第476話 ジョージの冒険者計画

 ジョージが選ぶ生活用品はどれも高品質なものが多い。当然と言えば当然か。

 彼は今日まで皇族として生活をしてきたのだ。当然、現在も使用している道具はどれも高品質な物ばかりである。

 それを、これから最低ランクの冒険者になるから品質を最低値まで落とせ、と言われても土台無理な話である。


 なにもジョージに限った話ではない。

 人間は一度体験した生活水準を自ら下げるようなことはしない。

 強制的に、もしくはやむを得ず下げなければならない時は、渋々ながらもそれを受け入れるしかないだろう。

 しかし、特に誰かに強要されたわけでも余裕がなくなったわけでもないのに自ら進んで生活水準を下げようとする者がいれば、その人物は相当な変わり者と言わざるを得ない。


 快適さの問題だな。そしてそれは、人間だけに留まらず、動物はおろか私達魔物や魔獣にも当てはまる。

 もしも快適な環境を得られないというのならば、死滅してしまうか、快適と感じられるように自身を進化させるかだ。

 強力な魔物や魔獣ならば、周囲の環境を自身にとって快適な環境に作り替えることすらする。尤も、それは人間も変わらないし、動物で言うところの巣作りにと似たような行為だ。


 とにかく、命あるものはそうして快適さを求めてこれまで生きてきたと言えるだろう。だから、ジョージが高品質な生活用品を買いあさるのは何もおかしいことではないのである。


 尤も、彼の所持金は皇族の予算として考えるとあまりにも少ないので、ある程度妥協してはいるが。


 「うう…。使いやすい食器類が軒並み高い…!このままじゃあっという間に素寒貧だぞ…?」


 それでも快適さを求めて諦めきれず、気に入った品に視線を送り続けている。

 ジョージが品質に求めているのは、機能性と耐久性だ。

 耐久性の高い製品と言うことはそれだけ良質な素材を用いていると言うことだし、機能性が高いと言うことは、それだけの加工をされていると言うことでもある。

 材料費、加工費、技術料、それらを考えれば、ジョージが唸るような値段になるのも当然なのである。


 しかもこの店は平民も利用するとは言え、高級店に分類される店だ。値段が高くて当然なのである。

 少なくとも、一つのカップの値段が銀貨一枚を下回ることはない。


 ちなみに、私が見ている商品はジョージが見ている品よりも更に値段が高い。

 こういった店には細かな装飾が施されている品も多々陳列されており、それらは美術品としての価値があるのだ。

 好みの装飾を施されている品を眺め、特に気に入った物は購入することにした。家や"黒龍城"に飾るのだ。


 私が食器を眺めていると、ジョージの様子を不思議そうに思い、イネスが理由を尋ねて来た。


 「どうして殿下はあんなに悩んでいるんですかねぇ…。殿下なら選びたい放題でしょうに…」

 「選びたい放題ではないし、できれば妥協したくないから彼はああして悩んでいるんだよ」

 「「?」」


 私の傍で話を聞いていたフウカも一緒になって首をかしげる。

 彼女達はまだジョージの状況を知らないので、当然の反応だ。他の客や店員達に聞こえないように注意してから説明しておこう。


 私から説明を聞いた2人はジョージに言い渡された沙汰に驚き、彼がなぜあれほどまで真剣に商品とにらみ合っているのか納得した。


 「それにしても、殿下って本当に理知的ですよねぇ。あれぐらいの年の子って、気に入った物があったらバンバン買っちゃうものだと思うんですけど」

 「しっかりと計画を立てて、その上で良い物を求める。とても素晴らしいことだと思います」

 

 感心しながらイネスは自然な動作でキャメラを取り出したので、一言注意をしておこう。


 「写真を撮るなら、一言断ってからね?」

 「えっ!?あ、あははは…。いや、どうもクセでして…で、では、了承を取ってまいります!殿下ー!」


 何も言われなければキャメラを取り出したあと、そのまま流れるようにジョージの姿を彼に気付かれずに撮影していただろう。

 ばつが悪そうに苦笑し、撮影の許可を求めてジョージに声を掛けに行った。


 その様子を眺め、ため息をつきながらフウカが俯いている。


 「はぁ…まったくあの人は…」

 「撮影の許可を求められているのは、相変わらずのようだね」

 「ええ、悪い方ではないのは分かるのですが…」


 イネスには、人々がどのような興味を持っているのかが分かるのだろう。そしてその記事を書けるネタがあると分かれば、是が非でも手に入れたくなる。

 彼女は決して憶測だけで記事を作る人物ではない。取材した内容を簡潔にまとめ、正しく新聞の読者に伝えている。その上で読者に楽しんでもらえるような記事を制作している。

 彼女は彼女なりに、自分で納得できる良い物を残したいと考えて記事を書いているのだ。


 「そういった意味では、貴女と同じく職人気質なのだろうね」

 「私と、イネスさんが、ですか?」

 「私への服を作っている時、周りに意識が向かなくなる時とか、無い?」

 「ノア様へに関することはすべてに優先されますので」


 フウカはいつもブレないな。彼女のこの対応が、私との契約によるものでなければ良いのだが…。

 今のところは、契約の効果によって強制的に行動したような形跡はないので、彼女はやりたいことを思うままにやっているのだろう。


 おや、イネスがうな垂れてこちらに戻ってきた。あの様子では振られたようだな。


 「許可もらえませんでしたー」

 「それが普通の反応ですよ?」

 「ところで、イネスもフウカもこの店で何かを買うようなことはしないの?」

 「「間に合っていますので」」


 見事なまでに声が重なったな。お互いに意識して口に出していなかったため、顔を見合わせて笑っている。


 「いいなー。楽しそうだなー…」


 そんな彼女達のやり取りを目にして、ジョージが心底羨ましそうにしている。

 そんな顔を見せられると、彼の機嫌を取るために多少の生活用品ぐらいなら"楽園浅部"の木材で自作して与えてしまいたくなってしまうが、甘やかし以外の何物でもないので我慢する。

 そういう行為は、ジョスターがこっそりやるべきことなのだ。


 なお、ジョージの事情を国民達に知らせるのは、ジョージがこの国を去ったあとである。

 そうでもしなければ、例えジョスターの言葉であってもジョージの追放処分を撤回する声が溢れ返ってしまうだろうからな。


 勿論、国民に反感を抱かれないように十分な説明はするだろう。彼等もジョージが皇位継承権を手放したがっていたことは知っていたみたいだし、それほど悪い方向に話が進まないことを願うまでだ。

 その辺りは、ジョスター次第だろうな。


 私が購入すべき品はもう決まったし、不服そうにしているジョージの元へ行き、彼の選別を手伝うとしよう。


 「決められない要因は何かな?」

 「あー、ぶっちゃけ予算的な問題ですね…。アレもコレもって買おうとしたら、余裕で予算オーバーっス…」


 ジョージがこの店で購入しようとしているのは、主に食器類だ。

 別の店にも購入したい品はあるので、この店だけで金貨数枚も使用するわけにはいかないのだ。


 「ジョージは、ティゼミアでどんな生活を送ろうと思っているの?」

 「え?そりゃあ、美味い料理が食べられて清潔な部屋で、防犯もしっかりしてる宿で寝泊まりしたいですね…」

 「寝泊まり以外では?」


 ジョージが希望する宿には心当たりがある。あの宿は冒険者ギルドからもそれほど離れていないし、気に入ると思うのだ。


 「とにかく"初級ルーキー"を目指しますね。もっと言うなら、一日を問題無く生活できるだけの稼ぎを得られるようになりたいです」

 「ジョージならすぐだね」


 少なくとも、"初級"に昇級するのは2,3日もあれば問題無く達成するだろう。

 ティゼミアには私が連れて行くから、旅費の心配もしなくて良い。


 「ジョージ、冒険者が常に金欠な理由は?」

 「武器や防具のメンテナンスに、消耗品を揃えるのに金が掛かるからですよね?」

 「貴方の実力で"初級"や"中級インター"の依頼を受けて、消耗品を常に使用したり、毎回装備のメンテナンスをすることになると思う?」

 「……思いませんね…。あれ?そうなると、結構余裕がある?」


 ジョージが悩んでいたのは、彼の中の冒険者像と、彼の実力がかみ合っていなかったからだ。

 彼の実力ならば"中級"はおろか"上級ベテラン"の依頼だって電気強化を使用せずとも難なくこなせるのだ。装備のメンテナンスや消耗品を揃える機会は、同じランクの冒険者と比べれば極めて少なくなる。


 そして"上級"で実績を積み上げている間に間違いなくマコトに鍛えられるだろうから、"星付き"になる頃には同ランクの依頼も難なくこなせるようになるだろう。装備を新調したり消耗品を本格的に揃えるのはそれからで良いだろうし、資金も十分すぎるほど溜まっている筈だ。


 つまり、あまりケチになる必要はなかったのである。


 「だからと言って、無駄遣いができるというわけではないだろうけどね」

 「ええ!今ここで買っておくのは、絶対に外せない物だけにしておきますよ!アドバイスありがとうございます!」


 気に入った品を購入する決心がついたようで、ジョージは店員を呼び、商品の購入手続きを進めて行った。



 その後のジョージは、それほど迷うことなく欲しいと思った商品を購入していった。資金の余裕が、彼の決断力を高めたのだ。


 買い物が終わった後は昼食である。

 ジョージに紹介された店は、私は勿論、フウカもイネスも知らない店だった。

 ドレスコードが必要な高級店だからと言うわけではない。むしろ、立地からして庶民的な店だと言えるだろう。


 これはもしかしなくても、知る人ぞ知る隠れ家的な店だな?


 「昔城を抜け出して散策してる時に知り合ったヤツの店なんですよ!その時はまだ店にはなってなかったんですけど…」


 なんでも、料理人として修業していた若者に料理のヒントを与えたことがきっかけで友人となり、それ以降定期的に城を抜け出しては食べに行っているのだとか。

 ジョージが与えたヒントと言うのは、間違いなく日本の料理の知識だろう。そして定期的に顔を出すと言うことは、再現度が高いと言うことでもあるのだろう。


 「あっ!ちょ、ちょっと待ってください!」


 これは期待できそうだ。早速店に入ろうとしたら、ジョージが慌てて髪型を変えだした。何をしているのだろうか?


 「おやおや~?殿下ぁ、ひょっとしてこの店のご友人って、殿下が懇意にしている女性だったりするんですかぁ~?」

 「まぁ…!」


 なにやらイネスが邪推したようで、意地の悪い笑みでジョージをからかっている。恋愛小説の内容でも想像したのだろうか?

 彼女の予想に何やら感銘を受けたのか、フウカも楽しそうにしている。


 「ちげーよ!!そもそもアイツ男だから!!いや、正体隠してるから、ちょっとでも変装しようと思って…。いつもこういう感じで店に入ってるし…」


 そう答えた後、ジョージは首をかしげる。

 今のやり取りに、違和感を覚えたのだろう。


 そう感じてしまうのも無理はない。

 先程のやり取りは、修業をしている際に、私もよく見た光景だったのだから。

 だが、怪盗を男性だと思い込んでいるジョージにとって、イネスとの今のやり取りは不思議に思えて仕方がないのだ。


 「…?」

 「殿下?女性の顔をそうまじまじと見るものではありませんよ?いやまぁ、殿下ほどの美少年に見つめられるというのは、悪い気はしませんけども!」

 「え!?あ、す、スンマセン…!その、無遠慮で神出鬼没な友人とのやり取りを思い出しちゃって…」


 やはり凄いのはイネスの方だな。自分の正体を今この場で言及されているというのに、彼女に動揺はまったくない。むしろ嬉しそうにしている。


 ジョージから心から友人と思われているのが、嬉しいのだ。


 「敬語は不要ですよ、殿下。例え貴方に皇位継承権も家名もなくても、私は貴方を尊敬すべき方だと思っていますから!」

 「!…ど、ども…!」


 嬉しさを隠さない表情で笑う姿に、ジョージが顔を赤くしている。やはり異性に対する免疫がない。


 「さぁさぁ!殿下の身だしなみも整え終っていますし、そろそろお邪魔させていただきましょう!」

 「そうだね、期待させてもらうよ」

 「いってらっしゃいませ!」


 イネスが促すまま、私達は店の中へと入っていく。

 なお、ここまで訪れた店の出入り口は、この店も含めすべて人間サイズである。つまり、リガロウには入れないのだ。


 店の外で待たせてしまうことを心苦しく思うが、その分店から出てきたら沢山可愛がっている。


 ジョージが定期的に利用する店ならば味の心配はいらないだろう。

 少々我儘ではあるだろうが、店員にはリガロウの分も用意してもらうつもりだ。


 店から出たら食べさせてあげよう。

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