第480話 ちょっと頼みたいことがあるんだ

 リガロウに跨り、ジェットルース城から飛び立ってこの国を離れていく。

 その際、私達の背後に尾を引くように大量の魔力の粒子を強く発光させながら散布させていく。

 これで、肉眼では視認できないほどの高度に私達がいたとしても、私達の位置が視認できるだろう。


 ニスマ王国の時にも去り際に魔力によるパフォーマンスを行ったので、今回も行ってみたのだが、概ね好評だったようだ。全員意識が今の私達の進行方向へと向かってくれた。


 ある程度飛行したところで、転移魔術でジョージの元へと行くとしよう。既にロヌワンドからは随分と離れているし、彼の周囲に人の気配はない。

 私とジョージが接触している様子が人の目に映ることはないだろう。なんなら、認識阻害を行ってでも視界に移さないつもりだ。


 「やあ、ジョージ。私はこれからティゼム王国へ行くけど、一緒にどう?」

 「…ノアさん…アレはちょっとズルくないですか…?」


 再会したジョージなのだが、やや目元が赤くなっている。おそらく、ここに来るまでの間に盛大に涙を流したのだろう。


 ジョスターの頼まれごとの一つに、ジョージに父親として別れを告げたいというものがあった。

 そこで私は、ジョージがロヌワンドを出て人気のなくなった場所に、ジョスターを転移させたのだ。一応、変装はさせて。

 そこで、ジョージが涙を流すようなやり取りでもしたのだろう。城に戻したジョスターも、目元に涙を浮かべて満足そうにしていた。


 で、人を転移させて移動することなど、私にしかできないことだとジョージも理解しているのだ。ジョスターと会話させたのも私の仕業だと理解しているのだろう。


 ただ、訂正したい部分もある。


 「言っておくけど、別れを告げたいと言い出したのはジョスターだよ?私はそれに手を貸しただけに過ぎない」

 「そうですか…。いえ、ありがとうございました。本当に、何から何まで…」


 私としてもジョージから感謝されることを見越してやったことだ。それは勿論、彼に頼みごとを了承してもらうためと言う下心があるからだ。


 「以前にも言ったけど、貴方にちょっと頼みたいことがあるんだ。その頼みを引き受けてもらうためにも、少々贔屓させてもらったよ」

 「あの…俺は結局、ノアさんに何をさせられるんですか…?」


 やって欲しいことがあるから今まで良くしていたとも言われれば、警戒するのは当然だな。それだけ私はジョージの面倒を見ていたという自覚はある。

 もったいぶるつもりもないので、単刀直入に頼ませてもらうとしよう。


 「ジョージ、貴方にはマコトの後継者になって欲しい」

 「は、はい?」


 だからと言って最終的な要望をこうして伝えた場合、困惑するのも当然だ。分かってて言った。


 「いきなりこれでは分からないからね。順を追って説明しよう」

 「ええ、お願いします」

 「その前に、少しずつでも移動しようか」

 「へ?おわっ!?」

 「リガロウ、ゆっくりね」

 「はい!」


 立ち話もどうかと思うので、尻尾でジョージを掴み、リガロウに移動を頼む。速度としてはジョージが全速力で走る程度の速度だ。


 「あ、相変わらず速ぇ…」

 「ん?これはゆっくりだぞ?もっと速く走ってやろうか?」

 「いや、いい!このままでお願いします!」

 「ま、姫様からゆっくりって言われてるからゆっくり走るけどな」


 なんだかんだでリガロウとジョージは仲がいいな。このまま友達になってくれると私としても嬉しく思う。

 さて、話を進めるとしよう。

 移動の際の風圧は気にしなくて良い。当然防護はする。


 「夢の中でも話したけれど、マコトは私の最初の友人と言って良いぐらいには親しい人物だ」

 「はい」

 「でだ。そのマコトなのだけど、根っからの仕事人間でね。手が空くたびに何処かから仕事を持って来てそれを自分でこなしているんだよ」


 私の知る限りのマコトの仕事の内容を説明しておこう。

 その説明を聞けば、ジョージもマコトがどれだけ仕事詰めなのか理解できたようだ。当然のように浮かんで来た疑問を私に投げかけてきた。


 「…それで、マコトさんはちゃんと休めているんですか?」

 「いいや?碌に休めていないよ。本人は大丈夫だと言っているんだけどね」


 人間が本来取るべき睡眠時間の半分も取れていないんじゃないだろうか?

 マコトのファンと公言しているクリストファーすらも心配になるほど、マコトは仕事詰めなのだ。


 「彼の後継者になって欲しいとは言ったけどね、それはまだ先の話だ。急にギルドマスターの仕事なんてできる筈もないしね」

 「つまり、碌に休もうとしないマコトさんの手助け兼監視役をしろってことです?」


 話が早くて本当に助かる。やはり同郷の者同士、事情を把握しやすいのだろう。静かに頷き、これからの予定を伝えるとしよう。


 「このままティゼミアへ行き、貴方をマコトに紹介するつもりだよ。彼の助手になってやって欲しい」

 「いきなりで受け入れられますかね…?」

 「勿論、始めは普通の冒険者として活動してもらうさ。だけど、最初からお互いの正体は明かしておきたいと思ってる」

 「お互いの、ですか?」


 お互いの、だ。

 マコトはジョージが異世界からの転生者であることを知らないし、ジョージはマコトの本来の姿が20代半ばの青年の姿をしていることを知らないのだ。

 まずはお互いの素性を知ってもらう。話はそこからだ。


 「ちなみに、マコトもアグレイシアのことは知っているよ。私が教えたからね」

 「なら、異世界からの侵略に対する対策チームでも作るんですか?」


 なかなか面白そうな案ではあるが、あの連中の干渉にマコトやジョージを巻き込むつもりは無い。

 いや、マコトはともかくジョージは最初から巻き込まれているわけだが…。

 だが、マコトにもジョージにも好きなように生きてもらいたいのだ。連中の起こす騒動で煩わせるつもりは無い。


 「この星、この世界の危機でもあるからね。対応は私の方でやっておくさ」

 「あの…その言い方はノアさんが…いえ、何でもないです」

 「ありがとう」


 私が迂闊だったか、それともジョージが鋭いのか。

 今の発言でジョージは私が人知を超えた超常の存在だと理解できたようだ。ただ、こちらを気遣ってくれたらしく、その言及はしないでいてくれるようだ。


 「それで、どうだろう?彼の…マコトの助けになってくれないかな?先に言っておくけど、これは強要ではなくあくまでも頼みだ。嫌なら断ってくれて構わないよ」

 「聞いてるだけでメチャクチャ大変そうですもんね…」


 マコトの手伝いをするだけでも激務になりかねないからな。と言うか、仕事を手伝った分マコトの手が空くから、余計に仕事を取ってきそうな気さえする。いや、マコトなら確実に取ってくる。


 「それを抑える役目も含まれてるんですよね?」

 「うん。そうしないと助手を付ける意味がなくなるからね」


 腕を組んで俯いてジョージが考え込む。

 やはりそう簡単には応えは出せないか。最悪、すぐに答えを出してもらわなくても構わないとは思っている。


 「ああ、そうだ。どちらにせよ、貴方のことはマコトに紹介するつもりであることは了承してね?」

 「それは、お互いの正体についてもですか?」

 「その方が不都合しないだろう?」


 一般的に知られていない情報を自分の知らない人物が知っているのは、あまり面白くない話だろうからな。この場合は、アグレイシアや"女神の剣"に関しての話だ。

 後になって[なぜそのことを知っている]と尋ねられて無駄に不信感を募らせるだけである。


 「…やっぱり、ノアさんってズルくないです?あれだけの恩を着せられちゃったら、断るに断れないじゃないですか…」

 「否定しないよ。元からそのつもりだったからね。まぁ、何と言ってくれても構わないさ。それだけ私は、マコトの問題を何とかしたかったんだ」


 それはマコトのためでもあり、そしてオリヴィエのためでもある。

 マコトが今のまま仕事一筋で生き続けていたら、彼がファングダムに訪れるのが何十年も先の話になってしまうのだ。

 オリヴィエはマコト以外の人間と結ばれることを考えていないようだし、いつまでも彼が自分の国に訪れるのを待ち続けることになるだろう。


 そもそも、マコトはオリヴィエから恋慕の感情を向けられているとは思っていない。直接会って想いを告げらる必要がある。

 勿論、私から彼女の想いを伝えるなどと言う無粋な真似はしない。それは彼女の想いを踏みにじる行為だ。その辺りは多くの小説を読んで理解した。

 そしてオリヴィエならば、私の自慢の友人ならば、次に会う時は自分の言葉で想いを告げられると信じている。

 私は、マコトに空いた時間を用意してやりたかったのだ。


 仕事を任せられる者がいないから全部自分で仕事を片付けるというのなら、仕事を任せられる者を連れてくるだけだ。

 そのために私は彼の後継者を探していた。それがジョージなのだ。


 ジョージには悪いが、マコトとジョージを比較した場合、優先するのはマコトになる。

 ジョージにも異次元の存在を認識できる機会を与えてくれたという恩があるが、マコトにはそれ以上の恩を私は感じているのだ。


 なにせ、人間の常識を碌に知らなかった頃に世話になったからな。

 確かに少々問い詰めたい事態も発生しはしたが、今も私が人間の生活圏内で大国の姫として振る舞えるのは、マコトのおかげでもあるのだ。

 色々と遡れば、全ての始まりはカークス騎士団だったのだろうが、私がアグレイシアを追うきっかけとなったのはマコトとオリヴィエの2人が始まりだと思う。


 多分だが、マコトが異世界人でなければ、ルグナツァリオは真っ先に彼に寵愛を与えていたような気がする。


 〈『うん、そうだね。与えていたね。ただ、異世界人には私達は加護や寵愛を与えられなくてね…』〉


 マコトが異世界人で本当に良かった。もしもマコトに寵愛が与えられていたら、ティゼミアで大騒ぎになっていたことだろう。


 などと考えていたら、ロマハから提案が来た。


 〈『ねぇ、ノア。ジョージに加護を与えて良い?』〉

 〈『それは、今?』〉

 〈『うん、今。駄目?』〉


 そう言えば、ロマハは魂のエネルギーを司る関係で異世界人の魂を持つジョージにも加護や寵愛を与えられるのか。


 彼女なりに、ジョージを応援したいのだろうか?その気持ちは分からないでもないが、タイミングがあまり良いとは言えないな。


 〈『どうして?』〉

 〈『今のタイミングで貴女がジョージに加護を与えたら、ジョスターの行動に非があると捉える者が現れるだろうからね』〉


 ジョージに加護を与えること自体は私も悪くないと思っている。

 しかし、ティゼム王国、ティゼミアには巫覡ふげきであるシセラがいるのだ。私がロマハの加護を持ったジョージと一緒に居たら、騒ぎになるのが目に見えている。

 下手をすれば、神から加護を受けたジョージこそ皇帝になるべきだと主張する者も現れるだろう。

 それはやはり内乱の火種となる。

 折角ジョスターが子供達を説得して内乱の火種を取り除いたのだ。新たな火種を生み出す要因は避けるべきだ。


 〈『加護を与えるなら、もう少し先の方が良い。それも、ドライドン帝国とは関係のない場所でジョージが何かを成し遂げた時にするべきだね』〉

 〈『ん、分かった』〉


 声色が少し残念そうだ。良案だと思っていたのだろう。


 〈『加護を与えること自体は良い案だと私も思ってるよ。後はタイミングだね』〉

 〈『!分かった!いいタイミングで加護を与える!』〉


 機嫌が直ったらしい。

 …なぜ、最年少である私が、そもそも神ではない私が、まるで妹のご機嫌を取るような行動をしているのだろうな?

 ダンタラはどう思う?


 〈『そこで私に振るのですか…。まぁ、ロマハは精神的に幼い部分があるのは否定しません…。精神的な年齢で言えば、貴女の方が成熟していると思いますよ?』〉

 〈『いや、諫めたりするのは、ダンタラがやるんじゃないの?』〉

 〈『私もロマハと同じ立場ですので、人間の感覚は…』〉


 あ、コレ私の言うことの方が素直に聞くから私にロマハの世話を回しているな?


 〈『え、え~っとですね!ほ、ホラ!そろそろジョージが答えを出しますよ!』〉

 〈『………』〉


 逃げたな。まぁ、実際ジョージは答えを出すようだし、今はじっとりと睨みつける思念を送るだけにしておこう。


 「…やりますよ。やってやります!それでいて俺は気ままな生活をして見せます!ノアさんの修業を乗り切ったんだ!それぐらいやってやりますよ!」

 「…ありがとう」


 良かった。これまでジョージに恩を売り、機嫌を取り続けた甲斐があったというものだ。

 もしも何の脈絡もなくマコトの後継者になって欲しいと出会い頭に要求したら、断られていた可能性が高い。

 尻尾で掴んで移動してさえいなければ、ジョージを抱きしめてしまいたいぐらいには嬉しい気分だ。しかし、それをやってオリヴィエが知ったら、きっと彼女は怒るのだろうな。


 長かった。

 去年の羊の月からおよそ9ヶ月の時を掛け、ようやく1つの目的を達成できた。

 いや、実際にはまだ達成とは言えず、約束を取り付けただけではあるが。

 もしかしたら、後になってやはりやりたくないと言われる可能性だってあるのだ。

 今後も付き合いを重ねて、良い思いをさせてやるとしよう。そして確実にマコトの後を継がせるのだ。


 さて、頼みたいことも伝え終え、無事に了承も得たのだ。そろそろ本格的にティゼミアまで移動しよう。


 「じゃ、リガロウ、行こうか。マコトに君のことも紹介しないとね」

 「はい!姫様の初めての友人、どんなヤツか気になります!」

 「え?ま、まさかこのまま?」


 勿論。噴射飛行開始だ。


 一気にティゼミアへ行くとしよう!

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