第475話 みんなで買い物に行こう!

 日が変わり、朝食を取って新聞を読み終えたら、ジョージと共に外出だ。

 キャロも同行したがっていたが、フウカやイネスと同行することを考えるとついて行けなくなりそうなので、断らせてもらった。


 ジョージの外出許可は普通に申請されているので、問題無く城下街を見て回れるだろう。

 少し早めに城門で待機して読書でもしていようかと思ったのだが、途中でジョージと合流した。


 「あ、おはようございます。は、早いですね…」

 「それはお互い様かな?それじゃあ、行こうか」


 まさかジョージも早めに待ち合わせ場所に移動しようとしていたとは。これでは時間を指定して予定を組む意味は無かったのかもしれない。

 だが、考えようによってはスムーズに予定が進行するとも言えるのだ。


 城の外に出る間に、気になっていることを訪ねておこう。


 「ジェームズとは、しっかり話をした?」

 「はい。ジェームズ兄だけじゃなく、母さんとも」


 面識はないが、ジョージ達の母親は存命だ。特に誰かに危害を加えられていると言うこともなく、健康状態も良好と言って良い。

 しかし、ジョージ達の母親のように平穏無事な人物もいれば、危害を加えられている者もいるし、中には既に他界している者もいる。

 今後も安全とは言い切れないかもしれない。ジョージには、それが不安だった。


 そんなジョージの心配をよそに、彼の母親はジョージを聡し、[この際だからいろいろ勉強してきなさい]と送り出す言葉を送っていたそうだ。

 ジョスターの妃達の安全は、意識を取り戻した彼が目を光らせ、徹底して確保することだろう。

 すべての子を気に掛けるジョスターが、自分の妃を気に掛けない筈がないのだ。


 ジェームズからは、ジョージ1人を犠牲にするような形になってしまったことを謝られ、追放任期を終えたら必ず帰ってきて欲しいと願われたそうだ。

 事情は説明したが、それでもまだジェームズからすると負い目があったようだ。

 ジョージの追放任期である10年の間に、彼が出て行きたいと思うことがないような国にして見せると息巻いていた。


 応援したい気持ちはあるのだが、実際にそれでジョージがこの国に永住してしまうと、少し困ってしまうのだが…。

 まぁ、その問題はその時に考えよう。


 城門を抜けると、いち早く私の気配を察知したフウカが城門前で跪いていた。

 警護している兵士達は怪しい者を見る視線を送っているのだが、彼女はまるで意に介していない。

 イネスもこの場に来ているのだが、彼女は怪しい者として見られたくないようで、人目を避けて気配を消している。


 当然だが、初めてフウカを見るジョージは彼女の様子に困惑している。


 「おはよう、フウカ。何時からそうしていたの?」

 「おはようございます、ノア様。ノア様がジョージ殿下と合流した辺りでしょうか?」


 大したものだ。フウカは庸人だからドラゴンの因子など分からないというのに、城内での私の行動をある程度理解していたようだ。いや、先程の口ぶりからすると、私だけでなくジョージのことも理解していたようだな。


 今のやり取りで、フウカが私の関係者だと言うことは理解してくれたようだ。ジョージに説明を求められた。


 「え、えっと?ノアさん…?この人は?」

 「彼女はフウカ。普段はティゼム王国のイスティエスタで服飾店を営んでいる、私の衣服の制作者だよ」


 私に紹介されたフウカは立ち上がって丁寧な礼をジョージに行う。彼女がこの場で跪く相手は、私だけだと判断したようだ。


 「お初にお目にかかります。恐れ多くもノア様にお仕えさせていただいております、フウカと申します。以後、お見知りおきを」

 「は、初めまして…」


 フウカが私に仕えていると説明し、私がそれを否定しなかったことで、門番達が驚いている。

 何も言わずに城門前で跪いて待機していたのだから、不審人物として見るのは当たり前なのだ。そんな人物が私の配下だと分かり、何処か気まずそうにしている。


 「彼女の言った通りだ。彼女は私の身内同然の人だから、怪しむ必要は無いよ」

 「「ははっ!失礼いたしました!」」

 「こちらこそ、お仕事をお邪魔するような行動をとっていたこと、お詫び申し上げます」


 フウカが門番達に謝罪し微笑むと、彼等は顔を赤くして動揺しだした。どうやらフウカの顔を知らなかったらしい。

 まぁ、急いでこの場に来てすぐに跪いていただろうから、確認できないのも無理はないか。


 「えっと、それじゃあまずは…」

 「ああ、もう少しだけ待って」


 フウカとも合流したことで、ジョージが早速装備もしくは道具を買いに移動しようとしたのだが、それは少し待ってもらった。

 まだ同行者が揃っていないのである。


 ちょうど、私達の真上から同行者の声が聞こえてきた。


 「姫様ーーーっ!」

 「えっ!?ま、まさか!?」


 そう、リガロウである。

 あの子は城の厩舎から飛び出してこの場に自由落下してきたのだが、魔力噴射によって落下の勢いを相殺し、綺麗な着地をして見せた。


 リガロウを優しく抱きしめ、顔を撫でながら挨拶しておこう。


 「おはよう、リガロウ。今日は一緒に街を見て回ろうね」

 「はい!また姫様と街を見て回れて嬉しいです!」


 うんうん、今日もリガロウは可愛いな。

 門番達が慌てているが、まったく問題ない。

 ジョスターと話をつけ、街中でこの子と行動を共にすることを認めさせたのだ。


 ニスマスの時のようにリガロウと共にロヌワンドを見て回れる。この子も嬉しそうだ。


 これで今回一緒に行動するメンバーが揃ったので移動を開始しても良いのだが、その前にフウカが私に渡したいものがあるようで、移動に待ったがかかった。


 フウカが『格納』から取り出したのは、大小2枚のスカーフだ。

 鮮やかな色合いのクレマチスが、細部まで鮮明に刺繍されている。良くぞ刺繍でここまで再現してみせたものだ。


 「お待たせいたしました。こちら、ご注文の品でございます」

 「流石の出来栄えだね。ありがとう。早速着けさせてもらうよ」


 まずは小さいほうのスカーフを私の首に巻き付け、次に大きい方のスカーフをリガロウに巻き付ける。

 うん、明るい色合いだからリガロウの黒を基調とした鱗にスカーフが良く映える。


 「グキュルァ?変わった布ですね?姫様、ソイツは誰ですか?」


 私とお揃いスカーフを身に付けられて嬉しそうにしているが、リガロウはフウカのことを知らない。

 彼女が私の衣服の制作者だと紹介してあげると、素直に彼女の腕前を褒めていた。


 「姫様が着てる服は、全部綺麗だ。お前凄いな!」

 「お褒めに預り、恐悦至極でございます」


 なお、自己紹介の際にフウカは再び跪いてしまった。彼女の中ではジョージよりもリガロウの方が格が上なのだろう。


 注文したスカーフがこうして私の手に渡ったことだし、フウカには対価を支払っておかないとな。

 ジョージの修業を付けている期間で、手の空いている時に作っておいたのだ。

 裁縫道具と言っても、彼女は糸と針は自分の魔力で用意できてしまうので、私が用意したのは精々が裁ち鋏と糸切り鋏ぐらいである。


 「フウカ、私からはコレを貴女に渡そう」

 「こ、これは!?」


 "皆切虹竜みなきりこうりゅう"の製作に使用した素材が余っていたので、ハイ・ドラゴンの素材がふんだんに使用されている。大抵の布や糸ならば何の抵抗もなく切れるだろうし、摩耗も全くと言って良いほどしない筈だ。


 フウカは渡された2つの鋏の性能を一目見て把握したのだろう。

 受け取って良いのかどうか判断できず、動揺している。


 フウカならばこういった反応をすると思っていたので、対処は問題無い。


 「フウカ、この2つの鋏は普段から私のために素晴らしい品を用意してくれている、貴女に対する褒美だと思って受け取って欲しい」

 「ああ…!何ということでしょう…!まさに天にも昇るほどの思いです!謹んで受け取らせていただきます!」


 やはりな。明確に上からの褒美と言う形で渡せば、受け取ってくれると思っていたのだ。

 恭しく2種類の鋏を受け取り、すぐさま『格納』へと仕舞ってしまう。しかし、その表情はとても嬉しそうだ。


 「な、なんか、見覚えのある光沢が見えたんですけど…」

 「彼女なら問題無く扱えるから大丈夫」


 切れ味という面で観れば"皆切虹竜"とほぼ変わらない性能のため、ジョージが慄いているが、余計な心配である。

 こと戦闘能力だけで言えばフウカは怪盗よりも、つまり少し離れた場所で私達のやり取りを眺めているイネスよりも強いのだ。

 しかも戦闘ではなく裁縫に使うのだから、余計なものまで切り裂いてしまうなどと言う心配は一切していない。


 そして、あの鋏の光沢を見て万が一にも鋏を欲した者がフウカから奪おうとしても、まず不可能と言って良い。最悪、奪おうとした者の人生が終了するだろうな。

 だから心配することは何もないのだ。


 さて、こうして観光メンバーも揃ったことだし、イネスを回収して街を見て回るとしよう。

 とは言え、少しでも近づこうものなら彼女はこの場から離れてしまいそうな雰囲気だ。

 多分ではあるが、彼女はリガロウと顔を合わせているから、正体がバレてしまうのを避けたいのだろう。


 しかし、私がそれを望まない。


 「フウカ」

 「はい」


 フウカに合図すると、彼女もイネスの気配を読み取っていたようで、2人でイネスの方へと視線を向ける。

 そうしてイネスが潜伏している場所に視線を送り続けて30秒。


 「降参!降参です!出て行きますよぅ!」


 視線に耐え切れずにイネスが姿を現した。

 イネスが姿を現した瞬間、リガロウはその正体に気付いて声を掛けようとしたのだが、それは私が思念を送って辞めさせておいた。


 〈彼女は周りの人間にあの時の姿のことを知られたくないんだ。黙っていてあげてくれる?〉

 〈姫様がそういうのなら、分かりました〉


 リガロウは本当に良い子だなぁ。沢山撫でてあげよう。


 それはそれとして、フウカは城門前で跪いて待機している最中に自分とは無関係を装おうとしていたイネスの態度に、思うところがあったらしい。


 「イネスさん?随分と、薄情な対応をされましたね?私、これでもあなたのことは友人だと思えていたのですが…」

 「ヒィッ!ご、ゴメンナサイゴメンナサイ!でもフウカさんのあの行動は明らかに普通の人のする行動じゃないですよぉ!」


 2人の仲はかなり良くなったようだが、上下関係ははっきりとしてしまったようだ。以前よりもフウカは鮮明にイネスの気配を捕らえられるようになっているし、イネスとしては頭が上がらなくなっているようだ。


 必死にフウカに謝罪をした後、イネスは私達に挨拶をしだした。


 「ノア様、リガロウ様、ジョージ殿下、おはようございます!そしてリガロウ様とジョージ殿下につきましてはお初にお目にかかります!私、フリーの記者をさせていただいている、イネスと申します!」

 「ど、ども」

 「…グキュウ…」


 イネスの勢いに押されたのか、ジョージはやや引き気味である。リガロウは、特に言葉を掛けるつもりは無いようだな。

 正体について言及しても良いのなら、何か言いたいこともあったのかもしれないが、それをこの場で語る気はないのだろう。


 早速イネスがキャメラを『格納』から取り出して私達の写真を撮ろうとしている。


 「いや~、素晴らしいスカーフですねぇ!お二方とってもお似合いですよぉ~!写真、取らせていただいてもよろしいでしょうか!?」

 「構わないよ。好きにすると良い」

 「えっ?良いんですか?」


 私もリガロウも写真を撮られることに特に抵抗しなかったことに、ジョージがとても驚いている。

 断ると思っていたのだろうか?


 「ジョージ、新聞は読んでる?」

 「ええ、まぁ、情報収集は大事ですから」

 「ここ最近のロヌワンドの新聞は、彼女の書いた記事だよ。それがどういうことか、分かる?」

 「ええと…ノアさんがこの街に来た日の記事に、ノアさんの写真が載ってましたね…。えっ…てことは、写真撮られてたのは知ってたし、仮に撮られても全然気にしない…?」

 「そういうこと」


 取りたければ撮ればいい。私は見られて困るものなど見せる気はない。

 仮に見られて拡散されたら困るような物を撮影されたとしてもどうとでもなる。

 記者ギルドに立ち行って説得するでもいいし、説得でどうにもならなそうなら、キャメラにこっそり干渉してしまえばいい。


 普段の私の姿ぐらいなど、見たければ好きなだけ見れば良いのだ。


 「さ、時間は有限なんだ。ショッピングを始めるとしよう。ジョージは最初にどこへ行きたい?」

 「あ、それじゃあ、生活用品の店に行きたいです」


 ふむ。どうやらジョージは防具関連は最後にするらしい。

 良い判断じゃないだろうか?


 ジョージが冒険者登録をしても、規則として"新人ニュービー"から始まるし、最低でも3年の時間を掛けなければ"星付きスター"に昇級できない。

 彼はギルドの規則に癇癪を起すような性格でもないし、ならば彼が受ける依頼は当分の間彼にとって安全な依頼となる。防具に金を掛ける必要はないのだ。

 そして彼がまともな防具が必要になるほどランクを上げているのなら、その時には十分な資金が溜まっていることだろう。

 だから、防具を選ぶのは最後。必要な物を買い揃えて余った資金で選べばいいと考えているのだ。


 勿論、油断をすれば怪我の元になるだろうが、そんなミスをするようなジョージではない。

 仮にそんなミスをしてしまうようなら、私がみっちりと鍛え直してやろう。


 何かを感じ取ったジョージが、私に何を考えていたのかを訊ねてきた。


 「あの…ノアさん?なんか怖いこと考えてません?」

 「ジョージが真面目に生活していれば、大丈夫だよ」


 そもそも、マコトがジョージを放っておく筈がないからな。彼の冒険者生活は、保障されているようなものである。


 それでは、ジョージの案内の元、生活用品を見て回るとしよう!

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