第320話 気を遣われている

 流石に美味そうな菓子を食べるのを3度も遮られてしまったら、不機嫌にならない自信がない。

 少しだけ、ほんの少しだけ魔力を放出して、話しかけて欲しくないと言う態度を示しておこう。


 「うぃっ!?」

 「こ、これはっ!?」


 放出した魔力はグリューナの総魔力量に満たない量の筈なのだが、シャーリィもグリューナもとても驚いている。

 これでも多すぎたのだろうか?とは言え、これ以上放出量を抑えようとすると必要以上に神経を使うことになる。


 菓子一つ食べるために、そこまでする必要はないはずだ。2人には悪いが、我慢してもらおう。


 ようやく口の中に放り込む事ができたマフィンの味は、我慢していたことあって非常に美味く感じられた。

 中にたっぷりと詰め込まれた甘酸っぱいフルーツジャムが、実にいいアクセントとなっている。


 マフィン自体がとても甘いから、紅茶の苦味とよく合うな。あっという間になくなってしまった。どれ、もう一ついただこう。


 「ええっと…?先生?」

 「クスクス…!ノア様ったら、そんなにお菓子を食べたかったのですか?」

 「とても美味そうだったからね」

 「っ!?も、申し訳ございません!」


 シャーリィもグリューナも、私が魔力を放出した理由が分からなかったようだ。

 シャーリィはアイラの様子に困惑していたし、グリューナは私がマフィンを食べたがっていたと気付かなかったことを謝罪しだしていた。


 アイラは私が魔力を放った理由を正確に理解して訊ねてきたが、もう少しマフィンの味を堪能しておきたいので、短く答えるだけにした。


 合計3つマフィンを貰ったところで舌も満足したので、そろそろ会話を続行させてもらおう。まぁ、後話す事があるとすれば旅行での土産話ぐらいだが。


 「さて、私から3人に対してすぐに話しておきたいことは話し終わったけれど、何か聞きたいことはあるかな?マギモデルのことだけじゃなく、手紙の内容や新聞で知ったことでも構わないよ?」

 「あっ!それじゃあ、ノア先生が稽古をつけてたオスカーって子のことを聞かせて下さい!」

 「では、私もシャーリィの後で構いませんので、リナーシェ王女殿下についてお聞かせいただきたいです」


 まぁ、大体予想していた通りだな。グリューナのことだからタスクにも興味を抱きそうだとは思ったが、タスク以上にリナーシェの方が気になったのだろう。


 リナーシェの実力は、ファングダムの国民以外にはあまり世間には知られていないようだからな。

 グリューナも最近になって彼女の実力を知ったようだ。宝騎士と同等の実力を持つ人物が気になるのは仕方がないことなのだろう。


 隠すことでも無ければ、相手も彼女達のことを知りたいだろうからな。私の知る限りのことを話すとしよう。


 

 それから2時間ほど4人で談笑した後は、シャーリィとグリューナにとってはお待ちかねの時間となった。

 彼女達の要望通り、稽古を付けることとなったのだ。


 シャーリィが腕を上げていたのは当然として、グリューナも親善試合の時よりも動きが良くなっていた。

 あの親善試合の後、彼女はシャーリィを鍛える傍ら、自身の修行も怠らなかったと言うことだ。


 どことなく物腰も柔らかくなっている気がするし、巓騎士を目指していた頃の彼女は、あれはあれでそれなり以上に気負っていたのだろう。今の彼女の姿が、本来の姿なのかもしれない。

 親善試合が終わってからというもの、彼女の表情は常に晴れやかなのだ。


 稽古の内容は、私との模擬戦をメインに行うことにした。2人共剣術を上達させたい様だったので、私も『成形』による魔力棒を用いて剣術を披露することで2人に学習してもらおうと思ったのだ。

 誰にでもこの方法が有効とは思わないが、少なくとも2人には有効な方法だった。


 一度昼食と昼休憩を取り、今日は夕方まで2人に付き合うこととなった。

 やはりシャーリィの剣術の成長速度は凄まじいな。今朝あった時とは別人と言っていいだろう。

 剣術だけならば既にオスカーにも引けを取らないかもしれない。剣術だけならば。


 剣術だけで騎士としてやっていけるかと問われれば、答えは否である。シャーリィは魔術を使えないわけでは無いのだが、剣術と比べると蔑ろにしがちである。

 少なくとも、剣と魔術を同時に扱うようなことはまだできないでいる。


 本人もそれは重々承知しているようなのだが、どうにも彼女は魔術に対して苦手意識を持っているようである。

 明日以降は剣術だけでなく魔術の稽古も行うことを告げたら、露骨に嫌な顔をされてしまった。


 だが、強さを求めるのならば、父親の跡を引き継ぎたいのであれば受けてもらう。

 少なくとも、マクシミリアンは何のことも無いように『格納』を使用できるだけの魔術の使い手だったのだ。

 彼を超えたいのならば、それぐらいのことはできるようになってもらう。


 「今のままではどれだけ稽古を重ねても、グリューナはおろかオスカーにも勝てないだろうね」

 「うぐぐ…」

 「苦手だからと目を背けていても、何も解決はしないのだ。シャーリィ、そろそろ観念しなさい」


 グリューナとしても、いや、アイラもか?苦手な物は後回しにするシャーリィの性格には手を焼いていたらしい。ここぞとばかりに普段の態度を注意していた。



 夕食も誘われたが、夕食は宿で取ることにしていたので、午後の稽古が終わったらカークス家を後にした。

 夕食後は昨日の打ち合わせ通りピリカの店に向かい、マギモデルの制作だ。相変わらず細かい作業をさせられることとなった。


 マクシミリアンとグリューナの造形をかたどる許可をもらって来たことを伝えれば、ピリカはとても喜んでいた。

 とりあえず、造形に関しては彼女が行うらしい。自信があるようだし、任せるとしよう。


 なお、製作した後のことだが、普通に販売するらしい。価格は金貨1000枚。

 かなり強気な価格設定のような気もするが、彼等の人気を考えると、それも止む無しと言ったところなのかもしれない。

 それどころか、ピリカの見立てではそれ以上の価格でも購入希望者が殺到するのではないか、との見立てである。


 午後10時まで作業を行ったら、今日の作業は終了である。

 私はまだ作業を続けていても問題無いのだが、ピリカはそういうわけにはいかないのだ。彼女は明日も仕事である。


 明日の仕事に支障をきたすようなことはできない。風呂で今日の疲れを落としてゆっくりと休んでもらおう。



 翌日となり、この日私が向かったのはモスダン公爵家である。モスダン公爵はあまり私に会いたくないようだが、孫娘であるエリザが会いたがっているのだ。

 孫娘を溺愛している公爵に、私の訪問を断れるはずがなかった。


 「ドラゴンのおひめさまっ!ひさしぶりっ!あっ!おひさしぶりです!」

 「うん、久しぶり。エリザはとても元気そうにしていたみたいだね」

 「うん!げんきだったよ!おひめさまもげんきだっ…おげんきでしたか!?」


 『モスダンの魔法』の効果のためか、エリザは私のことを正確にドラゴンと認識しているようだ。

 そして嬉しいことに、彼女はそれで私を恐れるような様子を見せていない。

 この愛想の良さ、何処かの公爵にも見習って欲しいものだ。


 それはそれとして、彼女の言葉遣いは貴族令嬢としては少々砕けたものである。

 途中で気付いて言い直している辺り、教育を受けていないわけではないようだが、それほど厳しく教育しているわけではなさそうだな。

 モスダン公爵はエリザのことをこれでもかというほど甘やかしているから、厳しい教育は施せないのかもしれない。


 そのモスダン公爵なのだが、私と親し気に語るエリザの様子を見てやや焦っているように見える。私がエリザを傷付けてしまわないか、気が気でないのだろう。

 少なくとも私からエリザに触れたことはないと言うのに、信用の無いものだ。

 私の正体を知っているとはいえ、もう少し信用してくれてもいいと思うのだがな。


 「あの!またシッポをさわらせてもらってもいいですか!?」

 「勿論だとも。なんなら、乗っても良いよ?」

 「わぁっ!ありがとうございます!」

 「エ、エリザ!?その、あ、あまり危ないことは…ぐふっ!」


 私の尻尾に躊躇なく触れようとするエリザを、モスダン公爵は血相を変えて止めようとする。

 だが、公爵は呆れた表情をした使用人による鳩尾へ一撃によってあっけなく黙らされてしまった。


 「閣下。まずは本日の仕事を片付けましょうか。ノア様、エリザお嬢様。閣下を執務室へお連れしますので、この辺りで失礼させていただきます」

 「はーい!おじいさま!おしごとがんばってくださいね!」


 この使用人は、以前エリザと遊んだ際にも一緒にいた使用人だな。以前は侍女の格好をしていたが、今日は何故か執事服を着ている。


 性別は間違いなく女性のようだが、何か違いがあるのだろうか?それとも趣味だろうか?

 フウカから私が男性が着るような服を着用することを望まれたこともあるし、女性が男性の格好をするのも需要があるのだろう。


 それでもやはり気になったので後で本人に聞いてみたら、その時の仕事の内容によって服装を変えているらしい。

 つまり、彼女はメイドとしてだけでなく執事として働く事もあるということか。


 と思ったら少し違うようだ。モスダン公爵の相手をする時は執事服を着用し、エリザの相手をする時はメイド服を着るとのこと。思った以上に単純な違いだった。


 しかし、公爵ともあろう者の家が、モスダン公爵にしろエリザにしろ専属の使用人を用意しないものなのだろうか?


 これも確認してみたら、彼女が特別であり、普段は専属の使用人がどちらにも複数控えているものなのだとか。

 今この場には彼女しかいないことを考えると、彼女はかなり優秀な人物なのかもしれない。


 エリザが尻尾に乗っかってきたので、そのまま私の目の高さまで彼女を持ち上げると、とても喜んでくれた。


 「わぁい!たかいたかーい!シッポがまえよりもキレイになってる!ねぇ、おひめさま!シッポにつけてるカバーははずしたらダメなの?」

 「そうだね。エリザには何が見えているか分かるかもしれないけれど、決して外してはいけないよ?まぁ、外せないようにしてあるのだけどね」


 今更の話だが、私の尻尾カバーは勢いよく振り回すぐらいでは外れない。カバーの内側と鰭剣きけんを、魔力によって繋ぎ止めているためだ。

 そのため、時間が経てば経つほど尻尾カバーに私の魔力が浸透していき、その強度が増していく。


 最初に作った尻尾カバーがごく一般的な木材を使用していたと言うのに、ある程度ヴィルガレッドとの戦いに耐えることができたのもそのためだ。まぁ、結局壊れてしまったが。


 そして今の尻尾カバーは浅部とは言え"楽園"の素材だ。

 最初からそれなり以上の強度を持っていた。今ならば特に魔力を纏わせずに人間の刃物と打ち合ったとしても、傷一つ付くことはないだろう。


 エリザは、尻尾カバーを手に取ってじっくりと見てみたかったのだろうな。

 なにせ今回の尻尾カバーは以前と違って蔓だけではなく、色とりどりの花が張り付いているのだ。見栄えが良いのである。


 尻尾カバーを外して間違って鰭剣に触りでもしたら一大事だ。流石にモスダン公爵も黙っていられなくなる。

 鰭剣の切れ味は、私の『不懐』すら意味をなさないのだ。残念そうにしているが、我慢してもらおう。



 昼食の時間までエリザと遊んだ後は、モスダン公爵も交えて昼食を共にした。

 その後はシャーリィやグリューナの稽古をつけるために屋敷を後にしようと思ったのだが、その前に公爵から話があるとのことで呼び止められてしまった。


 何かと思えば、クレスレイとの会談についてだった。私の都合に合わせてくれるらしく、時間は何時でもいいとのこと。


 随分と腰が低い態度に感じるが、彼は一度少々強引な方法を用いて私と会話をしているのだ。

 そのことで今回は遠慮をしているのかと思ったのだが、モスダン公爵曰く、そうして当然な理由があるらしい。


 ちなみに、公爵もその理由を知らないそうだ。彼が知らないとなると、国王とその側近しか知らない理由かもしれない。


 まぁ、どのような理由にせよこちらを気遣ってくれていることに違いは無いのだ。遠慮はいらないだろう。明日の午前中に会いに行くと伝えて屋敷を後にした。



 その後の活動は昨日と同じだ。カークス家でシャーリィとグリューナを鍛えて夕食を取り、夕食後はマギモデルの制作。

 夜の10時になったらカンディーの風呂屋でピリカとマーサの3人で湯船に浸かり、その日の疲れを洗い落とす。


 そうして翌日を迎えて私は今、王城の城門前にいる。理由は勿論、クレスレイとの会談のためだ。


 彼が私に気を遣う理由。少し考えて見当は付いたが、本人から直接聞かせてもらうとしよう。

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