第479話 ロヌワンド出発
始まりがこの国に仕えていた研究者だったこともあり、ジョスターも"
あの組織が行っていた研究・実験は咎められて然るべきではあるが、それでもこの国の役に立つ成果も生み出していたのである。
目的が人為的な人間の進化であり、そのために様々な研究をしていたのだ。その副産物として、優れた医療品やリスクなしで一時的に戦闘力を高める薬品を作ることにも成功していた。
尤も、それらはジョスターが意識を奪われる前の話だ。あまりにも非人道的な研究は、ジョスターがやらせなかった。
過去の内乱でも連中の犠牲になった者達が大勢いたのだろう。その結果、内乱が凄惨な戦になったというのなら、厳しく取り締まるのも当然だろう。むしろ、組織を解体しなかっただけ温情があると言っても良い。
だが、ジョスターが意識を奪われてからというもの、彼が設けていた制限も撤廃された。誰の手によるものかなど、言うまでもないな。
長年研究を制限されていた連中は、大喜びで非道な実験を繰り返した。その成果が、ナンディンで私に絡んで来た冒険者達であり、強化されたジェルドスだ。
ジョスターとしては、公私ともに許せるものではないだろう。
自分のあずかり知らぬところで愛する我が子が怪物に作り変えられていたと知れば、寛大な処置を取れる筈もない。
私だって同じだ。いや、私の場合眷属や配下だけでなく、親しくなった者達でも非道な実験の対象にされた場合、その時点で我を失うほどに怒り狂う自信がある。
方法は任せると言われたので、こちらのやりたいようにやらせてもらうとしよう。時間をかけるつもりは無い。
"超人機関"の施設は一ヶ所ではない。が、"女神の剣"とは反対に構成員が全員ほぼ施設に居座り研究を続けているため、排除しようと思えば容易に一人残らず排除が可能だ。
早速各施設に幻を出現させれば、その場にいた者達の視線が一斉に私の幻に集まり、そして全員が歓喜に満ちた表情をしだした。
理由など考えるまでもないな。最高の研究材料が自分からこの場に来てくれた、とでも思っているのだろう。
ならば、その喜びを抱いたまま星に還ると良い。私はこの連中の話を聞いてやるほど悠長ではない。
施設の周辺を結界で覆い、逃亡できないようにしてから尻尾カバーから魔力刃を発生させ、連中の命を確実に絶って行く。
連中の認識能力では認識できない速さだ。構成員は一人残らず歓喜の表情のまま息絶えていった。
"超人機関"の研究資料をすべて回収したら、これらの施設は破棄しておこう。
ところで、施設の一つに複数の人間を一つに結合したような怪物もいたのだが、それも一緒に処分しておいた。全員と言うわけではないが、ナンディンで私に絡んで来た冒険者達だ。
あの冒険者達は、再び力を手に入れて私に復讐を果たそうとする者と、真っ当に冒険者として生きようとする者で意見が分かれて仲違いしていたのだ。
今しがた処分した怪物は、前者の冒険者達が"超人機関"と接触して、まんまと実験材料にされたなれの果てである。
後者の冒険者達なのだが、彼等はその怪物と接触し、急いでロヌワンドへと向かっている最中だ。多分だが、私に助けを求めようとしているのだと思う。
徒歩による移動のため、到着は当分先となるだろう。このペースだと、彼等がロヌワンドに到着する頃にはジョージも私もこの国から出ているだろうな。
あの冒険者達、どうしたものだろうか?折角真っ当な冒険者として生きようとしてくれているのだから、できることならこのまま落ちぶれずに善良な冒険者となってもらいたい。
そのためには、下手に落胆させるわけにはいかないだろうな。
あのペースならば、明日にはサーディワンに到着するだろう。顔を出して事情を伝えてやるか。
"超人機関"の始末を終えたことをジョスターに伝えたら、クリストファーの所に顔を出しておこう。
ジョージがティゼミアで活動する以上、彼に接触しようとする貴族が出てこない筈がないからな。クリストファーに釘を刺してもらうよう、動いてもらうのだ。
「…話は分かりました。しかし、随分と皇子の肩を持ちますね」
「彼には頼みたいことがあってね。その頼みを断られないようにするためにも、恩を売れるだけ売って、機嫌を取れるだけ取っておくのさ」
「その頼みの内容を聞かせてもらっても?」
クリストファーが私に恋慕の感情を抱いているのは相変わらずのため、私とすぐに親しくなったジョージのことが気になるのだろう。
結局クリストファーはこの国で宛がわれた令嬢に見向きもしなかったようだし、私のことを諦めていないのだろうな。
まぁ、教えてしまっても問題無いだろう。下手に誤解を持たれて不穏な関係になるのは望ましくない。
「私は常々思っているのだけど、マコトは働きすぎだと思わない?」
「はあ…何でもそつなくこなせてしまう人ですが、見ていて心配になって来るのは、私もそう思う時があります。つまりは、あの人の助けに?」
「うん。ジョージにはそれだけの能力がある。マコトも彼のことは気に入るだろうし、将来的には彼の後継者になってもらうつもりだよ」
「皇族を、冒険者のギルドマスターに、ですか…」
何やら思うところがあるようだが、ジョージは既に皇族ではなくなっている。少なくとも、建前上は。
ただ、結局のところあくまでも建前上の話なのだ。だからこそ、ティゼム王国の貴族が接触して余計な争いが生まれてしまう可能性がある。
クリストファーは、それを懸念しているようだ。
「折角悪徳貴族が一掃されたんだ。余計な争いの芽は出てこないに越したことはない」
「ええ、例えジョスター陛下がジョージ皇子を皇族ではないと通達しても、彼は国民から慕われています。それを利用しようとする貴族は、この国にも我が国にもいるでしょうね…」
ギルドマスターと言うのは、下手な貴族よりも地位が高い。
国の財源である人工採取上が存在し、それを管理するティゼム王国の冒険者のギルドマスターならば尚更だ。
ジョージを担ぎ上げようとする貴族が現れてもおかしくないのだ。
「この国に関して言えば、ジョスターが貴族や兄弟達に睨みを利かせるだろうから、それほど心配はいらないと思う。次期皇帝のジェームズも、同腹の兄弟であるジョージを厄介事に巻き込むつもりがないから、引き続き睨みを利かせるだろうね」
「そこで、私の出番と言うわけですか」
「そういうこと。貴方自身が貴族達に釘を刺すでも、クレスレイに任せるでも、どちらでも構わないよ」
ジョージに余計な干渉が無ければそれで良いのだ。私が釘を刺せばそれで済む話なのかもしれないが、何にでも私が口出しするのも過干渉だと思うし、ジョージを甘やかしているような気もする。
それに、クレスレイもクリストファーも、貴族達を従えられるというところを見せて欲しいという思いもある。
その意を汲み取ってくれたのか、クリストファーは自信ありげな表情で私の申し出を了承してくれた。
「やって見せましょう。私は勿論、父上にも掛け合いましょう。貴女の不興は買いたくありませんからね。それに、私にも貴女から優秀だと評価されたいという思いがあります」
私はクリストファーが優秀だというところを今のところ見ていないからな。それは彼が私に強い恋慕の感情を抱き、私を前にすると緊張してしまっているからだ。
平然と会話をしているように見えて、今も彼は緊張してしまっている。そうでもなければ、こうして自分の願望を口に出したりはしないだろう。
言ってから自分が感情のままに願望を口にしてしまったことを自覚し、慌てだしてしまった。
「あ!いや、今のは…!その…!」
「今のをクレスレイが聞いていたら、貴方に説教でも始めてしまいそうだね」
「…容易に想像できてしまいます…」
クリストファーはクレスレイから何度か説教をされたことがあるのだろう。やや引きつった表情をしている。多分だが、私がクレスレイと謁見した後、彼から注意を受けたのだと思う。
それでも彼は私のことを諦めていない辺り、結構な執念だと思う。応えてやる気は微塵も無いが。
クリストファーへの用件も済んだので、ジョージの訓練に集中するとしよう。
いくらジョージが優秀だからと言って、『格納』だろうと『収納』だろうと容易に習得できる魔術ではないのだ。
たとえ習得できたとしても、容量が少なくては意味がないしな。魔術の習得はあくまでも最低条件だ。そこから彼が国を出るまでに可能な限り格納空間の要領を拡張していくつもりだ。
ジョージはリナーシェやシャーリィと違い、魔術関連における筋が良い。私が面倒を見れば必ず習得してくれる筈だ。
それから時は過ぎ、虎の月18日。ジョージがこの国を去る日となった。
ジョージの新しい刀は完成し、無事『格納』も習得できた。容量も以前購入した生活用品や防具に刀を格納空間に収めたうえでその倍以上の容量となった。
私も今日この国を去るつもりではあるが、ジョージと同時に去るつもりは無い。
この国を貶めていたアインモンドを討伐したのが私であるとジョスターが通達したため、手厚い歓待を受けているのだ。
歓待自体はこの城に訪れていた時から受けてはいたのだが、ジョスターの通達以降、私に対する城の人間の態度が明確に変化していた。
私のことを純粋に敬うようになったのだ。しかも、その思いがジョスターに対する敬意に近い強さで。
それがジョスターが私を称えたからなのか、それともこの国を救ったと理解したからなのかは分からないが、悪い気はしない。
それまで一部を除いて私に対して良い感情を抱いていない者達ばかりだったので、それに比べればずっと良い。
なお、近衛騎士団は一度解体された後、厳しい審査の元新たに人員を集めて新設するようだ。
相変わらず名誉のある役職になりはするだろうが、新たな近衛騎士団は非常に厳しい訓練を日常的に行うらしい。名誉だけを求めているものでは就けない役職となるだろう。
それと、割と最初から私を慕ってくれていた者達は、急変した他の者達の態度にあまり良い感情を抱いていないようだ。
今も私に紅茶を淹れてくれているキャロが頬を膨らませて不機嫌さを現している。
ジョスターの通達があった後、彼女に代わって私の世話をしたいと申し出てきたメイドが大勢現れたのだ。その中には高位貴族の令嬢までもがいた。
私がキャロと過ごした時間はかけがえのないものだったと認識しているし、彼女にこのまま世話をしてもらいたいと思っていたので、他のメイド達の申し出は断らせてもらった。
「まったく、現金な人達ですよ!陛下が一言いっただけで掌がくるんってひっくり返ったように態度が変わるんですから!」
「貴女がそれを言うの?」
「わ、私は最初からノア様のことをお慕いしていましたよ!?」
そうだろうか?最初は非常に怯えていたようにしか見えなかったが。
キャロからすれば、甘味と比べてしまえば私に対する怯えなど些末事だったのだろう。というか、私の世話を申し出てきたメイド達も私の提供する甘味を求めていたのかもしれない。
話は変わり、国民に対するジョージの追放に関する通達についてだが、ジョスターはジョージに英雄になってもらうつもりのようだ。国民達の前で演説を行った。
ジョスターの意識がアインモンドに奪われていたのは事実だが、それを取り戻したのがジョージだったと言うことにするらしい。
つまるところ、愛する我が子の死を目にしたことで意識が戻った、というシナリオにしたようだ。
国主である皇帝を救ったのだから、ジョージは称えられて然るべきなのだが、彼が討ったのは怪物と化していたとしてもこの国の第一皇子だったのだ。その罪を問わないわけにはいかない。
そして、ジョージはそれを承知のうえでジェルドスを討った。それがこの国を救う手段だと信じて。
ジョージに恩赦を求める声が無かったわけではないが、彼が皇位継承権を捨てて自由な身になりたいと願っていたことを知る者も多かったため、それほど騒ぎにはならなかったようだ。
ほんの少しではあるが、ルグナツァリオも協力したらしい。演説前に私に伝えてきた。
ジョージの覚悟を無駄にしないためにもこの国を再び発展させることを約束すると宣言したジョスターの言葉を聞き、次第にロヌワンド中にジョージとジョスターを称える声が響き渡っていった。
レオンハルトもクリストファーも既にこの国から出ている。それはつまり、フウカもこの国には既にいないと言うことだ。
ついでにイネスもいなくなっているな。先日、野良のドラゴンを捕まえてティゼム王国へと移動を始めていた。
今後はしばらくジョージのことを追うつもりなのだろうか?だとしたら、やはりイネスはジョージのことをかなり気に掛けているということだ。
私もそろそろこの国を発つとしよう。
演説が終わったジョスターやジェームズ達に別れを告げ、リガロウのいる厩舎へと向かう。
「この国を出ますか?」
「うん。ジョージを迎えに行ってあげよう」
ジョージには騎獣を与えられていないからな。あの調子ではティゼム王国に到着するまでに何カ月かかるか分かったものではない。
ジョージをティゼム王国へ連れて行くと約束したのだ。その約束を果たす時が来た。
そしてそれは、私がジョージに頼みをする時が来たということでもある。
さて、ジョージは私の頼みを引き受けてくれるだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます