第610話 船旅の終わり

 流石に海底でゆっくりしすぎたか。

 "マグルクルム"まで移動するのに泳いで浮上していたら、確実に船内の人間達が目を覚ましてしまう。

 ちなみに、ウチの子達やリガロウは既に目を覚ましているし、私がいなくなっていることにレイブランとヤタールが動揺している。


 私が海底に移動したのは皆が寝静まった夜だからな。目が覚めていなくなっていたら驚いてしまうのは当然なのだ。

 転移魔術でさっさと自分の部屋に移動してしまおう。


 〈『それじゃあ、またいつか。今回の旅行の締めくくりに、オルディナン大陸で盛大な音楽会を開こうかと思うから、良ければ耳を傾けて欲しい』〉

 『おう!期待して待ってるぜ!』

 『ノア!また歌を聞かせてね!とっても素敵だった!』

 『久しぶりに心が弾む時間を堪能できました。感謝しますよ』

 『またねー!僕等の力が必要になったら遠慮せずに意識してね!いつでも、どんな時でも助けになるよ!』

 『ありがとう、ノア…。貴女という女性が産まれてくれたことそれ自体が本当に素晴らしいことなんだって、改めて理解できたよ…。これで私はあと10億年は頑張れる…』


 神々にも私の歌は好評だったようだ。若干大袈裟な神もいるが、それだけ気に入ってくれたということだろう。楽しんでもらえたようでなによりだ。

 オルディナン大陸で音楽会を開いた時にも、是非楽しんでほしい。まあ、人前で声を掛けたりはしないでもらいたいところだが。



 転移魔術で自分の部屋に戻って来たら、ウチの子達が勢ぞろいして私の部屋で待機していた。

 普段のこの時間なら、この子達は思い思いに移動しているのだが、やはり私がいなくなっていたのが原因だろう。


 「皆ただいま。深夜にズウノシャディオンがいる場所の真上に到達してね。ちょっと会いに行っていたよ」

 〈びっくりしたー。起きたらご主人がいなくなってたんだもん。神様達も、ちゃんと伝えてくれればいいのにね〉

 〈まったくだわ!朝のお仕事が無くなっちゃったわ!〉〈ノア様を起こすのは私達の仕事なのよ!〉


 私が思っていた以上にレイブランとヤタールは私を朝私を起こすという仕事に誇りを持っていたようだ。隠すことなく神々に対して憤慨している。


 ルグナツァリオ辺りがウチの子達に連絡を入れていてもおかしくないと思っていたのだがな。それだけ私の歌に夢中になっていたということなのだろうか?嬉しい半面、羽目を外し過ぎたと反省もする必要がありそうだ。

 歌や演奏に夢中で皆を蔑ろにしていたのは、私も同じだしな。


 〈おひいさま。お休みにならなくてよろしいのですか?〉

 「うん、大丈夫。そう言えば、皆には私が睡眠をとる必要のない体質だと教えたことはなかったね」


 進化する前ですら、私は1週間近く寝ずに活動しても何ともなかったからな。

 尤も、あの時以来碌に睡眠をとらずに行動をした機会というのは非常に少ないのだが。だからウチの子達やリガロウが知らないのも無理はないのだ。

 少なくとも、皆の前では必ず私は睡眠をとっていたしな。


 「アレはまだ、ホーディと初めて出会ったばかりの時だったね…」


 水の流れる音を頼りに川まで移動し、川を登って水源まで移動した後、自分の寝床までひたすらに水路を作っていた話をする。

 碌に睡眠をとらなかったのは、あの時ぐらいなのだ。


 「まぁ、その日に寝ようとしたら今まで以上にグッスリだったんだけどね」

 〈ノア様だったら寝なくても平気だとは思ってたけど、そんなに起きていられるんだね…。でも、それじゃあどうして普段は必ず寝るようにしてるの?〉

 「寝るのって気持ちいいでしょ?気持ちよさや心地良さに身を任せていると、自然に意識を失うんだ」


 私だって叶うのならばずっと横になった際のシーツの肌触りや皆のモフモフを堪能していたいさ。だが、気付いたらすぐに意識がまどろんで眠ってしまうのだ。

 そしてそのまどろみも非常に心地いいのが困りものなのだ。

 まどろみにゆだねて意識を手放してしまえば、すぐに朝が来てしまうからな。もっとあの心地良さを味わいたい。

 だが、その心地良さを楽しみ続けようとしたら、きっと私は月どころか年単位で寝続けてしまうような気がするのだ。こういう時の私の予測は大体当たる。


 流石にそれではグータラが過ぎる。というか私が寝ていた間に他に楽しめる娯楽が大量にあった筈だろうから非常に勿体なく感じてしまう。


 本当に、本当にままならない話だ。

 複数の行動を同時にこなせる『幻実影ファンタマイマス』も、こればかりは解決できない。寝てしまったら魔術が解除されてしまうからな。幻を寝かせても同じである。寝かせた幻が消失してしまうのだ。

 睡眠の感覚を味わいながら行動するという芸当は、今のところ私にはできないのである。

 そんなことができるようになったら、私はきっと幻を必ず1体確保して睡眠を楽しみ続けるだろうがな。少し自堕落が過ぎる気がするので、できなくて良いのかもしれない。


 リガロウも目が覚めたら私がいなくなっていたため、非常に不安になっていたようだ。今は少し落ち着いているのは、ヴァスターが[私がリガロウを置いて何も言わずに何処かへ去ってしまうようなことはありえない。必ずこの場に戻って来る]と宥めてくれたかららしい。

 不安にさせてしまったことを謝るとともに、抱きしめて宥めてあげよう。そしてリガロウを宥めてくれたヴァスターにも感謝だ。


 「キュウ、キュウ~~~…!」

 「うん。寂しかったね。ごめんね。書置きの1つでも残しておけばよかったよ。それとヴァスター、この子を宥めてくれてありがとう」

 〈勿体なきお言葉です。ですが、いと尊き姫君様がリガロウを溺愛しているのを知っております故〉


 ヴァスターがいてくれて本当に良かった。

 もしも彼がいてくれなかったら、リガロウがどのような行動を取っていたのか、少し想像がつかない。

 もしかしたら私を探して海に潜って迷子になってしまう可能性すらあった。


 そうなったらウチの子達が探してくれるか、そもそもリガロウを止めてくれるかもしれないが、反対にウチの子達も一緒になって探し出しかねなかったからな。

 この子を宥めて落ち着かせてくれたのには、感謝しかない。


 さて、弁明も済んだことだし、そろそろ朝食をいただきに行くとしよう。



 今日も船旅が始まる。

 大海原を眺めながら釣りをして、読書をして、絵を描いて、ジョージ達に稽古をつけて、楽器を奏でて歌を歌う日々を送りながらオルディナン大陸へ進んでいこう。

 デンケン曰く、既に警戒すべき海域は過ぎ去った。ここから先は彼にとって庭も同然の海域らしい。

 もう2周間もすれば、スーレーンの港が見えてくるそうだ。


 いよいよ別大陸に上陸かという期待が私の胸を満たすと同時に、1つの疑問が頭をよぎった。 


 「そういえば、スーレーンの一般的な国民は私が一緒にこの船に乗ってくるのを知ってるの?」

 「いい質問だな!実を言うと、知らなかったりするんだぜ。そもそも、こんなに早く戻ってくることすら知らねぇからな。だがまぁ、ソイツは仕方のないことなんだ」


 だろうな。

 国民全員が私が今こうして"マグルクルム"に乗ってスーレーンに来ると知っていたら、他の国にも情報が行きわたっていただろうからな。


 スーレーンに住んでいるのは、何もスーレーンの国民だけではないのだ。むしろ、デンケンのような重要人物がいる国ならば、その動向を探るために間者や外交官が常在していると考える方が自然である。


 そんな状況で国全体に他国に伝えていないような情報を通達するほど、スーレーンは愚かではないということだな。


 ならば、きっとスーレーンの住民達は非常に驚くのだろうな。そもそも、"マグルクルム"がここまで早く帰って来るとは思っていないのかもしれない。


 「ああ、それと『姫君』様よぉ…。今更でワリィんだが、スーレーンに着いたら、チョイと頼みがあるんだ」

 「聞こうか」


 まぁ、私を不愉快にするような頼みではないのだろうな。大方、国の代表に一度会ってほしいだとか、そんな内容だろう。

 スーレーンと私が友好関係にあると大陸中に知らしめたいのかもしれないな。


 聞くとは言ったが、先に私の予想をデンケンに伝えてみれば彼は目を丸くさせて驚き、数度瞬きをした。


 「あー…。その、分かりやすかったか?」

 「というよりも、それぐらいしか思い当たる節が無いと言うべきだね。見せつけてやるのだろう?」

 「おうよ!ウチでコソコソしてる連中は、ドイツもコイツも『姫君』様を見た途端、大慌てで自分達の国に報告するだろうがな!」


 スーレーンを調査していた者達は、随分とデンケンにフラストレーションを溜めさせていたようだ。非常に意地の悪い表情をしている。

 デンケンも私のことをとやかく言えないぐらいにはイタズラ好きじゃないか。

 とは言え、デンケンの場合は好きに活動ができないことへの意表返しの意味も含まれているのだろう。ただのイタズラとはわけが違う。


 まぁ、私にはあまり関係のない話だ。私の存在だけでなく、ウチの子達に関しても盛大に驚いてもらうとしよう。




 そんなこんなでモーダンから出港してから50日。私は遂に新たな大陸をこの目にしている。

 目の前に映っている陸地こそがオルディナン大陸であり、海洋国家スーレーンだ。


 少し目を凝らして港の様子を確認してみれば、"マグルクルム"の姿を確認した水夫がコレでもかと驚いている。早速街全体に報告をするようだ。


 水夫の報告はあっという間に港街全体に伝わったようだ。街の住民達が次々と港に押し寄せてきている。

 あの光景は、モーダンでも見たな。あのままでは後から押し寄せる人の波によって最前列の人間が大変な目に合ってしまいそうだ。


 あの街には見たところモーダンに在中しているような騎士団がいるようには見えないからな。

 騎士達に変わって水夫達が住民達を整理しようとしているが、上手くいっていないようだ。


 「ちょっと大変なことになっているね」

 「だな。ったく、だらしねぇったらありゃしねぇぜ!」


 望遠鏡を覗き込みながらそう言うデンケンの口の両端は、大きく吊り上がっている。

 彼の言うだらしがないというのは、水夫達に向けた言葉のようだ。

 タスク達の働きぶりを知っているからか、それに近い働きぶりを期待しているのだろうか?

 流石にそれは無茶ぶりにもほどがあると思うのだが。


 私が見たところ、水夫達の個々の能力はどう見ても騎士に届き得るものではない。

 そんな彼等が半ば暴走気味になっている街の住民達を抑えられるとは思えない。


 そもそも、あんな状態になっているのは予定のない"マグルクルム"の帰還である。つまり、デンケンのせいでもあるのだ。


 「責任とか、取らないの?」

 「こっからじゃどうしようもねぇからな」


 何とも無責任な話である。

 しかし、船に同乗している私が何も感じないわけではないぞ?


 ここはひとつ、私の方から水夫達を援護してやるとしよう。


 〈皆、今度はアッチを一斉に見つめるよ?〉


 私とウチの子達とリガロウで、一斉に街の住民達に向けて視線を送るのである。

 直接目が合うわけではないだろうが、それで良い。

 デンケンだから目が合っても無事だったのだ。一般人と目を合わせてしまっては、ただでは済まないだろうからな。


 圧倒的な存在から見られている。

 その事実が、彼等の動きを抑制させるだろう。


 やり過ぎて恐慌状態にならないように、注意して視線を送るとしよう。

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