第609話 深海コンサート

 神々に私の意思を拡散してみれば他の3柱もすぐに反応してくれた。

 ルグナツァリオに関しては一番離れた場所にいるだろうから少しだけ時間が掛かるかと思ったのだが、そんなことはなかった。


 『駄龍は最初から呼ばれるまで待機してたから』

 『待機しているのは当然だろう?ノアが制限をしなくてもいい環境ならば、私達を呼んでくれると信じていたからね』

 『これでノアちゃんが直接出会っていない神はタラっちだけになるね!』


 その通りではあるのだが、なんだかダンタラだけ仲間外れにしているような気がして気が進まないな。ついでだし、このままダンタラにも会いに行こうか?


 『気にする必要などありませんよ。私は亀ですからね。のんびりと待たせていただきます。とは言え、貴女は世界中を見て回るのですから、数年もすれば確実に出会えるでしょう』


 のんびりなのは亀に起因しているのだろうか?私が知る限り、俊敏な亀も存在しているのだが…。


 アレはそう、"楽園深部"に生息している体長4mほどの亀だ。

 非常に足の動きが素早く、その気になれば音速を越えた速度で走れるのだ。

 しかし、あの亀の驚異的な速度は足の速さなどではない。むしろ頭や足を甲羅の中にひっこめた時だ。

 あの亀、頭や足を引っ込めた状態だと私やリガロウと同じく魔力を噴射させて高速移動が可能なのである。その速度は足で走るよりも遥かに速い。しかも自身が高速回転しながらである。ちなみに、口からはブレスが吐ける。


 その高速回転体当たりの威力は強烈の一言であり、同じく"楽園深部"に生息する者では誰も耐えきることができないほどだ。


 まぁ、だからと言ってその亀が"楽園深部"最強というわけでも無ければ、高速回転体当たりが"楽園深部"で最も強力な攻撃というわけでもない。

 その亀は別に特殊個体というわけではなく1つの種族として複数存在しているのだ。

 そしてそんな亀よりもさらに強い種族もいれば、"楽園最奥"の住民にすら届きそうな一撃を放てる特殊個体もいたりする。


 だから、別に亀という生き物はのんびりした生き物ではないと思うのだ。


 『ノア?言っておくけど、貴女が考えているその亀自体が非常に特殊な亀だからね?』

 『ソコ以外のどこを探したってそんな亀いないからね?』

 『そんなのがウヨウヨ生息してんだから、まぁ"楽園"ってのは人間から見たらヤベェ場所だよなぁ…』


 人間達では"楽園中部"にすら到達できないからな。ズウノシャディオンがそう思うのも無理はないか。

 オーカドリアの影響で"楽園"全体が強化されてしまった今、人間達では"楽園浅部"ですら踏破が絶望的となってしまっているのである。


 しかし、優秀な冒険者は自分の身の危険に非常に敏感である。

 "楽園"の変化を正確に感じ取り、どうすれば生き延びられるかを理解しているのだ。

 そのため、意外にも"楽園"に挑み続けている冒険者の死者の数はオーカドリアの影響が出る前とそう変わらなかったりする。


 だが、だからと言って死者が出ないわけではない。"楽園浅部"と言えど、基本的に"楽園"の住民は人間達よりも強いからな。どれだけ優れた冒険者や騎士でも、ちょっとした油断や運悪く命を落としてしまうこともあり得るのだ。

 ……死因の1つにレイブランとヤタールが絡んでいるのは…まぁ、本当に運が無かったとしか言いようがないな。

 以前の娘達は隠れた相手を見つけ出すような能力は無かったのだが、オーカドリアの影響があったり気配や魔力を制御する修業を重ねた結果、人間達の隠蔽にも気付けるようになってしまったのである。


 『アイツ等しょっちゅう人間達が活動する場所まで来てんだろ?人間からしたら堪ったもんじゃねぇよなぁ…』

 『まぁ、人間達は"楽園"の魔物や魔獣が強くなったんだから"死神の双眸"も強くなるのは当然だって考えてるみたいだけどね』

 『物凄く危険になってるのに、それでも"楽園"に行くのやめないんだよね…』

 『それだけ、"楽園"でしか得られない品が人間達にとって魅力的なのでしょう。そして、そういった品が無い生活を今更送ることなどできないのでしょうね』


 その気持ちはとても分かる。私も今の生活を止めろと誰かに言われても、即答で拒否させてもらう。


 ああ、そうだ。神々を呼んだのはこんな雑談をするのが第一の目的ではなかった。

 いや、雑談も楽しいが、その前にやるべきことはやっておかなくては。


 〈『今更かもしれないけど、インベーダーが侵攻してきた時は本当に世話になったね。ありがとう。あの時はうやむやになってしまったけど、やはり感謝の言葉だけでもちゃんと伝えておかないとね』〉

 『ノアちゃん?前にも言ったけど、むしろ礼を言うのはコッチの方だぜ?』

 〈『だとしても、今回の件は私だけでは多分対処できなかった。そして貴方達だけでも対処しきれなかったのだろう?だから互いに礼を言い合う。それで良いんじゃないかと私は思ったんだ』〉


 礼を言われるのはどちらかだけ。そんなことを誰が決めたというのだ。

 互いに恩義を感じたのだから、互いに感謝し合えばいい。それでこの話は終わりである。


 『はは、凄いなぁ、ノアちゃんは。僕達、そんな風に考えたことなんて一度もなかったよ』

 『当然のことをしたまで。私達は皆そう考えていたから、礼を言う必要はないと思っていたのだろうね。だけど、相手が感謝を伝えたいという気持ちを否定するのは愚かな考えだったようだ』


 愚かというか何と言うか、意地を張っていただけのようにも思える。

 神々からしたら私も含めこの星に住まう者達は庇護の対象なのだろうし、本当にやるべき仕事をこなしただけというスタンスなのだろう。


 だが、考えても見て欲しい。人間や魔族達は常日頃から神々に感謝しているではないか。今回の件もそれと同じことなのだ。

 我等が五大神はいつものようにこの星に住まう生きとし生ける者達のために行動した。だから感謝する。それだけである。


 そう言うわけだから、私が五大神に礼をするのは当たり前のことなのだ。

 ここは人間にも魔族にも観測されない、私が制限無く行動できる場所だ。

 だから、神々に対する礼として遠慮なしに全力で歌を歌おうと思う。

 一切の手加減を抜きにした、『真言』を用いた歌だ。


 『ノア、本気かい…?』

 『聞きたい!』

 『いやいやいやいや、ちょっと待とう?嬉しいけどさ、嬉しいんだけどさぁ、ちょっとマズくない?』

 『ノア、貴女も知っていることですが、『真言』は極めて強力な力です。ただでさえ貴女が魔力を込めずに歌うだけでも周囲に多大な影響を及ぼすというのに、『真言』を用いて歌を全力で歌った場合、何が起こるか分かりません。せめて普通の言語で歌ってもらえませんか?』


 むぅ…。『真言』で歌おうと思ったら尤もらしい理由で止められてしまった。

 しかもその理由に私も納得できてしまったため、従わざるを得ない。流石に『真言』はやり過ぎだったようだ。


 仕方がないので人間達が使用する普通の言語で歌うとしよう。いや、それとも魔族の言語にしようか?

 そもそも人間達の言語は、同じ言語を使用する国もあるが、基本的に国によって様々だ。


 では、どの国の言語で歌えばいいのだ?


 『悩む必要なくない?全部使えばいいじゃん』

 〈『……それもそうだね。ありがとう、ロマハ』〉

 『えっへん!楽しみ~!』


 ロマハがとても素晴らしい意見を出してくれた。

 歌う言語を1つに縛る必要など無いのだ。全ての言語で歌えばいい。私ならばそれができる。

 節ごとに言語を変えるでもいいが、それでは文法が違う国の言語を使用する際に不備が出る。

 だから、ここは『幻実影ファンタマイマス』を使用する。

 言語の数だけ幻を出し、同時にそれぞれの言語で歌うのだ。


 人間の場合は聞き取れなくなってしまうだろうが、今回私の歌を聞くのは超常の存在である五大神だ。複数の音を聞き分けることなど造作もない筈だ。


 早速幻を出現させて歌わせてもらうとしよう。

 『真言』を使用しないため、実際に声を出しての歌だ。この場所は深海ではあるが、だから何だというのだ。深海に空気のある空間を生み出すことなど、私ならば造作もないのだ。


 そして、歌う歌も1曲で終わらせるつもりはない。

 折角こうして好きなように歌えるのだ。1曲だけしか謳わないなど勿体ないにも程がある。


 歌えば歌うほど、興が乗る。

 やはり、歌というのは素晴らしいな。歌を聞いている五大神も皆心地よさそうにしている。


 更に興が乗って来た。

 こうして複数の実体がある幻を出しているのだ。だったら複数の楽器を持たせて盛大に演奏させてもいいじゃないか。良し、今すぐやろう!


 歌を歌い、曲を演奏し、心が弾む。弾んだ心は、自然と体を動かしていく。気付けば、私は歌を歌い、曲を演奏し、踊りを踊っていた。

 とても楽しく、幸せな時間だ。ずっとこうしていたいとすら思えてくる。


 オルディナン大陸では、どのような音楽があるのだろうな。知るのがとても楽しみだ。

 文化が変われば音楽も変わっていくだろう。覚えたら大陸中で披露したいし、今歌っている歌も一緒に聞かせてみたい。


 誰が言った言葉か[音楽に国境はない]。

 その真意までは私には分からないが、良い物は良い。その真理は人間も、魔族も、魔物も、そして神ですらも変わらない筈である。


 良い物を世界中に伝えて共有する。とても素晴らしいことだと思う。


 うん。決めた。

 オルディナン大陸での旅行の締めくくりでは、盛大な演奏会を開こう。

 どういった内容にするかはまだ漠然としたイメージだけではあるが、大陸中に私が知り得た様々な音楽を伝えるのだ。


 楽しいことを考えていると、本当に時間が進むのが早く感じる。

 気付いたら、夜が明けそうな時間になっていたのだ。


 名残惜しいが、神々に別れを告げて"マグルクルム"へと戻るとしよう。

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