第323話 私が乗るのはランドラン?

 ランドラン達は皆、目を閉じ、伏せをした状態でじっとしている。別段眠っているわけでは無いのだが、非常に大人しくしているのだ。


 「この子達は、いつもこんな感じ?」

 「いいえ、普段はもっと好奇心旺盛で、早く走らせてもらえないかと落ち着きのない様子を見せているのですが…」


 やや焦り気味にココナナが答えてくれる。

 ランドラン達の魔力から感じられる感情は、畏怖。つまり、私に対して畏れを抱いている、ということだ。


 まぁ、そんな気はしていた。アクレイン王国で確認したランドランは、私のドラゴンの因子に反応してこちらに顔を向けていたからな。


 グリューナやマーグはおろか、大魔境"ドラゴンズホール"に生息しているハイ・ドラゴン達でさえ畏まった態度を示したのだ。

 僅かとはいえドラゴンの因子を持つランドランが、私に対して従順になるのは予想できていたのだ。


 しかし、従順になっているだけであり、怯えられたりだとか逃げ出そうとしているわけではない。これは素直に嬉しい。この子達は、撫でても問題なさそうだからな。


 ランドラン達は皆同じような体格だ。ココナナを乗せていたランドランだけ、少し筋肉が発達しているな。まぁ、彼女が搭乗?している鎧はかなりの重量物のようだし、彼女を乗せて走るのならば当然他の個体よりは体が鍛えられるか。


 とりあえず、一番近くにいるティシアが乗っていたランドランの前で屈み、顔と首の付け根辺りを優しく撫でてみた。

 鱗の肌触りはやや硬く、ザラついている。優しく撫でる程度では撫でた感触など伝わらないかもしれないと思ったが、そうでもないらしい。


 「きゅるるぅ…」


 元々目を閉じていたわけだが、先程とはまるで表情が違う。口の両端が僅かに吊り上がり、明らかに笑っている。とても嬉しそうにしているのだ。


 可愛い…。幸せそうな表情をされると、こちらも幸せな気分になってくる。

 このままこの子を撫で続けようかと思ったが、他のランドラン達がそうはさせてくれなかった。


 他の4体が一様に悲しそうに鳴き出して、自分達も撫でて欲しいと私に訴えてきたのである。


 「撫でてあげるから、皆おいで?」

 「「「くっきゅぅううう~~~!」」」


 ああ、怖がられずに此方に殺到して来てくれることの、なんと素晴らしいことなのだろう。ランドラン達が一斉に私の元まで来てくれたのだ。そして皆して私に頬擦りしてくれている。


 なんていい子達なんだ!この子達にモフモフな毛皮は無いけれど、それでもとても可愛らしい!

 しばらくこの場でこの子達を撫でまわしているのもいいかもしれない。うん、そうだな。そうしよう。



 どれぐらいの時間が経過しただろうか?今も私は移動せずにランドラン達を撫でまわしている。

 いや、この子達かなり甘えたがりな性格だな。私は一向に構わないが、"ダイバーシティ"の面々の反応を見る限りでは、この状況は異常事態にあたるらしい。


 「えー…。な、なんで初めて会ったばっかのノア様に、ウチの子達みんなベッタリなの…?私達に懐くの、結構時間かかったのに…」

 「一週間走ぶっ通しで乗り続けてようやく、だもんねぇ…」

 「アイツ等にして見りゃあ、マジモンのお姫様が甘えさせてくれてるって状況なのかねぇ…?」

 「この状況、まだ続くのだろうか…?」


 流石にこの場に停滞しすぎたか?太陽の位置から考えて3時間は経過していると考えて良いだろう。

 その間、"ダイバーシティ"の面々は放置されていたということになる。


 …流石にこれは失礼すぎたか?蔑ろにしてしまっていた事を謝るとしよう。それに、この子達と触れ合うことで行きたい場所が新たにできた。

 彼等にはまずそこへ案内してもらおう。


 「済まない。この子達が可愛いからと言って、貴方達のことを雑に扱い過ぎた。行きたい場所もできたことだし、そろそろ移動しようか」

 「い、いえいえ!どうかお気になさらずに!で、でも、気を遣っていただいたことは嬉しいです!あ!それと行きたいところができたんですよね!?」


 私の謝罪に対してティシアが慌てて取り繕っている。長時間放置されていたというのに、謙遜した態度だ。

 だが、やはり長時間放置されていたこと自体はそれなり以上に応えていたようだ。ティシアを含め、全員が安堵の感情を露わにしている。


 「行きたい場所はランドランを飼育している施設だね。少なくとも、この国にいる間、移動にはランドランに乗って移動したいと思えたよ」

 「そ、それでしたら、ランドランの飼育場でいい場所がありますので、そちらに向かいましょう!そうだ!折角ですから、その子達にも乗ってみてはどうでしょうか!?みんなノア様にとても懐いているみたいですし、どうですか!?あ!私達なら気にしなくて良いですよ!?適当に相乗りしますから!」


 私のランドランに乗ってみたいという要望にティシアは嬉しい提案をしてくれるが、残念ながらその提案を実行することはできない。


 「ありがたい申し出なのだけど、それはできそうもないんだ」

 「へ?」

 「この子達、私に甘えてくれはするのだけど、どの子も私を乗せてはくれないみたいなんだ。嫌われているわけではなくてね、自分達が私を乗せるのは、恐れ多いと考えているみたいでね…」


 私に対して皆平伏していたぐらいだからな。アジーが言っていたように、この子達も間違いなく私のことを姫と認識しているのだろう。

 この子達は自分達では私の騎獣として相応しくないと考えているようなのだ。

 実際、この子達の走る速度は私が軽く走る速度よりもかなり遅い。


 間違いなく馬よりは速いし、私が魔力を渡せば普段以上の速さで走ることも可能なのだろうが、それでもなお、私が軽く走る速度よりも遅いのだ。この子達はそれを理解しているようだ。


 気にしなくても良いとは思うのだが、この子達に限らずランドラン達は皆、走る事に誇りを持っている。

 だからなのか、彼等は自分よりも速く走れる者を自分の背中に乗せたがらない。

 自信を無くしてしまい、走る気力が出ないそうなのだ。この子達から直接聞かせてもらった。


 3時間も触れ合っていたのだ。意思の疎通は普通に行っていたとも。皆パートナーである人間達に負けず劣らずの個性を持っていた。


 「え、ええっと…」

 「名のある飼育場なら、私を乗せてくれるようなランドランがいるかもしれないからね。誰も乗る事ができないような、特殊なランドランがいる飼育場があったら教えて欲しい」


 それでも私はランドランに乗って移動してみたい。

 そこで頼りになるのが"ダイバーシティ"というわけだ。ティシア曰く、案内出来ない場所は無いそうだからな。ならば私を乗せてくれるような特別なランドランを飼育している場所も知っているのではないだろうか?


 「い、います!いますよ!!気位がやたら高くて、しかもヤバイ速さで走るヤバイランドランが!」

 「あー…。流石のアイツも、ノア様相手だったら大人しくなるのかな…?」

 「平伏するどころか、腹まで見せるかもな!クク…!アイツがノア様を見た時の反応が楽しみだぜ!」


 なにやら途轍もないランドランがいるらしい。それも"ダイバーシティ"の面々すら手を焼くほどの気性の荒さと気位の高さを持つほどのとびっきりのランドランが。


 どのような外見をしているのだろう?気になるな。是非とも会いに行こう!


 「行かない手はないね。早速その飼育場に向かうとしよう。それと、私のことは気にしなくて良いよ。足の速さには、自信があるんだ」

 「ですよねー…」

 「ぶっちゃけた話、ランドランより速く走れちゃいますよね?」


 走れちゃうな。だからこそ騎乗を拒否されているのだし。さて、彼等の語るヤバイランドランとやらがどれほどのものか、確認させてもらうとしよう。



 ランドラン達に並走すること1時間、到着したのは王都近くにある牧場だった。

 ランドランの飼育はこの牧場が最も盛んであり、質の良いランドランを多数ニスマ王国に卸していることで有名なのだとか。


 そんなランドランの牧場なのだが、3年ほど前に通常のランドランとは容姿の異なるランドランが産まれたのだ。


 まず、体が大きい。一般的なランドランよりも3割近く大きく、力も強かった。

 更に、飼育を続けていると本来ランドランには生えることのない角が頭部から生えてきたのである。


 その時点で既にランドランと言っていいのか怪しいのだが、更に変化が生じた。

 牙も爪も、通常の物よりも更に大きく、鋭くなったのである。


 牧場の従業員達はそれでもランドランとして育てているようだが、どう考えてもランドランでは無いぞ?


 件のランドランの親はどちらも一般的なランドランだから産まれてきた子もランドランだ、というのが従業員達の言い分だ。


 しかし、ランドランには僅かとはいえドラゴンの因子があるのだ。先祖返りが起きて別の種族として産まれて来ても何の不思議もなかったりする。


 私は件のランドランの元まで案内され、彼と見つめ合っている状態だ。


 「………」

 「………」

 「い、いかがでしょうか…?」


 牧場の管理者が恐る恐る私に訊ねているが、見つめ合ったその時から、お互いの答えは決まっている。


 しばらく見つめ合った後に特別なランドランとやらが頭を下げるのを確認すると、私は何も言わずにその場から飛び上がり、彼の背に飛び乗った。うん、悪くない乗り心地だ。そして馬よりも視点が高い。

 当然だな。この子は一般的なランドランよりも遥かに巨大なのだから。


 「おおっ!」

 「マジか…。もっと慌てるかと思ったんだが、なんかやたら平然としてんな…」

 「やっぱこうしてみると、やたらデッカイよねー」


 素直に私を背に乗せることを認めてくれたこの子に対して、皆感心しているようだが、私としては彼等に疑問をぶつけざるを得なかった。


 「ねぇ、貴方達はこの子に『鑑定アプレイザ』を使わなかったの?」

 「えっと…使ってみたんですか?」

 「やっぱり、ランドランじゃなかったんですか!?」


 おいおい、まさかこれだけ特殊な個体だというのに、親がランドランだからと言って『鑑定』を使用していなかったというのか?

 この国にも先祖返りという概念は当然あるだろうに…。


 「調べるまでも無く、この子はランドドラゴンじゃないか。確かに通常のランドドラゴンと比べたらかなり小さいけれど、間違いなくランドドラゴンだよ。ランドランから先祖返りしたから、それほど体が大きくないんだろうね」

 「「「えええええーーーっ!??」」」


 そう、紹介されたのは、ランドランではなくその祖先にあたるランドドラゴンだったのだ。

 気位が高いのも当然である。体が小さいとはいえ、この子は正真正銘のドラゴンなのだから。


 尤も、ランドランとしての特性も親から引き継いでいるようだ。走るのが大好きなことに変わりはないらしい。


 さて、全員口を開けて驚愕しているが、私としてはこの子の足の速さを確認しておきたい。

 この牧場には折角広々とした草原があるのだし、早速この子の足の速さを確認させてもらうとしよう。


 「ちょっと外でこの子と一緒に走って来るよ?」


 いまだに驚愕して硬直している彼等に一言断ると、ランドドラゴンは待っていたとばかりに自分を囲っていた柵を飛び越え、草原へと走り出した。

 実に見事な瞬発力だ。迫力もある。だが、少し私に遠慮しているのか、軽く走る程度に留めている。


 「遠慮する事は無いよ?思いっきり行こう!」

 〈!ワカッタ!オレノアシノハヤサ、ミテテクレ!〉


 私の意志を伝えいると、ランドドラゴンは歓喜しながら全速力で駆け出した。

 私が軽く走るよりもやや遅いが、これだけの速度で走れるのならば、私が魔力を渡せばそれを上回る速度で走ることが可能になるだろう。早速、試してみよう。


 「流石に速いね。今度は一緒に走らない?」

 〈イッショニ?ドウイウコトダ?〉

 「こういうことさ」


 何も告げずに魔力を流したら驚いてしまうと思い、一言断ってから魔力を流そうと思ったのだが、いまいちどういうことか理解できなかったようだ。

 そのため、少しだけ魔力を流す事で、どのような感覚なのかを教えることにした。


 〈!?ウ…ウオオオオオ!!!チカラガ、チカラガミナギル!〉

 「どう?これならもっと早く走れそうだろう?」

 〈アア!オレ、モットハヤクハシル!オレニチカラヲ、クレェ!!〉


 ランドドラゴンは随分と血気盛んな性格のようだ。求められるままに魔力を与えてあげよう。好きなだけ走らせてあげるのだ。


 しばらくの間、私達は牧場の草原を縦横無尽に走り回ることにした。

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