第607話 マグロを振る舞おう

 リガロウの捕って来た魚は非常に大きい。その大きさ、全長4m近くある。

 この子が甲板に戻って来た際に船乗り達もこの子の様子を見に来たのだが、その際にこの子が捕ってきた魚を見て驚愕している。


 「スゲェ…とんでもなくデカいマグロだ…」


 リガロウのとって来た魚を見てジョージが小さく魚の名前らしい言葉を零した。

 他の者達の耳には入っていないようだな。傍にいたオスカーもウルミラを撫でるのに夢中になっていて聞こえていないし、シャーリィは剣に魔力を纏わせるのに集中しているため意識から外している。


 マグロかぁ…。確か、千尋の研究資料を解読する際に見かけた魚の名前だな。

 刺身にして食べるのが日本人の主流らしいが、中には唐揚げにして食べる場合もあるという。

 部位によって味や食感も異なり、希少な部位ともなればこれだけの巨体にも関わらず数%も取れないらしい。カマの部分はその最たる例だな。


 脂が乗っている部位とそうでない赤身の部位でも食感や味が大きく変わると書かれていたし、船乗り達に好きに取らせようとしたら争奪戦になってしまいそうだ。

 多少少なくなったとしても、彼等に振る舞うのなら部位ごとに均等に分けた方が良さそうだな。


 それに、何も刺身だけで食べるというのも勿体ないと思うのだ。

 折角料理をするのだから、刺身以外の料理も作りたいのだ。これだけ量があるなら煮ても焼いても蒸しても良さそうだ。


 問題があるとしたら、魚の体が大きすぎて"黒龍烹"では少々解体し辛いと言ったころか。

 あくまでも普通サイズの食材を切るための包丁だから仕方がないとは言え、今回のマグロのように巨大な食材を解体するためにも、今度ドルコに会ったら伸縮機能でも付与してもらうとしよう。


 魔力が浸透して味が変化してしまうかもしれないが、今回は仕方がないので黒龍烹に『成形モーディング』を使用して魔力刃にて刀身を延長させて解体する。

 私自身の腕はシャーリィの面倒を見るため、解体は『補助腕サブアーム』で行うとしよう。

 その気になれば向きや関節を気にせずに腕を動かせるのが、この魔術の便利なところである。


 血液は利用価値があるので『血液除去ブラヅェムバル』で分別だ。この魔術、久しぶりに使用した気がする。

 まぁ、魚の血液量は陸上の動物達と比べてかなり少ないので見た目ほど大した量にはならないのだが。


 マグロ(仮称)を解体していると、その光景を眺めていたジョージが感嘆の声を上げている。


 「うおお……。とんでもない速さで解体されてく…。ノアさんって魚を解体したことあったんですか?」

 「一般的なまな板に乗せられる程度の大きさの魚ならね。ただ、サイズが大きくなっただけというわけでもないから、この種類の魚の解体は初めてだよ」

 「どう見ても初めて解体するように見えないんですが…」


 微妙に構造や解体方法が違うと言っても魚であることは変わらないからな。

 それに、この手の大型魚が人間の手によって解体されたことが無かったわけではないのだ。当然のようにアクレイン王国の図書館に記録が残っていたし、丁寧な解体手順も記入されていた。


 そこまで本に記されているなら、私に解体できないわけがないという話だ。



 マグロの解体が終わり、それぞれの部位を刺身、焼き魚、味噌煮、せいろ蒸し、唐揚げと用意しているのだが、ある問題に直面している。


 …困ったな。

 船乗り達やデンケンにマグロを振る舞うのは構わないのだが、この分だと量が足りない。

 いや、人間達に配るだけならば問題無いのだ。船で移動しているのはデンケンの船である"マグルクルム"のみだから、それほど数がいるわけでもないしな。


 しかし、当然ウチの子達やリガロウも食べるのだ。

 あの子達は美味い物ならば体の体積よりも大量に食べてしまうからな。間違いなくリガロウが捕ってきたマグロだけでは足りなくなる。


 私はかなり困った表情をしていたのだろう。リガロウが心配そうな表情で私を見つめている。


 「キュウ?この魚、美味しくないんですか?」

 「いや、きっととても美味いよ。ただ、リガロウやウチの子達が食べるとなると量がね…」

 「ギャウ!なら、また潜って捕ってきますよ!いっぱいいたからもう2,3匹ぐらい捕ってきます!」

 「ありがとう。とても助かるよ」


 許可を出せば、リガロウはすぐさま海に飛び込んでいった。

 私の眷属は本当に良い子だなぁ…。帰って来たらいっぱい撫でて褒めてあげよう。


 おっと、さっきまで大分魔力を均一に纏わせられるようになったというのに、またシャーリィの魔力が不安定になってきたな。

 ハイドラでシャーリィの木剣を叩いて魔力を霧散させる。


 「フギャ!………」

 「シャーリィ、言いたいことがあるならハッキリ言おう。そんな風に睨むだけでは何も伝わらないよ?」


 私以外の相手には。

 私ならば大体何が言いたいのかは分かるが、それに慣れてしまい他の者達にまで同じようなことをするクセを付けるわけにはいかないのだ。


 「じゃあ言いますけど、集中してるところに美味しそうなゴハンの匂いを漂わせるのは酷くないですか!?」

 「それもまた修練だよ。耐えなさい。匂いに違わぬ味を保証するから、それを励みに頑張ろうね」


 私達の会話に関しては意識を外せられたが、流石のシャーリィでも食欲をそそる香りには勝てなかったようだ。

 気持ちは分からなくはないが、耐えられないほどではない筈だ。カレーなんかは特に匂いが凄まじいからな。

 それと比べれば、今回の料理はそれほど意識を持って行かせるような要素は無い筈だ。シャーリィの忍耐力が鍛えられることを期待してこのままでいよう。


 「さっきから妙に厳しくありません!?」

 「厳しくしないとシャーリィは変わらないだろうし、厳しい稽古を望んだよね?」

 「こういう方面での厳しいのは嫌~!」


 嫌でもやるのだ。そうして稽古を経た結果、確実に今よりも強くなっているのだからな。

 私にとりつく島が無いと分かると、今度はジョージに助けを求めようと視線を動かすが、それはそれでジョージが困ってしまう。


 「ジョ~ジィ~…!」

 「俺にどうしろって言うんだよ…」


 正直な話、ジョージに助けを求めたところでどうにもならないのである。

 ジョージも魔力を他の物体に纏わせられるし、シャーリィとは違い均一に纏わせられる。

 私ができるようにしたからな。方法は今しがたシャーリィにやっていることとそう変わらない。

 つまり、私に教えを請うのであればやるしかないのである。


 お、リガロウが再び甲板に戻ってきた。今度は口に咥えるだけでなく、もう一匹を前足で捕まえている。


 「ただいま戻りました!これで足りそうですか!?」

 「お帰りなさい。バッチリだよ。ありがとう」

 「キュキュゥ~…」


 リガロウの顔を撫でながら褒めてあげると、本当に嬉しそうな表情で顔を摺り寄せて来てくれる。

 ああ、私の眷属のなんと可愛いく愛おしいことか。


 とにかく、これで十分なマグロが手に入った。船乗りや乗船したティゼム王国の客人達だけでなく、リガロウやウチの子達も満足いくまで食べられるだろう。


 最初に出来上がった料理は一度収納空間に仕舞っておくとしよう。振る舞うのは、すべてのマグロの調理が終わってからだ。

 シャーリィやジョージだけでなく、私が料理をする様子を眺めていた船乗り達までもが料理が仕舞われていく様子に思わず落胆の声を上げていたが、もう少しだけ我慢して欲しい。


 傍にいたシャーリィやジョージはともかく、周囲に防臭結界を張っていたから調理中の匂いは船乗り達には届いていない筈なのだが、私の作った料理は見た目だけでも彼等をして美味そうだと思わせられたようだ。

 刺身はともかく、他の料理の味見はしている。我ながら会心の出来栄えだった。

 モーダンでバカンスを楽しんでいる者達ならば、きっと満足のいく味となるだろう。存分に期待していてくれ。



 リガロウが追加で捕ってきてくれたマグロもすべて解体、調理が終わり、待ちに待った食事の時間だ。

 時間も正午前と絶妙なタイミングだ。


 収納空間に一度仕舞っていた料理を取り出し、適当に作ったテーブルや食器と共に配膳していく。結局、人間達には食べたい分だけ好きに取れるようにバイキングスタイルにした。

 なお、テーブルに配膳するのは人間達が食べる分だけだ。ウチの子達やリガロウの分は甲板に直接置けばいい。テーブルに配膳してもあまり意味はないからな。


 全員集まってきたようだし、甲板を勝手に簡易的な食事場にしてしまったことの説明をしておこう。


 「リガロウが大きな魚を捕ってきてくれたからね。皆に振る舞わせてもらうよ。是非堪能してほしい。味は保証しよう。好きなだけ食べると良い」


 私がマグロを解体するところから見ていた船乗り達は、待っていたと言わんばかりの勢いで皿に料理を盛り付けていく。

 どの料理にも手を出しているが、刺身に手を出している者が多いな。

 やはりモーダンでも刺身は提供されているから、船乗り達は生食に抵抗が無いのかもしれない。

 そもそも、彼等スーレーンは海洋国家なのだから、刺身ぐらい普通に食べるのかもしれないな。そしてその美味さを知っている、と。


 ちゃっかりデンケンも一通りの料理を皿に盛りつけてその味を堪能しているようだ。

 どれ、挨拶がてら料理の感想を聞かせてもらうとしようじゃないか。


 「やぁ、デンケン。勝手なことをして済まないね。甲板を使わせてもらってよかったかな?」

 「ガッハッハ!こういう催しなら大歓迎だぜ!食費は抑えられるは美味い飯は食えるわでな!『姫君』様様ってな!」


 ご機嫌なようでなによりである。まぁ、ご機嫌な理由は料理だけではないのだが。

 現在、デンケンは私が品質を向上させた望遠鏡を首から下げている。

 今度は海に落とさないようにするためとはいえ、まるでお気に入りの玩具を肌身離さず持ち歩く子供のようだ。

 まぁ、高品質な望遠鏡の価値を考えればそれも当然なのかもしれないが、デンケンはことある毎に必要もないのに望遠鏡を覗き込んでいるのである。


 「後はそうだなぁ…。キツ目の酒があったら、文句無しに最高なんだがなぁ…」

 「昼間から酒はダメだよ。夜まで待とうか」


 現在、平穏な船旅となってはいるが、いつ何が起きてもおかしくは無いのだ。酒を飲むなら就寝前や就寝が近い夕食時にするべきだな。


 「言ってみただけだぜ。俺だって真昼間っから酒を飲もうなんざ思っちゃいねぇさ。コレでも真面目な提督として名を馳せてるんでね」

 「仕事に関しては、かな?」


 イネスが言うには、女性相手には相当だらしがないようだからな。ダンダードといい勝負なのかもしれない。


 「デンケン提督は仕事熱心で非常にまじめな方という評価を耳にしましたが、それとは別に女グセが悪すぎて未だに伴侶がいらっしゃらないと言う噂も耳にしたことがありますが?その辺り、どうなんでしょう!?」


 食事には当然のようにイネスも参加している。

 私がいる場所ならばデンケンも下手なことはしないと考えているようで、デンケンへの取材は大体が私がデンケンと話す時に行っているのだ。


 なお、その際には必ずと言って良いほど気配を消して近づいてくるため、毎回のようにデンケンは驚かされていたりする。


 「ぬお!?ま、また記者の嬢ちゃんか…。何時になっても慣れねぇなぁ…」

 「いやはや申し訳ありません、仕事柄こういった行動はクセになっていしまっていて…。で?どうなんですか?」


 相変わらず微妙に違和感を持たせる演技は継続中のようだ。

 イネスの狙いは、今正体に気付かれるのではなく、次にイネスとしてデンケンに会った時に以前会った人物は怪盗だったと思わせることだ。つまり、現状ではバレるつもりがないらしい。


 それはそうと、デンケンはイネスの質問に対して驚かされたことに便乗して有耶無耶にしようとしたがそれはできなかった。

 私もデンケンに伴侶がいるか気になるので、是非とも聞かせてもらうとしよう。


 「お、おぅ…。まぁ、その、なんだ。下手に嫁さんを貰っちまうとだな…港に着いた時に好きなように遊べなくなっちまうからな…」

 「つまり、伴侶となる方はいらっしゃらないのですね!?」


 なるほど。確かに、伴侶がいるのならば女性に対してだらしない振る舞いはできなくなるかもしれないな。ダンダードが良い例だ。

 …いや、アレは彼の伴侶であるタニアが色々な意味で強い女性だからだろうか?

 とにかく、デンケンは誰に気遣うことなく遊びたいために伴侶を得ようとしないようだ。


 「でも、貴方ほど国に貢献しているような人物なら、国の方から伴侶を得るように催促されたりしないの?」

 「そうですよ!提督は港を所有している国ならば知らない方はいないと言われるほどの人物なのですから、伴侶がいないともなれば自国や他国を問わず、打診されるようなこともあるのではないですか!?」


 私のふとした疑問にイネスが便乗して質問を続ける。

 どうにもこの辺りの質問はデンケンにとっては面白くない質問だったようで、先程までのご機嫌な様子が薄れている。


 「それなぁ…。いや、俺も結構有名になっちまったからなぁ…。マジでいろんな国から打診が来るんだよ。それこそ、アクレインからもきたことあるんだぜ?最近はタスクの奴が止めてくれてる見てぇだがよ」


 この声色と表情、本気でうんざりしていると言った様子だな。

 打診して来る相手の邪な感情やしがらみなどがデンケンからも透けて見えているのだろう。


 「透けて見えるどころじゃねぇぜ『姫君』様。俺のこの望遠鏡よりもクッキリハッキリ見えてやがる。チットは隠せっての!」

 「なるほど。多少なりとも隠すようなら少しは乗ってやらないでもないけど、あからさまな態度を取られてしまえば辟易もしてしまうか」

 「おうよ。果てには面と向かって上から目線で自分の家を優遇しろだのなんだの言ってくる始末だぜ?まともに相手にするのが馬鹿馬鹿しくなってくるぜ」

 「あちゃ~。これは聞かない方が良かった質問ですねぇ~。それでは気を取り直しまして…」

 「おう嬢ちゃん、まだ取材続けんのか…」


 デンケンとしては取材よりも食事に集中したいのだろうな。イネスから質問を受けるまで、美味そうに料理を口にしていたので、それで間違いはないだろう。

 なお、イネス自身はデンケンが喋っている間に手早く料理を口にしていたりする。

 人間からすれば目にもとまらぬような早業だ。この船内で彼女の動きが見切れるのは、私達以外では最大限視力を強化したジョージぐらいだろう。


 動体視力や反応速度だけで言うなら、魔力による身体強化はシャーリィよりもジョージの方が上なのである。

 それというのも、ジョージの戦闘スタイルが電気強化による高速戦闘だからな。

 自分の動きに反応できるように、必然的に動体視力や反応速度の強化が強力になるのだ。


 そんなジョージ達なのだが、オスカーとシャーリィと共に談笑しながら食事を楽しんでいるようだ。

 刺身には醤油も用意したからな。ジョージが非常に嬉しそうにしている。ただ、何処か物足りなさそうにもしている。

 耳を傾けてみれば、米が欲しいと唸っていた。オスカーもジョージの意見に無言でうなずいている。


 これは配慮が足りなかったな。

 まぁ、問題無い。炊き立ての米は収納空間に入っているし、『時間圧縮』を利用して今から炊いて出してもいい。

 まぁ、後者の場合は間違いなく懐疑的な視線を向けられるだろうし、ここは収納空間から取り出すとしよう。

 炊き立ての米は沢山仕舞ってあるから問題無いのだ。少なくなってきたらまた後で炊けばいいだけの話だしな。


 炊き立ての米を提供したことで更に乗員達が歓喜したところで、私もウチの子達やリガロウの元へと移動し、料理を堪能することにした。


 スーレーンに到着するまでの間、こういった催しを毎日行うつもりはないが、何回かはやろうと思っている。

 今度は私が魚を調達しよう。イダルタで購入した釣り道具を使って読書をしながら、のんびりと釣りを楽しむのだ。




 魔大陸を出て結構な時間が経過した。現在地は、魔大陸とオルディナン大陸のちょうど真ん中あたりに位置している。

 時刻は深夜。夜番をしている者以外は寝静まっている時間だ。


 『よう、空を見て見な。良い景色だぜ?』

 〈『連絡をくれたってことは、ここがそうなの?』〉

 『おうよ。船の進みはゆっくりだし、どうだい?今から来るか?』

 〈『愚問だね。少し待ってて。時間は掛けないから』〉


 ズウノシャディオンから連絡が来た。この場所が彼の住まいの真上らしい。


 では、神に直接会いに行くとしよう。

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