第478話 やり残したこと

 やはり用意してもらった量では足りなかったので、もう一度同じ量を店主に用意してもらった。

 今回の私達の訪問だけで結構な量を注文してしまったのだが、食材の在庫は大丈夫だろうか?


 …問題なさそうだな。急な客が来ても良いように、食材は多めに確保してあるようだ。保存の方も問題無いらしい。

 というか、食材を保存するための魔術具を購入したのが原因で色々と余裕がなくなってしまっているようだ。


 いつか余裕が生まれて、炊き立ての米とラーメンが一緒に食べれるようになることを望むとしよう。


 リガロウがお代わりを食べ終わると、店の扉を前足で器用に開けて、店主に料理の礼を述べていた。


 「ごちそうさま!美味かった!」

 「は!はいぃ!お、お粗末さまでしたぁっ!」


 小型とは言え、リガロウは立派なドラゴンだ。扉が開いたと思ったら急にドラゴンの顔が出てきたら、一般人は驚いてしまうのも無理はない。

 が、私から見れば美味かったものを素直に[美味かった]と料理を作った者に告げられる、礼儀正しい行為だ。

 これは沢山撫でて褒めてやらないとな!


 「良い子だね、偉いよ」

 「グキャウゥ…」


 私がリガロウを撫でて甘やかしていると、少々落胆した様子のイネスが店から出てきた。あの様子では、あまり良い返答は得られなかったようだ。


 「料理を新聞に載せること自体は了承していただいたのですが…」


 店の場所などに関しては新聞に記載しないで欲しいと言われたそうだ。

 まぁ、私が美味いと言った料理を新聞に載せるだけでも、読者は食べてみたいと思うのだろうな。

 だとしたら店の場所を記載した場合、その日はこの店に多くの客が殺到することになるのは目に見えている。

 その日一日を生活できるだけの稼ぎがあれば満足できる店主にとって、それは歓迎できない事態なのだろう。


 「その辺りは仕方がないさ。またこの国に来た時に待たされずに食べられると思っておけばいいんじゃないかな?」

 「前向きですねぇ…」


 良い物は世間に広めたいと思っているイネスからすれば理解しがたいのかもしれないが、考え方というものは人間に限らず多種多様なのだ。それを受け入れられないとなれば、いよいよ険悪な関係になってしまうだろう。


 幸い、イネスは相手の意にそぐわない取材をしたり記事を書いたりはしないようだ。彼女もこの店の料理の味は気に入ったし、だからこそ記事にする交渉をしていたのだろうから。


 またこの国に、この街に訪れた時は、是非この店にも訪れよう。今度は、私が自分で用意することなく米も一緒に食べられることを願おう。



 ラーメンの店を離れ、次に私達が向かったのは防具を扱っている店だ。

 ジョージが店員に予算を提示して防具を誂うよう交渉している。


 残ったジョージの予算は金貨1枚程度だ。その予算では皇族が身に付けるような強力な装備は制作できない。

 そのため店主は勿論、周りの店員も困惑してしまっている。


 「や、別に戦争に出かけるでもないし…ホラ!アレだよ、普段使いってヤツ!」

 「はぁ…」


 その説明の仕方はどうかと思う。

 普段使いと言うことは、当然日常的に防具を身に付けると言うことだからな。

 そして、日常的に防具が必要ならばそれこそ高品質な防具が必要になると考えるのが普通だ。


 仕方がない。助け舟を出すとしよう。


 「ジョージ。必要なのは間に合わせの防具だろう?なら、わざわざ貴方の体に合わせる必要はないんじゃないの?」

 「へ?」

 「ああ!そういうことですか!でしたら、あちらに殿下のサイズに近いものがございます!そこから選んでいただければ、後はこちらで調整させていただきます!」

 「あ…うん…じゃあ、それで」


 突然店主が全てを理解したかのような反応をして、今度はジョージの方が困惑しだした。


 店主が指差したのは、中古の防具だ。

 中古と言っても、破損部分はしっかりと修復されているし、清掃も隅々まで行き届いている。

 誰かが新しい防具を購入し、今まで使用した防具を下取りした品なのだろう。解体して素材に戻すのではなく、可能な限り修復して店に売り出しているのだ。


 詳しくは分からないが、こういった中古の防具は意外と駆け出しの冒険者に喜ばれていたりするそうだ。

 価格も新品よりもかなり安いという点もあるが、それだけではない。

 既にある程度使用されているおかげで、内側に使用されている皮部分が良い具合にくたびれているのだ。そのため体を動かしやすく、体に慣らす手間が省けるらしい。

 すぐにでも依頼をこなしたい低ランクの冒険者達にとっては、非常にありがたい商品なのだ。


 ではなぜ店主が納得した表情で中古の防具をジョージに勧めたのか。

 これは私の勝手な予想なのだが、店主はジョージが自分で使用する防具だと思っていないのだ。

 大方、彼と似た体格の親しい兵士、それも貧しくて防具を用意できるだけの余裕がない者へのプレゼントだと思っているのだろう。


 ドライドン帝国民からのジョージの評価は、気さくで優しく聡明な人物、といったところだ。

 あくまでも自分が自由に扱える金銭で親しい者に贈り物を送る、と考えてもおかしくはない。そして、その考えを確認を取らずに周りに伝えるので、ますますジョージの評価が上がっていく。そんなところか。


 手ごろな防具を選び、調整も済ませて今回の買い物は終わりだ。後はこの街の各所をジョージに案内してもらおうと思ったのだが…。


 「一旦、城に戻ろうか」

 「…はい…」


 ジョージの指輪に防具が入らないのである。容量オーバーだ。

 城に配送させるでも構いはしないのだが、ここでも店主は都合の良いように解釈してくれたようで、[親しい者へのサプライズプレゼントなら、城の者に知られない方が良いだろう]と判断して内容が分からないように梱包してくれたのである。


 「何とも都合の良い展開でしたねぇ…。ひょっとして殿下、無意識にあの店主さんを誘導してたり?」

 「ねーよ!!そんなことできるヤツがいたらこえーよ!やりたい放題じゃんか!」


 …まぁ、実際のところジョージは何もしていない。そう、ジョージは。

 分かるのだ。得意気になっている神の気配が。


 〈『………』〉

 〈『……あの、何か言ってくれるとありがたいのだけど…?私、今回は貴女の役に立ったと思うよ…?』〉


 …ジョージにではなく私を通じて物事を都合よく進ませたようなのだ。なるほど、コレがルグナツァリオの寵愛の力、と言うわけか。便利なものだな。


 しかし、だ。


 〈『…何かするなら、先に伝えて欲しいと言った筈だけど?』〉

 〈『ええっ!?これでもダメなのかい!?』〉


 今回のことでは不都合していないし、むしろ助かってはいる。だが、だからと言っておざなりになってしまえば、結局基準が曖昧となって最終的に重要なことでも確認を取らずに行動をしかねないのだ。


 とりあえず、軽く頭を小突く思念を送っておこう。


 〈『そういった事態を防ぐためにも、確認は大事なんだよ』〉

 〈『あだぁっ!?…う、ううむ…頭では分かっているつもりなのだがね…』〉


 今までが今までだったから、クセが抜けないのも理解できるが、だからと言って放置するつもりは無い。やらかすたびにこうして注意し続けて行けば、いずれは改善されるかもしれないのだ。

 ルグナツァリオは長寿だが、それは私も変わらない。クセが改善されるまで付き合ってやろうじゃないか。


 そう言えば、彼はフウカやイネスに寵愛を与えていたりするのだろうか?


 〈『いや、与えていないよ?』〉


 意外だな。てっきり与えているとばかり思っていた。

 そうなると、今のところ私と知り合ってから寵愛を受け取ったのは、オリヴィエとルイーゼだけなのか?ジョゼットやタスク、それにリナーシェや"ダイバーシティ"達には寵愛を与えていないのか。


 〈『そうだね。与えていないよ。ところで、リガロウとヴァスターには与えるつもりなのだが、構わないね?』〉

 〈『それはあの子達次第だよ。確認を取ってみるから、ちょっと待ってて』〉


 リガロウとヴァスターにはまだ寵愛を与えていなかったらしい。というか、魂にも寵愛って与えられるんだな。

 それはそれとして、今回はちゃんと確認してくれるようだ。もしも確認を取らずに既に寵愛を与えていたと言っていたら、思いっきり締め上げるところだった。


 〈『な、何か怖いことを考えていないかね?それで、返答はどうかな?』〉

 〈『まだ確認していないからもう少し待ってて』〉


 あの子はルグナツァリオに敬意を払っているようだし、ヴァスターに至ってはちゃんと神として崇めているのだ。断られることはないと思う。


 …うん、確認してみれば、2体ともとても喜んでくれている。ルグナツァリオから寵愛を受け取ることよりも、どちらかと言うと私と同じになるのが嬉しいようだ。


 寵愛を与えるのに特殊な現象は起きないようだ。話をしている最中に2体には寵愛が与えられたらしい。

 特に実感がわかないようなので、どちらもやや困惑していた。



 まだ街の観光は終わっていないが、今日のところはこれで終わりで良いだろう。それよりも、やらなければならないことがある。


 「ジョージ、『格納』もしくは『収納』を習得しなさい」

 「へ?か、『格納』はともかく…『収納』…ですか?」


 ジョージの私室に移動し、指輪の格納空間を整理しながら、私はジョージに課題を出した。

 おそらく彼は冒険者となったら1人で活動するだろうし、別空間に所有物を保管できる『格納』や『収納』は必須となるだろう。


 無くても問題無く活動している者はいるが、そういった者は生活圏内に家を持つ裕福な人間だったり、大容量の『格納』効果を持った魔術具を所有している者が大半だ。

 どちらも、国を出た後のジョージには用意できない物である。


 ならば、魔術を使用できるようにしてしまえば良いのである。


 「えっと、今回も夢の中で修業するんですか?」

 「まさか。アレは切羽詰まった状況だからやっただけだよ。今の貴方には必要ないだろう?構築陣は教えてあげるから、国を出るまでに間に合わせて見せなさい」

 「お、押忍…」


 確かに夢の中での修業を行えば魔術の習得も容易、と言うよりも現実ではごく短時間で終わるだろう。

 だが、だからと言って実施してやるつもりは無い。余裕はあるのだから、頑張ってもらわないとな。

 夢の中での修業を行わないだけで、魔術の習得に協力しないわけではないのだ。そして、私が手伝う以上、この国を出るまでに必ず習得させる。


 「ところで…『格納』と『収納』の違いって何なんですか?ノアさんが普段使ってるのって、『格納』じゃないんですか?」


 早速習得訓練を始めたかったのだが、2つの魔術について違いの説明を求められたので、説明するところから始めさせてもらうとしよう。


 「―――と言うわけだ。仕舞った物をちゃんと覚えていられるのなら、『収納』の方が便利だね。ちなみに、マコトもコッチを使ってる」

 「…使いこなせるかなぁ…」

 「無理に『収納』を習得する必要は無いよ。大抵の人は『格納』を使用しているしね。と言うか、『収納』の存在を知っている者が極めて少ないと言った方が良いか。自分で便利だと思った方を習得すると良い」


 当然、どちらを選んだとしても私がやることは変わらない。可能な限り早く習得させるだけである。


 そうして私は夕食の時間まで、ジョージの魔術習得訓練に付き合った。



 夕食後、私はジョスターに呼ばれて彼の私室を訪れている。

 彼にこれまでの事情を説明している際に、一つの選択を迫ったのである。その答えを教えてくれるのだろう。


 「排除で頼む。やり方はそなたに任せよう。どのようにしても構わぬ」

 「分かったよ。ついでだけど、何か望みはある?この際だから聞いておくよ?」

 「これ以上を求めるのは、身を滅ぼしそうだがな…。聞くだけ聞いてもらってもよいだろうか?」

 「勿論、聞くだけなら」


 と言うことで、ジョスターは私にいくつかの頼みごとをしてきた。

 そのうちの1つが、今この場に私を呼び出した理由だ。


 それは、『超人スペリオル機関』の排除だ。

 ジョスターは、この国にあの組織は不要と判断したようだ。


 ならば遠慮はいらない。


 完膚なきまでに排除しよう。

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