第481話 異世界人と異世界人

 リガロウが空へと駆け出し、ある程度上昇したところで噴射飛行を開始する。ティゼミアの城門に到着するまで、15分程度だろう。

 なお、今回はジェットルース城から出た時とは反対に、私達の姿を隠しながら噴射飛行を行ってもらう。

 折角別方向の空へと意識を向けてくれているのだから、こちらに意識を向かせないためにも隠蔽は必要なのだ。


 「ひ、ひぃいいい…!あ、あの!ま、前より早くないですか!?」

 「"ドラゴンズホール"へ向かった時のリガロウは本気ではなかったからね。それに対して、今回は本気の噴射飛行だ。あっという間に到着するよ」

 「こんな速度で移動してるのに、なんで何ともないんだ…」


 それは私がしっかりと防護しているからだな。仮に防護していなかった場合、ジョージの体は風圧で引きちぎられていただろう。

 滅多に体験することができないだろう、ノーリスクでの音速を遥かに超えた空中移動だ。短い時間ではあるが、存分に楽しんでくれ。



 リガロウが全力で噴射飛行を行ってから約15分。ティゼム王国の国境に入ったので、そろそろリガロウには降下を始めてもらっているところだ。隠蔽はドライドン帝国の国境を越えた辺りで既に解除してある。


 一般人の視力でも視認できる高度だ。次第に上を見上げて私がこの国に来たことを理解する者が現れ始めた。

 微かではあるが、私のことを歓迎してくれる声も聞こえてくる。リガロウのことはこの国にも伝わっているようだ。


 「ここがティゼム王国かぁ…。あれ?ちょっと速度が下がって来てます?」

 「目的地が近いからね。そろそろ着陸するよ」


 ティゼム王国の国境に入る頃には、ジョージもリガロウの速度に慣れたようで、純粋に空中移動を楽しんでくれていたようだ。


 ティゼミアの城壁が見えてきた。相変わらず城門ではマーサが待機しているようだ。彼女にもリガロウのことを紹介してあげよう。


 リガロウが地上に着地する前に、マーサは私達のことに気付いたようだ。驚きはしたもののすぐに姿勢を正し、リガロウの着地地点を予測してその近くに移動してから跪く。彼女の同僚も同じように彼女に並んで跪き始めた。


 着地して欲しい場所を向こうから示してくれたので、リガロウにもその位置に着地するように伝えておこう。


 着地してリガロウから降り、ジョージを解放したところでマーサたちから歓迎の言葉を送られた。


 「ようこそお越しくださいました!こうしてノア様と再会できたこと、非常に嬉しく思います!」

 「久しぶりだね、マーサ。紹介しよう。この子が私の自慢の騎獣、スラスタードラゴンのリガロウだ」

 「お前も姫様と親しいのか?よろしくな!」

 「おお…!噂には耳にしていましたが、なんと凛々しい姿なんだ…!はっ!?よ、よろしお願いいたします!普段はこの門の守護の任についています、マーサと申します!」


 私が親し気にマーサに話しかけたことで、リガロウも気に掛けるべき相手と判断したのだろう。気さくな挨拶をしている。

 そして、マーサはリガロウのことをかなり丁重に扱うつもりらしい。


 人語を解し、人語を用いて意思疎通ができる。そのうえ私の騎獣でもあると言うことで、敬意を払うに相当すると判断したようだ。それはマーサの同僚達も変わらないようだな。正直、非常にありがたい。


 マーサ達が頭を上げたことで、私の傍にいるジョージに気付いたようだ。

 彼女達は彼のことを知っているようで、その姿を一目見て非常に驚いている。


 「あ、あの…!そちらの御仁は、もしかしなくても…!」

 「うん、彼はジョージ。今後はこの街で暮らすことになるから」

 「ええ!?」

 「詳しくは、近い内に新聞で分かると思うよ。さて、通らせてもらって良いかな?」


 ジョージの扱いについては、ドライドン帝国の国民ですら先程知ったばかりなのだ。

 一部を除いてティゼム王国の人間が知っている筈がないのである。

 だからマーサ達が揃いも揃って驚いていても、私はそれが当然の反応だと思うし何とも思わない。当のジョージはやや気まずそうにしているが。


 気にする必要などどこにもないのだ。

 アインモンドのことも含め、どう考えても大事なのだ。世界中に事情は知れ渡ることだろう。ジョージが身を挺してジョスターを、帝国を救った英雄として。

 英雄扱いが嫌なのかもしれないが、気にしなければ良いだけの話だ。どの道、冒険者として活動していけば、ジョージはいつか"一等星トップスター"になる。それだけの実力と才能が彼にはある。

 そうなれば、盛大に称えられることになるのだ。称えられるのが少し早くなっただけだ。


 詳しく説明せずに街の中へと入りたいと言ってみれば、マーサ達は何事もなく了承してくれた。


 「それじゃあ、行こうか。ああ、そうだ。リガロウも連れて行っていい?」

 「ど、どうぞ!陛下から許可は既に下りています!」


 流石はクレスレイだ。話が速い。私がこの国にリガロウと共に訪れたら、この子と一緒に街の中を歩けるように予め通達しておいたらしい。


 「それじゃあ、まずは宿に向かおうか。急に来たから、部屋が空いているとも限らないからね。冒険者ギルドはその後だ」

 「わ、分かりました!」


 ブライアンの元にジョージを連れて行ったら、またマックスの時のように冷やかしのような野次を送ってくると予想できるのだが、特に問題はない。今回、私はこの国に長居する気はないからな。

 この街でやることは、マコトの所に顔を出してジョージを紹介し、後はリガロウと一緒に街を見て回れるようにしてくれたクレスレイに礼を言いに行くぐらいだろう。


 ブライアンが経営する宿"白い顔の青本亭"に顔を出せば、思った通り私とジョージが交際していると勝手な予想を立てたりもしたようだが、無視して宿泊手続きを勧めさせた。


 「あの、姫様?容赦なさすぎねぇか?」

 「貴方がどういう人間かは、大体理解しているからね。どういった対応をすれば一番早く話を勧められるかも理解しているよ」

 「えっと…記入終った、です…よ?」


 ジョージの言葉遣いが妙なことになっている。

 言語がティゼム王国の言葉だからと言うこともあるが、どのような振る舞いをすればいいのか、決めかねていた結果と言ったところだ。


 「自然体でいれば良いよ。ブライアンは気さくな人だ。貴方の素の姿の方が気に入ると思う」

 「わ、分かりました…。ん、コホン。じゃ、コレ料金な!これからしばらく世話になるぜ!よろしくな、おやっさん!」

 「は、はぁ…」


 態度というか、口調が豹変してしまったため、流石のブライアンもあっけに取られているな。状況を飲み込めていない。


 「あ、ノアさん!ちょっと部屋を見て来ていいですか!?確認したらすぐに戻りますんで!」

 「いいよ、行っておいで」


 許可を出すと、嬉しそうに彼が今後寝泊まりする部屋へと駆け出して行った。前世も含めて彼は旅行へ行ったことがないらしい。妙にテンションが高い。


 「ひ、姫様よぉ…。アレ、ホントにあのジョージ殿下なのか…?」

 「間違いなく本人だよ。今まで猫を被っていたのさ。詳しい話は近い内に新聞で分かると思うよ」

 「さ、さいですか…」

 「貴方もジョージのことを皇族としてではなく、1人のジョージと言う男子として見てやって欲しい。普段通りの対応をしてくれて構わないよ」


 とは言ってみたが、急には無理だろうな。多分だが、ジョージが既に皇位継承権を持っておらず、家名まで無くしていると知ったとしても、しばらくは気を遣った対応をすると思う。

 だが、それらは時間が解決してくれるだろう。

 アイラに対して気さくな態度を取れるブライアンなのだ。そこは信頼できる。


 そうこうしている内にジョージが戻って来た。部屋の確認が済んだのだろう。


 「お待たせしました!さぁ、冒険者ギルドに行きましょう!」

 「そうだね、そうしようか。それじゃあブライアン、また今度」

 「お、おう。今度は一日でもいいから泊ってくれよな!」


 そうだな。今回は他にも顔を出したい場所があるから宿泊するつもりは無いが、次にこの街に訪れた時は宿泊させてもらうとしよう。



 リガロウとジョージと共に街を歩くこと約15分。冒険者ギルドに到着した。入り口の防犯魔術は正常に機能しているようだな。尤も、この街には公共の風呂施設があるため、それほど活躍している様子はないが。


 ちなみに、冒険者ギルドに到着するまでに凄まじい量の視線を向けられていた。

 なにせ初めて見るリガロウに加え、ドライドン帝国の皇子(と思われている)を連れ歩いているのだ。ただでさえ私個人で注目を浴びるほど目立つのだから、視線が寄り集まるのは当然である。


 冒険者ギルドに入り、オリヴィエ…は既にいないので、一番胆力のある受付の元へと顔を出す。


 「こんにちは。マコトに会いに来たよ。本人には予め伝えてあるよ」

 「は、はい!伺っています!どうぞお通り下さい!」


 言い忘れていたが、マコトにはこの時間に冒険者ギルドに、彼の元に顔を出すことを予め『通話コール』で知らせている。

 ただし、ジョージを連れてくることまでは教えていない。あくまで紹介したい者がいると伝えただけだ。


 以前彼にはリガロウをその内紹介すると伝えているため、今回紹介したいのはリガロウだと思っていることだろう。

 実際にリガロウのことも紹介するから間違ってはいないが、ジョージも一緒に紹介する。


 ではなぜそんなだまし討ちじみた事をしたかと言えば―――


 「やあマコト。こうして会うのは久しぶりだね」

 「あ、ノアさん。どう…も!?」

 「え?…若…い…?え…?」


 ジョージにマコトの本来の姿を見せるためだ。

 マコトは私は勿論、私の騎獣であるリガロウにも自分の正体を教えても良いと思っていたのだろう。だから、本来の姿で会おうとしていたことは分かっていたのだ。

 ジョージが一緒にこの場に来ると知らなければ、ジョージにマコトの本来の姿を見せてやれると思ったのである。


 そして、私がただの意地悪でマコトの本来の姿を赤の他人に教えるような性格ではないことは、彼も理解している。


 しばらく右手で目元を覆い、悩むような仕草をした後、落ち着いた声で私に説明を求めてきた。

 若干の怒りの感情が籠っているのは、承知の上だ。まずは謝らせてもらおう。


 「すまなかったね。話を円滑に進めるためにも、最初からこうして貴方の正体を暴露するのが一番だと思ったんだ」

 「貴女がこうして彼に僕の正体を見させたんです。当然、ジョージ殿下は普通の人間ではありませんね?」


 コラコラ、悪いのは私なのだから、そんな風にジョージを睨みつけるのはやめなさい。怖がっているじゃないか。


 「ジョージ、自己紹介を」

 「は、はい!えっと、知ってるかもですけど、俺はジョージ。い、今は家名はありません!それと、寺門・条じもん・じょうという男の前世の記憶と意識があります!」

 「は?」


 突然の転生者のカミングアウトに、マコトは驚きを隠せていない。目を見開いて素っ頓狂な声を上げている。


 「えっと、つまり、君は…」

 「はい!俺は日本人の前世を持った、転生者です!この世界には、アグレイシアに連れてこられました!」

 「!」


 アグレイシアの名前を聞いて、マコトの表情が険しくなる。

 嬉しいことに、彼はこの世界の住民として生きることを選び、ヤツをこの世界の敵として見てくれている。

 そのため、ジョージがヤツの手によってこの世界に転生させられたと聞いて、敵意を露わにした。


 マコトは人間の基準で考えれば上澄みの人間だ。そんな人物が放つ威圧や敵意は、ジョージに強烈な精神的負担を与える。


 その敵意は、私が抑えよう。そしてマコトを窘めなければな。


 「落ち着いてマコト。私がこうして連れてきている時点で分かるだろう?ジョージは敵では無いよ。私達の味方だ」

 「………ふぅ…。それもそうですね。それで、これまでの経緯を詳しく説明してもらって良いですか?なんだか嫌な予感がします…」


 失敬な。マコトは私を何だと思っているのやら。マコトにとって強力な助っ人を連れて来てやったというのに。


 まぁいい。とりあえず、ここまでの経緯を説明させてもらうとしよう。



 ジョージが私に連れられてこの場に来ているのか。その経緯を大体説明し終えると、いよいよマコトが私に最も気になる質問を投げかけてきた。


 「…ジョージ君が国を出て貴女に連れられてこの場に来た経緯は理解しました。それで、ノアさんは僕にどうしろと言うんですか?」

 「決まっているだろう?こうしてここに連れて来て貴方に合わせたんだ。彼を鍛え、彼の面倒を見てやって欲しい」

 「………」


 表情が引きつっているな。ある程度予想していた回答だったのだろう。


 「悪い話ではないと思っているよ?形式は違えど、彼は貴方と同郷の身だ。鍛えて"星付きスター"冒険者になる頃には、貴方の良い助手になると思わない?」

 「…ノアさん、始めからそのつもりでジョージ君に接触しましたね?」

 「正解」


 流石に分かるか。この様子だと、彼の後継者として連れてきた私の目論見も理解して良そうだな。


 ため息をついた後、今度はジョージに確認を取った。


 「ジョージ君、君はそれで良いのかい?ハッキリ言って、僕の仕事、メチャクチャしんどいよ?」

 「そのしんどい仕事を一人でずっとこなしま続けてるのがマコトさんだって聞きました!だったら、同郷の身として手伝いたいって思うじゃないですか!心配はいりません!ある程度の理不尽は、ノアさんに鍛えられてますんで!」

 「ああ…。君もノアさんに振り回された口か…。ふふ、分かったよ。だけど、甘やかすつもりは無いからね?冒険者も、それを管理する仕事も、どっちも大変だよ?」


 おや?なにやら私のことで2人が納得と言うか仲間意識を持ち始めているぞ?どちらにもそれほど理不尽を押し付けたつもりは…いや待て、こういう時は私の感覚で考えてはダメだ。

 ジョージは修業のことを言ってるのだろうが、マコトの場合は…。


 …考えてみれば、マコトには色々と無茶なことを要求していたような気がする。何度彼を驚愕させたことがあったか…。

 そうか。だからこそ、私は彼に恩を感じているのか…。


 「望むところです!よろしくお願いします!」

 「ああ、よろしく。ジョージ君、君を歓迎しよう」


 何やら固い握手を交わしている。年の差はあるが、いつの間にか2人の間には強い友情が生まれたようだ。というか、お互いにお互いを同情しているような気がする。

 同情の原因は、考えるまでもなく私か。


 まぁ、私のことをどう思われようとも、良好な関係を結べたのだ。


 ここは素直に喜んでおくとしよう。

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