第219話 千差万別変幻自在
リナーシェとの稽古を開始してから一時間程が経過している。だと言うのに、彼女に疲れた様子は見られない。
手合わせを始めてから今の今まで、常に全力で体を動かして続けているというのに、大したスタミナである。
そして膂力も大したものだと言える。リナーシェは、自らの使用する武器を全て片手で扱うことが出来ているのだ。
そう、全てだ。
本来ならば両手でなければ扱えそうにないグレートソードすらも、彼女は片手で扱っている。
勿論、片手で扱えるからと言って両手で使わないという事は無い、隙あらば最大級の威力の攻撃をお見舞いしようと、特大剣や長物の武器を両手で振るってくる。
大振りの攻撃が出来る好機を見逃さない観察眼も見事なものだ。何度か思わず尻尾を使ってしまおうか迷ってしまう場面があったほどである。
私とて受けに回るばかりではない。リナーシェが隙を見せようものなら遠慮なく魔力棒を打ち込んでいるし、実際にこれまでに5回打撃が当たっている。尤も、その5回全て軽傷で済むような軽い攻撃ではあるが。
しかし、自分の攻撃は今のところ一度も当たらず、相手の攻撃は軽いながらも受けてしまっている事に納得がいっていないようだ。
しかも相手は両手と尻尾によって同時に3つの動作を行えると言うのにも関わらず、2つの動作しか行っていない。
明確に手加減されている事が分かってしまっているのだ。
「流石にこうまで簡単にあしらわれると腹が立ってくるわね!いいわ、とっておきを見せてあげる!月獣器よ!私の元に集えっ!」
フラストレーションが溜まっていたのだろう。これまで使用しないように温存していた、奥の手を使うらしい。
リナーシェの掛け声と共に彼女の武器が彼女の周囲に集まり、一定の距離を保って浮遊している。アレならば今まで以上に多彩な攻撃が可能になるだろう。
ただし、あまり長時間あの状態は維持できそうにないだろうな。
周囲に武器を浮遊させているのに彼女自身の魔力を使用している以上、消耗は今までの比では無いのだ。
全速力で私の元へ肉薄し、手にした武器を振るってくる。
「千差万別変幻自在っ!!コレが捌ききれるかしらっ!!?」
両手に持つのは、それぞれ赤と青の二振りの片手剣だ。
二振りの剣は対になっていて、それぞれの柄頭を繋げて合体させ、両剣として使用する事も可能である。
この武器もまた蛇腹剣同様、高い技量を要求される武器だな。
この二振りの剣だけでも途轍もない手数を得られるだろうが、驚いた事に彼女が手にしていない、浮遊している武器、槍と鎌が私に向かって振るわれたのである。
これは流石に予想外だ。まさか魔力による遠隔操作だけでここまで出来るとは。
両手による連撃に加えて死角からの槍と鎌による攻撃。初見で人間が対応するのはほぼ無理だろうな。
だが、私の場合は周囲の状況を正確に把握する『
先ずは左手の赤い剣による振り下ろしだ。それに合わせて反対方向から鎌が弧を描いて横向きに薙ぎ払いを仕掛けてくる。
左手の魔力棒で鎌を受け止め、右手の魔力棒で赤い剣の軌道を逸らす。
それを待っていたかのようにすかさず右手の青い剣を低い体勢から私の喉に目がけて突きを放ち、槍が頭上から勢いよく落下してくる。
多分、試合場に施されている魔術陣の効果で一般の兵士でも無事ではあるのだろうが、殺意しか感じられない攻撃だな。余程私の行動に腹を立てたらしい。
それとも、未だ1ホールのフルーツタルトを諦めきれていないのか。
どちらにせよ、フルーツタルトを1ホール丸ごと明け渡すつもりは無いし、尻尾を使うつもりも無い。
前に踏み込みながら頭上から落下して来る槍を躱し、前に出した足で青い剣を踏みつけ突きを阻害するとともに、リナーシェの手から青い剣を手放させる。
更にそのまま体を捻り、左肩で彼女の胸部に体当たりを当てて突き飛ばす。
「くぅっ!」
極めて無粋な事を言ってしまえば、『
まぁ、効率が悪いなんてものじゃないので、やるとしたらそう言った魔術を開発した方が早いのだが。
そもそも、先ほども言ったが武術の腕比べをしている時に直接的な物理効果のある魔術を使用するのは、無粋が過ぎる。
リナーシェもそれは望んではいないだろう。もしもそんな魔術を使ってしまえば、これ以上なく悔しがり機嫌を悪くしそうだ。
そのため、私は最初に発現させた魔力棒と体術のみで対応する事にしている。
それが、全身全霊で自身が収めた技をぶつけてきてくれているリナーシェに対する、私なりの礼儀だと思ったからだ。
突き飛ばされたリナーシェは身を翻して受け身を取る。背中を地面につけたり尻もちを搗くような事にはならなそうだ。更に彼女が落とした青い剣や私に躱され地面に突き刺さった槍がリナーシェの元に自動的に戻って行く。
便利な機能だ。魔術の類だろうか?なんにせよ、まだまだこれからと言ったところだな。
しかし、胸部に受けた体当たりは結構なダメージになってしまったようだ。彼女の顔から苦悶の表情が抜けていない。
少し私も興に乗り過ぎてしまったようだ。
「くっ…!良いの貰っちゃったわね…!でも、まだまだよ!」
「そうこなくっちゃね。まさに千差万別。まさに変幻自在。今度は何を見せてくれる?すべて捌いて見せようじゃないか。」
「言ったわね!今度はさっきみたいにはいかないわよっ!」
リナーシェの体に魔力が蓄積されていく。大技を放つつもりなのだろう。ファングダム王族特有の金色の瞳が、強く輝き、彼女の魔力が彼女の全ての武器へと浸透していく。
「受けて見なさいっ!正真正銘の必殺技よっ!!」
掛け声と共に彼女の長弓と短弓、そしてクロスボウから、同時に、しかも立て続けに魔力の矢が放たれた。
放たれた矢に並走して、リナーシェが駆け寄る。その際、矢を放っている弓はその場に停滞し続け、他の武器は回転しながら彼女の周囲からあらぬ方向へと射出されていく。四方から総攻撃をかけるつもりだろうか。
15ある全ての武器による同時連続攻撃。それがリナーシェの必殺技なのだろう。
彼女自身は手甲から爪を、脛宛て、靴から魔力刃を生み出し、私との距離を詰める。なお、今もまだ弓からは魔力の矢を放ち続けている。しかも自身の体で矢は視界に収めないようにしている。
肉薄したところで身を屈めれば、目の前には矢の嵐が向かって来ると言う寸法なのだろう。生憎と、既に把握してしまっているのだが。
思った通り、リナーシェは私の目の前で身を屈める。更には私の右側に回り込みながら顎に向けて蹴りを放つ。背後からは二振りの短刀が、左側からは赤と青の剣が両剣形態となって回転しながら私に接近して来る。
繰り出された蹴りは前に出て回避し、正面から襲い掛かる矢の嵐は魔力棒によって弾く。弾いた矢は勿論、此方に向かって来る矢に当たるように弾き、立て続けに弾かれた矢がついには弓にぶつかり、弓に込められた魔力が霧散して連射が止まる。
この時点でリナーシェが私に爪による連撃を繰り出して来る。
リナーシェに向き直り、右手は魔力棒で左の魔力爪を受け止め、左手で彼女の右手に拳を当てて爪撃を止める。この状態から再び槍が、更には槌まで私の頭上から降ってくるようだ。
今度は背後に両剣、右手側から短刀が迫ってくる形になる。
この状況でも活路はある。同時連続攻撃と言っても、まったくの同時と言うわけでは無い。
リナーシェ自身も格闘術によって攻撃をする以上、自分自身を巻き添えにしないようにするために周囲の武器には多少のタイムラグがあるからだ。それを利用しない手はない。
先ず最初に私に到達したのは短刀だ。此方は受け止めているリナーシェの魔力爪と私の魔力棒を当てさせて止める。
両剣よりも槍と槌の方が接近は早い。体に槍と槌が当たる寸前で体を前に押し出して槍には再び地面に突き刺さってもらい、構造上地面に突き刺さりそうにない槌は接近して来る両剣に向けて左足で蹴り飛ばす。
狙い通りに槌が両剣にぶつかり、どちらの武器も込められた魔力が霧散してその場で力を失ったように落下してしまう。
"楽園"で日頃ジャグリングを行っていた成果が出ているようだな。今のところ、足であれ、魔力棒であれ、弾いた物は全て狙い通りの軌道に弾かれている。
「っ!?想像以上の化け物ね…!でも、まだよ!」
互いに両腕を使用しているため、リナーシェは右足で蹴りを放ってくる。
当然、足には魔力刃が発生している。このまま受けても私にダメージは無いが、それでも一応一撃受けた判定になるだろう。
ならば、左手の魔力棒を消去させて左足に魔力棒を発現させ、彼女の魔力刃を受け止める。
左手は元々魔力層ではなく彼女の手を押さえるようにして受け止めていたために出来た事だ。右の爪撃を魔力棒で受けなかったのは、勿論こうなる事を想定していたためだ。
左手は彼女の右手首を掴んで使用させないようにする。
尻尾を使用していないのだから、尻尾の魔力棒を消去すれば良いのでは、と言われるかもしれないが、尻尾を使ったら条件達成、と約束した以上、尻尾を伴う行動をした時点で尻尾を使用したと私は判断する。
それ故に尻尾の魔力棒は出したままだ。
「お互い、足癖が悪いようだね。」
「あら、私は足癖が悪いとは思ってないわよ?足を機敏に動かせるのって、ダンスで凄く役に立つんだから。こんな風に、ねっ!」
蹴りの一撃を受け止められたからと言ってリナーシェは蹴りを止めない。
軽口を出してみれば、彼女も軽口で返して再び蹴りを放ってくる。このまま蹴りの応酬を繰り返すつもりだ。
私をこの場に留めておくつもりなのだろう。まぁ、私が左手首を掴んでいるため、彼女も私から離れる事が出来ないのだが。
「これで終わりよっ!!」
当然、残された彼女の他の武器が黙って宙を浮遊したままの筈が無い。私の背後と頭上、複数の角度から残りの武器が全て一斉に、正真正銘同時に攻撃を繰り出してきたのだ。
流石にこれは、この状態、この条件で尻尾を使わずに凌ぎきる事は出来そうにないな。それに、リナーシェの魔力量から考えても、そろそろ潮時だろう。
「見事だったよ。」
尻尾を振るい、私に向かって来た全ての武器を一度に弾き飛ばす。無論、頭上から降り注いできた武器も含めてだ。
「っ!?」
更には尻尾で自身の体を支えて右足でリナーシェの左足を払う。予想外の事に対応が遅れて、そのまま尻もちをついてしまった。
「えっ!?きゃっ!」
「そろそろ魔力の残りもなくなって来ただろう?この辺りで終わりにしない?尻尾を使ってしまった事だし、約束通りフルーツタルトは御馳走するよ?」
しりもちをついてしまったリナーシェに手を差し伸べ、声を掛ける。
少々不満げな表情をして私を睨みつけるも、すぐに彼女は笑顔になって私の手を取ってくれた。
「そうね。目的は達成できたんだし、良しとしましょ。終始手加減されてたのには、ちょ~っと思うところがあるけどね。貴女の尻尾、ちょっと反則過ぎない?」
リナーシェが私の手を取り、手合わせは終了と相成った瞬間、試合場の周囲から大音量の拍手と歓声が響き渡った。
「「「「「おおおおおーーーーーっ!!!」」」」」
「お見事っ!お見事に御座いますっ!!」
「「「「「姫様!バンザーイッ!!『姫君』様!バンザーイッ!!」」」」」
「ぅええっ!?ちょっ!?なに!?何なのよっ!」
「ああ、気付いてなかったの?」
リナーシェは戦闘に集中していたため、周囲の状況に気が付かなかったようだ。
私達が訓練場に訪れた際に他の場所で一糸乱れぬ型稽古を行っていた大勢の兵士達が、この場に集まって私達の試合を観戦していたのである。
元はと言えば私達が怪我をする事を恐れ、カンナが型稽古の指揮を執っていた地位の高い兵士に私達を止めるように進言していたのだ。
しかし、カンナにとっては不幸な事に、彼等は一度火が付いたリナーシェを止める事など出来ない事を知っていたためか、むしろ兵士達を集めて私達の試合の観戦を始めてしまったのである。
急に歓声が沸きたってしまったため、リナーシェが驚きの声を上げている。
その時の驚いた時の仕草がオリヴィエにそっくりで、やはり姉妹なのだと思うと、微笑ましくなって自然と顔が綻んでくる。
「ノア~。気付いてたんなら教えてくれたって良かったじゃないのよ~。」
「あんなに夢中になってくれているのに、途中で水を差す真似なんて出来ないよ。集中力がそがれてしまったら全力を発揮できなくなるかもと思ったら、ね。」
「むぅ~…。」
兵士達の観戦に私が気付いていたと知ったら、リナーシェが文句を言ってきたので、それらしい理由を述べてあしらったら、頬を膨らませて抗議を続けている。
彼女の年齢は既に23才の筈だが、そうしていると年齢よりもずっと幼く見えるな。正直言って可愛らしい。
リナーシェは大勢の者に注目されるのに慣れていないのだろうか?そう言えば、彼女が国の内外で行事に参加する事はほとんどなかったな。
「第一王女なのだし、リナーシェは人前に立つのに慣れてるんじゃないの?」
「無理。色んな方向からじろじろ見られるのって、落ち着かないのよ。一つ一つの視線が気になっちゃって、集中できなくなるのよねー。」
リナーシェが注目を浴びるのを避ける理由は羞恥のためではなく、視線によって集中が乱されるためらしい。
武術に身を費やしているからこそ一つ一つの視線の元を把握できるし、それ故に多くの視線が集まると頭の処理が追い付かなくなってしまうのだろう。
リナーシェは同時に魔術を使用する事はおろか、魔術の発動そのものを苦手としているようだからな。
彼女は、戦闘以外の情報の処理能力があまり高くないのかもしれない。
「そんな事より、早いとこ私の部屋に行きましょ!激しい運動の後の甘いものって、格別に美味いのよっ!すっごく楽しみにしてるんだから!」
「そうだね。私もリナーシェとは色々と話したい事があるから、移動するとしようか。カンナ、案内を頼める?」
「はい。ご案内いたします。…ノア様。ノア様ならば問題無かったのかもしれませんが、今後はあまりこう言った事は控えて頂けると嬉しいです。」
カンナにはとても心配させてしまったようだ。彼女が私を案内している以上、城内での私の行動に生じる責任は、少なからずカンナの責任にもなってしまうのだろう。
今後は気を付けるとしよう。
尤も、今後、気軽にリナーシェと手合わせをするのは難しくなるかもしれない。それと言うのも、彼女が嫁ぐためにニスマ王国へと出立する日が、いよいよもって近づいているからだ。
それが分かっていたからこそ、彼女は私に手合わせを望んでいたかもしれない。まぁ、多分単純に存分に暴れたかっただけだとは思うが。
リナーシェならば、嫁いだ先でも盛大に暴れていそうな気がして仕方が無いのだ。彼女と結婚するニスマ王国の第一王子には心底同情する。だらしのない生活を続けていたと言うのなら、これから先、かなり厳しい生活が待っているだろうからな。
自業自得ではあるかもしれないが、やはり哀れに思えてしまう。
案内されたリナーシェの私室は、彼女らしいと言うか何と言うか、体を鍛えるための道具が非常に多く部屋に設置されているな。
訓練場だけでは飽き足らず、私室の中でも体を鍛えているのだろう。自己鍛錬が最早趣味の領域になっているような気がする。
それでも一応は整理整頓されていて、紅茶や茶菓子を楽しむスペースは確保されている。
リナーシェは決して粗野な人物ではなく、周囲の者が一国の姫として納得できるだけの礼儀作法をしっかりと身につけているのだ。
「ねぇねぇノア!正直に教えて欲しいんだけどさ、私とグリューナって、どっちが強かった!?」
椅子に腰かけるなり、リナーシェは待ちきれないとばかりに私に訊ねてくる。自分の実力がどの程度であるか、知りたくて仕方が無いのだろうな。
知りたいのなら応えよう。それだけでリナーシェとの仲が悪くなるとは思えないし、彼女はそんなつまらない人間では無いだろうからな。
「気を悪くしないでよ?間違いなく、グリューナの方が強いよ。」
「ええぇ~~~っ!?」
と言っても、結果に不満が無いと言うわけではない。リナーシェはリナーシェで今日まで研鑽を重ね続けて来て、自分の実力に自信を持っているのだ。
実際、リナーシェは人間の基準で考えれば十分天才の部類に入るし、それこそ技量は若くして達人の域だ。
総合的な武器の技量だけならば、グリューナにも勝るだろう。
「リナーシェは魔術が苦手でしょ?貴女と互角以上の速度で近接攻撃と魔術を同時に仕掛けられて、貴女はそれを凌げる自信ある?」
「う゛っ…無理…。」
「だろう?残念だけど、グリューナはそれが出来る人間なんだ。ドラゴンブレスも出せるしね。私も貴女と手合わせした時に、『成形』以外の魔術を使用しなかっただろう?」
「んぁあああ~~~!!?そう言えばそうじゃん!?いい勝負できてたと思ってたんだけどなぁ~!」
悔し気に頭をテーブルに突っ伏している。まぁ、それ以前に身体能力に差があり過ぎるのだが、リナーシェはその事に気付いているだろうか?そして、気付いていなかったとして、それを指摘して彼女がどう思うだろうか?
まぁ、ここまで来たならこちらの物だ。嫌われる事を覚悟で打ち明けよう。
「リナーシェ、ちょっと腕相撲しない?」
「んぇあ?唐突ね…。まぁ、良いけど。手加減しないわよ!」
「良いよ。もし勝てたらフルーツタルトをもう一切れ御馳走しよう。」
「言ったわね!?私、こう見えてレオンよりも力があるのよ?」
気付いていなかったかぁー。がっしりと右手を組み合い、リナーシェは左手でテーブルを抑える。勿論、私は手を組んだだけだ。テーブルを押さえていないし、体勢も力が乗る様な体勢ではない。
完全に下に見られていると理解したため、再び手合わせの時の様に眉を惹くつかせている。
「随分と余裕そうにしてるじゃない・・・。
「それじゃ、そっちの合図で始めて良いよ。」
「んじゃ…ふんっ!」
脱力した状態から、瞬時にリナーシェが力を込める。
「っ!?…えっ!?…ぬんっ!!…ぐぐぐ…っ!」
当然だが、私の腕は微塵も動かない。
私の膂力は、数千トンはある重量物を何の抵抗も感じる事なく持ち上げ、軽々と移動できるほどなのだ。人間の膂力ではない。
「んがぁあああああっ!!」
ついには姫と呼ばれる人物が出してはならないような声まで出して、と言うか両手で私の手を掴み全体重を乗せて動かそうとするが、まるでびくともしていない。
「リナーシェ、両手で掴んだら反則だよ?」
「ねぇノア!魔術使って身体能力上げてないっ!?」
「上げてないよ。コレが私の素の身体能力だよ。」
最終的に私の腕にしがみつくようにして動かそうとしてもびくともせず、結局リナーシェの身体ごとテーブルに付ける事で決着を付ける事にした。
「ええぇー…なにそれぇ…。竜人ってどんな筋肉してんのよ…。」
「言っておくけど、私が異常なだけだよ。グリューナの身体能力は貴女よりもまぁまぁ、上ぐらいだね。流石に今みたいな事をすれば彼女にも腕相撲で勝てるよ。」
「知りたくない現実を知ったわ…。」
リナーシェは再びテーブルに頭を突っ伏して気落ちしてしまった。
正直、グリューナは竜人の中でも特に強い力を持った人物なのだ。人類最強の議論に名前が挙がる人物は伊達では無いのだ。
紅茶の匂いがしてきたので、フルーツタルトを取り出してリナーシェの機嫌を直すとしよう。
「ホラ体を起こして、紅茶の準備が出来たみたいだよ?甘いものを食べて気持ちを晴らそう?」
「気楽に言ってくれるわねぇ。ああ~、でもこの匂いに逆らえそうにないわぁ。」
『収納』から取り出したフルーツタルトをリナーシェの前に出せば、彼女の気落ちしていた表情が徐々に綻んでいく。後はカンナが淹れてくれた紅茶が来れば、リナーシェの機嫌も直りそうだ。
「まさかここまで実力に差があるなんてねぇ…。そりゃ、大口叩くわけだわ。」
「気を悪くしたのなら謝るよ。リナーシェの様に接してくれる人って滅多にいないから、嬉しくてつい調子に乗ってしまうんだ。」
「そりゃ、光栄な事ね。」
私の心境を話せば、自分が特別だと分かり、少しは気を良くしてくれたのか、得意げな笑みを向けてくれる。
そして、ここでリナーシェは私が自分と話をしたいと言っていた事を思い出したようだ。
「んで?なんでノアって私達と仲良くなりたかったの?それに、私と話がしたかったのよね?何が聞きたいのかしら?教えてくれる?」
勿論答えるとも。私としても、是非聞かせて欲しい。
果たして、リナーシェは妹のオリヴィエをどう思っているのだろうか。
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