第606話 それぞれの船旅の楽しみ方
リナーシェにもやらせたようにシャーリィにも紙に描き映した魔術構築陣を剣でなぞらせれば、リナーシェほどの速度ではないがシャーリィも問題無くなぞることができた。
それ自体はモーダンにいる時にも確認ができている。
今回の『格納』の魔術構築陣は下級魔術とは比較にならないほど複雑な構造をしているが、それでもシャーリィならばなぞれるだろう。
実際、シャーリィはなぞるだけならばやって見せた。
「では、次は剣に魔力を纏わせてもう一度。ただし剣でなぞった部分に魔力が残るように」
「え゛」
「難しいことではない筈だよ?むしろやり易くならない?」
「えっと…魔力を纏わせると細かい制御とか利かなくなっちゃって…」
となると、魔力を纏わせる技法は誰かに教えられたのではなく自己流だな?
大方グリューナ辺りが使用しているのを見て自分も真似をしてみたら何となくできたからそのまま使用していると言ったところか。
「ソレ、グリューナに見せたことは?」
「………」
シラを切ろうとしているということは、見せたことはないし不完全な技術を使い続けているという自覚もあるのだろう。
ならば、徹底的に矯正してやる必要があるな。
計画を告げればシャーリィはあからさまに嫌そうな表情をして口を開いたのだが、言葉を発する前に先手を打たせてもらった。
何を言うのかは既に理解しているからな。
「[ええー]ではないよ。シャーリィには今日中に『格納』を使えるようになってもらうから、ちょっと厳しく行こうか」
「先読みされてるー!?」
驚いている場合じゃないぞ?
自己流で習得した不完全な技術を矯正するのだってそれなりに時間が掛かるだろうからな。戯れている時間など無いのである。
「さて、それじゃあまずは使い慣れた武器に魔力を纏わせてみようか。不備があれば都度指摘して修正していくよ」
「うぅ…。稽古を頼みはしたけど、こういう地味なのは求めてないのにぃ…」
地味でも派手でも関係ない。必要なことだからやるのだ。
この数日間で分かったことだが、シャーリィにはなまじ才能があるせいで、基礎的な部分が若干おろそかになっている。
基礎がまるでできていないというわけではない。おそらくマクシミリアンが存命中にしっかりと指導したからだと思う。
「シャーリィ。貴女も知っての通り、ジョージはマコトの弟子として彼に鍛えられている。貴女がグリューナに鍛えられているようにね」
「…みたいですね。でも、それがどうかしたんですか?」
「ジョージは貴女に負けず劣らずの才能と実力を持っているけど、今のままでは差が付く一方になるだろうね」
マコトもジョージも真面目な性格だ。基本は大事にするし、基礎トレーニングは欠かさず行っているようだ。
シャーリィも日課として基礎トレーニングを行ってはいるのだろうが、心構えまで彼等と同じかと聞かれれば、私は首を横に振って否定させてもらう。
基礎トレーニングが終わったら実戦形式の訓練が待っているからな。そちらに意識が引っ張られてしまい、疎かにしがちなのだ。
それでも問題無くトレーニングをこなせてしまえるから質が悪いと言える。
片や一挙一動を真剣に意識して正しいトレーニングを行う者。片や意識が抜けてしまっているため徐々にトレーニングが微妙に疎かになってしまう者。
僅かな差ではあるだろうが、トレーニングの効果は確実に現れる。
ジョージとシャーリィとの間で差が付くとしたらそこだ。そして実際に2人の間で差が付き始めている。
私の評価を聞いてシャーリィがあからさまに不服そうな表情をしだした。
現状では自分の方がジョージよりも強いし、今後も追い抜かれるつもりはないと思っているのだろう。
「シャーリィがジョージに勝てるのは剣での勝負に限定されている時だけだろう?魔術が制限無く使用できる環境ならあっさり負けたって聞いたよ?」
「でも、剣の勝負なら負けてないし…」
「でもじゃないよ。シャーリィは魔境や大魔境の魔物や魔獣にも剣での勝負を挑むつもりなの?彼等はお構いなしに魔術や魔法を使用して来るよ?それとも貴女は魔境や大魔境には行かないつもり?貴女は何を目指していたのかな?」
「あうぅ…」
少し責め過ぎてしまっただろうか?
しかし自覚してもらわないことには始まらないだろうからな。
今のままではシャーリィは
人間相手ならばやりようがあるかもしれないが、彼女が将来相手をするのは人間だけではないのだ。というか魔物や魔獣の方が多くなる筈だ。
どうにもシャーリィは人間と戦うことばかり考えている気がしてならない。
グリューナと対戦形式で稽古をし過ぎたせいで肝心な騎士の務めを忘れているのだろうか?
私の指摘は容赦がなかったかもしれないが、少しはシャーリィの心に届いたようだ。大人しく木剣に魔力を纏わせ始めた。
そう言えば、シャーリィが木剣以外の剣を使用しているところを見たことがないな。
私が臨時講師を務めていた時も、シャーリィだけは木剣を使用していた。そしてそのまま私が召喚した魔物を倒してしまっていた。
木剣に魔力を纏わせたということは、あの木剣が最も使い慣れた武器だということだ。
木剣でコレだからな。専用装備でも用意してやればとんでもないパワーアップとなるだろう。まぁ、現状は渡す気は無いが。
シャーリィが次の指示を求めてこちらを見ている。
うん。やはり自己流で習得した技術では不備が出てくるのは仕方がない。
「纏わせている魔力にムラがあるね。何かに魔力を纏わせるのなら、均一にしないと――」
「ホギャ!?」
「こんな感じでムラのある部分を突かれて簡単に剥がされる」
ムラがあるということは、纏わせている魔力が不安定になっているということだ。
ハイドラで軽く不安定な部分を叩いてやれば、簡単にシャーリィの木剣から魔力が霧散してしまった。
シャーリィは纏わせた魔力を強制的に引きはがされるとは思っていなかったらしく、奇妙な悲鳴を上げて驚いた。
「感覚に頼り過ぎだよ。貴女が無意識に魔力を纏わせるのはまだ早い。もっと魔力を操作するという行為を意識しながら纏わせて」
「意識をすると急に難しく…ホベッ!?」
「ホラ、またムラがあった。できるからと言って今までが感覚に頼り過ぎた弊害だよ。ムラなく木剣に魔力を纏わせられるようになるまで続けるからね?」
「ひーん!これならドラゴンの相手でもしてる方が簡単だよ~!」
心配しなくてもドラゴンと戦う稽古も船旅中にやるつもりだ。船旅はたっぷり1ヶ月以上あるからな。その時は存分に暴れてくれて良いぞ?
シャーリィに基礎的な稽古をつけている間、ジョージとオスカーも甲板に上がって来た。
ジョージとしては同年代の同性の知り合いがあまりいないようで、訓練場をタスクに借りに行った日からというもの、積極的にオスカーにコミュニケーションを取っていた。
そのおかげもあり、最初こそは目上の人物として恭しい態度を取られていたが、出港する頃には友人のような関係になっているようだ。オスカーの言葉遣いにあまり変化はないが。
どうやら2人は互いの上司。つまりタスクやマコトについて話をしていたようだ。
「ええ!?マコト様ってそんなことまでご自分でされてるんですか!?」
「そうなんだよ。まぁ、最近は俺も手伝うようになったから多少は楽になってるとは思うけどな。でも、それだけじゃないんだぜ?あの人、自分がやった方が早いからって何でもかんでも仕事を取ってきちゃってさぁ…!」
「あ、アハハ…。タスク様も似たようなところがあります…」
「能力があり過ぎる人間って何でこう自分からポンポン仕事をしょい込むのかねぇ…」
私もはなはだ疑問だ。
素早く終わらせられるなら文句は言わないのだがな。自分の時間を圧迫してまで仕事を引き受けてしまうあの感性は未だに理解に苦しむ。
ジョージには是非ともマコトのストッパー兼後継者になってもらいたいところだ。
お、ジョージがこちらに気付いたか。
この場にいるのが私とシャーリィだけなので意外そうな表情をしている。
「ノアさんとシャーリィだけですか?珍しいですね。リガロウやその…他の一緒にいた…」
ジョージもこの通りウチの子達に対してはあまり言及したくないと言った様子である。
軽く苦笑しながら皆がどうしているか説明しておこう。
「フレミーとレイブランとヤタールはあそこ」
「マストのてっぺんにでかいカラスと蜘蛛がいる…」
「ゴドファンスは船首」
「先端にちょこんと立ってて可愛らしいですね!」
名前を呼びながらウチの子達がどこにいるのか指差して伝える。
ジョージの反応はいまいちだが、オスカーは動物好きなだけあって今のゴドファンスの可愛らしさを良く分かってくれているようだ。
彼は現在船首に立って水平線を眺めているわけだが、それだけではなく『
ゴドファンスは人間の作る巨大な建造物に興味を持ったようだな。自分でも作ろうと思ったりするのだろうか?
しかし、彼が言うには大勢で1つの仕事を時間を掛けながらも一丸となってやり遂げるその姿に感銘を受けたようだし、自分では巨大な建造物を造ろうとしないのかもしれない。
むしろ、今後は私の旅行に同行して人間の建造物を見て回りたいと言い出すかもしれないな。
大歓迎だ。共に人間達の生み出した数々の作品を見て回り、感動を共有しようじゃないか。
と、後はウルミラの紹介だな。
「ウルミラは最初からここにいるよ。ウルミラ」
〈はーい〉
「…うそん…。全然気配とかなかったんスけど…?」
「…凄く、すっごく綺麗なオオカミさんですねぇ…!」
ウルミラを呼べば、彼女はすぐに自身の透明化を解除してくれた。透明化をしていたのは日向ぼっこを邪魔されたくなかったからである。
雲一つない空の大海原。
当然日差しは満遍なく甲板に降り注ぎ、昼寝するのにちょうどいい暖かさになっているからな。私の隣にいれば誰かが不意にぶつって来るようなこともないだろうし、透明になっていれば視線を向けられることもないだろうから気配を消して透明化していたのだ。
眠っていたわけではないので、こうして声を掛ければ返事をして姿を見せてくれるというわけだな。
しかし、ジョージとオスカーでこうもウルミラというかウチの子達に対する反応が違うとは…。
2人共ウチの子達が非常に強力な力を持っていると分かっているうえでの反応だ。
一般的には、ジョージのような反応をするのが普通なのだろうな。それはここ数日間で理解した。
それ故に、オスカーがウチの子達に対して触れてみたいと思ってくれたのは私にとって救いにも似た感情を抱かせた。
「あ、あの…!ノア様!こちらのオオカミさん、撫でさせてもらってもいいですか!?」
「い゛っ!?オスカー、お前さん、マジか!?」
ジョージ?その反応はウルミラにもオスカーにも失礼じゃないかな?ウチの子達は滅多なことでは暴れたりして迷惑かけたりしないぞ?
断る理由など無いため、オスカーの要望は受け入れる。
〈撫でさせてあげてね?〉
〈平気だよ。この男の子はそんなに撫でるの下手じゃないしね〉
私が許可を出すと、オスカーはウルミラの傍に座り、彼女の体を撫でだした。その間、特に動いたりはしていない。ひなたぼっこ継続中である。
こうしてオスカーがウチの子達を撫でるのは初めてではない。
出港するまでの間、稽古の休憩時間だったり稽古が終わった後だったりと時間を見つけてはウチの子達を撫でていた。
最初こそ恐る恐ると言った様子だったが、ウチの子達は皆毛並みが良いからな。
あっという間に撫で心地に心を奪われ、普通の動物を愛でる時と変わらない様子で体を撫でるようになったのである。
動物好きという点を除いても、大した度胸だと思っている。
私の演奏を聞いて同じようなイメージを見たであろうジョゼットですら、ウチの子達を進んで触ってみようとは思わないというのに。
オスカーが嬉しそうにウルミラを撫でている間、ジョージが1つ質問ができたようで、何かを言いたげである。
「どうしたの?」
「あ、いや、リガロウってどうしてます?あ!いえ!別に試合だとか勝負をするわけじゃなくてですね…!」
単純に見当たらないから気になると言ったところか。
心配しなくとも把握しているとも。もうすぐジョージの目にもリガロウの姿が映るだろう。
「リガロウなら、そっちを見ていればすぐに分かるよ」
そう言いながら船の側面を指差せば、丁度リガロウが海面から上空へと上昇していくところだった。
口にはリガロウの口にすら入りきらない魚を咥えてている。
空中で体の水分を魔術で吹き飛ばしてから口に咥えた魚事リガロウが降りてきた。
「ただいま戻りました!美味そうな魚も取ってきましたよ!」
「おかえりなさい。初めての海水浴はどうだった?」
「冷たくてきれいでとっても楽しかったです!」
リガロウは海を見るのは初めてではないが、潜るのは初めてだからな。バラエナで海中遊覧をした際に、実際に潜ってみたいと思っていたようなのだ。
なんと無しに許可を出せば勢いよく海中に潜っていったわけだが、海中でも噴射加速は有効だったようで随分と生身での海中遊覧を楽しんだようだ。
私もそうだが、この子も陸海空と活動する場所を選ばずに行動できるらしい。流石は私の眷属だ。
美味そうな魚も捕ってきてくれたことだし、早速解体して皆に振る舞うとしよう。
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