第484話 ハチミツの焼菓子
ティゼミアからイスティエスタへ向かう途中、少し寄り道をしようと思う。
まだまだ在庫に余裕はあるが、キャロに大量のハチミツ飴を譲ったので、その補充をしておこうと思ったのだ。ついでに、あの村で販売しているハチミツを用いた焼菓子も食べておきたかったし、丁度良いだろう。
それに、あの村に咲き誇る花畑はなかなかに見ものだ。リガロウにも見せてあげたいと思う。
「クンクン…。甘い匂いがしてきました!ハチミツの匂いです!」
「うん。あの村で扱ってるハチミツの菓子を購入したくてね」
リガロウにもハチミツそのものは勿論、ハチミツ飴や焼菓子も渡しているからな。ハチミツの匂いは分かるのだ。そしてだからこそ、この子もハチミツは好きである。
尤も、ラフマンデーのハチミツはこの子には強力過ぎるので渡していないのだが。早くこの子にもラフマンデーのハチミツを味わわせてあげたいものだ。
これから立ち寄る場所がハチミツを扱う村だと知って、リガロウは嬉しそうにしている。
「この村で扱っている焼菓子は、実を言うとまだ食べたことがなくてね。一緒に食べよう」
「はい!」
そう。以前この村に単独で訪問した時には、焼菓子を購入できなかったのである。だからこそ村人達からも何度も必死に謝罪されたのだが。
早い時間に訪問してしまった私にも非があるのだ。だから彼等を責めるようなことはしなかった。
正直に言えば、あの村で扱っている焼菓子よりも美味いであろう焼菓子を私はいくつも口にしたことがある。
しかし、私と共にこの村に訪れた新米冒険者達が口にした時の、あの幸せそうな表情が忘れられないのだ。是非、一度は口にしてみたいと思っていた。
私の当時の記憶を、『
「コレがあの村で扱っている焼菓子を食べている子達の様子だよ」
「みんな美味そうに食べてますね!俺も食べたくなります!」
そうだろう?彼等は基本的に甘味を食べる機会が無かったからか、こういった甘味は貴重だったようだからな。実に美味そうに食べていたのだ。
あの子達の表情を思い出すたび、この村の焼菓子を口にしたいと思っていたのだ。
今回は時間も昼を少し過ぎた程度だ。今度こそあの味を味わえる。多少我儘を言ってでも食べさせてもらうつもりだ。
この村にもリガロウのことは伝わっていたようだ。私、と言うよりもこの子の姿を確認した直後、村人達が総出で私達を出迎えるために村の入り口まで集まってくれた。
私達が村の入り口まで到着すると、彼等は一同に跪いて歓迎の言葉を口にしだした。
私の扱いが大国の姫と同等なので、コレが一般的な対応なのだと納得しておこう。それに、
「出迎えご苦労様。今回もハチミツを用いた品を求めに来たよ。そしてこの子が私の自慢の騎獣、リガロウだ」
「よろしくな!ハチミツの飴、食べたことあるぞ!美味かった!」
「「「「「ははぁーっ!」」」」」
確認を取ってみれば、嬉しいことにリガロウも一緒に村を見て回って良いそうだ。つまり、村の外に出なくてもハチミツの焼菓子を購入してその場でこの子とその味を体験できると言うことだ。実に素晴らしい。
これもクレスレイの手配のおかげなのだろうな。彼には今度良い酒を持って行ってやらなければ。
さて、早速ハチミツの焼菓子を求めて扱っている店に向かったのだが、何やら様子がおかしい。少しだけ嫌な予感がしてきた。
遠目から見ても分かるのだが、店が閉まっているように見えるのだ。と言うか、扉に閉店を示す看板が建てられている。
まさか、この村ではもう焼菓子を取り扱わなくなってしまったのだろうか?いやいや、あの焼菓子はこの村の名物の一つの筈だ。つまり、立派な収入源である。事業を止めるなどあり得ない。
近くにいる者に事情を確認してみよう。
「あ、あの…それがですね…。非常にタイミングが悪いと申しますか…」
「タイミング?」
詳しく聞いてみれば、何日か前に他国の貴族がこの村に訪れ、焼菓子を気に入って買い占めてしまったそうなのである。
材料を使い切ってしまったため追加で作ることも出来ず、材料を仕入れるまでしばらくは閉店にするそうだ。
なんてこった。何日か前に来たと言うことはおそらく、作れる分だけ作らせてまとめて購入していったと言うことなのだろう。
尤も、焼菓子を買い占めた貴族はかなりの我儘を言っていることを理解しているからか、相当金払いが良かったらしい。
単価で言うならば3倍近い値段で買い占めたそうだ。金で解決とは、実に貴族らしいやり方である。
何故こうも私はこの村の焼菓子を食べられないのだ。まさかとは思うが、ルグナツァリオが?
〈『違う!誤解だ!濡れ衣だ!私は無実だ!』〉
〈『こればっかりはどうしようもないよねー』〉
ルグナツァリオは無関係だったらしい。今回この村に訪れたのも私の気まぐれだし、どうしようもなかったことのようだな。
〈『本当にタイミングが悪いだけ。でも、ノアはこんなことで諦めたりはしないんでしょ?』〉
その通りだ。この程度の障害で諦めてなるものか。材料がないから作れない?ならば此方で材料を用意するまでだ。必要な物は全て『収納』に収まっている。
店主に材料を提供し、いつも通りの焼菓子を振る舞ってもらうとしよう。
「おお…!よろしいのですか!?この量は普段材料を仕入れる量と変わらない量ですよ!?」
「構わないさ。これもまた、私の我儘だからね。我儘を言った分の対価のようなものさ。代わりに、特別にする必要はない。いつも通りの、皆に愛されている貴方の焼菓子を私達に食べさせてほしい」
「ノア様…!承知いたしました!全身全霊を賭して普段通りの焼菓子を提供させていただきます!」
いや、全身全霊を賭したら普段通りの焼菓子にならないのでは?しかし、私の言葉が琴線に触れてしまったためか、店主のやる気が満ち溢れてしまっている。
普段から焼菓子づくりに手を抜いているわけではないだろうが、それでも普段よりも高品質なものができ上がるのだろう。ならばいっそ、多めに購入してシンシア達のお土産にでもするとしよう。
出来立ての焼菓子は、とても食欲をそそる香りをしていた。
リガロウと共に口にしてみれば、その口当たりは最初は優しく、しかし中央部分にはハチミツがたっぷりとしみ込んでいて濃厚な甘さが伝えてくるのだ。
「グキュルルゥ~!」
「うん、美味い。これなら他国から来た貴族が買い占めたくなるのも分かるというものだね」
「買い占めたと聞いた時は脅かしてやろうと思いましたけど、もっと食べたくなる味です!」
正直、リガロウの喜ぶ顔が見れてとても嬉しい。これからもこうして行く先々で一緒に美味い物を味わっていきたいものだ。
焼菓子も食べ終え、ハチミツ飴とハチミツそのものも購入し終わったら、いよいよイスティエスタへと出発だ。
イスティエスタでも変わらずリガロウを街の中に入れたのは、実に嬉しい事実だった。その分周囲からは盛大に注目を浴びることとなったが、それは今更気にするものではない。
むしろこうして目立つのならば、シンシア達も私を見つけやすくなるというものだ。都合がいいと考えよう。
思った通り、街の中央にある噴水に到着する前に、シンシアを含めた子供達が私を見つけたようだ。
いつも通り、シンシアが一人先駆けて私のところまで駆け出してきた。
以前よりも足が速くなっているな。微弱ではあるが、魔力による身体強化を無意識で行っているようだ。
ぶつかる勢いでこちらに駆け寄ってきたので、尻尾で捕まえておこう。腕で抱きかかえられるのは恥ずかいと感じるようだが、尻尾で捕まえるのは構わないのは相変わらずのようだ。
「ノア姉チャン!久しぶりー!!」
「久しぶりだね、シンシア。ハン・バガーセットを食べに来たよ」
「ニシシ!ノア姉チャンは本当にハン・バガーが好きだな!でもまだ夕食までには時間があるぞ?ひょっとして、遊んでくれるのか!?」
そうしたいのは山々なのだが、今回イスティエスタに私が訪れたのは、この街に風呂施設を設置して貰うためだ。後、フウカの家に風呂を設置することもだな。
しかし、こうして顔を合わせたのだから、少しぐらいは相手をしてあげたいものだ。
「今日は、この街の責任者と話をしに来たんだ。この街に、風呂を用意して欲しくてね」
「あら!それはいいわね!ノアさんのおかげでこの街の冒険者達も少しは清潔にするようになったけど、相変わらずあの人達ったらフケツなのよ!」
「「スッゲーーー!!!カッコイイーーー!!!ドラゴンだーーー!!!」」
「うわぁ…こうして近くで見るとおっきい…!」
シンシアに追いついた他の子共達が、思い思いに言葉を口にしている。
やはりクミィはこの街に風呂施設が無いことを不満に思っていたようだ。街の責任者に風呂施設を設けさせることに対して、素直に喜んでいる。
マイクとトミー、そしてテッドはやはりリガロウに注目が行ったようだ。目を輝かせてとても喜びながら驚いている。
マイクとトミーは純粋にリガロウの容姿を褒めてくれている。誇らしい気分になるな。私の眷属はカッコいいだろう?しかも可愛いんだぞ?
テッドは2人よりは冷静なようだ。馬よりも大きなリガロウの姿を見て、やや慄いている。
こうしてリガロウの姿を見たら、この子達の願うことは大体予想ができる。リガロウに乗せて欲しいと願うだろう。
しかし、それはリガロウが拒否する。
「俺が背中に乗せるのは姫様だけだ」
「そっかー。ドラゴンだもんなー」
「誇り高いってやつだね!」
「かっこいいー!」
「グルォン!」
意外にも背中に乗れないことをすんなりと受け入れられてしまった。
ドラゴンと言う生き物が全体的に気位が高いことを知っているからこその反応だな。
自分の在り方に誇りを抱いていることを認められ、その様を褒められてリガロウも得意気になっている。その様子がまた愛おしくて可愛らしい。
「この子の背中に乗せてあげることはできないけど、一緒に少し歩こうか。今回はお土産もあるよ」
「「「「「わーい!」」」」」
街の責任者がいる役所まで移動する間に、子供達に村で購入した出来立ての焼菓子を渡すとしよう。購入してすぐに『収納』に仕舞ったので、取り出せばまだ暖かいままなのだ。
昼食を食べ終えた後ではあるが、皆甘い香りを放つ焼菓子を前に子供達は皆嬉しそうにしている。
「コッチに来る途中、あの村に立ち寄ってね。それなりの数購入させてもらったからね。遠慮なく食べると良い」
「「「「「いただきまーす!」」」」」
うん。焼菓子を食べる子供達の表情の、なんと幸せそうなことか。こちらで材料を用意してまで店主に焼菓子を用意してもらって本当に良かった。
何か礼をしたいところだが、金銭的なものを渡しても必要以上に畏まられてしまいそうだ。そもそも、焼菓子を買い占めた貴族から十分すぎるほど金は受け取っているだろうし、金銭以外の物で礼をしたいな。
そうだ。この光景をあの店主に提供しよう。
紙と色鉛筆を取り出し、子供達の幸せそうな表情を描いて店主へと渡すとしよう。この光景は、間違いなくあの店主が見せてくれた光景なのだ。彼にも見せてあげよう。
子供達は焼菓子に夢中になっていて私が絵を描いていることに気が付いていないようだ。焼菓子を食べ終えたら見せてあげるとしよう。
絵を描き終えてから思ったのだが、シンシアは相当な恥ずかしがり屋だ。
自分の姿を描いた絵が見ず知らずの者の元に送られて大丈夫だろうか?確認を取る必要があるな。
いち早く焼菓子を食べ終えたトミーが、いつの間にか私が紙を手にしていることに気が付いたようだ。
「ノアお姉さん、その紙はなにー?」
「ん?コレはね、貴方達の焼菓子を食べてるところを描いたんだ。見る?」
「うん!」
今しがた完成した絵をトミーに渡すと、焼菓子を食べ終えた他の子供達もトミーが受け取った紙に興味を持ったようだ。皆してトミーの傍に集まっている。
「す、スッゲー!みんなソックリだー!」
「ノア姉チャン、いつの間にこんなの描いたんだよー!?」
「まぁまぁね!他のみんなはともかく、私のことはもっと可愛く描いてくれても良かったのよ!」
「ノアお姉さん、この絵ってどうするんですか?」
テッドがこの絵をどうするのか気になったらしい。自分達に譲るつもりではないと気付いたのだろう。
先程の焼菓子を作ってくれた者に届けると伝えれば、驚かれはしたが受け入れてくれた。意外なことに、シンシアからも反対されなかった。
「もっと恥ずかしい恰好を毎日みんなに見られてるからな!それぐらいなんともないぜ!」
「ああ、そうか。じゃあ、宿で働いている時の服装に描き直して…」
「それはやめて!」
流石に普段から恥ずかしいと思っている姿を見ず知らずの他人に見せる気はないらしい。
冗談だと分かっているからか、他の子供達は楽しそうに笑っている。
そうこうして焼菓子を購入するまでの経緯を話をしながら歩いていれば、役所に到着だ。
子供達には悪いが、ここから先は一緒には行動できない。
さて、街の責任者に会うとしよう。
ふと思ったが、いきなり顔を出してすぐに会えるだろうか?
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