第261話 特別審査員

 コンテストの責任者はこの国の外交大臣だった。

 世界中から人が集まるイベントでもあるからか、事と次第によっては外交問題にも発展しかねないためなのだとか。


 当然のように爵位持ちだし領地も持っているとのこと。

 もしもこのコンテストが盛大に失敗でもしようものなら物理的に首が飛んでしまうほどの責任が彼の肩にのしかかっている。


 そんな外交大臣が私にどういった要求をするのだろうか?厄介事でなければいいのだが…。


 「『黒龍の姫君』様。貴女には是非とも、今回のコンテストで特別審査員を務めていただきたいのです…」

 「特別審査員?」


 言われた言葉を繰り返し、その言葉の意味を考えてみる。


 コンテストである以上、作品を評価する必要がある。

 コンテスト会場に訪れた観客が品評を行うのかと思ったのだが、どうやら複数いる芸術の専門家が作品を評価するらしい。それが審査員だ。


 そして外交大臣は私にもその審査員をして欲しいと言っている。


 「審査員は分かるとして、特別、というのは?」

 「本来コンテストの審査員というものは事前に決まっていますので。急遽審査員になっていただくというのは、特別な事なのです」


 言っている意味は分かる。芸術の専門家というのも世界中を探せばかなりの人数入るだろうしな。

 世界的なコンテストの審査員に選ばれると言う事は、それなり以上の信頼を人々から得ている筈だ。


 つまり、この美術コンテストの審査員になると言う事は人間達にとって、特に芸術関係に従事している者にとっては名誉な事ではないだろうか?


 で、そんな名誉な役職にポッと出の私が就いてしまっていいのだろうか?


 「問題ありません。むしろ、コンテストに関わる大半の者が喜ぶかと」


 外交官の言葉に迷いはない。私が特別審査員に就く事で多くの人間達が喜ぶ事を確信している。


 不満が無いようなら引き受けてもいいだろうな。


 「一つ確認をしたいのだけど、コンテストの開催日は何時なのかな?今月開催される事は聞いたのだけど、開催日までは知らなくてね」

 「今月の20日になります。ちなみに、出品期限は10日の正午です。作品の受付終了後には審査員の方々に作品を品評していただきます」


 なるほど。そうなると、コンテストが開催されている時には既に優勝が決まっているのか。


 では、優勝の発表は何時になるのだろうか?


 「コンテスト終了時に発表されます。コンテストの開催期間は3日間です」

 「コンテストが開催されている時点で優勝が決まっているわけだし、先に発表してもいい気がするけど?」


 わざわざコンテストの終了時に発表するのには訳があると言う事だろうか?

 それで合っているようだ。説明不足を謝罪したうえで詳細を教えてくれた。


 「失礼、説明が足りませんでしたね。コンテスト会場に入場していただいた観客の方々には入場料の支払いと共に、判を渡されます。そして気に入った作品には展示物の作品名が記載された板に判を押していただくのです」

 「その判の数も優勝の決め手になってくる?」

 「はい。流石に審査員の評価と同等、というわけではありませんが、評価が多ければ多いほどより優勝に近づく事でしょう」


 審査員だけの評価で優勝が決まるわけではないようだ。

 聞けば判を押す回数に制限は無く、全ての作品に判を押す事も可能なのだとか。

 また同じ作品に複数回判を押しても一度しか判定されないらしい。


 なんでも判も魔術具製らしく、所持者の魔力を用いて判を押しているとの事だ。

 この辺りの仕組みは、冒険者ギルドの受付が依頼の受注処理に使用している判を参考にして創られたらしい。大した技術力だ。


 審査員に先に品評を行わせるのは、観客の数が毎年非常に多く、観客達と共に品評を行っていると時間が足りないからなのだとか。


 審査員が品評を行う期間は10日間。

 作品の数もさることながら、専門家であるのならばじっくりと作品を見ておきたいのだろう。一つ一つの品評に時間が掛かるのも、理由の一つになるらしい。


 納得しかないな。私もつい先日、モーダンで長い時間を掛けて美術品を眺めていたのだから。

 まず間違いなく、コンテストに出品された作品の品評は時間が掛かるだろう。

 じっくりと作品を観る事ができるのは、実に喜ばしい事だ。


 改めて外交大臣からの依頼についてだが、断る理由は無い。

 向こうから願ってくれるというのなら、喜んで引き受けさせてもらおう。


 「特別審査員の件、謹んで受けるとしよう。よろしく頼むよ」

 「おお!引き受けて下さいますか!ありがとうございます!」


 私が外交大臣の要望を聞き入れると、感極まったのか私の両手を取り上下に振っている。

 彼からは特に邪な感情が伝わってきていないから、純粋に嬉しいのだろう。好きにさせておこう。少しすれば落ち着く筈だ。


 「こちらこそ、素敵な役割を与えてくれてありがとう。世界中から集まってきた美術品を一足先に鑑賞できるんだ。とても嬉しいよ」

 「実は、新聞で『姫君』様がモーダンで取り扱っている海外の美術品をじっくりと見て回っていらした事を知りまして、今回の依頼は、他のスタッフも満場一致で賛成してくれました。」


 4日間ずっと美術品を見て回っていたからな。美術品に強い関心を持っている事は嫌でも知る事ができたのだろう。


 関係者が全員私が審査員になる事を了承しているのなら特にコレといった問題が起きる事も無いだろう。

 懸念があるとすれば、スタッフではなく他の審査員がどう思うか、だな。


 他の審査員達は今この場にはいないし、彼等の気持ちを聞く事はできない。当日を待つしかないだろう。


 外交大臣の用件も済んだ事だし、そろそろこの場を離れるとしよう。

 作品を出品した作家達は受付を済ませ次第各々の宿泊している宿に戻ったのだが、オスカーは私の案内役を務めている。部屋の外でずっと待機しているのだ。


 オスカーとて騎士である以上は文句を言う事も無いかもしれないが、それでも年若い少年が一人部屋の外に放り出されて待機させられているというのは、私の精神衛生上よろしくない。


 外交大臣に別れを告げて外へ出よう。


 「すまない、待たせたね」

 「いえ!問題ありません!呼び出された理由も大体予想が出来ます!」


 まぁ、こういう反応をされる事は分かっていた。

 特に口止めされていないし、多分だが明日の新聞で私が特別審査員になった事を伝えられると思うので、今オスカーに伝えたとしても問題無いだろう。


 そう思い呼び出された理由を伝え、特別審査員を引き受けた事を伝えると、オスカーはとても喜んでくれた。

 私はこの国の住民では無いのだが、それでも私がコンテストの審査員となった事が嬉しいらしい。


 「たった1週間とは言え、ノア様は私にとっての2人目の師匠なのです!そんな方が名誉な役職に就けば誇らしいですし、嬉しいのです!」


 目を輝かせて気持ちを述べるオスカーが年相応の、いや、それよりも少し幼い少年のようで大変可愛らしい。気を抜いていたら頭を撫でてしまいそうだ。


 別に頭を撫でてしまっても問題ないのかもしれないが、その場合、間違いなくオスカーは照れる。


 照れさせてやればいいのかもしれないが、それで変に意識をされてしまったら、今後の観光案内に支障が出かねない。


 ここはぬいぐるみの出番だろう。『収納』から取り出し抱きしめて撫でまわして落ち着こう。


 いきなりぬいぐるみを取り出した事に怪訝そうな表情をしていたが、ぬいぐるみを抱きしめたい気分になったと伝えておけば、素直に納得してくれた。

 こちらとしては好都合だが、騎士がそれでいいのだろうか?将来邪な者に騙されなければいいのだが…。



 無事作家達の作品も出品できたので、冒険者ギルドで報酬を受け取り、ついでに何か手ごろな依頼が無いかも確認しておいた。


 流石にアクアンに来てすぐなので指名依頼は発注されていなかった。

 まぁ、明日にでもなれば少なくとも図書館から本の複製依頼は発注されるのは間違いないだろう。受付もそう言っている。


 今回はそれ以外にも面白い依頼を見つけた。


 私に対する指名依頼ではないのだが、アクアンまで続く街道を巡回して欲しいという内容だ。


 この時期は美術コンテストのために人が大勢アクアンに足を運ぶ事になる。

 そのため、そういった旅行者や商人、作家達を狙った賊がいつも以上に発生するだけでなく、魔物の被害も多くなるのだと説明を受けた。


 ちょうどいい。それならばオスカーに実戦を経験させるためにも、この依頼を引き受けさせてもらうとしよう。

 まぁ、賊や魔物がいればの話になるが。その辺りは私が『広域ウィディア探知サーチェクション』で把握すれば問題無いだろう。


 私が巡回依頼を受注した理由を伝えれば、とても意気込んでいてやる気を見せてくれた。

 私が受注した依頼をオスカーに片付けさせることになるのだが、ズルをしているとは思わないのだろうか?


 「ありえませんよ。ノア様の実力は誰もが認めるのですから。むしろぼ、私がノア様の威を借りて活躍したと言われてしまうでしょうね」


 むぅ…。それは面白くないな。

 だが、オスカーの実力は既に"星付きスター"冒険者を軽く凌駕しているのだ。不当な評価をされて欲しくはない。


 まぁ、オスカーの実力も宝騎士であるタスクが保証しているのだ。難癖をつける者などそうそう現れないだろう。

 もしそんな輩がいるのなら直接分からせてやろうじゃないか。


 「良し、そんな事を言う輩がいるのなら、しっかりと訓練場で実力を見せつけてやると良い。私が許す」

 「ははは、分かりました」


 軽く笑い飛ばしているが、オスカーの目には明確な闘志が宿っている。

 この子も、不当に侮られるのは面白くないと思っているのだろう。


 気付けば食事をするのにいい時間だ。ひとまず昼食を取ってから巡回依頼をこなすとしよう。



 昼食を終えて私達は巡回依頼をこなすためにアクアンの外へと移動した。

 街から出て『広域探知』を使用してみれば、分かりやすいほどに大量の賊の反応が確認できた。ついでにそれなりの数の魔物の反応も。


 ここでオスカーに教えて討伐させてしまえば、今回の美術コンテストのために集まってきた観客や作家が狙われるような事は無くなるだろう。


 しかし、それでは結局私の力を借りたからという理由が出来てしまう。

 極力私は手出しをしないようにしておこう。


 大丈夫。きっと私が手を貸さなくとも、オスカーはしっかりと依頼をこなしてくれる筈だ。


 そもそも、依頼の内容は街道の巡回であり、周辺の賊や魔物を探し出して殲滅する事では無いのだ。異常が無ければそれでいいのである。


 何だったら巡回を終わらせた後で私が手早く始末してしまってもいい。

 依頼を受注したのは、あくまでオスカーに実戦を経験させる事なのだ。

 勿論、オスカーは過去に実戦を経験している。それはタスクからもこの子からも直接聞かせてもらっている。

 魔物の討伐だけでなく、賊の拠点を潰した経験もあるのだとか。


 それだけの事ができるのなら、今回の依頼もそつなくこなす事ができるだろうと思い、私は馬房へ向かい、馬を貸してもらえないか交渉した。

 そう、今朝乗った馬にもう一度乗りたくなったのだ。


 私もオスカーも馬よりも速く走る事ができるが、馬に私の魔力を流せば馬もオスカーと同じぐらいの速度で走る事など造作もない筈だ。


 オスカーが依頼をこなしている最中は、私は馬にまたがりながらゆっくりと読書でもしていよう。

 未読の本はまだまだ沢山あるのだ。ついでだから、思念会話で馬とお喋りでもしていようじゃないか。


 〈いやっふぅうううううーーーっ!!〉

 〈元気だねぇ…。今回はあの男の子の後について行けば良いから、今は軽く歩く程度でお願いできるかな?〉

 〈かぁしこまりぃいいいいーーー!!〉


 今にも走り出しそうなテンションではあるが、言う事はしっかりと聞いてくれているので、この子はとてもいい子なのだろうな。沢山撫でてあげよう。


  

 巡回依頼はあっさりと終った。

 勿論、移動はオスカーの移動速度にゆだねられていたので、依頼を終わらせて城門に到着した時にはなかなかにいい時間になっていた。


 世間知らずだからなのか、オスカーだけでなく私の事も知らない者達が大喜びで襲って来た事もあったのだが、見事、この子だけで返り討ちにしてしまったのだ。


 オスカーの戦闘スタイルは、何でも行う万能型だ。

 あの若さで十全にアドモ流剣術を使いこなし、時には魔術も併用する。その魔術の威力も、人間から見れば十分すぎるほどの威力もある。


 そんじょそこいらの賊ではまるで相手にはならない。


 魔物に関しても同じだな。オスカーの所持する剣は、やはりというか何と言うか、魔力を流す事で魔力刃を発生させる機能が搭載されていた。

 おそらくあの機能は騎士の武器の中では一般的な機能なのだろう。


 たった1週間、しかも1日2、3時間という短い時間であったとはいえ、私が稽古をつけて改善点を指摘し続けてきたのだ。


 この辺りの魔物では大半が一撃である。



 そんなわけで、特に問題も起きる事なく(まぁ賊や魔物と遭遇はしたが)依頼を終えて冒険者ギルドで報告をしていたのだが、ここにきてまさかの事態が発生したのである。


 「本当にこんなガキが騎士様だって言うのか?『姫君』様に甘やかされてんじゃねぇのか?」


 おいおい。

 確かに懸念はしていたが、まさか本当にこんな輩が出て来るのか?


 では、予定通り、しっかりと訓練場で分からせてやるとしようか。

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