第220話 間に合わなかった!
フルルで購入したフルーツタルト。やはり良いものだ。オリヴィエに合わせて日を跨いで食べているわけだが、この味は例え毎日食べ続けたとしても飽きる事は無いだろうな。
相変わらず口に入れた途端に口の中が幸せで満たされる。リナーシェも左手で頬を押さえて御機嫌な表情をしている。実に幸せそうだ。
「ん~~~っ!やっぱりこのフルーツタルトは格別ねぇ~!パティシエは腕を上げたのかしら?前に食べた時よりも美味しく感じるわ!」
「以前食べた事がある人が言うには、実際美味くなってるそうだよ?」
「やっぱり?はぁ…フルルに住む人達が羨ましいわぁ…。こんな美味しい物を毎日食べられるんだもの…。」
リナーシェは何のことも無いように言っているが、このフルーツタルトの価格、実は1切れ銀貨1枚と非常に高額である。間違っても、一般市民が毎日食べられるようなものでは無い。
まぁ、仮にリナーシェが王族ではなかった場合でも、彼女ならば冒険者として十分やっていけるだろうから、毎日食べられるとは思うが。
リナーシェの機嫌も良くなった事だし、そろそろ本題に入るとしようか。
紅茶を口に含み、口の中に残った甘味を流す。
カンナは紅茶を淹れるのが上手いな。程良く、それでいて後に残らない苦味と渋みが、口の中をサッパリとリフレッシュしてくれる。
メイドというのは、こういった場で仕えている者と同じテーブルに座り、一緒になって茶や茶菓子を楽しむ行為が出来ないのが一般常識だ。
だが、私としてはカンナに美味い紅茶の礼の一つでも渡したいので、後で自分で作った焼菓子を渡しておこう。勿論、素材はちゃんと人間達の物を使用している。
以前ティゼミアを散策している時に"楽園"産の素材を用いて作られた菓子を見つけたのだが、値段が金貨1枚を超えていた。
素材の希少性もさることながら、何とその菓子、食べると一時的に身体能力が上昇するらしい。
まるで錬金術で作り上げた強化薬だ。特に錬金術を用いずに、普通に調理しただけでそういった効果が得られたのだそうだ。
自分の土地ながら、"楽園"が魔境と呼ばれる訳である。
まぁ、そんなわけで、"楽園浅部"の素材を用いただけでもそれだけの特殊効果があるのだ。私達の住む"楽園最奥"の素材を使い、それを人間が口にした日には何が起こるか分からない。
ルイーゼもオーカムヅミの果実を人間が一つ丸ごと食べたら、最悪命を落とすと言っていたのだ。取り扱いには注意している。
話がそれてしまった。とにかく、カンナには後で何か菓子を渡しておくとして、今はリナーシェとの会話だ。
ここは単刀直入に聞かせてもらおう。
「それじゃ、リナーシェ。質問するけど、貴女はオリヴィエの事、どう思ってるか教えてもらえる?」
「オリヴィエ?そうね…。まぁ、一言で言って、天使ね。」
さも当然のようにしれっとした口調で答えが帰って来た。
随分とまぁ、愛されているじゃないか、オリヴィエ。しかし、実際にはあまり会話の機会が無かったわけで何処かよそよそしくなっているのが現状だ。
オリヴィエの事を可愛がっていると言うのなら、現状をどう思っているかも聞こうと思ったのだが、リナーシェの言葉は今ので終わりでは無かった。
「あの子が産まれたころには、私はもう物心がついてたんだけどさ、もー生まれた時からあの子って本っ当に可愛いの!目はパッチリしてるし耳も尻尾もふわっふわでね、始めてあの子を見に行ったとき、あの子私に笑ってくれたのよ!?それがもう、本ッ当に可愛くってねぇ~!もうね、あの時に確信したわね!あの子は天使だって!それこそあの子がちっちゃかったころはもう、四六時中構い倒したわよ!稽古があったから何時でも一緒ってわけじゃなかったけど、それでも一緒に居られる時はずーっと一緒にいたわね!まぁ、まだオリヴィエが物心つく前の話だから、あの子は全然覚えてないでしょうけど。あの子が物心つく頃には私も稽古に夢中になっちゃってて、全然構ってあげられなくなっちゃったのよねぇ~。しかもあの子は私と違って凄くお淑やかだし、まさにお姫様って感じの子だったから得意分野も全然私と違ってさぁ~!そうそう!私が使ってる『大格納』!アレね、オリヴィエに手伝ってもらって習得したのよー!私と違って凄く頭の良い子だから魔術の扱いなんかも一級品でね、良く私が魔術の宿題で分からない事があった時なんて毎回のように助けてもらってたわね!それでね―――」
止まらない。リナーシェのオリヴィエに対する思いが、止まる事なく口から出続けている。
ドラゴンブレスのごとく言葉を吐き出し続けるのは、姉妹で共通だったようだ。レオナルドにもそういった部分があったのだろうか?
どう思っているかを私から聞いた手前、話を中断させる事は出来ない。責任を持って全て耳に入れるとしよう。
まぁ、友人が貶されているわけでは無く、むしろその逆なのだ。特に不快には思わない。
ちなみに、カンナは私の左後ろに直立している。彼女にも椅子を用意してあげるべきだろうか?
間違いなくリナーシェのオリヴィエ語りは長くなる。その間立ちっぱなしと言うのは、流石に可哀想な気がする。
「私の事でしたら、どうかお構いなく。慣れていますので。」
カンナに簡易的な椅子でも用意しようかと思ったら、小声でそのように伝えられてしまった。
どうやら今の言葉はリナーシェ自身の声によって彼女の耳には入っていないようだ。悦に入った表情で相も変わらずオリヴィエがどれだけ可愛らしく素晴らしい妹なのかを語り続けている。
この分だと、非常に残念ながら宴会に間に合わせるのは難しそうだな。
宴会で使用する食材は全て卸しているので宴会自体は可能だし、『
飲食が出来るように改良しようにも、今からでは間に合いそうにないしな。
リナーシェが語り始めてから2時間が経過している。尚も彼女の口は止まるところを知らずにオリヴィエへの思いを語り続けている。
「うん、そうだね。」「わかる。」「凄いね。」「なるほど。」
この2時間で私が発した言葉だ。概ねこの四つの言葉しか口に出していない。それで会話が成立してしまっているのである。
誤解の無いように言っておくが、決して適当に聞き流しているわけでは無い。
真剣にリナーシェの話を聞き、その上で出た私の言葉が先程の四種類の言葉なのだ。それ以上の言葉を彼女が出させてくれないのだ。
「いやもう、ホンットあの子って凄いわぁ…。父様も言ってたけど、あの子がいなかったら間違いなくウチの国の財政は大炎上よ!と言っても、流石にあの子が国に対して出来るのはここまでだったのよねぇー。でもでも、それだけで終わらないのがオリヴィエなのよ!何とあの子、ティゼム王国に"楽園"以外の財源があるんじゃないかって、それを裏付ける資料を作成して父様に進言してね!大臣や宰相達も一緒になって資料を見ながら検討したら、満場一致で可能性が高いって出たの!凄くない!?誰も気づかなかった数字を見つけて、そこから一つの真実に到達する頭脳!あんな凄い子が私の妹とか、私も鼻が高くなるってものよねー!」
リナーシェはオリヴィエが産まれて来てから今に至るまでの話を事細かく語り続けていた。
オリヴィエが物心つく頃には、二人の間にあまり接点が無くなってしまったわけだが、仮に今日に至るまで親密な関係を維持していた場合、一日では語り尽くせないほど長々と話を続けていただろうな。
そう考えると、ヨームズオームは随分と簡潔に自分の事を語ってくれたように思える。あの子が産まれてから地中深くで眠るまでの間に500年以上の時間が流れているからな。
あの子の経緯をリナーシェのノリで語り出した場合、一体どれほどの時間が掛かるか分かったものではない。
ようやくリナーシェのオリヴィエ語りが終わったようだ。
言いたい事を言い終えたからか、満足げな表情をしながらも彼女は私に疑問をぶつけてきた。
「んで~?なんでノアは私にそんなこと聞いてきたの?いや、貴女がオリヴィエと仲が良いのは知ってるけどさ、いまいち貴女の質問と繋がらないのよ。」
「なに、事前調査ってやつさ。」
「事前調査ぁ?」
ここに来てようやく私が来た目的をリナーシェに伝える事が出来た。
訓練場での手合わせも含め、リナーシェの応対だけで既に3時間以上経過してしまっている。城までの移動に加えてレオナルドとの会話も考えれば、私が魔術具研究所を出てから既に4時間以上経過してしまっている。
つまり、宴会が始めってしまっているのである。
幻を通して、オリヴィエに謝っておこう。
なお、今オリヴィエがいる場所は食堂だ。所員達が一同に集まり、リオリオンの開会の挨拶を耳にしている。私達は彼の少し後ろに控えている。
「あー、ごめんリビア。まだこっちに戻れそうにないよ。」
「ノア様とは言え、やはりすぐには会えそうになかったのですか?」
「いや、報告自体はすぐに出来たんだけど、リナーシェと手合わせをして、その後、今は彼女の部屋で会話をしていてね…。そっちの方に思いのほか時間を取られてしまったんだ…。」
「お姉様…。」
顔を上に向けて右手で両目を押さえて嘆いている。オリヴィエはどちらかと言うと、会話よりも手合わせの方に時間がとられてしまったと思ったらしい。
ファングダムの王族達にオリヴィエに対する思いを聞いて回っているのは、私の独断である。一度家族全員で話をし終えるまでは、その事は彼女にも内密にしておくつもりだ。
そのため、オリヴィエが思い違いを起こしてくれたのは都合が良い。
あまり会話をする事が無いと言っても、自分の姉が非常に快活で好戦的な人物である事は知っているのだろう。
尤も、自分が姉からこれ以上ないほど愛されている事は知らないようだが。
「まだ会話が終わるのにも時間が掛かりそうだし、当初の予定通り、宴会はコレで対応させてもらうよ。」
「分かりました…。そうですよね…。お姉様だったら、ノア様に興味が沸かない筈ないですものね…。その、手合わせは終わったのですよね?ノア様から見て、お姉様はどうでした?」
リナーシェとの会話がまだ続いている事を伝えれば、オリヴィエはその理由も納得してくれた。それはそうと、自分の姉に対する私からの評価が気になるようだ。
「武術に関しては凄まじいの一言だね。総合的な強さで言うならグリューナには及ばないけれど、武器の扱いだけで見ればリナーシェに軍配が上がるよ。彼女も間違いなく宝騎士や"
「まぁ!そうなのですね!」
私の評価を聞いて、オリヴィエは自分の事の様に喜んでいる。
彼女としては、小さい頃から姉が武術に研鑽を積み重ねてきたところをずっと見続けていたのだ。それが形となって現れた事が、とても嬉しいのだろう。
「おかげで、フルーツタルトを一切れ渡してしまう事になったよ。」
「えっ…?…ノア様?どういう事です?」
しまった。ついうっかり、いらない事まで喋ってしまった。リオリオンを責めていた時の様な冷ややかな視線で、私をじっとりと見つめてくる。
「ああ、いや、彼女との手合わせには両手の魔力棒で相手をしていたのだけどね?私の尻尾を使わせたらフルーツタルトを一切れ譲ると約束してね…。」
「使ってしまったんですか?」
「それに加えて、一撃でも当てることが出来たら、1ホール丸ごと譲るって約束してしまったから…。」
オリヴィエの視線が更に冷たくなった気がする。いや、実際に冷たくなっているな。二人で食べようと決めたものを私の独断で他人に提供してしまったのだ。完全に私が悪い。
罪悪感が尋常じゃないな。今朝、ヨームズオームに怒られてしまった時の罪悪感に匹敵するぞこれは。
「ノア様…?」
「分かってる。渡したのは私の分だ。リビアの分は、ちゃんと残っているよ。」
「それもですが、私がいない所で、お二人で食べたのですね?」
…[口は災いの元]、だったか。正しくその通りだ。今、私はついうっかり口から出た言葉によってかつてないほどの災いに見舞われている気分だ。
親しい者から非難されると言うのは、何とも心苦しいものだな。しかも完全に自分に非があるため、弁護のしようが無いのだ。とにもかくにもいたたまれない。
懇々と説教を受ける事については既に諦めている。
問題は、説教が終わった後も機嫌が悪いままの可能性がある事だ。どうすればオリヴィエの機嫌を直せるだろうか?
オリヴィエの機嫌を直す方法に思考を巡らせていると、諦めの感情を含んだ溜息を吐いて私に許しの言葉を告げてくれた。
「はぁ…もういいです。その様子ですと、お姉様とはとても仲がよろしくなられたようですし。大目に見てあげます。」
「説教は?」
「今回だけですよ?勘弁してあげます。私、ノア様とお姉様が仲良くなってくれた事が、思いのほか嬉しいみたいです。」
そう言ってオリヴィエはとても優しい表情をしている。
これはいけない。立ち位置を変えて研究所員達に今のオリヴィエの顔が見えないようにしておこう。確実に大騒ぎになる。
午前中レオンハルトに見せた朗らかな笑みも十分凶悪な破壊力があったが、この表情はまた別の、そう、深い慈愛を感じさせる表情だ。
いい年をした所員達が、性別を問わずオリヴィエに甘えようとしてきかねない。
「あの、ノア様?」
「そうそう、城を案内してもらうのにメイドを付けてもらったんだけど、そのメイド、リビアが教えてくれたカンナだったよ。彼女、やっぱり私が施した変装に気付いてたよ。」
私がおもむろに移動をした事で不思議に思ったのだろう。移動をした理由を尋ねられたが、彼女の今の表情はどうせ無自覚のものだ。
指摘したところで困惑させてしまうだけなので、オリヴィエが驚く情報を伝えてはぐらかす事にした。
「えっ!?む、むぅ…。悔しいですけど、流石ですね…。えっと、ノア様の様子ですと、カンナは私の事は…。」
「うん、大丈夫。彼女の胸の内に留めてくれているよ。それに、家族で話をする場所を儲ける段取りもしてくれるって。心強い味方だよ。」
変装がばれてしまった事に監視では悔しそうにしているが、城内を案内されている間に打ち合わせした事を話し、彼女が味方であると伝えれば、オリヴィエは嬉しそうにしてくれた。
ただ嬉しいだけでは無いな。今のオリヴィエからは、期待と共に不安も見て取れる。自分が家族にどのように思われているか、不安なのだろう。
ここで私がオリヴィエにレオナルドとリナーシェの思いを告げれば、彼女はとても気が楽になるだろうな。レーネリアに至っては母親が親友同士だったこともあって、とても良くしてもらっていたので、嫌われているという事は無い筈だ。
そしてレオンハルトの気持ちについては、既にある程度知っている。過半数以上の家族が彼女を嫌っていない事になるのだ。不安もかなり払しょくされるだろう。
だが、それでは意味が無いと思っている。王族達の意見を聞いて回っているのは、完全に私の自己満足だしな。
お互いの気持ちは、しっかりと直接伝える事に意味があると私は思っている。まぁ、オリヴィエのレオンハルトに対する思いだけは私が伝えてしまったが。正直、アレに関しても直接伝えるべきだったと思っている。
まぁ、おかげでレオンハルトもオリヴィエに対する恐れが和らいだ筈だ。一同揃って会話をする際にはスムーズに会話が出来ると思いたい。
「大丈夫。一番懸念していたレオンハルトがリビアの事を嫌っていなかったし恨んでいなかったんだ。きっとほかの王族達も貴女の事を嫌っていないよ。」
「はい…。ありがとうございます…。」
私の励ましの言葉だけでも、少しは不安を払しょくさせることは出来たようだ。後は、この宴会の空気で不安を可能な限り吹き飛ばしてもらえればと思う。
「さ、私達も宴会を楽しもう。ところで…。」
「ええ…。まったく、大叔父様は…。」
私達はそれなりの時間会話をしていた筈なのだが、相変わらずリオリオンが開会の挨拶をしていたのである。
オリヴィエも呆れた表情でリオリオンに視線を送っている。
最初は真面目に聞いていた所員達も、次第に関心が薄れ始めて行っている。ファングダムの王族の家系は、長話が好きなのだろうか?
まぁ、幸いなのは、リオリオンの話が終わるまで食事が出来ないわけでは無い事だな。気付けば所員達は皆、テーブルに並べられた様々な料理を思い思いに取りその味を堪能している。
「私に遠慮をする必要は無いよ。遠慮なく食べると良い。」
「ふふっ、食べ過ぎは駄目です。健康に良くないですから。」
オリヴィエにも料理を進めるが、彼女は体型が変化してしまう事を気にしていつも通りの量しか食べないらしい。
相変わらず調理師達の腕前は見事なもので、実際に食べずとも匂いだけで並べられた料理がどれも絶品だと理解できる。
もしも残ってしまうようならば、『格納』に保管して好きな時に食べさせてもらうとしよう。
さて、宴会の方は問題無く進行するだろうな。皆と一緒に食事を味わう事は出来ないが、雰囲気だけでも楽しませてもらうとしよう。
私の用事はまだ終わっていないのだ。リナーシェにも家族で集まって本音を語り合う事の説明は終わっている。そろそろお暇させてもらうとしよう。
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