第259話 動物の気持ち
モーダンから出て、オスカーの体を尻尾で巻き付け宙に持ち上げる。
これから王都まで移動するのにこの子を運ぶ際にどうしようかと思ったのだが、私のこれまでの経験上、オリヴィエの時と同様に横抱きにした場合、問題が発生しそうな気がしたからだ。
流石に自分の扱いに疑問に思ったようで、純粋に私に状況を確認してきた。
「えっと…。ノア様?この状態はいったい…?」
「私の移動速度とオスカーの移動速度では大きな差があるからね。王都に着くまでの間の少しの辛抱だから、我慢してもらっていいかな?」
「はぁ…。わ、分かりました…」
困惑はしているが、不満は特にないようだ。ならばこのまま王都アクアンまで走って行くとしよう。
勿論オスカーに対して障壁を張る事は怠らない。先日小型高速艇で移動した際、私にとってかなり遅い速度で移動していても顔に当たる風圧が辛そうだったからな。
私が走る速度はあの時の比ではない。オスカーの安全のためにも、障壁を張るのは必須である。
尻尾もなるべく動かさないようにしないとな。人によっては激しい揺れは健康状態を著しく低下させて嘔吐する場合もあるらしいのだ。
騎士として十分な実力を持っているオスカーならば心配はないかもしれないが、今後一般人を運ぶことが無いとは言い切れない。
その時のための予行練習と考えればちょうどいい機会といえる。
「…!?……は、速…っ!」
「5分もすれば王都付近に着くから、それまで目を瞑っていてもいいよ」
「い、いえ!これだけの速度を体験する事なんて滅多にないんです!今後のためにも、しっかりと目にしておきます!」
逞しいな。確かに私の移動速度に慣れてしまえば、他の移動手段で腰が引ける事も無いだろうな。
尤も、移動時間は非常に短い。王都に着くまでに慣れればいいのだが…。
私の肉体が進化してからというもの、身体能力が飛躍的に上昇しているからな。当然走る速度も以前の比では無いのだ。
以前と同じ感覚で走った場合、20分掛かっていた移動時間が2、3分で到着してしまうだろうな。
そのため移動は今まで以上にゆっくりと走っている。
やるつもりはないが、仮に全力で走った場合、私が走った場所が酷い事になっていそうだ。
予定通り走り始めてから5分。王都アクアンの城壁付近まで到着した。ここでも多くの人々が行列を作っているな。審査が厳しいのだろうか?
行列の人々の様子は最初に訪れた国境都市とあまり変わらなかったが、あの時とは明確な違いが確認できた。
行列の最後尾付近に兵士らしき人物が馬を用意して待機していたのである。
こちらに視線を送ってきている事を考えると、私達を待っていたのだろうか?自分の乗ってきている馬とは別にもう1頭馬がいる辺り、その可能性は高い。
私が馬に乗った兵士に近づくと、彼は馬から降り跪いて挨拶をしだした。
「王都アクアンにようこそ。『黒龍の姫君』ノア様。話は宝騎士・タスク様より窺っています。移動用の馬を用意いたしましたので、どうぞ、可愛がってやってください」
「ありがとう。それなら、少し乗り回らせてもらってもいいかな?」
「勿論です。騎士・オスカー。君は私と共に先に城門まで来てもらうが、構わないか?」
「はい!問題ありません!」
なんと今回は馬に乗ってある程度好きに乗り回しても構わないらしい。国境都市で私が馬を気に入ったという話が彼等にも伝わったのかもしれない。何にせよ、嬉しい事だ。
それと、普通に会話してしまっているが、私はまだオスカーを尻尾で巻き付けたままである。
流石に格好がつかないだろうし、そろそろ降ろしておこう。私が馬と戯れている間に先に城門まで移動するようだしな。
「はふぅ…。す、少しふらつきます…」
「その…騎士・オスカー?。『姫君』様の走る速度は、軍馬の比では無いと聞いたのだが…事実なのか?」
「ははは…。コレに慣れてしまえばどんな騎獣でも臆することなど無くなるでしょうね…」
「それほどか…。その…良い経験をしたな…」
例え障壁を張って風圧を受けないようにしていてもオスカーにとってはかなりの負担になっていたようだ。
オリヴィエのように悲鳴を上げるような事は無かったが、それでも尻尾から解放された時はふらついてしまっている。
オスカーの状態を察して兵士が慰めの言葉を掛けているが、果たしてそれで気が晴れるかは別問題だろう。
まぁ、その辺りはオスカー自身の問題だ。あの子ならきっと立ち直ってくれるだろう。なにせここ2、3日は直接私と打ち込み稽古をしていたのだ。少しすればきっと立ち直るだろう。
さ、私は用意してくれた馬を愛でさせてもらうとしよう。
ああ…やっぱり可愛いなぁ…。まさかこうして再び馬と触れ合う事ができるなんて…。
まずは体を撫でてあげよう。そうすると喜んでくれるようだからな。
そう思い、馬の体を前回のように撫でようとしたところ、馬の魔力の流れにほんの僅かな乱れを感じた。
健康状態に影響があるほどのものではないが、正常に戻した方が快調になるだろうからな。撫でるついでに魔力の乱れを直しておこう。
「ぶるるるるる……」
「ん?うん…気持ちがいいのかな?そう…それは良かった」
馬もとても心地よさそうにしている。とても可愛らしいし、自分の行動で喜んでくれている事がとても嬉しい。暖かな体に障り心地の良い艶やかな体毛…。
やはり馬は良いなぁ…。"楽園最奥"にも私の家の広場で暮らしたいと言ってくれる馬が現れてくれない物だろうか…。
いやまぁ、馬の魔獣がいない事も無いんだ。謁見の時にも会っている。
ただあの子、ホーディ並みに巨大なんだ。撫でようと思っても浮遊しなければ碌に手が届かないし、普通の馬のように跨る事も出来ないだろうな。
あの子もホーディやゴドファンスのように体を縮小させる術を学んでもらえないだろうか?
通常の馬のサイズになってくれればウルミラやラビックを可愛がる感じで触れ合えるのだが…。
私にとってはそれが理想なのだが、そもそもあの子の性格上、それはあまり望めなかったりする。
あの子はラフマンデーと同じく、私の事を神聖視しているところがあり、自分があの広場で生活するのは分不相応と考えているようなのだ。
気にせず広場で走り回ってもらいたいのだが、強要はしたくないので今まで通りの暮らしをしてもらっている。
さて、一通り魔力の乱れも整えた事だし、そろそろ乗せてもらうとしよう。
乗馬用の装備を一式身に付けているためか、非常に乗りやすい。ただ、馬を走らせる合図はどうしたものだろうか?
本で読んだ内容によれば足で腹部を軽く圧迫するらしいのだが、私の身体能力でそんな事をしてしまった場合、この子に大怪我を負わせてしまいそうだ。
何かいい方法は無いものかと考え、思いついたのは思念による指示だ。
〈思うままに走って良いよ〉
〈ぃよっしゃあああああっ!!!〉
思念を送った途端、歓喜に満ちた思念が私に伝わり、全速力で駆け出し始めた。やはり国境都市の時と同様、私が知る馬よりも速く走っている。
〈いつもこれぐらい速く走れるの?〉
〈ムリムリムリムリ!姫様が俺に力を授けてくれてるからだぜ!!〉
私がこの子の体を撫でながら魔力の流れを整えた際に、私の魔力が僅かに流れていたらしい。
特に悪影響はないだろうしそのうち収まるだろうから、好きに走らせてあげよう。
というか、この子も私の事を姫と呼ぶんだな。
動物でも私が魔力から産まれた存在、かつ王族の因子がある事を理解しているのだろうか?
〈ィイイイヤッッフゥウウウウウーーーッ!!!〉
それにしてもやたらテンション高いな。他の動物達もこんな感じなんだろうか?
まぁ、なんにせよこの子に怪我をさせずに済みそうで良かった。
思念を送ってあげればリアクションは激しいがその通りに動いてくれるので、私自身は特に体を動かしていない。
傍から見たら合図も無しに一人でに馬が走り回っているので、碌に乗馬が出来ていないと思われているかもしれないな。
ああ、遠くから此方の様子を見ている兵士とオスカーも呆然としているな。
これまで基本的に様々な事をそつなくこなしてきたように見えているだろうから、乗馬が禄に出来ない事を意外に思っているかもしれない。
〈そろそろ城門まで向かってもらっていいかな?いくら私の魔力を受け取ったとはいえ、流石に疲れて来ただろう?〉
〈くぅ~~~っ!もっと走ってたいんだけどなぁ~っ!こんだけしか走れねぇ俺の体が憎いぜぇっ!〉
精神的にはまだまだ元気だが、この子の肉体には疲労が溜まっている。
私ならばその疲労も取り除けるが、その場合、いつまで経ってもこの子は走り続けているだろうな。
私にも予定がある以上、今日はこの辺りで満足してもらうとしよう。
城門まで移動して馬から降りると、すかさずオスカーが質問を投げかけてきた。聞かずにはいられない事があるようだ。
「あのっ!ノア様は一切動いていなかったというのに思うままに馬が走っていたのですけど、一体何がどうなっているのですか!?」
「ん?好きなように走らせたらああなっただけだよ?」
「えっと…好きなようにって…そういった指示を出したようにも見えなかったのですけど…」
ああ、オスカーから見たら馬の動きが私の意思に沿った動きに見えていたのか。
私自身は微動だにしていないのに私の意思に沿った動きをしていたのが不思議で仕方が無かったらしい。
「思念を送ったんだよ。好きなように走って良いよって」
「えっ?そ、それで伝わったんですか…?」
「ああ。だからこそこうして城門まで大人しく来てくれただろう?」
「ええぇ…」
そうドン引かないでもらえないかな?というか、人間は思念による会話をもっと学ぶべきだと思うのだが…。
なまじ声による会話が浸透してしまっているせいでそういった方法が思いつかないのかもしれないな。
「お楽しみいただけたようで何よりでございます」
「ああ、ありがとう。それにしても、私が来るのはタスクから聞いていたとして、よく私用に馬を用意できたね?」
「はっ!国境都市で『姫君』様が馬を大層可愛がっていたと報告を受けていましたので!お気に召していただいたようで!」
本当に気に入ったよ。出来れば今日だけと言わず、王都に滞在している最中にまた触れ合わせてほしいぐらいだ。出来ないだろうか?
「それほどまでにお気に召していただけましたか…!大変光栄であります!では、普段馬を管理している馬房がありますので、気が向きましたらそちらに足をお運びください!きっと歓迎してくれますよ!」
つまり、そこへ行けばこの子と再び触れ合えると言う事か。いいね。必ず訪れさせてもらうとしよう。
手続きも済ませ、王都の中に入って最初にやる事といえば、やはり宿の確保だ。
オスカーに私の要望に沿った宿を紹介してもらおう。
私としてはファングダムで経験した風呂付きの部屋が良いのだが、ああいう部屋はアクレインには貴族用の高級宿しかないらしい。
そしてそういった高級宿は常に予約で埋まっていて、その日に訪れて宿泊できるようなものではないらしい。
しかし風呂屋自体はあるので特に問題はない。話を聞く限り残念ながらカンディーの風呂屋ほどの設備は無いようだが、そもそもあの設備は異世界の設備を異世界人が全力で再現したものだ。そうそう出会えるものではないだろう。
モーダンの風呂屋よりは設備が良いらしいので期待しておこう。
オスカーの紹介で宿の手続きを済ませたら今度はタスクのお使いだ。
彼の友人である植物研究科の家はオスカーが知っているので、案内してもらおう。オスカーに王都までついて来てもらってよかった。頼りになる。
案内された場所は貴族の屋敷だった。かなりの敷地の広さだ。
騎士、それも宝騎士の友人なのだからそれなりの立場の人物かもしれないという予想もしていないわけではなかったが、まさか貴族とはな…。
まぁ、宝騎士が友人だと公言しているのだ。悪徳貴族という事は無いだろう。
さっさと手紙を渡してしまおう。私にはまだやる事が残っているのだ。
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