第482話 リガロウを紹介しよう

 マコトとジョージの顔合わせは済んだのだ。次は私の眷属を自慢させてもらうとしよう。


 「さて、マコトに顔を出したのにはもう一つ用件があってね。気づいているだろう?この子がリガロウだよ」

 「コッチを気遣ってくれてたんですね。良い子だなぁ…」

 「姫様に迷惑を掛けたくないからな。…お前、まぁまぁ強いな」


 マコトが実際に戦っているところを見たことがないので詳しくは分からないが、少なくともマコトはリナーシェと同等以上の実力がある。

 あくまでも身体能力や魔力量で判断した話だ。

 それに加え、彼には称号の由来となっているであろう何かしらの能力まで所有している。モスダン公爵が魔法を使用できると言っていたこともあり、実際にはリナーシェよりも強いだろう。


 まともに自分と戦うことができると判断してのリガロウの評価だ。マコトはその言葉を取り繕うことなく素直に受け取ることにしたようだ。


 「ははは、ありがとう。まぁ、僕はもう現役ではないから、これ以上は強くならないよ」

 「そうなのか?もったいないな」


 強くならないのではなく、そのつもりがないだけだな。自身を鍛える暇がない、ということでもある。

 マコトに時間の余裕ができたら私が鍛えてみるのも悪くないかもしれないが、彼の休息時間を増やすためにジョージを呼んできたのだ。消耗させるようなことをしていたら本末転倒である。

 なお、リガロウはギルドの扉を通過できる大きさではないので、転移魔術で移動させた。


 「クレスレイのおかげでこの子もこの街を自由に歩けるみたいだし、後で彼の所にも顔を出そうと思うよ」

 「そうしてくれると助かります。クリスがノアさんに会っているだろうと知って、羨ましがっていましたから。ついでに、粗相を働かないか心配もしていましたね」


 クリストファーはまだティゼム王国に帰ってきていない。だが、私がドライドン帝国へ、ジェットルース城へ行ったことは承知しているのだ。当然、接触済みであることも報告が行っている。

 しかし、私とどのようなやり取りをしていたのかまでは分からないだろうからな。私と会話ができるのなら、私に直接確認を取りたいと思うのは当然である。


 「それで…ドライドン帝国の"女神の剣"は潰せたんですよね?後どれぐらい連中の勢力が残ってるとか、分かってたりするんですか?」

 「この大陸には3つの勢力が残っているね。場所はもう把握しているから、タイミングを見計らってコッチで始末しておくよ。他の大陸にも点在しているから、全部で残り13だね」

 「分かってるんですね…。それにしても、結構残ってますね…」


 それはそうだ。今の今まで誰も手を出していなかったのだから。

 "女神の剣"の歴史は数千年続いているのだ。むしろ少ないと言えるかもしれない。

 まぁ、連中としてもむやみやたらに数を増やして世界の敵としてその存在を認識される訳にはいかなかったのだろう。だからこの程度で済んでいたとも言える。


 私がジェットルース城で過ごしていた間に、ダンタラによって世界中に点在している連中の拠点の位置は、すべて把握させてもらった。

 仮に新たに拠点を用意しようとしても無駄だ。新たに動きがあればその時点で把握できるし、亜空間に逃れようにも私が亜空間に容易に干渉できるようになったおかげで、その動向さえも把握できる。


 「そう遠くない未来に連中はすべて始末できると思うよ。後は、ヤツの居る次元に干渉できる方法なのだけど」

 「そっちは難しそうですか?」

 「いや、実を言うとそっちもジョージのおかげでヤツの気配を僅かではあるけど認識できてね。時間は掛かるけど、何とかなりそうだよ」


 尤も、ヤツの気配や異世界の因子が認識できる機会が増えれば、その分解析も進むのだ。マコトや千尋が転移してきた場所や魔獣になった少年が出現した場所、ヴィルガレッドの本を参考に確認していくつもりだ。


 リガロウとジョージの紹介も終ったので、私はこの場を立ち去るとしよう。


 「おや、もう行くんですか?」

 「うん。別段急いでいるというわけでもないけど、ジョージには早速冒険者として仕事をしたいだろうしね」

 「あ、はい!ちょっとワクワクしてます!」


 こうして直接会ったのだから、マコトにカレーライスでも振る舞おうかとも思ったのだが、生憎とまだ昼食の時間までかなりある。後で良いだろう。まぁ、彼に時間の余裕があればの話だが。

 彼は自分で食事を用意してしまうから、事前に確認した方が良さそうだな。もしかしたら、もう既に用意しているかもしれない。

 

 「え?昼食ですか?はい、基本的に週の始めに一週間分作って『収納』に保管してますんで…」

 「そう。よければカレーライスでもどうかと思ったんだけど、既に用意しているならやめておこ」

 「お願いします!食べさせてください!」


 土下座して懇願するほどなのか。それも話を遮ってまで…。

 マコトはこの世界に来てから、カレーライスを口にしたことがなかったのか?

 いくらこの国をメインに活動していたからと言って、ニスマ王国に訪れたことがないとは思えないのだが…。


 「いやまぁ、そりゃあ口にしたことぐらいありますよ?ダニーヤのカレーライスとか、マジで美味かったですからね。けど、ノアさんが用意しようとしてくれるのって、多分ですけど千尋さんのカレーライスじゃないですか?」

 「そうだね。センドー家に代々伝わってる、始まりのカレーライスと呼ばれるヤツだよ」

 「流石にソレはコッチに来てから食べたことがありません」


 マコトはセンドー家とは接触したことがなかったらしいからな。現状、始まりのカレーライスはセンドー家に招待されなければ食べられないだろうし、納得である。


 「ジョージ、貴方はどうする?」

 「え!?俺も一緒で良いんですか!?」

 「ここで貴方をのけ者にするわけにはいかないだろう。遠慮することはないよ」


 こうして会話をしている中1人だけ食べられなかったら、辛いだろうからな。

 ジョージも私が用意したカレーライスの味を知っているし、食べた時にあれだけ喜んでいたのだ。


 「そういうわけだから、ジョージの登録を頼める?一応確認するけど、貴方にもできるんだよね?」

 「ええ、大丈夫ですよ」


 流石はギルドマスター。冒険者登録手続きの権限もあるみたいだ。

 『収納』から未登録のギルド証を取り出してジョージに手渡す。


 「はい、コレがギルド証。それに少しで良いから魔力を流してもらえる?」

 「はい。うわぁ…なんか緊張するぅ…」


 今まさに憧れていた冒険者になる瞬間だからな。気持ちが弾むのも無理はない。


 さて、ジョージの登録の途中ではあるが、私は移動するとしよう。あまり邪魔をして時間を浪費させたくはない。


 「ジョージ、なるべく沢山の依頼をこなして見せなさい。貴方のカレーライスは、結果次第で増減すると思いなさい」

 「はい!精一杯やって見せます!」

 「あー、ジョージ君?無理はしないようにね?」


 ジョージならば怠けるようなことはしないだろうが、こうして発破を掛けておけば、より昇級も早くなるだろう。

 後は詳しい説明をマコトがするだろうし、私はギルドを出るとしよう。



 ギルドから出た後は予定通りクレスレイに会いに王城へ向かう。

 なお、リガロウなのだが、マコトの部屋に転移で連れて来ていた間はギルドの外に『幻実影ファンタマイマス』による幻を出現させて不信感を与えないようにしておいた。

 注目を集めはしたが、誰も触れるどころか、話しかけようともしなかった。気にはなるが、近づく度胸が無かったようだ。


 城門に顔を出せば、こちらが何も言わずとも城内に通された。クレスレイが私室で待っているらしい。

 私が城に訪れたら自分の所に案内するように通達していたようだ。また私を口実にサボる気だな?

 まぁ、私の対応も国主としての仕事と考えれば、一概にサボるとも言えないのか。

 いや、本人がサボりだと言っていたから、やはりサボりだな。


 私も酒に酔えるようになったことだし、クレスレイの秘蔵の酒とやらを飲ませてもらおうか?

 …やったら本気で泣きそうだな。止めておこう。まぁ、脅かすぐらいのことはしてやるか。


 それと、クレスレイもリガロウを直接見たがっているだろうから、当然この子も連れて行く。許可もあっさりともらえた。


 「やぁ、来たよ。リガロウも連れてきた」

 「おお!今回は早かったな!うむ!写真で見るよりも力強さが見て取れるな!これほどのドラゴンを乗りこなすそなたの姿は、さぞ絵になることだろうな」

 「グルゥッ!」


 言葉は口にしていないが、リガロウがとても誇らしげである。私を乗せてカッコ良く振る舞っている姿を想像したのだろう。可愛いので撫でておこう。


 「今回も大量の菓子を用意しておいたぞ。今持ってこさせよう、遠慮せずに食べるがいい」

 「そうさせてもらうよ」


 大量に用意したというのは、どれぐらいなのだろうか?最低でも前回の倍は欲しいところだな。

 なにせ今回はリガロウもいるのだ。前回と同じ量ではあっという間になくなってしまうぞ?


 用意された菓子は倍以上の量だった。おかげでリガロウも気兼ねなく菓子を食べられる。この子が積み上げられている菓子を一口食べるだけで、5,6人分の菓子が消えるのだ。


 気に入った味らしく、目を閉じて嬉しそうな声を上げている。


 「ハッハッハ!いい食いっぷりだ!見ていて気分がいい!」

 「この子のこと、気を遣ってくれてありがとうね。おかげでこの子もこの国を楽しめているよ。一緒に街を見て回れて、私も嬉しい」

 「なに、これぐらいどうということはない。そなたがこの国にしてくれたことに比べればな」


 菓子を一つ手に取り口にしながら、鷹揚に頷きながら、私の礼に応える。

 ヴィルガレッドの怒りを鎮めたことで、クレスレイにはかなり大きな借りを作ったようだ。


 「で、ドライドン帝国でクリスに会ったのだろう?どうであったか?」

 「んぐんぐ…姫様と番になりたがってたぞ?無理だけどな」

 「と言うわけだよ」


 予想できていたとは言え、クリストファーの様子に大きなため息をついている。


 「まったくあ奴は…。そなたの正体を知った後でも同じことを言うつもりではないだろうな…」

 「さぁ?でも、魔族やドラゴンと結ばれる人間がいるのだし、諦めないんじゃない?」

 「我が息子ながら困ったものだ…」


 そう言えば、クリストファーには正妻となる婚約者がいる筈だが、その人物とはどうなっているのだろうか?


 「ん?ああ、マリーとの関係が拗れるようなことはないだろうな。もしもそのようなことになるなら、この俺が直々に喝を入れてやるところよ」


 クリストファーとその婚約者の関係は、かなり親密らしい。クレスレイが心配していないようなら、私が気にする必要もないのだろうな。


 「折角こうして部屋に招いたのだ。ゆっくりしていくと良いぞ?」

 「また愚痴でも聞いて欲しいの?」

 「そう言ってくれるな。俺の家臣達は何かと小言がうるさい連中でな」


 3カ月ほどの時間でかなり鬱憤が溜まっていたらしい。

 大量の糖分を摂取して不満を口にするのは、ストレス解消になるのだろう。

 しかし、毎回私を呼ぶたびに愚痴に付き合わされるのもあまり面白くない。


 やはり、少し驚かしてやろう。


 「良いけど。そうそう、最近、私も酒に酔えるようになったんだ」

 「ん?そうか。それは良かっ……んん!?」

 「クレスレイが隠すほどの酒だから、さぞ美味いのだろうね」

 「ま、待てっ!一旦落ち着くのだ!俺は午後も仕事があるから、今は酒が飲めんのだぞ!?」


 先程までの余裕のある態度が一変して慌てだしたな。

 その代わり様が面白くて、声に出して笑ってしまった。脅かすのはこれぐらいにしてやるとしよう。


 「クッフフフ…!心配しなくても、今からねだるつもりは無いよ。私もそれなりに酒を持っているし、今度外国で購入した酒と交換でどう?」

 「お、おお!それはいいな!ちなみに、どんなものがあるのだ!?」


 先程の台詞がある種の冗談だと分かり、再びクレスレイの態度が変わる。

 外国で仕入れた酒が手に入ると知り、乗り気になっているのだ。

 私が購入した酒は安酒から高級酒まで様々だ。全部並べようとしたら机に収まりきらないので、有名どころと言われている酒飲みを一先ず見せるとしよう。

 当然だが、ヴィルガレッドやルイーゼが飲ませてくれた酒は出さない。同様に家で作った酒もだ。

 あくまでも人間の作った酒を出すのである。


 相変わらず美味そうに菓子を食べるリガロウを愛でながら、クレスレイの反応を伺うとしよう。

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