中が新たな事業に賛成するとは思えん。むしろそんな予算があるのなら、採掘の方に予算を回せと言って来るだろうな…。」

 「あまり金の採掘に力を入れるつもりは無いの?」


 意外だな。オリヴィエの話を聞く限り、レオナルドもレオンハルトも金の採掘に注力している気がしたのだが。オリヴィエがいなくなった四ヶ月間で考えが変わったのか?


 ああ、そういえば金の採掘量の減少に頭を悩ませていると言っていたな。彼にもファングダムの金の埋蔵量が底をつきかけている現実が見えてきているのかもしれないな。


 「無いな。これは他言無用で頼みたいのだが、ここ数年、我が国の金の採掘量は減少の一途を辿っていてな。嘗てより貯蔵していた金がまだ残っているため、一応余裕はあるが、それでもこのまま採掘量が減少してしまえば、その先どうなるかは分かり切っている。正直、そなたが持ってきてくれた人工魔石の話、天空神様の思し召しに思えてならんぞ?」


 なるほど。レオナルドがここまで食い気味だったのは、彼にとっても渡りに船な状況だったからなのだな。

 しかも人工魔石は魔力さえあれば半永久的に製造可能だ。長い目で見れば、金以上に需要が出る商品となっていくだろう。


 何せ、魔石の用途は非常に多いのだ。魔術具の動力を始め、錬金術の素材や魔術の媒体、それに魔力の肩代わりも出来る優れモノだ。


 実物を見て品質は確認済みだ。この品質の魔石を量産できるとなれば、間違いなくファングダムは経済的に大きく成長できる、とレオナルドは考えていそうだな。


 そんなレオナルドに、追い打ちをかける、と言うか背中を押す情報を伝えよう。


 「あー、その、言い辛いんだけどね。今回の魔物の騒動を収めるために私はファングダムの地下を走り回ってたんだ。その際に分かった事がある。」

 「む?何か、悪い知らせなのか?」

 「まぁね。全体的に、坑道の強度がかなり増しているよ。崩落の危険はほぼ無い状態になってると言っていいね。」

 「む?それは朗報では?ん?いや、待てよ?強度が増しているだと?ではまさか…!」


 察しが良いな。レオナルドは武人として多くの者に知れ渡っているが、その中で頭の回転も速い人物だと知っている者は、どの程度いるのだろうな。


 「そう。全体が、だよ。つまり、これまで以上に金の採掘が難しくなっているんだ。難易度的な意味で、金の採掘量は激減するといっていいだろうね。」

 「んぐぁああ~~~っ!これ以上財源が減る事を嘆いたらいいのか、ちょうどいい機会だと喜んで良いのか分からん…っ!」


 上を仰ぎ、左手で目を押えて私の伝えた情報に嘆いている。

 先程レオナルドが言っていた、金の採掘に執着している者達を納得させるいい材料だと思うのだが、逆に余計に採掘のための予算を要求してくると思っているのだろう。実際、その通りだと思う。


 「まぁ、金の採掘に執着している者達を納得させるだけの理由と成果を、これからリオリオンは上げる必要があるだろうね。魔術具研究所からの報告はそんなところだよ。」

 「はぁ~~~…。それまでの間、あの連中を黙らせるのが俺の仕事になりそうだなぁ…。態々ご苦労だったな。して、要件はこれだけか?人工魔石の事を伝えたいのなら報告書を送るだけで良かった筈だ。態々俺と直接話がしたいと言ってきたのだ。他にも何か用があるのだろう?」


 やはりレオナルドは察しが良いな。先程まで深いため息をついて辟易としていたが、既に別件の事へ気持ちを切り替えているようだ。


 では、本題に移らせてもらうとしよう。


 「察しの通りだよ。私の本来の目的は、別にあるんだ。」

 「その目的はというのは、俺も関係が?俺自身に用があるという事なのか?」

 「ああ。ファングダムの王族達と、一対一で話がしたくてね。貴方達の本音が聞きたかったんだ。」


 私がどういった目的で行動しているかなど、流石にレオナルドも把握していないだろうからな。彼自身に用があると言われても、思い当たる節が無いのは当然だ。

 本音が聞きたいと私が言えば、尚の事レオナルドは訝しんでしまった。


 「俺の本音だと?一体、何が知りたいのだ。」

 「もったいぶっても仕方が無いから、ズバリ言わせてもらおう。レオナルドは、娘のオリヴィエの事をどう思っているのかな?」

 「む…オリヴィエか…。」


 私が思うに、レオナルドは決してオリヴィエを嫌っていないと思っている。その本心を、ようやく聞く時が来た。


 腕を組み、目を閉じて思いにふけるようにして、レオナルドはゆっくりと自分の胸中を語ってくれた。


 「オリヴィエはなぁ…。そりゃあ勿論、可愛い娘だと思っているぞ?昔っからやたら頭がいいうえに、察しの良い娘でな。不思議と失せ物や探し物を見つけるのが上手い娘だった。正直、あの娘がいなかったら、今頃ファングダムは金の減少と共に大きく衰退していただろうな。あの娘は、採掘された金を徹底して管理し、不用な浪費を抑え込んだんだ。」

 「娘という事を抜きにしても、随分とオリヴィエを買っているんだね。その割には、結婚の話なんかはまるで聞かないけど?」


 私がレオナルドに対して解せないと思っているのはそこである。やはり彼はオリヴィエを大切に思っていたし感謝もしているようだが、だとしたら何故18才にもなってまるで結婚の話が出ていないのだろうか?


 王族ならば、もっと幼いころに婚約者がいてもおかしくないだろうし、オリヴィエの年齢なら既に結婚していてもおかしくないのだ。

 まぁ、姉のリナーシェが結婚していないので、ファングダムの結婚の時期がやや遅めと言うのもあるかもしれないが。


 やはり私の予想通り、レオナルドはオリヴィエを手放したくないのだろうか?


 「いや、だってよぉ…。あの娘の結婚相手に相応しい奴、誰かいるか?言っとくが、他国に嫁がせるのは絶対に駄目だぞ?あの娘を失うのは、この国の損失だ。そなたにも分かり易く言うなら、ティゼム王国がマクシミリアンを失ったのと等しいほどの損失だ。」

 「そこまで言う?」

 「言うに決まってるだろ。あの娘がこの国でどれだけの人気を誇ってると思ってるんだ?今でこそ民達はそなたやそなたの付き人である聖女とやらに夢中だが、それまでファングダムの民達は、誰もがあの娘に夢中になっていたんだぞ?」


 なるほど。オリヴィエが他国に嫁いでしまうのは国民からも顰蹙を買う事になりそうだな。だが、それだけが理由か?


 「勿論、それだけじゃあない。そなたもあの娘の優秀さは知っているだろう?あの能力が他国で振るわれるというのは、ハッキリ言って面白く無い。」

 「親としての心情は?」

 「俺の可愛いオリヴィエを、他の誰にも渡したくない!」


 つまりは、親馬鹿だったと。まぁ、話を聞いていてそんな気はしていた。となると、リナーシェの結婚も渋々と言ったところだったのだろうか。


 「いや、リナーシェは見た目は良いんだがな…。あの娘は姫と言うには、ちと元気すぎるというか、お転婆というか…。とにかく、まぁ、ニスマ王国から打診が来るまでは、な…。正直、相手が決まってホッとしてる…。」


 ちょっと元気すぎる、もしくはお転婆、ねぇ…。随分やんわりと答えたな。自分の娘だから擁護したのだろうか。

 オリヴィエから聞く限り、リナーシェは非常に苛烈な女性だ。何せ、だらしのない王子を自分好みの性根に仕立て上げると豪語するほどだ。

 その話を聞いた時、彼女の夫となるニスマ王国の第一王子を、知った仲ではないと言うのに気の毒に思ったほどである。


 レオナルドとしては、リナーシェの事を持て余していたのかもしれないな。結婚する事で少しは落ち着く事を狙っているのかもしれない。


 対してオリヴィエはというと、やはり単純に手放したくないという事のようだ。レオナルドから見ても、オリヴィエは娘として余程可愛く見えているのだろう。


 「そりゃそうだろ!生まれた時からじゃじゃ馬娘だったリナーシェと違って、オリヴィエはちゃんとお姫様してるんだぜ!?そりゃあ可愛いに決まってる!」

 「そういう割には、最近は仕事の話ばかりらしいけど?」

 「いや、だってよぉ…。年頃の娘に対して何話せばいいかなんて、俺には分っかんねえし・・・。なんか、あの娘が10歳ぐらいの時から避けられてるような気がしてなぁ…。」


 段々口調が雑になってきているな。これがレオナルドの素、という事だろう。つまり、今の彼の口から出ている言葉は紛れもない本音という事だ。


 しかし、何を話せばいいか分からない、か。

 これもまさかの予測的中だったとは。私とは普通に話が出来ているから、口下手な線は無いと思っていた。


 その点、大叔父であるリオリオンはオリヴィエと上手く付き合えているな。今、それをレオナルドに伝えるわけにはいかないが。


 「今私と話しているのと同じようなノリで会話をすれば良いじゃないか。」

 「いや、そなたの場合は、こう言っちゃ悪ぃが、見た目の美しさより先に強烈な気配に圧倒されちまってなぁ…。」


 かなり失礼な事を言われている気がするが、王として私に対応すると、尋常じゃなく疲れるらしい。

 さっきからレオナルドの口調が雑になって来ていたのは、それが原因のようだ。格好をつけて取り繕うのを、止めにしたらしい。


 まぁ、それはそれとして、レオナルドもオリヴィエが家族と関わる事を避けていた事を感づいていたようだ。


 「私に対する印象はまぁ置いておくとして、オリヴィエがよそよそしくなった理由を知っているから教えておくよ。」

 「良いのか!?頼む!教えてくれ!」


 と言うわけで、オリヴィエが心を閉ざす事になった事件の話と、それ以降の彼女の心境、そしてレオンハルトの気持ちは既に理解していて、彼もオリヴィエに謝りたいと思っている事を伝えておいた。


 「そうか…。ラディニカの件は勿論知っていたが、レオンの奴が若すぎたんだな…。確かに、アークネイトの不正を暴いた手腕は10才とは思えないものだった。アイツがビビっちまうのも無理はねぇだろうなぁ…。」

 「そういう事があったからね。貴方達家族は一度腹を割って話し合いをすべきだと思っているんだよ。話し合いの場を設けようとも考えてる。まぁ、その時はオリヴィエの味方として、私も一緒にいるんだけどね。」


 レオナルドとしてもレオンハルトの気持ちが分からないでもないらしい。しかも彼からは、自分が息子をファローしてやればよかった、と言う自責の念を感じる。


 今のところ、レオンハルトを責める気は無いようだ。


 「なるほどな…。それが態々そなたが城に報告に来た理由か。」

 「うん。だから出来れば、他の王族、貴方の妻達とリナーシェ、それとカインとも話をさせてもらいたいね。先に彼女達の気持ちを知っておきたいんだ。」

 「良し分かった!許可しよう!存分に語り合ってくれ!特にリナーシェはそなたと話をしたがっていたからな!アイツも喜ぶだろう!ああ、そう言えばカインもそなたの話を聞いて目を輝かせていたな!良ければ話し相手になってやってくれ!」


 なんと。リナーシェやカインは私に興味があるらしい。

 少し考えて納得する。リナーシェは様々な武術を収める武人だ。宝騎士を下せる実力者に興味があるのだろう。

 それと同様、武芸に優れたリナーシェやレオンハルトを慕っているのならば、私に興味を持っても不思議ではない。


 そうだな。私ばかりが一方的に話をするのは不公平なのだし、可能な限り要望には応えるとしよう。


 「分かったよ。この際だから、ファングダムの王族全員と仲良くなっておこうじゃないか。話をしてくれてありがとう。それじゃ、そろそろ行かせてもらうよ。」

 「ああ、よろしく頼んだ。それと、ありがとうな。あの娘、オリヴィエの友達になってくれて。」


 私が退室する意思を見せたところで部屋の扉が開き、そのタイミングでレオナルドが小さく礼を言う。


 だとしたら、私達の会話を耳に入れられたくないのだろう。黙って頷いて部屋から出る事にした。



 部屋を出るとカンナが待機しており、早速リナーシェの元まで案内してくれるとの事だ。


 会話の内容を聞かれたのかと思ったが、私がレオナルドと話をしている時にこの場にリナーシェが訪れたらしく、部屋の前に待機しているカンナを不思議に思い事情を尋ねたらしい。


 私が城に来ている事を知ると、リナーシェは是非次は自分の所に案内するように言ってその場を立ち去ったそうだ。

 リナーシェには私が会いたがっていると伝えたため、非常に期待に満ちた表情をしていたと言う。


 ならば、その期待に応えるとしよう。おそらくだが、彼女とは一度手合わせする事になるだろうからな。


 差し出がましいだろうが、稽古をつけてあげるとしよう。

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