第324話 ランドドラゴンを乗り回そう

 2時間ほど草原を走り回り、遠目から私達を見ていた者達の元に戻ると、時間は午前14時30分。昼食を考える時間になっていた。

 ランドランを借り受けたら、"ダイバーシティ"の面々に美味い料理を提供してくれる店を紹介してもらおう。


 それはそれとしてこのランドドラゴン、非常に気に入った。この子もドラゴンだからなのか、私の魔力と非常に相性が良いのである。

 以前アクレイン王国で馬に魔力を渡した時よりも、遥かに身体能力の上昇効率が高かったのだ。


 そしてこれだけ走り回っていたというのに、ランドドラゴンは全くと言っていいほど疲れていない。実に素晴らしい持久力だ。


 「とても楽しかったね。これだけ走れると、この草原ですら狭く感じてしまう」

 〈ヒメサマ!オレ、ヒメサマニチュウセイヲチカウ!コレカラモチカラヲクレ!〉


 思念とは裏腹にランドドラゴンの喉から出る鳴き声は非常に可愛らしい音だ。私にとても懐いてくれている。どうやらずっと私と一緒に居たいらしい。

 さて、どうしたものか。


 忠誠を誓ってくれるのは純粋に嬉しいのだが、この子を私の住まいに連れて行くのは、流石に無理だ。

 なにせこの子の力は、"楽園浅部"の魔物にも満たないのだ。


 実力主義な"楽園"の住民達が、この子が"楽園最奥"で生活することを認めるとは思えない。

 というか、この子では"楽園最奥"で生活することができない。膨大な魔力濃度に耐え切れずに、命を落としてしまうだろう。

 それどころか、"楽園浅部"ですらこの子にとっては非常に危険な場所になる。"楽園"まで連れて行くのは、今のままでは無理だろうな。


 しかし、私がこの子を気に入ったのも事実なのだ。

 少なくとも、今後人間達の生活圏で行動する際にはこの子を連れて行きたい。そう思えるぐらいには気に入っているのだ。なんとか、最良の方法を考えよう。


 それまでは、ランドドラゴンには辛い思いをさせてしまうだろうな。


 「君の気持ちはとても嬉しいけれど、ずっと一緒にはいられそうもないよ」

 〈…オレデハ、チカラブソクナノカ…〉


 彼にとって残酷な事実を告げると、とても悲しそうにうな垂れてしまった。おまけに悲しそうな鳴き声まで出すので、非常に心苦しい。


 せめて、この子が"楽園浅部"の魔物達と同等の力があれば、例の蜥蜴人蜥蜴人達の集落にでも連れて行って世話をしてもらう、という手も考えられるのだが…。

 それを実現させるためには、この子に強くなってもらわなければ…。


 〈イマヨリモツヨクナッタラ、ヒメサマトイッショニイラレルノカ!?〉

 「簡単な事ではないよ?少なくとも、あそこにいる5人よりもずっと強くなってもらわないと、君を私がいる場所に連れて行く事はできないだろうね」


 "ダイバーシティ"をさして、目標とすべき強さのおおよその目安をランドドラゴンに教えておこう。

 この子はまだ産まれてたったの3年。これから永い時間を生きるのだ。

 強さを求め続ければ、いずれは"ドラゴンズホール"のドラゴン達も目に掛けるだけの強さを得るかもしれない。


 そしてそれだけの強さを持つのならば、"楽園浅部"に訪れても誰も文句を言うことはないだろう。どれだけの時間がかかるかは分からないが。


 〈ヤル!オレハツヨクナルゾ!ツヨクナッテヒメサマニミトメテモラウ!ソシテヒメサマトイッショニタクサンハシル!〉

 「頑張ると良い。応援しているよ」


 先程まで悔しさと悲しみに満ちていたランドドラゴンの瞳に、闘志が宿った。この子はこれから強くなるために必死に努力をする事だろう。もしかしたら、今回の旅行の道中でも魔物を見かけたら積極的に倒しに行くのかもしれない。


 ランドドラゴンから降りると、甘えた声を出して私の顔に頬擦りをしてきた。とても可愛らしい。

 "ダイバーシティ"のランドラン達も甘えたがりだった。甘えたがりなのはランドランの特性なのだろうか?だとしたら、親がランドランであるこの子も甘えたがりなのかもしれないな。


 とても可愛らしいので、私も頬擦りをして甘えて来るランドドラゴンの顔を、優しく撫でてあげよう。

 ああ、怯えられずに遠慮なく撫でられるというのは、実に幸せだな。


 っていかんいかん。先程もこんな感じで"ダイバーシティ"の面々をほったらかしにしてしまったのだ。いくらランドドラゴンが可愛いからと言っていつまでも構っているわけにはいかない。

 いかないのだが、彼等は私達の様子を唖然と見つめて固まってしまっている。


 私達のやり取りは、珍しいことなのだろうか?待てよ?そういえば、ティシアがランドラン達が私に懐いている様子を見て解せない様子を見せていたな。

 そうだ。"ダイバーシティ"達がランドラン達に懐かれたのは、もっと時間が掛かったとスーヤが言っていた。


 普通のランドランでそれならば、このランドドラゴンの場合、人に懐いた事が無かったりするのか?

 するのだろうな。"ダイバーシティ"達はこの子の気性の荒さに手を焼いていたようだし、誰かに甘えるところなど、初めて見たのだろう。


 「確認するけど、この子って、こうして誰かに甘えたことって今まであった?」

 「「「………(ふるふる!)」」」


 飼育員達が一斉に首を横に振っている。やはり彼等にとってはありえない光景だったのだろう。

 では、ランドドラゴンは彼等のことをどう思っているのだろうか?


 〈オレノセワヲスルヤツラ。コイツラノヨウイスルバショハ、ラクガデキテイゴコチガイイ〉


 なるほど、この子にとっては、飼育員達は自分の世話をする召使みたいなものなのか。

 まぁ、この子がその気になったら、いつでもこの牧場から抜け出せるだろうしな。殆どの人間ではこの子の速さに追いつけないだろうし、牧場で大人しくしていたのは、何もしなくても快適な生活ができるからか。


 〈ダケド、ヒメサマニミトメラレルタメニハ、コンナトコロデダラケテナンテイラレナイ!オレハ、ツヨクナルタメニタビニデル!〉


 思い切りが良いな。この子は牧場から立ち去り、猛特訓をするつもりらしい。

 だが待って欲しい。少なくとも今回の旅行の間は私はランドドラゴンに乗って移動がしたいのだ。特訓に励むのは、私がこの国を立ち去ってからにして欲しい。


 〈ヒメサマノセテ、ハシッテイイ?〉

 「そうだね。この国にいる間は、君の背中に乗せて移動したい。頼める?」

 〈モチロン!ヒメサマノセル!ヒメサマトイッショニハシル!〉


 再び嬉しそうに頬擦りをしてくるランドドラゴンが可愛くて仕方がない。だが、ここは我慢だ。そろそろ昼食を食べに移動したいのだ。


 私とランドドラゴンのやり取りをして唖然としている"ダイバーシティ"達に声を掛けて案内をしてもらおう。


 「良い時間だし、そろそろ昼食にしない?どこか美味い店があったり、行きつけの店が近くにあるのなら、案内して欲しい」

 「はっ!?わ、分かりました!ご、ご案内いたします!ここから少し離れた場所にある町になりますが、ランドラン達とその子なら、あっという間に到着しますよ!さ、貴方達!ノア様をダニーヤに案内するわよ!」

 「ダニーヤってことは、アレだね!?いいじゃんいいじゃん!きっとノア様も気に入ってくれるよ!」


 ほう。ダニーヤとやらの街の名前を耳にした途端、スーヤの機嫌が良くなると言うことは、その街でしか取り扱っていない名物料理があるのだろう。そして、その名物料理は非常に美味らしい。


 「一応、他の街や国にも広まっている料理なんですけどね。ダニーヤはその料理の発祥の地で、他の所とは別格の味なんですよ!」

 「ティシアにしては良いチョイスだ。我々も最近ダニーヤでは食べていなかったからな。そうと決まれば急ぐとしよう」


 ダニーヤという町以外でも広まっているらしいが、ダニーヤでの料理が一番美味いらしい。ならば行かないわけにはいかないな。

 エンカフの言葉通り、急ぐとしようか。


 その前に、飼育員達に確認しておかなければ。


 「この子、私がこの国にいる間は乗らせてもらうけど、良いかな?」

 「も、ももも勿論です!ぜ、是非とも可愛がってやってください!」

 「ありがとう。それじゃあ、行こうか」

 「グルァゥッ!!」


 移動のためにランドドラゴンに飛び乗ると、彼は歓喜の感情を露わにしながら牧場から駆け出そうとする。

 が、駆け出す前に飼育員達に止められてしまった。


 「お、お待ちください『姫君』様!ただいま騎乗用の装備をお持ちしますので、それを装備してから…!」


 騎乗用の装備と言うと、鞍やあぶみ、手綱といった装備のことだろうか?確かにあった方が乗り易くはあるのだろうが、この子は嫌がらないだろうか?


 「アッチにいる子達が付けてる道具、君は付けても大丈夫?」

 〈ナンカキュウクツソウダカラヤダ…〉


 "ダイバーシティ"達のランドランを指して装備しても問題無いか尋ねたら、嫌がられてしまった。無理強いするのは好きではないので、装備の着用は断らせてもらうとしよう。装備しなかったところで、私ならば問題無くこの子を乗りこなせるのだ。それは先程思いっきり走り回った事でも十分確認できている。


 非常に恐縮されてしまって若干申し訳がないのだが、仕方がないことだ。私にとっての優先順位は飼育員達よりもランドドラゴンにある。この子が嫌がる事は、なるべくしたくないのだ。

 まぁ、だからと言って甘やかしすぎるわけにもいかないので、時には心を鬼にして、厳しいことを言う必要もあるだろう。


 覚悟を決めて、いざ、出発しよう!



 やはりというか何と言うか、私に認められようと強くなると決めたランドドラゴンは、積極的に魔物を倒し始めた。


 "ダイバーシティ"のランドラン達とは隔絶した速さで走る事ができるので、案内を受けている筈なのに魔物の反応を察知した瞬間に先行、もしくは集団から外れ、瞬く間に魔物を倒してしまうのである。

 倒した魔物は後でランドドラゴンの食料にする他、食べられない部位は冒険者ギルドに卸すために解体して回収することにした。


 そうして解体が終わり『収納』に素材を仕舞ったら"ダイバーシティ"に合流する。ダニーヤに到着する30分間で、このやり取りが3回あった。

 集団から外れて再び合流するやり取りを何度も繰り返すものだから、彼等もランドドラゴンの速さに言及せずにはいられなかったようだ。


 「化け物じみた速さですね…」

 「あの速度で走ってるのに装備無しで平然と乗りこなすの、違和感しかないんですけど…」

 「前にアタシらが牧場で走ってるとこ見た時よりも断然速いんすけど、ノア姫様、なんかしてます?」

 「この子に私の魔力を流しているんだ。私の魔力を宿した者は身体能力が上昇するみたいでね、アクレインで馬に魔力を流した時は、とても喜ばれたよ」

 「…あの、ランドラン達やランドドラゴンのやり取りを見て思ったのですけど、ひょっとしなくてもノア様は彼等の言葉が分かるのですか?」


 あまりにも私がランドラン達やランドドラゴンと親し気にしていたことに加え、馬が喜んでくれたと説明した事で、ココナナが私が動物や魔物と会話ができることに気付いたようだ。


 魔物や動物にも意思があるので、魔力を用いて思念による会話を行っていることを説明すると、今度はエンカフがこの話に食いついた。

 彼は錬金術師であると同時に魔術師でもあるためか、魔力を用いた未知の技術に興味が尽きないようだ。


 魔力による思念会話は人間達ではまだ確立できていない技術だ。それ故に理論的に説明するのは、今の私には難しい。

 思念会話が使える者がまったくいないわけではないし、その技術を応用したのが魔術の『通話コール』である。だから原理を説明するなら『通話』を教えた方が早いかもしれない。


 そう思ってエンカフに『通話』の原理を教えたのだが、口頭で教えるだけでは理解するのは難しいらしい。


 そうだ。魔族ならば使用できる者がいるじゃないか。ルイーゼも普通に使っていたしな。

 私がルイーゼと親しい仲であることは伏せながら、魔族の国ならばそういったことをまとめた本があるかもしれないとだけ教えておいた。


 考えてみれば、無償で知識を提供してしまったことになるのだが、彼等にはこの国を案内してもらおうという恩がある。例えそれがリナーシェからの依頼だとしても、私が彼等に礼を渡すのは、別に問題無い筈だ。


 うん、彼等に知識や技術を教えたり、彼等の益になるようなことをする場合は、彼等に国を案内してもらっているという事実を対価に考えてしまえばいいだろう。これから美味い料理も教えてもらうことだしな。


 そうして自分の行動の言い訳を考えながら移動をしていると、目的地であるダニーヤが見えて来た。

 そして、それと同時に何とも言えない香ばしい匂いが、私の鼻孔を刺激してきたのである。


 その香ばしさたるや、僅かに嗅ぎ取っただけでも涎が溢れてくるような、実に食欲をそそる香りだったのだ。


 町に到着して"ダイバーシティ"の面々を見てみれば、彼等も香りを嗅ぎ取ったのか、目を閉じて料理の味を想像しているようだ。


 「か~~~っ!たぁまんねぇなぁ!この匂いだよこの匂い!やっぱダニーヤって言ったらこの匂いだよなぁ!」

 「ランドラン達を預けたら、早速一番の店に行きましょ!あ、ノア様!お金は気にしないでください!リナーシェ様からたっぷりもらってますから!」

 「ノア様には凄くお世話になったから、これぐらいはさせてもらうって言ってましたよ!」


 なんと。つくづく失礼だが、リナーシェがそんなことを考えていたとは。

 そういうことならば遠慮する必要はないな。多分だが、リナーシェは最終的には私を自分の所に連れて来させて、手合わせを申し出るつもりだろう。

 その時にこれまでの礼を述べながら彼女の相手をするとしよう。


 さて、そんなことよりも彼等が未だに名前を明かそうとしない、街中に漂うこの香ばしい匂いの料理だ。


 一番良い店を案内してくれるらしいので、存分に期待させてもらうとしよう!

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