第477話 とんこつラーメン!

 ジョージの紹介してくれた飲食店なのだが、不思議なことに料理の匂いが店からしてこない。

 嗅覚が人間よりも優れた私で認識できないのだ。フウカもイネスも匂いが全くしないことに疑問に思っている。


 店に入る前に、イネスがジョージに匂いについて訊ねた。


 「殿下?ここって本当に飲食店なのですか?その…料理の匂いがまったく匂いがしないのですけど…」

 「あー…その、ここって1人で経営してて、客が大量に入ってくると対応しきれなくてさ…」


 意図的に料理の匂いを店外に出さないようにしているらしい。それはつまり、匂いからして期待ができると言うことだな。

 しかし1人経営して対応しきれないのなら、調理にしろ金勘定にしろ、人を雇えばかなり問題が解消されそうなものだが…。


 「人を雇うとかはしないの?」

 「その日一日を過ごせるだけの稼ぎがあれば満足らしくって…」


 なるほど。考えというのは人それぞれだ。そういう考え方をする者がいてもおかしくはないか。


 では、ジョージが定期的に食べに来るという料理を堪能するため、店の中に入るとしよう。


 ひとたび店内に入れば、濃厚で複雑な香りが私の鼻孔を刺激した。コレは動物…豚の骨を出汁として利用した料理か。


 ジョージが店の奥にいるであろう店主に声を掛ける。


 「よーっす!元気してたかー!今日は客を連れてきたぜー!」

 「ヘイ、ラッシャ…ってジョウ!?ジョウじゃあねぇか!?久しぶりだなあオイ!しばらく顔を見せなかったから、遂にくたばったかと思ったぞ!」


 店主とジョージはかなり仲が良いようだ。

 料理のアイデアを教えて、その料理で生活に不自由しなくなる程度に生活ができているのだから、多少の恩義も感じているのかもしれないな。


 2人のやり取りを見てあることに気付き、イネスが私に尋ねてくる。


 「あの店長さん、ひょっとして気付いてないです?」

 「気付いていないね。多分、興味がないんじゃないかな?会う時はいつもあの髪型らしいし」

 「殿下としては、今の関係を崩したくないのかもしれませんね…」


 その気持ちは間違いなくあるのだろう。だが、今のジョージには一種の覚悟を感じられる。今回、この場で自分の正体を告げるつもりなのだろう。


 ジョージはもうすぐこの国を去る。帰ってくるつもりはあるだろうが、それはずっと先のことだ。

 それまで、友人に余計な心配をさせたくないのだろう。


 「バカ言え!確かにちっと厄介事に巻き込まれたけど、こうして無事だよ!それより、いつものヤツ4人分、頼めるか?」

 「あいよ!…って、おいおいおいおいおい!ジョウ、テメェこの野郎!顔が良いとは前々から思っちゃあいたが、イキナリ年上ハーレム形成してるとかどういうことだよ!?」

 「なんでそうなるんだよ!?」


 何でと言われても、今のジョージの状況を見たらそうとしか言えなくなるからに他ならないだろう。

 私含め、ここにいる者達は皆ジョージのことを好意的に見ているのだ。しっかりと説明しないと、誤解を解くことはできないだろうな。


 「いくら世間に疎いお前だって、ノアさんのことぐらいは分かるだろ?厄介事に巻き込まれた時に、助けてくれたのが他ならぬノアさんなんだよ。で、こっちの2人は偶々この国に来てたノアさんの友人ってだけだ」

 「よろしく。匂いからして美味そうだし、期待させてもらうよ」

 「は、はいっ!少々お待ちください!」


 緊張はしているようだが、それで動作が悪くなると言うことはないらしい。手際よく調理を始めている。

 どうやら、今回提供される料理は、私が初めて食べる料理のようだ。

 知識としては調理法含めて知っているが、とある理由で作ったことがなかったのである。


 店主が調理に取り掛かってから約3分後。調理が完了し、4つのすり鉢状の器が私達に配られた。


 「お待ちどうさまです!どうぞ、ごゆっくり!」


 器には、乳白色のスープが満たされていてその中にパスタのような細い麺が沈んでいる。

 そして麺の上には、薄くスライスされた豚肉と味を染み込ませた茹で卵が乗せられている。

 カトラリーとして、深みのあるスプーンにフォークと箸まで用意されている。フォークは、箸を使えない者用だな。


 この料理は、やはり私が予想した通り、ラーメンと言う料理だ。

 千尋のレシピの中にあった料理なのだが、私はこの料理を作る気が無かった。

 理由は単純。私は問題無いが、家の子達やリガロウにとって、ラーメンとは非常に食べ辛い料理だからだ。


 フウカとイネスも初めて見る料理の様で、食べ方が分からずに困惑している。


 「先にどうやって食べるのか、見せてもらって良いかな?」

 「あ、そっすね。それじゃ、お先に失礼して、いただきます!」


 そう言ってジョージは箸でスープの中に沈んでいた麺を救い上げ、それを啜って食べて始めた。

 啜るという行為は、空気と一緒に飲食物を口の中に入れる行為だ。その結果、激しく空気が振動するため、当然大きな音が出る。

 私の知る常識として、料理を食べる際は音を出さないのが綺麗な食べ方だとされている。そのため、大きな音が出るジョージの食べ方に、フウカもイネスも忌避感を抱いているようだ。


 そんな2人の反応など気にする様子もなく、ジョージは嬉しそうに麺を啜りながら食べ続けている。途中、深みのあるスプーンでスープを掬って飲んでもいるな。


 「あ゛ーっ!うっめぇー!久々に食ったけど、やっぱコレだよコレぇ!」

 「相変わらず良い食いっぷりしてんなぁ!けど、他のお客さんはそうは見てねぇぞ?」

 「え、えっと…?」

 「その…音を立てて食べるのですか…?」


 2人とも躊躇いを感じているようなので、私が率先して食べて見せるとしよう。ジョージがこれほど喜ぶと言うことは、当然美味いと言うことだろうからな。


 が、しかしだ。この料理を今の状態で食べようとすると、どうしても髪が麺やスープに付着してしまうな。

 食べる前に髪を後ろに纏めておこう。


 「「おお…っ!」」

 「……良いですねぇ…!」

 「…イネスさん?」


 髪を後ろに束ねただけでそんなに注目しないでもらいたいのだが?

 店主とジョージは感嘆の声を上げているし、イネスに至ってはキャメラを取り出して撮影までしている。多分、髪をまとめるために両手を背後に回した姿が撮影されたと思う。

 そんなイネスの動きに、フウカが注意をしている。


 「あ!?ご、ごめんなさい!あまりにも良い絵面だったので、ついクセで…」

 「だからと言って…」

 「良いよ、私の姿は好きなだけ撮影して良いとイネスには言っているからね」

 「ノア様…ですが」


 私のことを思って言ってくれるのは分かるのだが、心配は無用だ。


 「フウカは、私が撮影されたら困るような物を、素直に撮影させると思う?そもそも、私に気取られずに撮影が可能だと思う?」

 「いいえ、まず不可能かと」


 即答である。ならば、問題無いのだ。撮影して欲しくない場合は事前に伝えるとも。今は、その必要がないだけだ。


 さて、そんなことよりも早くラーメンを食べさせてもらうとしよう。この料理、あまり放置しておくのは得策ではない。


 ジョージと同様に箸で麺を救い上げ、これまたジョージと同様に麺を啜る。啜り方は、先程のジョージの動きを見て理解した。


 …うん、実に美味い。麺がスープに絡んでいることで、麺とスープを同時に食べていることになるのか。

 ラーメンと言う料理は、麺も大事だが、一番大事なのはスープと見た。このスープがラーメンの味を決めていると言って良い。


 スープの味が非常に複雑だ。濃厚でクリーミー、塩辛さにほのかな甘みと、大量の旨味が感じられる。

 それでいて臭みを感じられないのは、どういうことだろうか?味が濃いというのに、非常に食べやすい。


 「貴女達も食べると良いよ。とても美味いけど、放置すればその分麺がスープを吸って味を損なってしまうみたいだ」

 「そ、それでは、私達も…!」

 「い、いただきます…!」


 慌ててフォークで麺を掬い上げ、口に運ぶフウカとイネス。

 しかし、2人とも麺を口に付けた途端、顔を仰け反らせてしまった。


 しまった。

 私は平気だったが、麺とスープは人間達からしたら非常に熱いのだ。そのまま口に運べば熱いに決まっている。

 2人ともこの程度の熱さで負傷するほどヤワではないが、熱さに驚いてしまったようだ。

 なお、ジョージは麺を箸で掬った際、いきなり口に運ばずに麺に息を吹きかけて麺を冷ましている。

 私には必要のない行為だったのでやらなかったのだが、2人とも私の食べ方を真似てしまったのが原因だな。


 「ごめん、私は熱い料理でも平気だったからやらなかったけど、少し冷ましてから食べた方が良いよ?」

 「もうちょっとだけ、速く言ってほしかったです…。口の中が火傷するかと思いましたよぅ…」

 「ですが、このスープはとても美味しいですね」


 今度は掬い上げた麺をしっかりと冷ましてから口に運ぶ。が、2人とも啜るという行為をした経験がないからか、上手く食べられないでいるな。

 音を出して食べるという行為にも抵抗があるのだろう。

 だからと言って麺を啜ることを強要するのは良くないとは思うが。


 「な、なんか…啜らずに麺を食べるの見ると、ちょっと違和感…」

 「私達からしたら、音を立てて食事をする方が変ですよ?正直、はしたないです」

 「美味しい…」


 フウカは啜ったり音をたてたり周りの視線を気にすることなどを止めたようだ。

 ラーメンの味を気に入り、自分が食べたいように食べている。それで良いと思う。


 気付けば、私の器は空になっていた。それだけ美味かったと言うことだろう。


 …もう一杯欲しいな。お代わりはできるのだろうか?それに、一緒に食べたい物がある。


 「はい、大丈夫です!お代わり、出来ます!」

 「それは良かった。ところで店主、炊いた米はある?」

 「!?ノ、ノアさん…!まさか…!?」


 ジョージは私の米と言う言葉を聞いて、何かをすると思ったようだ。

 だが、別に特別なことをしたいわけじゃない。ただ、炊き立ての米と一緒にラーメンが食べたくなっただけである。絶対に美味い。


 が、店主から帰ってきた返答に、私は落胆せざるを得なかった。


 「申し訳ございません…。ウチは米を用意する余裕がなくって…」


 なんてこった。非常に残念である。

 しかし、米を炊くのは結構な手間だ。ラーメンを作りながら米の状態も確認し続けなければならないのは、確かに大変だ。

 そもそも、注文を受けてから米を炊いていては時間が掛かる。

 保温が効く魔術具でもあれば話は変わってくるのだろうが、生憎とこの店にはなさそうだ。


 惜しい。あのラーメンを前にして炊き立ての米が食べられないのは、あまりにも惜しい。


 よほど私はラーメンと一緒に米を食べたかったのだろう。

 いつの間にか私の前にラーメンのお代わりが差し出されていた。


 器を受け取り、先程同様に麺を啜る。

 …やはり、米が欲しい。

 と言うわけで、『収納』から炊き立ての米を出させてもらう。

 が、飲食店で店以外の食料を出す行為はやはり失礼だ。先に店主に確認を取ろう。


 「私は炊き立ての米を格納空間に保存しているのだけど、今ここで出しても良いかな?」

 「は、はいっ!どうぞ!」


 良かった。いや、あまり良くはないか。ほぼ命令のようなものだ。私がこうして頼んだら、断れる人間はそうはいない。

 人間達の中に、私のちょっとした我儘を真っ向から断れる人間は、どれぐらいいるのだろうか?

 まぁ、許可はもらったので出しはするが。



 全員ラーメンを食べ終わり、ジョージは店主と話をしている。

 彼は正体を明かすことと別れを告げる決心がついたようで、髪型を戻して今後のことを説明している。


 「………いつかは、帰ってくるんだよな?」

 「ああ、この店の味が変わらない限りはな」

 「へっ!舐めんなよ!俺がこの料理をこのままで終わらせるかよ!今度この店に来た時は、もっと美味いヤツを食わせてやる!…だから、必ず帰って来いよ?」

 「…約束する」


 話も終り、店を後にするわけだが、その前に私は店主に頼まなければならないことがある。

 店で提供された器よりも倍以上大きな器を『収納』から取り出し、店主に差し出してラーメンを注文する。


 「悪いけれど、外で待たせているリガロウにも食べさせてあげたいから、この器に3人分用意してもらって良いかな?」

 「へ?は、はい!畏まりましたぁ!」

 「…ノアさん…」


 そう非難がましい目でこちらを見ないでもらいたい。

 リガロウに食べさせたいほど美味かったから仕方がないのだ。それに、リガロウや家の子達でも問題無く食べられる方法を思いついたからな。試しておきたいのだ。


 代金を支払い店の外に出て、早速リガロウにラーメンを提供する。

 なお、イネスはまだ店から出ていない。ラーメンの内容を記事にして良いか店主と交渉しているためだ。

 啜るという食べ方はともかく、味は彼女も非常に気に入ったらしい。


 「おかえりなさい!すっごく美味そうな匂いですね!それを食べてきたんですか!?」

 「うん。そしてこれは君の分だ。このままだと食べ辛いから、ちょっと手を加えようと思う」

 「グキュァ?」


 首をかしげるリガロウ可愛い。

 が、顔や首を撫でるのを我慢して魔力を用いて器の仲のラーメンに干渉する。


 そして器からリガロウの口のサイズに合わせたスープの球体を生み出し、その球体の中に麺を丸めて中に入れる。

 器から7個のラーメンボールとも呼ぶべき球体を作り上げた。球体の中にはそれぞれ、薄切りの豚肉や味の付いた茹で卵が入っている。


 「これなら食べやすいだろう?召し上がれ」

 「グルォン!いただきます!」


 宙に浮かぶラーメンボールを一口で一個口の中に入れると、リガロウはとても嬉しそうな表情をしだした。

 じっくりと味を楽しんで飲み込んだのもつかの間、すぐに別のラーメンボールを口の中に収めた。

 余程気に入ったのだろう。体を揺らして嬉しさを表現している。実に可愛い。気に入ってくれたようで私も嬉しい。


 この様子だと、店主にお代わりを要求することになってしまうかもしれないな。

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