第321話 クレスレイと話そう

 門番が私の姿を確認すると、急いで城内に駆け込んでいった。上司に報告に向かったのだろう。

 城の人間には、私が今日この場に来ることを通達されていたようだ。そして私が訪れてきた時の対応も。


 門番に声を掛けたら、そのまま場内に入って構わないと告げられた。城に入ってすぐの場所に使用人を待機しており、そのままクレスレイの元まで案内してくれるらしい。

 私がいつ城に訪問して来てもいいように、ずっと使用人を城の入り口に待機させていたようなのだ。


 もはや扱いが対等の国の姫どころじゃなくなっていないか?この扱いは格上の国の客人に対する対応な気がするのだが…。

 改めて今の扱いを考えると、やはりクレスレイが私にここまで気を遣う理由は、一つしか考えられない。


 私の予想が当たっている場合、彼はモスダン公爵ほどではないだろうが私の正体に少しだけ近づいた事になる。

 まぁ、気付こうが気付くまいが、それを公言しなければ問題無い。是非とも、私が真実を公表するまでは胸中に仕舞っていてほしいな。


 使用人に案内されたのは、クレスレイの私室だった。

 私のような危険人物を自室に招くなど、家臣達がこぞって反対しそうなものだが、良く招き入れようと思ったものだ。


 部屋にいたクレスレイは随分と寛いだ様子だ。服装も部屋着だ。今のクレスレイを見ても、彼が国王だと思う者はそうはいないだろう。

 ただし、彼の佇まいは相変わらず覇気に満ちている。今の彼は国王というよりも、むしろ傭兵団や蛮族の長と言った方がしっくりくるだろう。


 「そなた、何か失礼な事を考えていないか?」

 「ん?表情に出てた?今の貴方は国王に見えなくてね」


 思ったことをそのまま伝えたら、豪快に笑い出した。どうやら彼も自分の今の外見は国王らしいとは思っていないらしい。


 「あの格好はどうにも窮屈に感じてしまってな。俺はあまり好かん」

 「国王というのも大変だね。色々と取り繕う必要があるみたいだ」

 「正直な、そなたの立場が羨ましくて仕方が無いぞ?これ以上ないほど高い地位を持ちながら自然体で好きな場所へ向かい、好きな事をする。これに憧れない王族はおらんだろうよ」

 「それを許される立場にしてくれたのは、他ならぬ貴方だろう?まぁ、この数か月間で随分と良い思いをさせてもらったよ。貴方のしてくれたこと、感謝しているよ」


 素直に感謝の言葉を述べたら、クレスレイは何とも言えないような表情をしてしまった。


 クレスレイが私に抱いている感情は、畏れ、だろうか?

 クレスレイは、明らかに私を畏れ、そして同時に感謝している。


 「正直、その程度のことでは、そなたの行いにまるで報えていないと思っているのだがな」

 「私と直接話をしたかった理由を聞かせてくれる?」


 クレスレイは私と直接話がしたかった。その理由はモスダン公爵にすら話していない。ただ単に有名人と話をしたいと言うだけの理由ではない筈だ。


 そしてその理由を語る前に、彼は座ったままの姿勢ではあるが深く頭を下げて私に謝罪をした。


 「うむ。だがその前に、2度もこちらの我儘でそなたの行動を阻害した非礼を詫びさせてもらう。済まなかった」

 「うん。謝罪の言葉を受け入れよう。そこまで私を畏れると言うことは、観測したね?」


 それとなく彼が私を畏れ、それでも直接話をしたかった理由を訊ねれば、クレスレイは頭を下げたまま、今度は感謝の言葉を述べ出した。


 「重ねて、超常の存在よりこの国を救ってくれたこと、深く感謝する。本当に、ありがとう」

 「ティゼム王国には、優秀な観測魔術師がいるみたいだね?」


 超常の存在。つまり、ヴィルガレッドのことだ。ティゼム王国の観測魔術師は、魔族達と同様に地上に顕現した竜帝カイザードラゴンの魔力を観測したのである。そしてその魔力に込められた感情も正確に把握していたようだ。


 明確な殺意と憎悪が込められたドラゴンブレス。それを受け止め、それを放った者の怒りを鎮めたのが私だと、クレスレイは理解したのだ。


 気を遣われている理由を考えた時、私のこれまでの行動と照らし合わせたらこれぐらいしか理由が思い浮かばなかった。そしてそれは的中していた、というわけだ。


 姿勢を戻し、クレスレイは右手で前髪を掻き上げながら、呆れたような表情で当時の心境を語り出した。


 「まったく、あの時は何が何だかまるで理解ができなかったぞ?伝説上でしかその存在が語られていない竜帝が顕現したかと思えば、我が国、それもこのティゼミアに向けてドラゴンブレスを放っていただと?思わずその場にいた観測魔術師達をしょっ引いてやろうかと思ったわ!」

 「ちなみに、その事を知っているのは?」

 「俺と、竜帝を観測した観測魔術達だけだ。ああ、勿論観測魔術師達には箝口令を敷いている。こんな情報、国民に知られたところでパニックにしかなんからな」


 なるほど。それではモスダン公爵も理由が分からないのも納得だ。彼の側近すらも知らない情報だったとは。

 クレスレイもだが、観測魔術師達も気が気ではなかっただろうな。自分達が滅びていたかもしれないだなどと、生きた心地がしなかっただろう。


 「詳しくは俺も魔術師達もよく分かっていないのだが、かの竜帝のブレス、そなたがどうにかしてくれたのだろう?しかもそれだけではなく、竜帝の怒りまでも鎮めてもくれた。正真正銘救国の英雄の偉業よな」

 「何をしてたのか聞きたい?」

 「興味はあるが、止めておこう。俺達はそれを知る必要はないだろうからな。少なくとも今は」


 人間達の言葉に[好奇心は猫をも殺す]という言葉がある。言葉通り、好奇心に身を任せた行動をとり過ぎると、いずれ身を滅ぼす、と言う意味だ。

 クレスレイは私がどうやってヴィルガレッドのブレスを防ぎ彼の怒りを鎮めたのか、今それを知るのは身を滅ぼす行為だと考えているようだ。

 それはつまり、私が正体を隠して行動している人外だと理解しているということでもあるだろう。


 「そなたが何をして、かの竜帝の怒りを鎮めたのかは知ろうとは思わんが、何故我等を滅ぼそうとしたのか、その理由は知りたいな。知っているのならば、教えてもらって構わんか?」

 「細かいことは省くけど、サイファーがインゲインに使用した例の"竜の秘宝"。アレの材料がヴ…竜帝の大事な卵を素材にしたものだったのさ。あの時に自分の子供の死を悟ったそうだよ?」


 ヴィルガレッドが怒り狂った理由を伝えれば、クレスレイは天を仰ぎ、右手で自分の両目を抑えだした。この感情は、呆れ…いや、失望だろうか?


 「………目も当てられんとは、正にこのことだな。確か、アレは500年以上前からフルベイン家で保管されていた品だぞ?そなたがあのタイミングで我が国に訪れてくれなければ、我が国は問答無用で滅ぼされていた事になるな…」

 「まぁ、世の中何がどう転ぶかなんて分からないものだよ。私も興味を持った国に訪れて、その国を救うことになるとは思わなかったからね」

 「ククク…!何を言うか。そなた、行く国先々で訪れた国を救っているようではないか。巫女・シセラなど、そなたのことを五大神が遣わした神の使いと言って聞かんのだぞ?」


 そんな事を言われても、私が行く先々で私の旅行を妨げる問題があるのだから、仕方がないのだ。私は私の快適な生活のために、問題を排除しただけに過ぎない。ただそれだけのことだ。


 確かに、頼まれたから解決した問題の方が多かったりするが。それはあくまで結果論である。

 問題を見つけて、それが私の快適な生活を乱すものならば例え頼まれなくとも排除ないし解決する。ヴィルガレッドの問題がいい例だ。


 まぁ、若干五大神にいいように使われている気がしないでもないが、別に気にはしない。シセラには好きに言わせておけばいいだろう。

 私はいずれ五大神達と友諠を結ぶつもりなのだが、その時、彼女達はどんな反応をするのだろうな?


 「こう言ったら舞い上がって狂喜乱舞しそうだけど、好きに言わせておけばいいよ。神として扱われるよりは遥かにマシだ」

 「ああ、そなた、一部の冒険者達から女神だと思われているのだってな?」

 「笑い事じゃないよ?比喩ではなく本気で彼等は私を崇拝しだしているんだから」


 いや本当に。ティゼミアで稽古をつけた冒険者達は、未だに私のことを女神と呼び、私に向けて祈る連中がいるのだ。私は神ではないと会うたびに言っているのだが、一向に止める気配がない。

 秘境にいる子供達はちゃんと姫と呼んでくれるようになったと言うのに、頑固な連中である。


 祈る真似事ではなく、しっかりと信仰心がエネルギーとなって私に向けられてくるのだから、本当にいい迷惑である。私を神にしないでくれ。



 その後、折角こうして部屋に招き入れたのだからという理由で昼食までゆっくりと談笑をしながら過ごす事となった。


 と言っても会話自体はあまり多くない。

 これは直接言われた事だが、クレスレイは私との会談を口実に、午前中は私室でずっとのんびり過ごしていたのである。

 つまり、彼が仕事をサボるダシにされたわけだ。


 まぁ、それぐらいでは別に怒るつもりはない。私もクレスレイが気に入っていると言う高級菓子やお茶を存分に堪能させてもらった。

 山積みにされた高級菓子が、あっという間に消えていく光景を見て唖然としたクレスレイの表情が、なかなか面白かった。

 彼も甘いものは好きだったようで、自分が食べる分が無くなる事に焦りを覚えたのである。

 私を利用したのだから、その分の対価は支払ってもらうとも。


 ただし、サボるとは言っても午後からはしっかりと仕事をするつもりでいたらしく、酒を飲むつもりはなかったようだ。

 棚の後ろに隠している酒は飲まなくていいのかと訊ねたら、血相を変えていた。


 私が酒を楽しめない体質だと知ると、心底ほっとした表情をしだしたのは見ものだった。


 「そなたが酒好きでなくて本当に助かった…。もしも目の前で秘蔵の酒がそなたに飲みつくされる光景を見せられでもしたら、しばらく寝込み、枕を涙で濡らしていたかもしれん…」


 冗談ではなく本気で言っていた。クレスレイはかなりの酒好きらしい。

 なにせ部屋の棚に細工をして大量の酒を隠しておくほどなのだ。

 その事を伝えたら顔面蒼白になっていたのは、一瞬で周囲の状況を読み取れる能力ではなく、自分の酒を今しがた消えて行った高級菓子のように消費される事を畏れたのである。



 クレスレイの愚痴を聞いたり今後の私の予定を話したりして時間を過ごし、昼食を共にした後は、カークス家へと向かった。

 シャーリィとグリューナの稽古も理由の一つだが、アイラにも話しておくことがあったからだ。


 マクシミリアンのマギモデルの件である。

 完成後は普通に販売されること、価格は金貨1000枚である事を伝えると、とても思いつめた表情をしていた。


 「そうですか…金貨1000枚…。流石はピリカさんとノア様の合作。容易に手が出せる値段ではありませんね…」


 アイラとしては、愛する夫の姿をした立体物が欲しいのだろうな。

 カークス家の財産が金貨1000枚程度なわけは無いのだが、それでも玩具一つに出せる金額でも無いのだろう。


 「アイラ。仮にマクシミリアンそっくりのただの人形があるとして、それが手に入るとした場合、貴女はマギモデルの購入を諦める?」

 「え?え、ええ。私が欲しているのは、あくまで造形ですから…」


 ならば、私がマクシミリアンの人形を作ってアイラに卸せば問題は無さそうだな。

 勿論、無償で譲るつもりは無い。親しき中にも礼儀あり、というやつだ。


 アイラにマギモデルのように魔力で動かす事はできないが、それ以外であれば殆ど遜色ない人形を用意できると説明したら、金貨200枚出すと言われた。

 相場が分からなかったので、ピリカに相談することにした。だが、多分だがアイラが提示した金額は相場よりも大分上の値段だとは思う。


 なお、この会話はシャーリィとグリューナは聞いていない。彼女達は私の稽古でそれどころではないし、アイラがいるのは彼女の私室である。

 そう、アイラは『幻実影』を知っているので、遠慮せずに使用させてもらっているのだ。

 それに、彼女と1対1で会話する機会も結局のところ初めて会った日以降、まったく無かったからな。茶菓子を摘まみ、紅茶でのどを潤しながら世間話を楽しませてもらうことにした。




 そうして夕食までシャーリィとグリューナ、そしてアイラの相手をして夕食後は恒例となったマギモデルの制作、そして風呂だ。


 それ以降は午前中はモスダン家に向かいエリザの相手を。午後はカークス家に訪れ3人の相手を。夕食後はマギモデルの制作を。そんな生活が5日間続いた。ティゼム王国に訪れて10日目だ。


 マギモデルを制作している最中にピリカにアイラとの会話の話をして人形の値段について訊ねたら、相場はその10分の1程度とのことだった。だが、だからと言って値段を下げる必要はないと言われた。


 「あの奥さんはそれだけアンタの作った人形が欲しいってことさ!心は金では買えないって言うけどさ、それだけの金を出すって言った奥さんの気持ちは本物のはずだぜ!無下にしちゃダメだ!」


 遠慮する必要はないとの事なので、提示された金額そのままで卸すとしよう。その分、アイラの気持ちに応えるためにも、ピリカに負けないほど精巧なマクシミリアンの人形を作らせてもらおう。


 出来上がった人形をアイラに見せたら、しばらくの間人形を見つめ続け、その後何も言わずに金貨300枚を渡してきた。以前提示した金額よりも多くなっているが、それが今の彼女の気持ちと言うことだ。


 私は黙って幻を消して、彼女を部屋に一人にさせることにした。存分に泣くと良い。シャーリィから聞いた話では、今までずっと泣いていなかったようだからな。

 泣きはらしていたことをシャーリィに悟られたくは無さそうだし、落ち着いたら目元を癒しておこう。


 そしてマクシミリアンとグリューナの外見をしたマギモデルなのだが、実を言うとまだ売れてなかったりする。

 なにせ宣伝活動などまるで行っていないのだ。新作ができた事も、それがマギモデルで私との合作であることすらもこの国の殆どの人間が知らないのである。


 「ま、アンタがアタイと一緒に何かを作ってたのはみんな知ってるからね!アンタがこの国を発ったのをしったら金持ちがこぞってこの店に押しかけて来ると思うよ!」

 「それは、大丈夫なの?」

 「問題無いね!この家の防犯設備は完璧だし、マギモデルの販売も抽選形式にするからね!早い者勝ちってわけにはいかないのさ!」


 ならば、心配する事もないだろう。自分用のマギモデルも必要な分制作したことだし、私がこの国でやるべきことは全て終わった。


 翌日、別れを惜しまれたが、私にはまだ他に行くべき場所があるのだ。

 再びこの国を訪れることを別れを惜しむ者達と約束し、親しい者達に別れを告げ、この国を発つことにした。


 さぁ、そろそろニスマ王国へ行くとしよう!

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