第260話 タスクの友人
流石に貴族の屋敷というだけあって警備がしっかりとしているな。門番をしている人物も、威圧感を与えない装備でありながら一目見て手練れだと分かるような人物を配置している。
門番は遠目からでも私の事を認識できたようだ。元から姿勢は正していたが、私の姿を確認した直後、更に背筋を伸ばして緊張しだしたのだ。
精神的な負担になっているだろうし、さっさと要件を済ませてしまおう。
「こんにちは。モーダンの宝騎士・タスクからこの館の主に手紙を預かっているのだけど、今会う事はできるかな?」
「し、少々お待ちくださいっ!」
他の門番にこの場を任せて屋敷の方へと走り去ってしまったな。おそらく当主に意見を聞きに向かったのだろう。
一応、アクアンに入った時点で街全体を『広域探知』で探索している。尤も、常時行っているわけではないので、今は使用していないが。
少なくとも私が『
ならば、この屋敷の当主はまだこの屋敷にいると考えるべきだろう。返答が帰って来るまでそう時間は掛からない筈だ。
予測していた通り、5分もせずに先程の門番が戻ってきた。
急いできたとは思うのだが、それでも息は切らしていない。それだけでも彼が優秀な人物である事が窺える。
「お待たせいたしました。ご当主がお会いになられます。使用人を連れて来ていますので、案内はこの者に…」
「どうもありがとう。それじゃあ、案内を頼むね」
「承知いたしました」
燕尾服を着た若い男性に連れられて屋敷の中へと入っていく。勿論オスカーも一緒だ。タスクの友人と言う事ならばこの子の事も知っているだろうからな。
屋敷を案内されている最中に周囲に意識を配ってみたのだが、この屋敷の当主は良い趣味をしているようだ。感性が私の好みと似通っていると言っていい。
屋敷には結構な数の美術品が飾られていたわけだが、それらがどれも私の好みと一致しているのだ。
絵画にしろ調度品にしろ彫刻にしろ、ギラつくような派手さは無い。だが、それでいながらしっかりと光るものを感じさせてくれる、そんな作品ばかりだ。
美術品に関して語り合ったらいつまでも話が出来そうだな。
そんな事を考えていたらどうやら目的地まで到着したようだ。
使用人がドアをノックして用件を伝えれば、すんなりと部屋へと入れてくれた。場所は書斎。貴族としての仕事をしていた最中だったのかもしれないな。
「よく来てくれたね、『黒龍の姫君』。貴女の事を知った時から、是非とも一度話をしてみたいと思っていたよ」
「初めまして。"
「ジョゼット=オムニスだ、よろしく。オスカーも、久しぶりだな。遅れてしまったが、正式な騎士の就任、おめでとう」
「ありがとうございます!」
手紙を受け取りながらオスカーとも挨拶を交わす。タスクが面倒を見ていたというだけあって、顔見知り以上に親しい関係だったようだ。
オスカーを見つめるジョゼットの眼はとても優しい。我が子、とまではいかないが、弟でも見ているような雰囲気だな。近くに居たら頭を撫で始めていてもおかしくないだろう。
「それにしても、新聞で目にしたが実に貴女は素晴らしいな!まるで生きた芸術品だ!その顔立ち!体のバランス!放たれる輝き!どれをとっても美しい!画家を呼んで貴女の絵画を描かせてもらいたいぐらいだよ!」
「随分と褒めちぎるね。私の絵画を求めるなら、是非美術コンテストに足を運ぶことをお勧めするよ。良い作品が出品されるんだ」
「ほう!それはひょっとしなくてもエミール氏の作品かな!?」
食いつくな。ジョゼットは美術品に目が無いらしい。だが、話を進めながらも彼女は受け取った手紙に目を通して内容を把握している。
情報を並列的に処理できる人物のようだ。
「そうだね。私がイダルタの景色を眺めているところを描いたようでね。私が見たのは完成前だった筈だけど、とてもいい出来だったよ」
「素晴らしい!コンテストが終わったら是非ともオークションに出品してもらうよう、エミール氏に交渉しなければ!彼が貴女の絵画を描いたのなら優勝はほぼ間違いなしだろうからな!」
エミールはアクレイン王国にて非常に有名な画家らしい。美術品に詳しいであろうジョゼットにこうまで言わせるとは。
そう言えば、新聞記者達もエミールが優勝候補という記事を書いていたな。そうなると、あの作品がオークションに出品されたらとんでもない額が付きそうだ。
貴族達が競り合うとしたら、流石に私の資金では心もとなくなるだろう。どうしてもあの絵画が欲しかったら、エミールにもう一つ制作してもらうように頼んだ方が早そうだ。
「この屋敷にあった作品の数々もオークションで手に入れたのかな?」
「全てが、というわけではないけれどね。美しいものには目が無いんだ」
「分かるよ」
やはりジョゼットとは気が合うようだな。時間があったら彼女と美術品について気のすむまで語り合うのもいいだろう。
ああ、そうだ。ついでというわけではないが、この屋敷にある美術品も見せてもらうとしよう。
ジョゼットのとっておきの一品などがあれば、是非見せてもらいたい。
と、ここでジョゼットが手紙を読み終えたようだな。表情が一変した。
「ふぅ…。貴女も随分ととんでもない情報を運んできてくれたものだ。これは久々に骨が折れそうだね。だが、解明できれば魔大陸の食文化がさらに豊かになるのは間違いなしだな!オスカー、使用人を呼ぶから、購入した作物を渡してやってくれ」
「はい!」
そういいながら机に設置されていたベルを鳴らしながらオスカーに指示を出す。
これまでの可能な限り複数の動作を同時に行うジョゼットの動作を見る限り、彼女は極力無駄を省きたがる性格らしい。
オスカーが使用人に作物を渡した後、本題に入る事にした。
「それで、早速あの作物の種から試してみるの?」
「ああ、今晩辺りの食事に早速先程の食材を使わせてもらうとするよ。それで、貴女に相談があるのだけど…」
「ん?何かな?」
何やら言い出し辛い相談があるらしい。なんとなくだが、予想は付いている。
海外の作物を育てようとすると、作物が魔物化してしまうのなら、この場所で育てたとしてもそれは変わらない筈だからな。変質してしまった魔物に対抗できる人物が必要がになって来る。
彼女が私に相談したい事。それは―――
「もしよければ、この屋敷でしばらく生活してもらえないだろうか?」
「作物の魔物化対策として?」
「ああ。尤も、あわよくば貴女とはもっと話がしたいし、食事も取りたい。この屋敷には王都の風呂屋など目ではない風呂もある。どうだ?」
非常に魅力的な提案だ。正直なところ、宿を取る前に先にここにきておくべきだったと後悔しているぐらいだ。
本来ならば喜んでジョゼットの提案を受け入れるところだが、残念ながらそういうわけにはいかない。
「すまない。既に宿を一週間分取っているんだ。私が宿泊する事にとても嬉しそうにしていた店主の事を考えると、とてもではないがキャンセルは出来ないよ」
「む…そうか…。残念だが、先約があるのではな…」
とはいえ、魔物化を放置するのはどう考えてもまずいよなぁ…。
『幻実影』の幻で見張らせるにしても私が就寝してしまうと幻は消えてしまうからなぁ…。
どうしようか悩んでいると、オスカーが監視役に名乗り出てくれた。それは有り難いし実力としても申し分ないのかもしれないが、毎回寝ずの番をしてしまっていては次の日の活動に支障が出てしまう。
オスカーには私の案内役も頼んでいるのだ。夜中はしっかりと休んで欲しい。それに、この子にはアクアンにいる間も稽古を付ける事になっているからな。体調を崩すような事をしたくないのだ。
「ジョゼット、タスクからの手紙の内容なんだけど、すぐに結果を出すように書かれていたりするの?」
「いいや、むしろのんびりやってくれていいと書かれているね」
「それなら、まずは一週間待ってもらっていいかな?それ以降なら、私が一般の宿に泊まる理由が無くなるからね」
「ううむ…やはりそれぐらいしかないか…。仕方がない。『黒龍の姫君』に強要など出来るわけもないしな」
今後の方針が決定したようだな。ひとまず一週間はアクアンを観光させてもらうとしよう。
そうして王都の観光が一段落済んだところでジョゼットの都合に付き合わせてもらうとしよう。
「元より貴女の協力を取り付けられたこと自体が嬉しい事なんだ。一週間ぐらい待つ事など何の苦でもない。ああ、それとオスカー。作物の監視とは別に君はここの屋敷で寝泊まりすると良い」
「ありがたくは思いますが、よろしいのですか?」
「今の君を騎士舎に向かわせると、確実に質問攻めにあうぞ?なにせ、タスクの秘蔵っ子なのだからな」
「ええっと…?」
作物の監視を、一度は名乗り出たオスカーなのだが、意外にもジョゼットの提案に困惑している。
そう難しく考える事でもないだろう。
色々とそれらしい理由を述べてはいるが、ジョゼットにとって弟分であるオスカーと、久しぶりに話をしたり可愛がったりしたいというだけの事だと思う。
「宿を取っているのは私だけなんだ。折角こう言ってくれている事だし、好意は素直に受け取るべきだと思うよ?」
「は、はぁ…。それではジョゼット様、お世話になります」
「ああ、自分の家のように寛いでくれて良いからね」
一通り話も済んだ事だし、ひとまずは屋敷を離れるとしよう。もう一つの用事を片付けてしまおう。
オスカーに案内してもらい、商業ギルドに到着する。
まずは運搬物の納品だ。エミールから預かった作品と、デンケンから依頼された作品だ。後者の依頼は正式には作品を手掛けた人物の依頼となるが。
間違いがあってはいけないだろうから、作品は全て直接本人に渡す事にした。ついでだから、このまま出品の受付を済ませてしまおうと提案をすれば、依頼者達は満場一致で了承してくれた。
作品によっては結構な重量物の物もあるので、一般人程度の身体能力しかない作家では持ち運べなかったり受付会場までの道中に不安が残っていたのだ。
つまるところ、会場までの道中の護衛及び運搬依頼をサービスで行っているようなものである。
今回の事で特に報酬をもらう予定はない。あくまでついでだからだ。
そもそも、元の運搬依頼でかなりの額の報酬を用意してくれているので、この程度の事で報酬をもらう必要が無いのである。
特に問題も無く美術コンテストの出品受付に来てみれば、かなりの数の美術品が出品されている事が確認できる。
ただし人の数はそれほど多くはないな。
コンテストのスタッフに聞いてみれば、今はまだ受け付けるだけであり、作品の梱包を解くのは後日になるのだとか。つまり、抜け駆けして作品の内容を見る事ができないのだ。
「作品の出品手続きをしに来たよ」
「ようこそいらっしゃいました!お話は伺っております!早速受付を済ませてしまいましょう!」
出品の受付手続きは非常にスムーズだった。念のため私達や出品されている作品に危害を加えるような輩がいないかを『広域探知』で捜索してみたが特に怪しい反応も無かった。
「世界中から数々の美術品が送られてきますからね!警備は厳重ですとも!何せ一級騎士10名!大騎士5名!宝騎士1名の体制で警備をしていますからね!気合が違いますよ!」
随分と奮発している物だ。この国に所属している騎士の人数を考えたら多過ぎなんてものじゃないぞ。
それだけアクレイン王国はこの美術コンテストに力を入れている、という事なのだろうな。
滞りなく手続きも終り、解散して冒険者ギルドへ報酬を受け取りに向かおうかと思ったのだが、コンテストのスタッフに呼び止められてしまった。
何でも美術コンテストの責任者から頼みがあるらしい。
世界中の美術品が集まるこのコンテストの責任者って、それはつまり、かなりの地位の人物じゃないだろうか?
その予想は当たっていた。果たして私に何を求めるのだろうな。
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