第608話 海底に佇む黄金

 甲板に出て空を見上げてみる。

 ズウノシャディオンが伝えてくれた通り、空には雲が一つもなく、満点の星空が広がっていた。

 ここは大海原。地上からの光はほとんど存在せず、星の光が良く見える。

 月も出ていないため、より鮮明に星々が見えるのだ。


 美しいな。しばらくこの光景を眺めていたい気分だ。無意識のうちに私は『収納』から紙と色鉛筆を取り出して視界に映る星空を描いており、気付いた時には十数枚の星空の絵が出来上がっていた。


 時間にして10分も経っていないが、この辺りで切り上げよう。私が甲板に出てきた目的は、ズウノシャディオンに会いに行くためなのだ。

 だが、やはりこの星空はとても美しいので『幻実影ファンタマイマス』による無色透明の幻を残して観賞を続けるとしよう。


 海の中に入れば、そこは光の一切届かない真暗闇な世界だった。

 深夜という時間帯なのも理由の1つだが、それだけではないな。

 この辺りの海水は光を遮断する力が作用しているようだ。ズウノシャディオンの力が働いている影響だろうか?海水から僅かとはいえ、彼の気配を感じられる。


 『お?気付いたか!流石だなぁ!ガッハッハッハッハ!この辺りは魔の海域って呼ばれてたりしてな!海水は光を遮断するわ方向感覚は狂うわで昔は不可新領域扱いされてたんだぜ!』

 〈『今はこうして横断しているみたいだし、そうでもないようだね?』〉

 『おう!相変わらず海水に落ちちまったら助からんが、方向感覚に関しては正確に方位を指し示す道具が新しく開発されたみたいでな!そのおかげで問題無くこの辺りも進めるようになったってわけよ!』


 ああ、この船にも搭載されている装置だな。常に同じ方角を指し続けていたあの宙吊りになっている尖った棒のことを言っているのだろう。

 便利な道具だとは思っていたが、まさかズウノシャディオンが認めるほど画期的な道具だったとはな。

 デンケンに船を案内してもらった際に、かなり自慢気にあの道具について説明されていたのを思い出す。


 『そりゃあそうだろうよ!あの道具を開発したのは、他ならぬスーレーンの連中だからな!自慢したくなるのも無理ねぇわな!』


 デンケンもそんなことを言っていたな。あの道具はデンケンどころかスーレーンの人間達にとって、交易船団と同様彼等の誇りなのかもしれない。


 それと、デンケンに船内を案内してもらっている最中に船の推進動力が複数存在している理由について尋ねてみた。


 基本的に"マグルクルム"は汲み上げた海水を排水した反動で進む噴射推進を使用しているようだ。その際の動力源は魔石による魔力である。

 魔石内の魔力が尽きても魔力を再度注入して使用可能な巨大なタイプを用いているため、基本的に魔力切れで動かなくなることはないそうだ。

 ただ、万に一つでも噴射機構が故障する可能性が無いとは言えない。


 そんな時に役に立つのがマストに取り付けられた帆である。

 帆に風を受けて進む速度はかなりのものらしく、噴射推進が無かった時代は帆によって移動する帆船が主流だったようだ。


 しかし、帆による移動は風頼りで自然頼りだ。日によっては風が吹かない日もあるだろう。

 そうそうあることではないが、噴射推進装置が故障し、風も吹いていないような状況に面した時のために最終手段として用意されたのが船底に取り付けられたスクリューである。


 動力源は何と人力だ。

 巨大な石臼のような物に棒が生えていて、その棒を持って石臼のような物を回すようだ。石臼のような物は船底のスクリューと歯車で繋がっており、彼等が石臼のような物を回すことでスクリューも回るというわけだな。

 驚くべきことに、こちらも噴射推進程ではないがかなりの速度が出るらしい。

 ただ、やはり緊急用の手段のため、あまり使われる機会はないようだ。


 デンケンが言うには、現状3つも推進機能を搭載している船は世界中を探してもこの"マグルクルム"のみらしい。

 まぁ、本来なら推進機能なんて1つあれば十分だろうからな。予備にもう1つあればそれだけでも万全だと言われるだろう。


 "マグルクルム"はスーレーンにおける最新鋭の船らしいので、搭載できる機能はとにかく詰め込んでいるようだ。そんな最新鋭船を旗艦とした交易船団の提督を務めているデンケンは勿論、"マグルクルム"に搭乗している船員達も間違いなく選りすぐりのエリートなのだろう。得意気になるのも誇らしくなるのも当然だな。


 さて、そんな"マグルクルム"から海に飛び込んでから既に結構な時間が経過している。私がいる場所は現在水深10000mと言ったところか。

 しかし、未だに海底には到達していない。海底まではもう2,3000mは潜る必要はありそうだな。


なお、これだけ不覚水の中に潜れば水圧がとんでもないことになる筈なのだが、私の体は当たり前のように何ともない。

 進化する前ですら光速を越えた速度で移動しても私の体には何の影響もなかったことを考えると、今更私の耐久力で驚く必要などないのかもしれないな。


 海中の景色が見れればもっとゆっくりと進むのも一興かと思ったのだが、光は届かないし私自身が発光してもこの辺りの海水が光を遮る性質を持っているため、碌に海中の景色を見れないだろう。噴射加速を使用してさっさと海底まで進むとしよう。



 噴射加速を使用してからズウノシャディオンのいる場所まで到達するのは、驚くほど早かった。

 誰も見ていないし見れないような場所なので、遠慮は無しに角も翼も出している。人間達が使用する観測魔術は海中には効果が薄いようだし、この辺りの海水に関しては観測ができないようなので、魔力も制限せずに七色に戻している。


 色々と制限を掛けていると窮屈に感じるのだ。こういう機会では率先して制限を解除して行かないとな。おかげで今は開放感でいっぱいだ。


 〈『こんばんは。宣言通り、会いに来たよ』〉

 『おう!よく来たなぁ!歓迎するぜ!』


 非常に不可解なことに、ズウノシャディオンがいる空間の海水のみ、光を遮断する性質が無くなっており、彼の黄金の角がハッキリと私の視界に映った。

 魔族の巫覡ふげきが見えている姿同様、その額には稲妻のような角ばった角が3本。それぞれが捻じれて重なり合うようにして絡まり1本の角のようになっている。角に関しては魔族が見えている姿とほぼ同じだな。


 ただし、同じなのは角の部分だけだったりする。

 確かに、ズウノシャディオンの外見には彼自身が語っていたように驚かされた。


 深海神であり鯨神であるズウノシャディオンは、確かに黄金の角が生えた巨大なクジラだった。

 そして角だけでなく全身が黄金に輝いていた。

 その黄金の輝きが原因でこの辺りの海水は光を遮る効果が消失しているのだろうか?


 『いんや?光を遮る効果には限界があるからな。それ以上の光を出せばこの辺りの海でも問題無く光を出せるぜ?単に人間達じゃあそれだけの光が生み出せねぇってだけの話だな』

 〈『ということは、私もここまで来る際に思いっきり発光していればこの辺りの海中の景色を楽しめた、と?』〉

 『おう!つっても、お前さんはそんなことせんでも状況の把握自体はできてただろ?』

 〈『目で直接見るって言うのが大事なんだよ』〉


 勿論、周囲の状況を把握しておきたかったからここまで来る間『広域ウィディア探知サーチェクション』を使用して状況の確認はしていたとも。

 だからここまで来る間にどのような生物が生息していたのかは把握している。

 まぁ、把握しているとは言っても、生息している生物自体があまりいなかったのだが。


 それでも、視覚的に真暗闇であるよりは遥かにマシだっただろうな。こんなことならば発光しながらここまで来ればよかった。


 『したけりゃそれでもいいがよぉ、この辺りに生息しているヤツ等はドイツもコイツも光を嫌う傾向があるからな。光りながらここに来てたらソイツ等軒並み逃げてたぞ?』

 〈『………』〉


 なんてこった……。ままならないものだな。

 いやな思いをしてまで視覚で姿を見ようとは思わない。やはり発光せずにここまで来て正解だったようだ。


 しかし、妙に眩しく感じるな。

 原因はここに来るまでが真暗闇だったこともあるが、ズウノシャディオン自体が強烈に発光しているからだろうな。


 〈『もしかして、この辺りの海水が光を遮る性質を持っている理由って、貴方のその輝きが原因?』〉

 『お、もう気づいたか!流石だなぁ!そうよ、その通りよ!こうして海水に光を遮る性質を持たせねぇと、この辺りの海域が眩しくて仕方なくってなぁ!そうなるとホレ、人間達が探ろうとするだろ?』


 探ろうとするだろうな。ただ、光の発生源が水深1万数千mの場所ともなればそう簡単には調査できない。

 それどころか、この辺りの海域は最近まで通過することすらまかり通らなかったような場所なのだ。さぞ人間達の興味や探求心を刺激したことだろう。


 そして、間違いなく大勢の命を失っていただろうな。

 "マグルクルム"は方角を正確に把握できるうえに複数の推進機能を所有しているから余裕をもって航海ができているが、実際にはこの海域に到達することすら難しい筈だ。

 当てもなく大海原をさまよい続け、補給もできずに息絶えるような事態が後を絶たなかっただろう。


 いや、実際に後を絶たなかったのだ。

 この海域は最近の人間達にとって未知の領域だったのだ。それだけでも探求心を刺激され、この海域を突破しようと試みる船乗りが後を絶たなかったとデンケンは語っていた。


 ズウノシャディオンの輝きが海面に届かない現状でこの有様なのだ。

 海面が光り輝いていたら、きっと今以上に大勢の人間がこの海域に挑み、今よりも多くの命を失っていたことだろう。

 

 『ま、それを防ぐための処置なんだけどな』

 〈『それなら、方向感覚も狂わせないようにしてあげたらよかったんじゃない?できるでしょ?』〉

 『やったらやったで今度は光を遮る水の性質を知ろうとしてやっぱり集まって来るんだよなぁ…』


 それで最初から人の踏み込めないような危険な海域にしているというわけか。

 しかし、方角を正確に知れるようになった今、この光を遮る水の正体を知ろうとする者が現れてもおかしくないのでは?


 『ああ、実際に現れてるぜ?海水を汲み上げて自分の国に持ち帰って色々と試してるみてぇだ』

 〈『結果は?』〉

 『ただの海水だと思われてるぜ?実際、ただの海水だからな。光を遮ってんのは俺の力だからな。俺から離れたら普通に光を通過させるぜ?』


 となると、この海域に巫覡でも連れてきた場合、この海水にズウノシャディオンの力が働いていると認識されるのでは?


 『今まではそうだったんだがな!最近気配の遮断を覚えたおかげでその心配もなくなってんだ!ロマハに感謝だな!ガハハハハハ!』


 この様子だと他の神々も気配の遮断ができるようになってそうだな。

 最初に習得したのは、やはりロマハなのだろうか?


 『まぁな!コツを教えてもらえりゃ、俺達もすぐに習得できたってわけよ!』


 それなら、今後は今までよりも私と連絡が取りやすくなるのか?声を掛けて来ても巫覡から気配を察知されなくなるとか?


 『ワリィ、そこまではまだできてねぇんだ。ま、いずれはできるようにして見せるがな!ガハハハハ!』


 そうか。それは良かった。

 巫覡に悟られずに気軽に声を掛けられるようになったとしたら、頻繁に声を掛けてきそうな神がいるからな。主に2柱。


 『そんだけお前さんを気に掛けてるってことさ!悪く思わんでやってくれや』


 理解はしているつもりだ。

 しかし煩わしいと感じてしまうのも事実ではあるのだ。

 巫覡から察知されないようになったとしても一言二言声を掛けてくる程度だったら私だって文句はないさ。

 ただ、あの2柱は間違いなく頻繁に声を掛けてくるようになるだろうからな。


 ダンタラやズウノシャディオンが諫めてくれるのだろうか?


 『…ワリィ、無理だわ』

 『まぁ、あまり度が過ぎるようなら、お説教でしょうかね…』


 是非そうしてくれ。というか、サラッと私達の会話に入り込んでくるんだな。

 尤も、それは今更か。神々からしたら、海の深さなどは割とどうでもいいのかもしれない。


 それならいっそのこと、少しの間ではあるが神々全員と会話をするか。


 インベーダーの件で世話になったし、改めて神々に礼を言っておこう。

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