第322話 冒険者パーティ・"ダイバーシティ"

 ティゼミアを出て少し歩いたところで軽く走り出す。目指すはニスマ王国だ。ニスマ王国に到着したら、まずはセンドー子爵領の都市、チヒロードを目指すとしよう。


 センドー子爵の屋敷はチヒロードにあるわけではないが、あの都市はセンドー子爵ゆかりの様々な染料が販売されているのだ。加えて染料開発のためか、錬金術ギルドが非常に活発でもある。

 自分で好みの染料を作れるようにするためにも、是非とも色々と学ばせてもらいたい所存である。


 移動の途中、既にティゼム王国の国境を抜けた場所で、人間達には手に余るであろう魔物と遭遇してしまった。


 テュフォーンだ。


 人間に近い構造をした上半身に巨大な蛇のような下半身を持った魔物だ。

 上半身を人間の、と表現しなかったのは、どう見ても人間とは似ても似つかない外見をしていたからである。

 肉体の構造自体は同じなのだ。頭部が1つ、腕部が2つ、そして胴体と、それだけで考えれば紛うこと無き人型であることは間違いない。


 しかし、その体色はどの種族の人間にも存在しない、青みがかった灰色をしているのだ。口の両端は耳近くまで広がっている。

 そして全体的に上半身が尖っている。あらゆる関節に、鋭利な刃物のような部位が発生しているのだ。

 実際にその部位は非常に鋭く、回収できればそのまま剣の刀身にしてしまえるほどの鋭さを持つ。


 目は金色で、白目も黒目も瞳孔も無い。金色一色だ。おそらくだが、視覚の原理が人間とは別なのだろう。

 素材としては魔力の塊でもあり、魔石として使用する事も可能だ。

 勿論、薬や魔術具の素材にも特殊な魔術の媒体にもできるため、超が付くほどの高級素材となっている。

 なにせ一体のテュフォーンにつき2つしか手に入らない部位だからな。加えて目玉に傷付けてしまうと、途端に価値を失うらしいので滅多に手に入らない素材なのだ。超が付くほどの高級素材となるのも無理はない。

 まぁ、テュフォーン自体、滅多に遭遇することが無いのだが。


 歯、というよりも牙は非常に鋭く、細く、長く、そして頑丈だ。顎の力も極めて強く、並大抵の金属ならば容易に嚙み砕けると本に記載されていた。


 そんなテュフォーンの主な攻撃方法は魔法である。

 天候を魔力で操ることが得意なようで、テュフォーンがいる場所は、半径1キロ近くにわたり常に魔法による嵐が発生している。

 そんな嵐の中であってもテュフォーンは全く問題無く活動が可能であり、更には魔術も使用できる。


 肉弾戦が苦手というわけでも無く、巨大な蛇の体を用いて尾撃を放つ事もあれば、人間程度の大きさならば容易に締め付けて全身を砕く事もできる。

 さらには上半身を用いた格闘攻撃も行ってくる。勿論、自前の体から生えた刃も当たり前のように使いこなす。


 その魔力量は"一等星トップスター"の冒険者を軽く凌駕する。

 存在が確認されたのならば、国によっては即座に騎士団を派遣することになるぐらいには危険な魔物だ。

 そして冒険者が挑む場合は、必ず"一等星"の冒険者パーティを加えた複数のパーティでで挑む事になる。

 例え"一等星"と言えど、単一のパーティで挑めば全滅は必須なのだ。


 テュフォーンがいる場所は人里からはかなり離れた場所だ。今すぐに人間達に被害が出ると言うことはないだろう。

 だが、この辺りに元々生息した魔物達は間違いなくテュフォーンから、テュフォーンが発生させている嵐から逃げていく。その逃亡先に人間達がいないとは限らないのだ。今この場で斃してしまった方が人間達のためにはなる。


 人間贔屓になってしまっているのは否定しないが、どうせこのまま放置していたらいずれ指名依頼を出されてしまうのは明白だ。

 この辺りはニスマ王国の領土ではない。本来ならばニスマ王国が対応する内容ではないのだが、多分この国にはテュフォーンを討伐できるだけの戦力が無い。そうなった場合、ニスマ王国かティゼム王国に救援要請が出る筈だ。


 そうなった場合、当然私にも指名依頼が舞い込んでくる。つまり、折角の旅行に水を差されるのだ。

 断れば良いだけの話ではあるのだが、その場合、十中八九リナーシェやグリューナが討伐に参加することになる。

 彼女達は人間の中でも最上位の強さを誇るが、それでも万が一と言うことがあるのだ。


 私は私が親しみを持った者が傷つく事を良しとしない。しかも今この場で対処できる相手なのだ。私の選択肢など、始めから一つしかなった。


 テュフォーンには特に怨みはないが、斃させてもらった。

 テュフォーンが発生させている程度の嵐では、私には何の障害にもならない。いつも通り、尻尾カバーから発生させた魔力刃で急所を切り裂いて終わりである。

 人目に付かない場所だったので遠慮なく尻尾も伸ばせた。


 長々と説明したが、私がテュフォーンと遭遇してテュフォーンを斃すまで、5秒と掛かっていない。進行方向上にテュフォーンの姿を確認したので、そのまま接近してすれ違いざまに尻尾を振るっただけである。


 折角仕留めた魔物だ。しっかりと解体して、余すところなくニスマ王国で卸ろそう。間違いなく騒ぎになるだろうが、今更だ。ニスマ王国の者達には、私のやる事だからということで納得してもらおう。



 解体したテュフォーンを『収納』に仕舞い、軽く走り続けること約1時間。ニスマ王国の国境に最も近い町が見えてきた。大きな都市ではないため、町に入るのもそれほど苦労しなさそうだ。まぁ、私が訪れたことで騒ぎにはなるだろうが。


 そういえば、もうリナーシェにはオリヴィエから手紙が届いていると思うのだが、彼女の口から私がこの国に訪れることが伝わっていないだろうか?

 そうであったのなら、ある程度驚かせることも無いと思うのだが…。


 …おや?私が町に着く前に、町から私の元に向かって来る者達がいるな。

 数は10。正確には、人間が5人とランドランが5体だ。ランドランに騎乗した、冒険者と思わしき集団が私の元に駆け寄ってきたのだ。


 向こうから近づいて来てくれるのなら、私から近づく事もないな。一旦走るのを止めて、彼等の到着を待たせてもらおう。


 冒険者と思わしき者達は非常に面白い顔ぶれだ。庸人ヒュムスの女性が2人。妖精人エルブの男性が1人。窟人ドヴァークの女性が1人。そして矮人ペティームの男性が1人の5人組だ。

 これだけ種族がばらけているというのに、彼等からは不和を感じない。お互いを信頼し合っているのだろう。

 実力も私がこれまで出会った冒険者の中では最上位と言っていいだろう。一人一人が間違いなく"三ツ星トライスター"級、熟練も熟練の冒険者達だ。


 個人的に最も興味を惹かれたのは、窟人の女性だ。彼女は2mを優に超える巨大なフルプレートメイルを着込んでいる。

 いや、あれはただの鎧では無いな。内部がまるでマギモデルのように複雑な構造をしているのだ。

 窟人の女性はフルプレートメイルの内部に設置された椅子に腰かけ、両手の指と足の動きでフルプレートメイルを巧みに操縦しているのだ。


 何アレ…物凄く面白そう…。

 間違いなく魔術具の一種なのだろうが、初めて見るタイプだ。私が訪れた国では一般的ではない技術だったのだろう。


 彼等は私に用事があるようだし、彼等の要件に応える代わりに、是非ともあの鎧について聞かせてもらおう。


 それにしても、やはりランドランという生き物は可愛らしいな。走ることが好きな生き物だからか、走っている時の表情が笑っているように見える。ここまで来たら、存分に優しく抱きしめて撫でてあげよう。

 …私のドラゴンの因子に反応して、怯えられなければいいのだが…。


 ランドラン達が私の傍まできて足を止めると、冒険者達が一斉にランドランから降りて私の前で跪き始めた。


 「ニスマ王国へようこそお越しいただきました。私達は、『黒龍の姫君』様を心より歓迎いたします」

 「我々は冒険者パーティの"ダイバーシティ"。リナーシェ様より、貴女様の今回の旅行の案内をするよう依頼を受けて参上いたしました」


 なんと。リナーシェは私がこの国に来ることを知るや否や、親しくなった冒険者達に街の案内を依頼したというのだ。彼女にそこまでの気遣いができるとは…。


 非常に失礼な事を言っているかもしれないが、私の知るリナーシェの人柄は非常に好戦的で、自分のことに夢中になりがちな女性である。他者に気を遣うというイメージが湧かないのだ。


 「わざわざここまで出迎えに来てくれてありがとう。知っての通り、私はノア。皆からは、『黒龍の姫君』と呼ばれているね。案内の申し出、ありがたく受け入れるよ。よろしくね?」

 「ふぉおおお……」

 「おいコラ」


 彼等の申し出を嬉しく思い、笑顔で返事をすると、顔を上げた矮人の男性が明らかに私に見惚れた表情をしていた。

 そしてその様子を見た赤毛の庸人の女性が矮人の男性の脇腹を肘で突いている。


 「あの2人は放っておきまして、ノア様。どこか行きたい場所などはありますか?自慢ではありませんが、私達はニスマ王国内ならば行ったことのない場所はありませんから、ドコだろうとご案内出来ますよ!ええ!それこそニスマ王国にある魔境の最深部だろうとニスマ王国の王城まで、ご案内出来ない場所は無いと自負しております!」 


 金髪の庸人の女性が立ち上がり、私の手を取りながら、自分達を売り込むかのように口早に説明をしてくれる。

 行きたい場所は確かにあるのだが、それよりもまずはやりたい事がある。金髪の女性には悪いが、少し待ってもらおう。


 「ひとまずは、あの子達を撫でさせてもらいたいかな?ランドランに触れるのは、初めてなんだ」

 「承知しました!ランドラン、可愛いですよね!つぶらな瞳だったり、走ってるときのご機嫌な表情だったり、そうだ!ゴハンを食べてるときも可愛いんですよ!?それに、気に入った相手には頬擦りまでしてくれるんです!いやー、私達もランドランを手に入れたのは最近なんですけどね?最初はそんなでも無かったんですが、一緒にいる時間が長くなってくると愛着がわいてきちゃって、もう何しても可愛く見えて来ちゃうんですよね!それかべっ!?」

 「いい加減にしろ」


 金髪の女性は喋ることが好きなようだ。一度口を開くと、なかなかその口を閉じることを止めようとしない。

 話を聞くために足を止めていた私を見て、妖精人の男性が金髪の女性の後頭部に手刀を当てて強引に発言を止めていた。


 これでようやくランドランに触れられると思った矢先、今度は妖精人の男性が両手で私の手を取り、再び跪きだした。

 この姿勢は、男性が女性にプロポーズする際に良く取る姿勢だが、彼からは恋慕の感情を読み取れない。彼から感じるのは、興味、ただその一言に尽きる。


 「『黒龍の姫君』様!噂に違わぬ美しさ!どうか、どうか貴女様の鱗を、頭髪の一本でもいいのどぅぐはぁっ!?」

 「いい加減にするのはテメェだろうがっ!!何考えてんだ!?」


 何を言い出すかと思えば、妖精人の男性は私の素材が欲しかったようだ。

 流石に失礼な態度だと思ったのだろう。赤毛の女性が殴り倒して止めていた。


 なかなかに面白いパーティだ。多分だが、この光景は彼等にとっての日常茶飯事なのだろう。これからしばらく賑やかになりそうだ。


 「やー、スミマセンね。エンカフ…今アジーに殴り倒された妖精人なんですけど、アイツって珍しい素材に目がないんですよ」

 「悪いけれど、彼の要望には応えられそうにないよ。私は頭髪が抜けた事も鱗が剥がれ落ちた事も無いからね。それとも、髪を切り取ったり、鱗をはがすつもりだったのかな?」

 「いやいやいや!まさかそんな!いくらエンカフが素材のことになるとアホになるからってそこまでのことはしないと思いますって!あ!ボク等はそんなこと考えませんからね!?仮にエンカフが行動してもエンカフ1人の責任ってことで!」


 この矮人の男性、良い性格をしている。いや、自分だけでなく妖精人の男性であるエンカフ以外は庇っているので、大分まともな性格だったりするのか?

 調子のいい性格はしていると思うが、それは大体の矮人に当てはまる事だしな。


 さて、そろそろランドランに触れに行っても良いだろうか?今はとても大人しくしているので、触れ合うチャンスなのだ。


 と思っていたら、後頭部をさすりながら金髪の女性が矮人の男性に食って掛かり出した。


 「あ!スーヤ!なに抜け駆けしてるのよ!説明は私がするって言ったじゃない!」

 「誰も賛成してなかったじゃん。ティシアが話すと長いんだよ」

 「はぁっ!?誰が何ですってぇ!?」


 割とどうでもいいことで揉めているな。金髪の女性ティシアと矮人の男性スーヤのことは無視してしまって良いだろうか?私の今の興味は冒険者達よりもランドランなのだ。


 「騒がしい連中で申し訳ありません」

 「賑やかなパーティじゃないか。少なくとも、今回の旅行は退屈しなくて済みそうだよ」

 「ノア様の寛大さに感謝します。さ、どうぞ。ランドランもノア様が気になって仕方がないようですよ?」


 結局のところ、ランドランへの案内は今の今まで沈黙を貫いていた窟人の女性がしてくれることになった。

 なお、赤毛の女性アジーはというと、うつ伏せに倒れたエンカフの背にまたがり、彼の顎を両手で掴んで思いっきり背中を仰け反らせている。アレは痛いなんてものじゃないだろうに、大丈夫なのだろうか?


 「お気遣いなく。あの子達が無反応なのが全てです。ああ、申し遅れました。私はココナナと申します。趣味は魔術具弄りです」


 丁寧に自己紹介をしてくれた窟人の女性ココナナが言うには、エンカフのことは気にしなくて良いそうだ。その証拠に彼の騎獣であるランドランがまるで反応していない。あの子にとってもいつものことなのだろう。


 ついでとばかりに魔術具弄りが好きだと述べている。と言うことはつまり、ココナナの鎧も彼女の自作の可能性が高そうだ。やはり後で詳しく聞かせてもらおう。


 さ、それはそれとして、ランドランだ。


 その可愛らしい顔を存分に撫でてやろう!

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