第262話 時間圧縮

 あれこれという前に、まずはオスカーに対して難癖をつけて来た人物を確認する。

 狼の因子を持った獣人ビースターの青年だな。年齢は30歳手前、28才か。体は良く鍛え上げられている。

 実力としては"星付きスター"相当。それも"星付き"の中でも上位に位置する実力だな。


 冒険者の基準で考えれば紛う事なき手練れだ。彼を慕う後輩冒険者も結構な数いる事だろう。


 不当に評価されて騎士の地位に就いたものがいるのなら、この青年の言葉も正当性があるのだろうが、生憎とオスカーは正真正銘の一級騎士相当の実力者だ。難癖をつけられるいわれはない。


 この青年も狼という嗅覚に優れた獣の因子を持っているのなら、臭いで相手の実力をある程度把握できそうなものだが…。


 ん…?いや、アレは分かっていて言っていないか?

 改めて先程の発言を思い返してみると、ややわざとらしい部分があったようにも感じられる。


 周囲の反応はどうだろうか?

 受付嬢が青年の発言を非難している。私よりも背も低くしかもか細い体で、良くぞ怯えずに物申せたものだ。


 「カ、カルロスさん!なんてことを言うんですか!?」

 「俺は思った事を言ったまでだぜ?ウチの"新入りニュービー"共と大して変わらんような坊やが騎士様だなんて言われて、そう簡単に納得できるかってんだ」


 嘘だな。カルロスと呼ばれた青年はオスカーの実力を正確に把握している。


 "星付き"冒険者ともなれば、注視した者の実力を推し量ることぐらいできてもおかしくないのだ。

 そうでなければ、魔境で活動する際に相手の実力を把握できずに、あっけなく命を落としてしまうだろうからな。


 では、なぜカルロスは嘘をついてまでオスカーに難癖をつけている?

 気になってカルロスの周囲を見てみれば、その理由がなんとなく分かった。


 若い、いや幼いとすらいえる年齢の少年少女達が、オスカーに向けて不信感のある視線を送っている。


 なるほど。そういう事か。慕われているというのも大変だな。

 ならば、カルロスを労う意味でも彼の思惑に乗ってやるとしよう。

 まぁ、本人も覚悟している以上、多少痛い目には合ってもらうが。


 「えっと…?」

 「納得がいかないのなら、直接確かめればいい。ギルドにはうってつけの場所があるのだからな。訓練場を借りるよ?問題無いかな?」

 「は、ハイ!ど、どうぞ、ご自由に…」


 受付嬢はやや困惑しているな。

 彼女はカルロスの普段の様子を知っているのだろう。コレは私の憶測にすぎないが、彼は普段は先程のような発言をしないタイプじゃないだろうか?


 「カルロスと言ったか?貴方も自分で言いだした事だ。文句は無いな?」

 「勿論構わんぜ?おいお前等!お前等も一緒に来な!見ておきたいんだろ?騎士様の実力って奴をよぉ?」


 オスカーに不信感を募らせていた駆け出しの冒険者達にカルロスが訊ねると、彼等はややたじろぎながらもカルロスに同行する意思を見せた。


 「も、モチロンッス!」

 「二級騎士だか何だか知らないけど、現実って奴を教えてやってくださいよ!」

 「俺達より若そうなのに、カルロスさんと同等とか言われたって、信じらんないですよ!」

 「そうだそうだ!」

 「…。」


 そうまで言うのなら是非とも参加してもらおうじゃないか。まぁ、カルロスもそれが目的のようだしな。


 「では、訓練場まで行こうか。オスカー、勝手に話を進めてしまったけど、大丈夫だったかな?」

 「はい。問題ありません。ですがノア様、よろしいのですか?もう夕食の時間になりますが…」

 「問題無いよ。時間に関しては気にしなくていい」


 開発はしたが使用する機会が無かった魔術を使用するつもりでいるからな。

 どれだけ勝負に何時間かけようとも、夕食に遅れるような事は無い筈だ。



 訓練場に入るなり、私はある魔術を発動させる。

 オリヴィエが家族と直接話をする時に、家族の時間が取れなかった時のために開発した魔術だ。


 その名も『時間圧縮タイムプレッション』。指定した領域の時間を圧縮させ、領域内の時間経過を領域外と比べて極めて緩やかにする魔術だ。


 空間が圧縮できるのだから時間も圧縮できるのではないかと考えて開発して、実際に開発できてしまった魔術である。

 この魔術を利用すれば、夕食に遅れる心配などする必要はない。存分に気のすむまで戦うと良い。


 とは言ったが、普段オスカーに稽古をつける時にまで、この魔術を使用するつもりはない。

 この魔術を使用すれば、その気になれば1分間で数カ月の経験を積む事すら可能なのだが、あくまでも領域の内外で時間の進みが違うだけなのだ。領域の中でも通常通り肉体は成長し、そして老化する。


 つまり、この魔術を利用して修行し続けると、一人だけ老いてしまうのだ。


 寿命の長い種族ならば問題無いかもしれないが、オスカーは庸人ヒュムスだ。たったの数年でその容姿は大きく変わってしまう。


 圧縮された時間の中で修行を続ければ他人からすれば瞬時に実力を身に付けたとして、その時にはタスクやジョゼットの年齢を超えてしまっているだろう。


 年下の、それも可愛がっていた弟子や弟分が急に自分よりも年上になってしまったら、きっとどのような顔をして良いかわからくなってしまう。


 それゆえに、私はこの魔術を稽古や修行で使用するつもりはない。やるなら寿命に影響しない範囲で使用すべきだろうな。


 まぁ、今回のようにどれだけ長引いても数時間程度の時間しか消費しないのであれば、影響は殆どないと言っていいだろう。



 訓練場に入って来たのはオスカー、カルロス、そしてカルロスを慕う若い冒険者の少年少女5名。多分だが、彼等はあれで一つのパーティなのだろう。


 「さて、条件はなるべく対等にしようか。お互い、装備が原因で負けた、などと思われても面白くないだろうからね。カルロス、得意とする武器は?」

 「俺に武器は必要ねぇ。この体がそのまま武器になるからな!」


 そう言ってカルロスは自身の体に魔力を浸透させる。なかなかの速度だし、魔力の消費も無駄が少ない。慣れ親しんだ技術、と言ったところか。

 身体強化の類だな。彼は典型的な獣人の戦士、と言ったところだろう。


 「それじゃあ、オスカー、その辺にある訓練用の装備を使用すると良い。装備の補強は自分の魔力でやってくれ」

 「つまり、いつも通りですね。分かりました」


 返事をしながらオスカーは、壁際に立て掛けられた自分が使用する武具と同規模の剣と盾を手に取り、魔力を込める。

 こちらもカルロスに負けず劣らず、いや、普通にカルロスよりも速いな。


 オスカーが手にした練習用の武具は、何の変哲もない木製だ。

 勿論、容易く壊れないようにするために頑丈な木を素材にしてはいるが、それでも所詮はただの木である。その強度は金属や魔物の素材と比べるべくもない。


 そして魔力の浸透性もそれほど大したものではない。

 全く無いワケでは無いのだが、ただの木よりも魔力の浸透性が高い素材はいくらでもある。


 それこそ、自分自身の肉体などはただの木よりも遥かに魔力を浸透させやすい。


 その筈なのだが、自身の肉体に魔力を浸透させるカルロスよりも、オスカーがただの木造の武具に魔力を浸透させる方が早かったのである。


 カルロスもオスカーの魔力浸透速度を見て内心驚いているようだ。


 さて、私も準備を済ませよう。

 グリューナとの親善試合の際に習得した防御結界の大魔術を、効果を落として発動させる。カルロスはともかく、オスカーが木製の武具を使用するのならば、この程度の効果で十分だからだ。


 まぁ、大魔術そのものを使用しても良かったのだが、あの魔術は消費する魔力量が多すぎる。


 膨大な魔力に触れて見学に来た若手の冒険者達が怯えるのを避けたのだ。


 「ルールは特に無し。魔術、魔法、急所攻撃、不意打ち、暗器、それらも全て許可する。どちらかが降参の意思を示した時や戦闘不能とみなした時、もしくは相手の動きを封じて急所に攻撃を当てられる状況になった時点で試合終了とする。さて、2人共準備は良いかな?」

 「はいっ」「応っ!」


 2人共準備万端、何時でも始められるようだな。

 当たり前のようにカルロスの後ろ側に立った若手の冒険者達が、カルロスへ声援を送っている。


 「いっけぇー!カルロスさぁんっ!」

 「「がんばってー!」」

 「カルロスさんなら楽勝っすよ!」

 「そうだそうだー!」

 「…」


 …観客をカルロス側だけにしたのは失敗だっただろうか?当の本人達以上に興奮してしまっているな。

 とりあえず、カルロスとの距離が近すぎるから、少し話しておこう。


 「そろそろ試合を始めるから、貴方達はもう少しカルロスから放れなさい。具体的にはあと10mほどだ」

 「「「あ、ハイ…」」」

 「ど、どうも…」

 「…(ペコリ)」


 オスカーに対しては露骨に嫉妬心や敵対心向けているというのに、私の言う事は素直に聞くらしい。コレが知名度の差というものなのだろうか?

 それならオスカーの事も普通に認めてやってもいい筈なのだが…。


 まぁ、何はともあれ準備は整った。早速始めるとしようか。


 互いに一定の距離を保った場所で一礼し、構えを取る。


 「始め!」

 「「っ!!」」


 合図を出した瞬間、2人が同時に動く。


 カルロスとオスカーの身長差はかなりある。

 カルロスが190㎝近くあるのに対し、オスカーは160㎝も無いのだ。カルロスからしたらやり辛いにもほどがあるだろう。


 カルロスは自身の攻撃を的確に当てるため、身を低くしてオスカーに駆け出し、オスカーもそれを真正面から盾で受け止めるつもりのようだな。


 低姿勢から繰り出されるカルロスの右拳による突きを左手に持った盾を殴りつけるようにして迎え撃つオスカー。

 膂力は流石にカルロスの方に分があるようだが、両者互いに仰け反る事は無い。


 オスカーが盾で受け止めた際、その衝撃を全て地面に逃がしてしまったのだ。


 そして低姿勢での突きを放った事でカルロスは現在非常にバランスが悪い。対してオスカーは両足でしっかりと地面を踏みしめ、その姿勢は非常に安定している。何時でも行動ができるだろう。


 そして試合で相手の隙を見逃すほど、騎士は優しくは無い。

 魔力を込めた剣をカルロスの顔面に突き出し、剣に込めた魔力を放出させる。


 「っ!?」


 すんでのところで体を捻り、倒れ込むようにして放出された魔力を回避する。

 その状態から体が倒れきる前に左腕で体を支え、オスカーに対して腕の力だけで回転蹴りを放つ。


 「つおりゃ!!」


 大した膂力だとは思うが、流石に腕一本の力では本来の蹴りの威力など出せるわけがない。

 カルロスが放った蹴りは、あっけなくオスカーの剣で弾かれるようにして上方にいなされてしまう。


 だが、それは想定の範囲内だったようだ。

 カルロスは敢えてオスカーに上方に弾かせたようだ。


 理由は体制を整えるためか。

 弾かれた際の勢いを利用して後方に飛び跳ねて距離を取った。仕切り直しをするつもりなのだろう。


 一度距離を取り、再び助走をつけた一撃、今度はフェイントも加えたうえで蹴りを放つつもりだったのだろう。


 だが、それは悪手だ。

 オスカーは魔術も問題無く扱えるのだ。それに、剣でカルロスの蹴りを弾いた時から魔術を使用する準備をしていたのだ。

 距離を取ろうが撮るまいが、オスカーの行動は変わっていなかっただろう。


 オスカーが使用した魔術は『氷罠ベアトライス』。対象の足元に氷結させて動きを封じる魔術だ。

 "罠"という言葉が入っている通り、本来は設置型であり、相手が魔術を施した場所を踏む事で発動する。


 その魔術をオスカーはカルロスが走る際の足を踏みしめるタイミングを見極めて発動したのである。


 カルロスの身体能力と魔力ならばその気になれば氷結を強引に解除する事も可能だろうが、全速力で前進している最中に足を地面に固定されれば当然体制を大きく崩してしまう。


 「なぬぅっ!?」

 「お覚悟をっ!」


 しかも足を取られてしまった事に対して驚愕して取り乱してしまっている。


 手練れ同士の戦いでその隙は致命的と言っていい。

 今度はオスカーが足を固定されたカルロスの元まで肉薄し、遠慮なしに額に木剣を打ち込む。


 「ってぇ~~~っ!!」


 乾いた音が訓練場に響き渡り、カルロスは堪らず仰け反りながら両手で額を押えている。


 アレはただ魔力を込めただけではないな。

 剣が額に当たる瞬間、魔力が剣と同じ軌道で放出されていた。

 つまり、カルロスは斬撃と放出の二撃を一度に受けた事になる。


 いくら防御結界を張っていたとしてもコレは痛いだろうな。元より結界の効果はそこまで高くないのだから。


 結界の無い状態ならば今の一撃で昏倒していたかもしれない。

 中途半端に威力が減少したせいで痛い目を見る事になってしまったのだ。


 だが、オスカーはまだ止まらない。木剣を当てた反動で回転し、仰け反ったカルロスの後頭部にさらに剣を打ち込んだのだ。


 「ぐへぁっ!?」


 今度の一撃は振り下ろしの一撃だ。いたがる事も出来ずに、カルロスの顔面は地面に叩き落されてしまった。


 「「「そ、そんなっ!?」」」

 「カルロスさんっ!!」

 「…!」


 若干顔が埋まってしまっているカルロスに対して、オスカーは更に剣を振り下ろす姿勢を取る。


 ここまでだな。


 「それまで!勝者をオスカーとする!」


 カルロスも手練れである事は間違い無いのだ。ただ、オスカーは更にその上を行く手練れだった。


 一級騎士ともなればその実力は"二つ星ツインスター"相当になると言われているのだ。


 こういった結果になる事は、若手の冒険者達以外はカルロスを含め、分かり切っていた事なのだ。


 何にせよ試合終了だ。後は若手の冒険者達が納得してくれるかどうかだな。

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