第611話 上陸!
モーダンでデンケンに視線を送った経験が生きたようだ。上手い具合に港に押し寄せてきた住民達がたじろいで勢いを失っている。
なお、住民を抑えるためにこちらに背を向けていた水夫達には視線を向けた影響がなかったようだ。急に勢いを失った住民達の様子に困惑している。
未だに望遠鏡で港の様子を確認していたデンケンが、こちらに視線を向けて住民達の変化の真相を尋ねてきた。
「急に住民が大人しくなっちまったんだが…。ひょっとして『姫君』様、俺にやったのと同じようなことでもしたのか?」
「まぁね。尤も、貴方に視線を向けた時よりも大分加減したけどね」
「だよなぁ。俺に向けられたアレを一般人が受けちまったら、今頃あの街は阿鼻叫喚になってたところだったぜ」
分かっているから加減をしたのだ。そして加減ができたのは予めデンケンに視線を向けたからに他ならない。
失敗があっても次に活かせる。これはとても素晴らしいことだ。
「貴方のおかげだよ。先に貴方に視線を送っていなかったら、今頃は本当に阿鼻叫喚になっていただろうね」
「ガッハッハ!望遠鏡は良い物になるし阿鼻叫喚は避けられるし、良いことづくめだなぁ!…俺の心臓が止まりそうになったこと以外は」
「おや、機嫌を直してもらえたと思ったのだけど、まだ気にしてたの?」
「んなわきゃねぇわな!こんだけのことをしてもらっておきながらまだゴネてたら、どんな目に遭っちまうか想像もできねぇや!」
私は特に何かをするつもりはないが、ウチの子達が黙っていないだろうからな。デンケンもそれを理解しているから、軽くからかう程度の話をしているのだろう。
陸地が見えてきたことは既に乗員達全員に伝わっている。
勿論、船内の部屋で待機していたジョージ達のような乗船客達にもだ。
別大陸を一目見ようと、ちらほらに甲板に上がって来る者の姿が見え始めた。
イネスもいち早く甲板に上がって来て私の隣に立ちキャメラで港町を撮影しようとしている。
「そういえば、イネスは他の大陸に行くのは初めて?」
「ええ、その通りです!実は、何だかんだと楽しみにしてました!」
過去には魔大陸以外でも怪盗が現れて盛大に暴れていたそうだが、それはイネスが生まれる前の話だったからな。彼女は魔大陸で生まれ育ったようだ。
「先代や先々代から話は聞いていますが、如何せん昔の話ですからね!自分の目で見るまでは"昔はそうだった"程度の感覚でいようと思ってます!」
イネスもこの機会にオルディナン大陸中の全域を渡り歩くつもりのようだな。
彼女といる時間は楽しいが、恐らくは割と早い段階で別行動となるだろう。そしてそれは彼女に対してだけではない。
ジョージ達とも、私は別行動を取るつもりだ。
彼等に行動を合わせる理由がないからな。
デンケンの言うことが確かなら、ジョージ達は決まったルートを通ってオルディナン大陸の様々な国へと移動をするのだろう。
私もそれについて行っても問題は無いが、それはやめておく。
私は、私の行きたい場所へ、私の好きなタイミングで足を運ぶのだ。行き先が同じ可能性もあるが、全てが同じとは限らないだろう。
ジョージ達はすぐにでもスーレーンから別の国へと移動してしまうかもしれないが、私はしばらくこの国を堪能しようと思っているし、もしも別の国で再開してもすぐに分かれてしまうことだって十分あり得る。
それに、私達は私達のペースで移動する。つまり、リガロウのスピードで移動するのだ。彼等がその速度に追いつけるとは思っていない。
ただでさえリガロウの速度は人間の出せる速度を軽く超えているからな。その上で人を乗せて移動する乗り物でリガロウよりも早く移動できる乗り物があるとは思えないのだ。
まぁ、あったらあったで興味を惹かれるが。
さて、大分港まで近づいて来たな。
このまま停泊所に着港するのを待ってもいいが。どうせならあの港からも着港する様子を眺めてみたい。
思ったのならば行動だ。
リガロウに跨り、デンケンに声を掛ける。
「悪いね。一足先に向こうで待っているよ?」
声を掛けられたデンケンは、私の意図を理解し、困ったように苦笑した。
そして呆れながらも先に港へ行くことを了承してくれた。
「…ったく、人を驚かせるのが好きな『姫君』様だぜ…。良いぜ、行ってきな。どうせやるなら盛大に驚かしてやれ!」
「ありがとう。それじゃあ皆、行くよ」
レイブランとヤタールを私の両肩に。フレミーを私の膝の上に乗せてリガロウに船から跳び出てもらう。
一度真上へ噴射加速で上昇した後、海面まで一気に急降下だ。
こうして船から噴射加速の光を見せれば、港からは船から何かが飛び出したと思うだろうからな。"マグルクルム"を見ていた者達も、船から跳び出た光を目で追うことだろう。
そしてリガロウが海面に着水しようとしたところで、一気に前進してもらう。
海面をかき分けて凄まじい速度で港まで突き進むのだ。当然だが、ウルミラとゴドファンスはリガロウの両隣にいる。この子達はリガロウよりも速く走れはするが、この子に合わせて一緒に走ってくれているのだ。
"マグルクルム"の真正面から港に向けて突き進むため、非常に目立つ。
既に港に集まった人々の視線を釘付けにしていると言って良いだろう。視力の良い者ならば既に私達の姿を確認しているかもしれない。
いや、そもそも遠見の魔術や望遠鏡に類する道具を持っている者には私達の姿が見えているな。
私達を指差し、叫び声を上げている。
そしてそんな叫び声に反応して全員が固まってしまった。
その硬直、すぐに解除させて見せよう。
水しぶきを上げて港に到着したリガロウは港の岸壁に到達するとその場で急上昇を始め、住民達の前までゆっくりと下降を始めていった。
リガロウが地面に着陸したら、私もリガロウから降りて挨拶をしようか。私達に視線を送っている住民達は息を飲んで固まってしまっているのだ。
「初めまして。『黒龍の姫君』ノアだよ。デンケンに連れ来てもらってオルディナン大陸に遊びに来た。しばらくの間、世話になるよ」
「「「「「………」」」」」
む?歓声で迎えられると思ったのだが、住民達は未だに沈黙を保ったままだ。言語もちゃんとスーレーンで使用されている言語で喋った筈なのだが、住民達からは強い畏怖と警戒の感情を感じられる。
魔大陸では歓迎されていたのだが、オルディナン大陸ではそうはいかないのだろうか?少し私に向けられる人間達からの評価を過信しすぎたか?
そう思ったのだが、どうやらそうでもないようだ。
リガロウから降りた際に私の膝の上から私の右腕に移動したフレミーが教えてくれた。
〈ノア様、人間達は私達のこと全然知らないんだから、少しぐらい説明がいると思うの〉
おっとそうだった。
魔大陸の人間達ですらウチの子達を非常に警戒していたのだから、他大陸の人間が警戒しないわけがないな。
「貴方達が初めて見るこの動物達は、私が普段家で一緒に暮らしている子達だよ。皆良い子達で自分達から貴方達に危害を加えるような子ではないから、仲良くしてあげて欲しい」
まぁ、レイブランとヤタールに関しては"楽園"に挑む人間に限っては自分達から危害を加えに行っているのだが。
とは言え、レイブランとヤタールが人間達を襲うのは極稀だ。死亡した人間を確認してみたこともあったが、自分の力を過信しているような人間だったし、なるべくしてなったと言った方が良いだろう。多分だが、彼女達が手を出さずともそう遠くない未来、"楽園"で命を落としていたと思う。
今後も、レイブランとヤタールが人間を襲うことは変わらないだろうが、私は彼女達を止める気はない。私にとっての最優先事項が"楽園"であることは依然変わっていないからな。
私が人間達に正体を明かした際には、レイブランとヤタールのことも当然伝えるつもりだ。
その際、尋ねられたのならカークス騎士団の詳細についても説明をする。
その結果、人間達から…特にアイラやシャーリィから恨まれたとしても、私は構わないと思っている。私が決定して取り決めた行動の因果が回ってきたまでのことなのだ。
尤も、それでて期待しようとする彼女達ではないと思っているし、仮に敵対するというのならば容赦をするつもりもない。その辺りの線引きは人間達と関わる前から決めている。
まぁ、人間達が私の正体を知ったら、まず彼等は私に対して"楽園"の資源を提供して欲しいと願ってくるのが先だろうな。
無機物の素材に関しては"ドラゴンズホール"や"夢の跡地"の方が高品質な素材が手に入るようだが、それ以外では"楽園"で手に入る何もかもが人間達にとって魅力的なのだ。
その領域の主が人間達と友好関係にあるのなら、まずは交渉するところから始めようとするだろう。
その気持ちは理解できるが、私は人間達の交渉に乗る気はない。
彼等が"楽園"から素材を採取していくのは構わないが、私の方から進んで提供するつもりはないのだ。
そもそも、人間達が求めるのは"楽園浅部"の素材だろうしな。当然だが、"中部"以降の素材も提供するつもりはない。
そもそもの話、人間達には扱いきれないだろうからな。少なくとも、現状では。
もしも人間達が"中部"以降の素材を使いたいというのなら、自力でその場所まで到達できるだけの能力が無ければまともに扱いきることなどできないと私は考えている。
と、私の人間に対する思いは今はいい。今は目の前にいる者達の反応だ。
……参ったな。未だに固まったままだぞ…。意外だ…。
とにかく、当初の予定通り"マグルクルム"が着港する様子をこの場所から眺めさせてもらうとしよう。
勿論、今この場で固まっている者達にも、そのことは伝える。そうでなければ、私がこれから何をしようとするのか分からなそうだからな。
「さて、自己紹介も終ったことだし、まずは皆で"マグルクルム"を…デンケン達を迎えようか」
そう言って振り返り、デンケン達がこちらに向かって来る光景を眺めていると、徐々に熱意のような者が私の背中に伝わって来た。
「つ…連れてきたんだ…。デンケン提督が『黒龍の姫君』様を連れてきたんだ…!」
「大陸中で臨んでたことを、あの人はあっさりと為し遂げたんだ…!」
「提督バンザーイ!!ノア様バンザーイ!!」
そうして私の背後から大歓声といって相違ない歓迎の声が伝わって来た。
どちらかというと私よりもデンケンを称える声の方が大きいようだが、この大陸に来たのは初めてなのだ。今の私の評価というのはこんなところなのだろう。
〈ご主人が雲の上過ぎる存在のせいで気軽に関われないからかもしれないよ?〉
〈あり得るかな?そんなこと〉
〈あり得ます!〉〈あり得るわ!〉〈あり得るのよ!〉
まさかリガロウとレイブランとヤタールの3者から同時に指摘されるとは…。
というか、指摘していないだけでフレミーもゴドファンスも同じように考えているようだ。
皆がそう思うのなら、そういうものだとして考えておくとしよう。
なお、大歓声が起こる少し前からこの場所で密かに、だが慌てふためきながら行動する者がいくつか確認できた。
確証がある訳ではないが、恐らくこの国に調査に来ていた間者や外交官、それに類する者達だろう。
なるべく早く私にオルディナン大陸に来てもらうように交渉してもらうというのが、オルディナン大陸全体がアイラ達への要求だったようだからな。
私に対する歓迎の準備なども万全にしてから迎え入れるつもりだったのだろう。
それが予期せぬ速さでの"マグルクルム"の帰還に加えて私まで一緒に来てしまったのだ。色々と計画していたことが台無しである。
この国を調査していた者達は、皆等しく慌てた様子で自国と連絡を取ろうとしている。
そう、彼等の報告もその報告を受け取っている相手の反応も、私には筒抜けである。
報告を受けた者がどのような対応をするのか、それによってその国での私の振る舞い方を決めるとしよう。
"マグルクルム"が停泊所に到着し、船の動きが完全に停止した。
既に港の岸壁にはデンケンやティゼム王国からの来賓を迎える者達が集まっている。おそらく、スーレーンの外交官達だろう。
本来ならば私も彼等に出迎えられていたのかもしれないし、もっと言うならば彼等は本来ならばこうして船が着港する瞬間を眺めていた私に出迎えの挨拶をしに来る立場だったようだが、今この時まで彼等は一度も私の元には来なかった。
理由は理解している。非常に明確な答えだ。
単純に、リガロウやウチの子達が怖かったのである。
この場に来たのが私だけだったのならば問題無く挨拶もされただろうし、一足先に街を案内しようとしたのかもしれない。リガロウだけ連れてきた場合も、多少怖がられはしたかもしれないが、変わらなかっただろう。
しかし、彼等の目から見てもウチの子達は未知の存在であり、リガロウを越える圧倒て強者に映っていたようだ。
下手な行動を取って不興を買いたくなかったのだろう。
まぁ、それで相手にしなかったという選択が既に不正解に近い行動だったわけだが。
彼等の行動はデンケンも望遠鏡で確認していたりするのだ。より鮮明に映るようになったあの望遠鏡でしっかりと。
船が着こうして甲板から降りる今だからこそ表情は柔らかいものの、望遠鏡でこちらの様子を眺めていたデンケンは、分かりやすいほどに憤っていた。
後ほど、デンケン達を迎えようとしている者達はそのデンケンによって激しく非難されることになりそうだな。
これは彼等の選択による結果なので、私が擁護することはない。私も少し歓迎の言葉を向けられるのを期待していたしな。酷かもしれないが、盛大に怒られてくれ。
では、私もデンケン達を迎えるとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます