第483話 折角ティゼム王国に来たのだから
大国の国主と言うこともあって、クレスレイはこの大陸の有名な酒は軒並み知っていたようだ。
尤も、知っていることと所持していることはまた別の話なのだが。
そして、彼としては他大陸の酒もあると期待していたようだ。
「アクレインでは、他大陸の酒は購入しなかったのか?」
「輸入されてきた物よりも、現地で購入したかったからね」
若干残念そうにしているが、私が購入した酒は今この場に出した物だけではない。購入した酒は覚えているので、希望がある様なら聞いてみるとしよう。
「いや、それよりもだ…。そなたは確実に他大陸に向かうのだろう?ならば」
「ああ、買ってきて欲しい酒でもあるの?良いよ。聞かせてもらおうか」
どうせなら喜んでもらいたいからな。要望があるのなら叶えようじゃないか。まぁ、他大陸に行くのはまだ先の話だから、随分と待たせることになるが。
それに、対価はしっかりと貰うつもりだ。
「そうだね。一つ要求するごとに貴方の秘蔵の酒を一つ貰おうか。実際に手に入れてきたところで交換といこう」
「ぬぅっ!?」
クレスレイとしても当然対価を支払う考えはあったが、その対価が予想外の物だったようだ。
酒の楽しみ方を知れるようになったのだから、大国の王が特に気に入っている酒がどれほどのものか、気にならないわけがないのだ。
「んぐんぐ…。姫様、酒って美味いんですか?」
私達のやり取りでリガロウも酒に興味を持ったようだ。この子はまだ幼いから、酒を飲んだことがないのだ。
リガロウは
尤も、その時にはまだこの子は酒に対して興味を持っていなかったのだが。
「全部が全部とは言えないだろうけどね。私が飲んだ事がある物は、どれも良質なものだったから美味しかったよ。それ以上に、酒を飲むと酔うと言う感覚を得られるんだ」
「あの竜酔樹の実を食べた時のような奴ですか?」
「そう。皆あの感覚が好きだからね。美味い物を食べてあの感覚が味わえるから、喜んで飲むのさ」
「グキュルゥ…」
竜酔樹の実を食べて酔っぱらった時のことを思い出してしまったらしい。
あの時の様子はリガロウにとっては失態として判断しているからか、あまり思い出したくないようだ。
リガロウが酔った時の様子が気になったのだろう。
クレスレイがいかにも興味があると言わんばかりの表情をしてこちらに視線を向けてきたが、説明しないことにした。
あの子の機嫌が悪くなることぐらい、容易に分かるからだ。
リガロウの機嫌とクレスレイの知的好奇心なら、リガロウを優先するのは当然の話である。
クレスレイも私の優先順位を把握しているからなのか、このことに関しては特に残念がる様子もなかった。
そんなこんなで菓子を食べながらのんびりと過ごし、昼食の時間となったのでマコトの執務室に戻ることにした。彼にカレーライスを振る舞うのだ。
余程楽しみにしていたのだろう。執務室に戻ってくれば、珍しく仕事に一段落つけてあり、いつ料理を出されても問題無い状態になっている。ジョージはまだ来てないようだが
「ジョージ君ならまだ依頼の途中ですよ。帰ってくるのは多分…20分ぐらい後になるんじゃないですかねぇ?」
私がこの場に来た以上、我慢をすることなど出来ないのだろう。しきりにカレーライスを食べたいアピールをしている。
「ちゃんと食べさせてあげるから、もう少しだけ我慢しようか」
「や、ですけど、ジョージ君はもう食べたことあるんですよね?」
「貴方は後輩に一人寂しく昼食を取らせるつもりなの?彼は良い子だよ?」
食べたいと思っている料理を食べるために、急いで依頼を片付けている最中だというのに、戻って来てみたら先に食べ始めていた。最悪の場合、既に食べ終わっていたとしよう。
そんな状況になっていたら、例えカレーライスを食べられたとしても落胆するのは、間違いないだろうな。
前世の記憶と意識があるジョージを子供扱いするつもりは無いのだが、恩を感じている人物に不義理な真似はしたくないのだ。私の感覚から言って、悪戯では済まない。マコトには悪いが、20分ぐらいは待ってもらう。
「それで、ジョージはどれぐらいで昇級しそうかな?」
「そうですね…来週には"
気にならないわけではないが、暇潰しの意味もある。ただ待つだけと言うのは苦痛だからな。少しでも気を紛らわせようという私なりの気遣いだ。
「私はこの場で黙って読書をしながら、ジョージが帰って来るのを待っていても構わないよ?」
「…どうぞ!聞きたいことがあったらジャンジャン聞いてください!」
必死さが伝わってくる反応だ。それほどまでにカレーライスをお預けされるのが苦痛なのか。
マコトの気を紛らわせるためにも、気になったことを質問していくとしよう。
それから約20分後。マコトが予想していた通り、ジョージがこの場にやって来た。急いでこの場に来たからなのか、少々息が上がっている。
「ぜぇ、ぜぇ…!お、終らせてきましたよ…!後で…確認、お願いします!」
「やぁ、お帰り!君が帰って来るのを待っていたよ!」
待っていたのはその通りなのだが、それはカレーライスのためだと言うことをジョージは理解できるだろうか?あの様子では純粋に自分を歓迎してくれているように捉えているようだな。
ジョージとて元皇子である。10年以上、腹芸やおべっかを使って来る貴族達と対峙していたのだ。他人の顔色を知ることぐらい、わけはない。
だというのにジョージはマコトの心境をよく理解できていないようだ。
これは、マコトの処世術の方がジョージよりも優れていたと考えるべきなのだろう。彼もジョージと同じく多くの貴族達を相手にし続けて来ていたのだ。自分の感情や思惑を読み取られないような術を知っていてもおかしくないのだ。
それはそれとして、こうしてジョージも戻ってきたので昼食を用意するとしよう
『収納』から、既に器に盛り付けられているカレーライスを取り出せば、2人とも叫びを上げたくなるほどに喜びの感情を露わにしだした。
料理をこの場に出した瞬間、カレーの独自の匂いが部屋中に広がったのである。
特に、まだ始まりのカレーライスを食べたことのないマコトにとって、それはもう堪らない匂いだったのだろう。
「それじゃあ、食べるとしようか。いただきます」
「「いただきます!!」」「いただきます!!!」
ちなみに、この場所にはリガロウもいる。この子もカレーライスを気に入っているので、満足いくまで食べさせてあげるのだ。
食事の挨拶を終えた後の2人は、多少行儀が悪くなっても構わないようで物凄い勢いでカレーライスを口の中に掻き込み始めた。
ジョージはともかく、マコトはこちらの世界に来て初めて食べる味の筈なのだが、そんなに急いで食べて良いのだろうか?もっと味わって食べるかと思ったのだが…。
「ノアさんがお代わりを用意していない筈がありませんからね!最初っから思いっきり食べさせてもらいますよ!」
確かにお代わりを用意しているが、それを最初から当てにされるというのも面白くないな。ちょっと驚かせてやろう。
「………」
「え?ちょっと、ノアさん?何で黙るんですか…?」
「ああ、うんちょっとね…」
「まさか、今回はおかわりが、無い…!?」
「「!?」」
いかん、リガロウまでもが驚いてしまっている。先にマコト達を驚かすために一芝居打つと教えておくべきだった。
それはそうと、驚いて大きく口を開けたリガロウ可愛い。いやまぁ、私から見たこの子は何をしていても可愛いのだが。
とりあえず驚かせるのは成功したのだし、もう芝居をする必要はないだろう。ネタ晴らしといこう。
「冗談だよ。ちゃんと用意しているとも。だけど、最初から私を当てにはしないように」
「う゛っ…。すみませんでした…」
「良かったぁ~」
問題無くおかわりができると分かれば、再びカレーライスを食べ始めるのだが、今度はややゆっくりだ。味わって食べることにしたらしい。
昼食も終ったので、そろそろ移動するとしよう。
折角ティゼム王国に訪れたのだから、ハン・バガーセットも食べておきたいのだ。
「ノアさんやリガロウ君なら殆ど時間を掛けずにイスティエスタに到着できそうですけど、何かあるんですか?」
「うん。結構大きなことをやっておきたくてね」
『
そしてフウカの自宅兼店にも風呂を設置させる。これまで大量に私の服を用意してくれた彼女へのプレゼントだ。今後も彼女を抱きしめて頭を撫でる機会があるだろうし、自作の洗料もサービスしよう。
とは言え、フウカはまだこの国に戻ってきていない。
彼女はクリストファーを乗せている馬車の影に潜って移動しているので、到着が私達よりも遅いのだ。まぁ、私達の移動速度が異常なだけなのだが。
無断で彼女の家に入るつもりは無いので、『通話』によって許可をもらっておく。
鍵は当然掛かっているが、私には無意味である。
フウカから家に入る許可はもらえたが、その際に何をするかは伝えていない。驚かせてやるためだ。
だが、置手紙の一つぐらいは用意しようと思っている。
風呂関連の話を進め終る頃には夕食の時間になっているだろう。
"囁き鳥の止まり木亭"でハン・バガーセットを食べて一日休んだら、家に帰るとしよう。
シンシア達がリガロウを見てどんな反応をするか、今から楽しみだ。
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