第218話 ファングダムのお転婆姫

 私が案内された場所は、予想通りと言うか何と言うか、兵達が普段体や技を鍛えるための訓練場だった。

 場内には射撃の訓練用の設備として円状の的や、地面から2mほど突き出た杭に鎧を取り付けた、打ち込み用の稽古台が多数配備されている。


 また別の場所では上官らしき男性が良く通る威勢のいい声を上げ、その声に合わせて兵士達が声を上げながら訓練用の武器を振るっている。


 武器の種類によって兵士達はグループ分けをされていているな。彼等の動きは乱れる事なくとても綺麗に整っている。普段から行っている事なのだろう。

 統率が取れ、兵士達がきっちり一斉に動く様は、見ていて気持ちが良いものだ。


 場内には、他にも試合を行うためのスペースが専用に用意されていて、そのスペースは他の場所よりも高さがある。

 このスペースだけ他の場所よりも強度があるので、出し惜しみなく力を発揮させるための場所なのだろう。


 良く見てみれば、ティゼム王国の騎士達が使用していた、訓練用の魔術と似た構造をした魔術陣を確認できたので、ある程度は怪我の心配をせずに思いっきり戦えるのかもしれない。


 そしてその試合用のスペースに、思うままに武器を振るっている女性がいた。


 ファングダムの第一王女、リナーシェだ。彼女も私の存在に気付いてはいるようだが、今は型の稽古をしている最中なのだろう。一瞬だけ此方に意識を向けた後、すぐに稽古に集中し直した。


 彼女は地面に突き刺した複数の武器を何度か振るっては地面に突き刺す行為を何度も繰り返している。


 その動きはどの武器であっても見事なまでに洗練されていた。

 武器の種類は片手剣を始め斧、槍、槌、棍、鎌、盾と言った物もあれば、リオリオンが得意とするようなグレートソードの様な特大剣から、繊細な技量を求められる蛇腹剣まで、全12種類と非常に多彩だ。

 更に近接戦闘用の武器だけでなく、長弓や短弓、更にはクロスボウまでもが地面に突き刺さっている。


 更にリナーシェの腰には二本の短刀が携えられ、手甲は魔術具なのだろう。手の甲に当たる部分から、魔力による鋭利な爪を生み出せるようだ。

 脛当てや靴も魔術具のようだな。そちらも手甲と同じく魔力刃を生み出せるようになっている。


 腕や足の魔力刃を使用する事を想定しているだけあって、体術自体が実に高い練度を誇っている。


 是非ともラビックに見せてあげたい動きだな。いや、もしかしたらホーディも興味を持つかもしれない。

 とにかく、今のリナーシェの動きは記録しておこう。家に帰ったらあの子達に見せてあげるのだ。



 一通りの稽古が終わったのだろう。地面に突き刺さった武器群の中央に立ち、右手を頭上に掲げると、一般的な『格納』よりも大きな穴が開き、一度に全ての武器が穴に吸い込まれていった。手甲や脛当て、靴に腰に携えた短刀含めすべてだ。


 アレはリナーシェ独自の『格納』のようだ。おそらく、取り出す時も一度に全て排出されるのだろう。


 実にいいものを見せてもらった。ここは称賛の拍手を送るとしよう。


 私が拍手をしながらリナーシェに近づいて行くと、彼女もまた私に近づいて来る。いや、近づいてくるというよりも距離を詰めると言うべきだな。


 歩術の一種なのだろう。足音も無く、それでいて距離感を狂わせるような動きで私との距離を縮めてきているのだ。


 ある程度距離が縮まったところで、リナーシェがとった行動。それは―――


 「お初にお目にかかるわ!今のを容易に凌げるなんて流石ね!知ってるのかもしれないけど、私はリナーシェ=ウィグ=ファングダム!この国の第一王女よ!これならどうかしら!?」

 「初めましてだね。私は"上級ベテラン"冒険者のノア。先程の型稽古と言い、見事な動きだね。色々と参考になるよ。」

 「リナーシェ様!ノア様に対して失礼ですよ!普通に挨拶してください!」


 リナーシェなりの挨拶なのだろうか?繰り出されたのは急加速からの上段後ろ回し蹴りだった。

 蹴りが当たったとしても私には一切ダメージは入らないが、彼女は私の技量がどの程度なのかを知りたいだろうから、いなす事にした。


 右手で彼女の足を受け止めると、リナーシェの蹴りの勢いを利用して、私は彼女を宙へと放り投げたのだ。


 空中で翻り着地と共に自己紹介を始めると、今度はまっすぐに突っ込んで来た後に体制を低くしてからの跳び上がり気味のアッパーカットを繰り出した。


 一歩下がってリナーシェのアッパーカットを躱せば、彼女はアッパーカットの勢いを利用してのサマーソルトキックを繰り出してきた。

 初撃が当たっても躱されても、二撃目は当たるような軌道の蹴りだ。


 私も自己紹介しながら、手の甲で少しだけ蹴りの軌道を逸らしてやり過ごす。


 最初の不意打ち気味の後ろ回し蹴りは当たるとは思っていなかったようだが、次の連撃は当てるつもりだったようだ。


 着地した時のリナーシェは、心底感心した表情をしている。そしてその表情はすぐに獰猛な笑みへと変わっていった。

 まだまだ動き足りないのだろう。私ならば存分に力を振るうことが出来ると判断したようだ。


 いきなり格闘戦が始まってしまった事に対して、カンナが憤慨してリナーシェを窘めている。私の扱いが一国の姫と同様である以上、あまり失礼な真似をしたくないのだろう。


 私としてはこういった挨拶も面白いとは思うのだけどな。やはりそれは自分ならば対応できるから、という驕りから来てしまっているのだろうか?


 カンナに注意されたリナーシェが、口をとがらせて不満を隠さずに答える。


 「もー、カンナったら固いわねぇ。良いじゃないのよ。どっちにしろ全然通用しなかったんだから。それにしても貴女って、身体能力だけじゃなくてしっかり技も持っているのね。素直に感心したわ。良かったらこの後手合わせしない?」

 「構わないよ。あれだけじゃ全然物足りないみたいだしね。思う存分暴れてみると良い。全部受け止めようじゃないか。」

 「ノ、ノア様!?」


 リナーシェの誘いに二つ返事で了承すれば、非常に嬉しそうな、それでいて獰猛な笑みを浮かべている。次の手合わせでは先程振るっていた武器を全て使用するつもりなのだろう。


 面白い。私が戦闘をする際は武器をまるで使わない、と言うか使う必要が無いのだが、それでも彼女の動きから学べるものがあるかもしれない。色々と参考にさせてもらおう。


 カンナが慌ててしまっているが、問題無い。この試合場にはやはり存分に力を発揮させるためか強力な魔術が発動するように細工が施されているのだ。

 かすり傷などは負うだろうが、大きな怪我の心配はしなくて良い。


 「まぁまぁ、良いじゃないか。私はファングダムの王族全員と仲良くなると決めたんだ。リナーシェと仲良くなるには、こういうのが一番だろう?」

 「そうよ!分かってくれて嬉しいわ!遠慮なく全力で行かせてもらうわよ!」


 リナーシェが試合場の中央まで移動し、私もカンナを宥めながら彼女に向かい合うような位置に着けば、彼女は嬉しそうに右手を頭上に掲げ、先程同様に大きな穴の『格納』を発動した。


 勢いよく彼女が先程振るっていた武器が排出され、地面に突き刺さる。準備万端と言ったところだろう。


 既に戦う気満々なリナーシェを見て、カンナが今から手合わせをするつもりである事に異議を申し立てる。


 「姫様!?手合わせは後ででは無いのですか!?」

 「え?いやだって、ノアは物足りないだろうから暴れて良いって言ってくれたじゃない。今更かもしれないけど、今から始めて良いのよね?」

 「勿論。おいで。胸を貸してあげよう。」


 カンナの質問にリナーシェはあっけにとられた様子でいる。

 今の大量の武器を排出する戦闘準備は、彼女なりに格好をつけたものらしく、今更後には引けない様子だ。


 問題無い。私も今から彼女の相手をするつもりだったからな。

 と言うか、彼女は一度思いっきり暴れさせて、多少疲れてもらわないとまともに話が出来なさそうなのだ。


 私も両手と尻尾に『成形モーディング』による魔力棒を発現させ、戦闘準備を整える。


 その様子を見て、リナーシェは驚くとともに羨ましそうに此方を見据えた。


 「うっわ、同時に三つも?いいなー。私、魔術を使うのって苦手なのよねぇ。ま、私には『大格納』が使えればそれで良いんだけど…ねっ!!」


 以前オリヴィエも言っていたが、やはりリナーシェは魔術が苦手だったようだ。複数の武器をまとめて出し入れする事の出来る『大格納』とやらも、必死になって習得した魔術なのだろうな。


 それはそうと、合図も無しに低い体勢から私に駆け寄り、腰の短刀を一本、左手で抜き取り私に投擲してきた。


 躱しても良いのだが、ここは一つ、短刀を返却するとしよう。右手の魔力棒で短刀を弾くとともになおも接近するリナーシェに向けて弾き返す。


 投擲した短刀がそのまま自分に返ってきた事に驚きながらも、リナーシェは見事それを掴み取り、低い姿勢のまま超低空の前方宙返りを行う。


 私の腹部を狙った浴びせ蹴りを放つようだ。遠慮の無い事に、彼女の靴の踵からは、ピッケルの様な鋭利な魔力刃が形成されている。


 本当に遠慮が無いな。いくらこの試合場に特殊な魔術が働いているからと言って、普通ならばかなりの痛みを伴う事になるぞ?

 まぁ、全力で来いと言ったのは私なのだ。甘んじて受けるとしよう。


 魔力刃が出ているの踵のみだ。リナーシェの足首を右手で受け止めれば問題無い。さて、この後はどうするかな?


 右手で自分の蹴りを受け止められたリナーシェは驚きながらもそのまま足に力を込め続け、足首で体を起こしてしまった。両手に短刀を持ち腕を交差させ、体を起こした勢いで私の頭上から切りかかろうとしている。


 交差させた腕は、そのまま防御にもなっているのだろう。加えて、私の右手は彼女の蹴りを止めた事で塞がっている。

 いやはや、実に素晴らしい。咄嗟の判断でここまでできるとは。


 まぁ、右手を思いっきり振り上げればリナーシェを放り投げる事も出来るのだが、それでは面白く無い。

 彼女は様々な武術を身に付け、それを遺憾無く発揮できている今の状況を、とても楽しんでいるのだ。


 身体能力に物を言わせた戦い方は、あまりにも無粋だと思えた。


 技には技でもって返させてもらおう。

 左手を前に出し、リナーシェの右腕、もっと言うのであれば、交差している一点を彼女が斬撃を放つ前に押さえ、そのまま押し上げた。

 彼女の切り払う動作と私の押し出す動作、二つの動作が同時に行われた結果、リナーシェは真上に高く跳び上がる事となった。


 再び短刀を投擲するかとも思ったが、はじき返されるのが分かっているためか、私に向けて投擲はしなかった。

 次にリナーシェが行ったのは魔力を込めた強力な斬撃だ。ただし、私に向けてではなく、天井に向けてである。


 勿論放たれたのはただ攻撃力を高めただけの斬撃ではない。放たれた斬撃からは巨大な魔力刃が放出され、その反動でリナーシェは落下の軌道を変更したのだ。しかも彼女が落下する場所は彼女が『大格納』から排出した武器、蛇腹剣のある場所だ。


 「こういう武器を相手にした事はあるかしら!?」

 「いいや、初めてだね。ところでリナーシェは甘いものは好きかな?」


 蛇腹剣。国によって呼び名が色々と変わるため、正式な名称は分からないが、鞭と剣、両方の性質を持ち合わせた、可変する武器だ。

 魔術具の一種らしく、魔力によって刀身を複数に分断、ワイヤーに繋がれた鞭形態と刀身が繋がった剣形態に変化させられるようだ。


 リナーシェの持つ蛇腹剣には実体のワイヤーが無く、魔力によって形成されたワイヤーで一つ一つの刃が繋がっているらしい。つまり、射程を魔力次第で自在に伸ばす事が出来るという事だろう。極めて変幻自在な戦いだ出来そうだ。

 剣形態での刀身の長さは1m、刀身は30枚に分断される作りをしているようだ。かなり細かい動きが出来るのだろう。正直、動きを見るのが楽しみである。


 質問に答えながら質問をすると、リナーシェは少し訝しんだ表情で答える。手合わせの最中に聞く事では無いからだろうな。


 「勿論大好きだけど、ソレって今聞く事?」

 「ああ、フルルで購入したフルーツタルトが、まだ1ホール丸ごと残ってたりするんだけど、もしも私に尻尾を使わせたら、この後一切れ御馳走しようと思ってね。」

 「へぇ…。ついでに、一撃でも当てられたら、全部貰う事は出来るかしら?」


 完全に相手を格下だと見た台詞だったからか、少し怒らせてしまったらしい。顔は笑っているが、リナーシェは不機嫌さを隠していない。


 「いいよ。約束しよう。ちなみに、私は今まで一度も人間から一撃をもらった事が無い。成し得たら人類初の快挙だと思っていいよ。」

 「言ってくれるじゃない!意地でも一撃当ててやるわ!一度あのフルーツタルト、ホールで食べてみたかったのよねぇ!」


 蛇腹剣を手にしたリナーシェが移動しながら腕を振るい、鞭形態にさせて刃を放つ。やはり魔力のワイヤーは伸縮自在のようだな。私とリナーシェの距離は20mは離れているのだが、問題無く刃が届きそうである。


 器用な事をするものだ。蛇腹剣の先端部の五枚のみ刃を繋げて、斬撃の威力を高めているようだ。

 だが、刀身が繋がっているという事はその分弾きやすいという事でもある。最も力が加わっている点を見極め、そこに右手の魔力棒を叩きこむ事で蛇腹剣を弾く。


 「掛ったわね!」

 「おお。」


 私が蛇腹剣を弾いた直後、繋がっていた剣を分断させ、魔力棒を巻き取ってしまったのである。実に見事だ。

 しかも彼女は私に蛇腹剣を振るいながら短刀を投擲し、更にはクロスボウを回収して、私に向けて撃っているのである。


 片手を封じたうえでの二連続攻撃、しかもクロスボウの矢は短刀を死角にして撃ってきている。本当に様々な武器を器用に使いこなすな。素直に賞賛に値する。


 勿論、尻尾を用いれば容易に迎撃は可能だ。だが、それでは先程の発言があまりにも滑稽になってしまう。

 リナーシェはしてやったりと言った表情をしているが、甘い。


 短刀を魔力棒で弾き返し、そのままクロスボウの矢に当てる。しかも弾かれた矢は尚も移動しているリナーシェに向かって弾かれている。

 自分の眼前に飛び込んでくる矢に驚愕しながら、腕を振るい蛇腹剣で矢を弾き飛ばした。


 短刀を自分の元に弾かれるのは予測していただろうが、流石に弾かれた短刀が更にクロスボウの矢を弾くとは思っていなかったのだろう。

 偶然かどうかを訊ねずにはいられなかったようだ。


 「嘘っ!?今の狙ってやったの!?」

 「実を言うと、あのフルーツタルト、とても気に入っていてね。悪いけど、簡単に食べさせてあげるつもりは無いんだ。」


 彼女の質問に、簡単に尻尾を使うつもりは無いと言う形で答える。ついでに右手の『成形』を一度解除して蛇腹剣の拘束を解き、再び魔力棒を発現させる。


 確実に決まったと思った攻撃があっさりといなされた事、更に上手くいったと思った拘束が容易に解除されてしまった事に腹が立ったようだ。

 口の両端は吊り上がっているが、眉が引くついている。


 「い、言ってくれるじゃない…!こうなったら、尻尾だけでも意地でも使わせてやるわ…っ!覚悟しなさいっ!」

 「ああ、そうだね。どうせなら全ての武器を使って見せて欲しい。リナーシェの動きはとても素晴らしいよ。今度参考にさせてもらおう。」


 先程の事も含め、我ながら意地悪な事を言っていると思う。それと言うのも、リナーシェの私に対する対応がルイーゼの様に対等に接してくれているからだろうな。

 対等に接してくれる相手にはつい遠慮が無くなり、悪戯心が出て来てしまうのは、私の悪癖かもしれない。


 が、今はこのやり取りがとても楽しい。後でフルーツタルトは御馳走するにしても、もう少しこのやり取りは続けさせてもらおう。

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