第258話 ドラゴンの性
新しい朝が来た。滞在予定期間を変えないのなら、残りのモーダンの滞在期間は半分。時間は大事に使って行こう。
それで、今日は何を見て回るかだが、美術品を見て回る事にした。
オルディナン大陸から持ち運ばれた美術コンテストの出品物は、内容を肉眼で確認できなかったからな。やはり近しいもので良いから直接肉眼で見ておきたいのだ。
ついでだから別の大陸から運ばれてきた美術品も見て回ろうと思っている。
魔大陸で私がこれまで見て来た作品とどの程度違いがあるのか。それだけでも確認しておきたい。
別に変化があまり無いのならそれはそれで構わない。それだけ世界中で情報が共有されているという事と判断できるからな。
まぁ、各地の伝統芸能が消えて無ければそれでいい。そういった作品が今この場になくとも、現地に向かう事で目にできるのなら言う事は無い。
今日の方針も決まった事だし、朝食を食べてオスカーと合流しよう。
そう思っていたのだが、オスカーと合流して早々、彼から一つ要求を出された。
昨日話をしていた、海外の作物が魔大陸では魔物化してしまう内容について、詳しく説明をして欲しいとタスクから言われたようなのだ。
「言ってしまったの?」
「その、報告の義務がありますから…」
そういえばティゼム王国でもそんな話があったな。あの時もそれで私の情報がミハイルにも伝わり、色々と話がスムーズに進んでいたのだった。
オスカーにとっては師匠であるタスクは直接の上官でもあるのだし、1日の出来事を報告する義務があっても不思議ではない。
昨日の時点ではオスカーもデンケンも作物の魔物化についての説明は後日にしよう、と話していたわけだが、報告を受けたタスクとしては早急に把握しておくべき事だと判断したのだろうな。
それにしたって、デンケン抜きでも話を進めようとは、やはりタスクは食えない性格をしているな。
自国が他国よりも情報で優位に立てる可能性を見出したらしい。
まぁ、今回の事は私だって詳しく知っているわけでは無いのだ。説明にもそこまで時間は掛からないだろう。
さっさとタスクに私の考えを伝えてモーダン観光を再開させよう。
「なるほど…。となると、この大陸の土壌そのものが他の大陸と質が違う、という可能性がありますね…。他にもこの大陸ならではの理由があるかも…」
「なにせ一つの大陸に大魔境が3つだからね。良い事か悪い事かは分からないけど、色々と仮説が立てられるだろうね」
私が昨日の会話で感じた事をタスクに説明すると、彼も自分なりに原因を考察しているようだ。私と会話をしながら何やら紙にペンを走らせている。会話の内容を纏めているのだろうか?
だが、そういった仕事はもはや騎士の仕事ではないのではないだろうか?それとも宝騎士という役職は、騎士以外の務めでもあるというのか?
グリューナにそういった気配は無かったが、ティゼム王国とアクレイン王国では勝手が違うかもしれないし、何とも言えないな。どうなっているのだろうか?
と思っていたら、タスクが先程ペンを走らせた紙を封に仕舞い、私に手渡してきた。
「申し訳ございませんが、ノア様にお願いがございます」
「この手紙を、誰かに届ければいいの?」
封筒を受け取りながら訊ねれば、静かに首を縦に振って頷く。
「はい。王都に住まう、植物研究家である私の友人に渡して欲しいのです」
流石に研究や考察は騎士の専門外だったわけだ。
手紙の内容は先程の会話を分かり易く纏めたものだろう。これなら、一々口で説明する必要も無くなるな。
「ノア様の仰る通り、現状の情報だけでは仮説が多すぎてどれが正解なのかまるで分りません。専門家に検証してもらうのが一番でしょう。お願いできますか?」
「いいよ。引き受けよう。どの道王都にはいくつもりだったからね」
「ありがとうございます。オスカー、種子のある作物を今のうちに複数購入しておいてくれ」
「はっ!」
王都にいる研究科に渡すためのものだとは思うが、それぐらいなら私が購入しても良かったんじゃないだろうか?
「流石にそこまで甘えるわけにはいきませんよ。それに、ノア様にはもう一つお願いしたい事がありますので…」
「もう一つのお願い、ね。一応聞こうか」
何やら声色からして面白い話ではない気がするが、聞くだけ聞いてみよう。もしもこちらに不都合がある様なら断ってしまえば良い事だ。
まぁ、オスカーに必要な作物を購入させようとしている時点で何となく察しは付いているが。
「王都に滞在している間までで構いませんので、引き続きオスカーの面倒を見て欲しいのです」
「私がオスカーの面倒を見ているのではなく、この子に街の案内をしてもらっているのだけど?」
「報告は受けていますよ?夕食後は毎日のように冒険者ギルドで稽古をつけてくれていると」
そうか。報告の義務がある以上、私がオスカーに稽古をつけていた事も正確に報告するのは当然だ。
それでオスカーの面倒を引き続き見て欲しいと依頼をするという事は、タスクもオスカーの成長を感じ取ったという事だろうか?
「ええ、その通りです。この調子で行けば、オスカーは最短で大騎士になれるでしょうからね」
「一等騎士を越えて大騎士とは、随分とこの子の事を買っているんだね」
「オスカーが既に一等騎士相当の実力を持っている事は、既にノア様もご存知でしょう?」
まぁ、否定はしない。稽古を付ければつけるほどオスカーはどんどん成長する。既に初めて会った時、つまり3日前とは別人と言えるほどの実力だ。
流石に魔力量や密度まで急激に成長しているわけではないが、技量的な成長が凄まじいのだ。
「国に仕える騎士が大きく成長する機会、歓迎しない筈がありません。勿論報酬はお支払いいたしますし、オスカーも王都を知らないわけではありません。案内役も十分こなせるでしょう。出来るな?オスカー」
「はっ!ノア様の御要望、可能な限りお応えし王都をご案内させていただきます!」
オスカーとしても望むところ、と言った感じだな。まぁ、案内役を探す必要が無いのは助かる。
それならお言葉に甘えて王都でも案内を任せるとしよう。私としてもオスカーの成長を見ているのは楽しいからな。
「こっちの方は、正式な依頼として受け取っていいのかな?」
「はい。既に冒険者ギルドには指名依頼として発注していますので、後ほど受注していただければと思います」
「分かったよ。その依頼、引き受けよう」
依頼を了承をすると、二人とも表情を明るくした。タスクはともかく、オスカーも目に見えて喜ぶとは。
純粋に慕われている事に、ひとまずは喜んでおこう。この子からは私に対して恋慕の感情を感じないし、面倒な事にはならない筈だ。
「それじゃあ、そろそろ良いかな?まだまだこの街には私が知らない物が沢山あるようだからね」
「貴重なお時間を使わせてしまった事、誠に申し訳ございません。それと、依頼を引き受けて下さり、本当にありがとうございます」
「依頼内容は私にとって特に問題があったりする内容ではなかったからね。ところで、作物の魔物化の話、デンケン抜きでしてしまったのは良かったのかな?」
一応、デンケンのいる場所で私が口走った以上、彼も交えて話をしたかったので、少しだけ困らせるつもりで言ったのだが、私はどうやらタスクを不当に見損なっていたようだ。
「デンケン提督にも都合がありますからね。彼とは今日も会う予定がありますので、その際に友人の植物研究科に調査を頼んだ事も含めて詳細を説明させていただきます」
「…嘘は言っていないようだね。分かったよ」
タスクなりにデンケンを気遣っての行動だったようだ。この様子だと、詳細な説明をするだろうしデンケン抜きで話をした事も謝罪までするんじゃないだろうか。
そしてデンケンは豪快に笑って許しそうだな。なんとなくだが、この2人は似たようなやり取りを過去にも行った事があるような気がする。
ともあれ、話は終わりだ。引き続きモーダンの街を楽しませてもらうとしよう。
やはり美術品というものは素晴らしいな!とても感動させられる!
個人的に良い物と思った作品には、大小の差はあれど、人の想い、意思が込められているのだ。
おそらくはゴルゴラドで見た女性鍛冶師が打った、感謝の想いを強く込めた剣と同類だろう。文字通り丹精込めて作られた作品である。
それは絵画に限らず彫刻、陶器など、あらゆる美術品に見受けられた。
「………」
一品一品が本当にいい出来だ。つい、足を止めてしばらく眺めていたくなる。
特に気に入った作品はしばらく眺めた後、言い値で購入させてもらった。中には金貨10枚した物もあったが、今の私からすれば大した額ではない。
購入するものを特に気に入ったものに限定しているのは、別にそれ以外の作品に購入する価値が無いから、というわけではない。
だが、だからと言って手当たり次第に購入してしまっては他に美術品を求めている者が購入できなくなってしまう。
いくら良い物だからと言って商品を買い占めて他者にその素晴らしさが伝わらなくなる事態は避けたいのだ。
そういうわけで、特に気に入った作品だけを厳選して購入させてもらっている。
そんな調子で美術品を楽しんでいると、オスカーから声を掛けられた。
「あ、あの、ノア様?そろそろ昼食の時間になるのですが…」
「えっ?もうそんな時間?……え?本当に?」
「はい…」
なんてこった。まさかそれほどまで時間が経過している事に気が付かなかっただなんて…。
オスカーの言葉を受け入れる事ができなかった。何せ美術品を扱う場所を案内されてからまだ5店舗ほどしか見て回っていないのだ。歩いた距離は200mも無い。
それほどまでに時間を忘れて作品を眺め続けていた、と言う事だろう。
もっと作品を見ていたいのだが、昼食の時間とあっては仕方がない。ひとまず意識を食事に切り替えよう。
食事の味が大した事が無ければ、適当に済ませてしまってすぐさま美術品を眺めに戻っていたのだがな…。というか、その場合、オスカーがいなかったら食事もとらずに美術品を鑑賞し続けていただろうな。それほど私はこの辺りに陳列されている作品の数々を気に入った。
だが、幸か不幸か、この街が提供してくれる食事も実に美味いのだ。無視する事など出来る筈もない。美術品に後ろ髪が引かれる思いではあるが、今は気持ちを切り替えて食事を楽しもう。
…この星の料理事情は異世界人が世界中に故郷の料理を広めたからか、いつもの事だが、どれも非常に味が良い。
それに料理の種類も非常に豊富だ。味の食べ比べをしたくなってつい大量に注文してしまう。
だが、一人で食べているならともかく、今の私は食事の席に同行者がいる。
人によっては大量の食事を取っている光景を見るだけで空腹感を満たされてしまうというし、ほどほどにしておこう。
「あの…ノア様はいつも沢山の食事を召し上がられていますけど、その、苦しくなったりはしないのですか…?」
「ならないね。今までに満腹感を得た事は一度も無いんだ。私にとって食事という行為は、純粋に味や食感を楽しむ行為だと思っているよ」
「はぁ…」
と、こんな感じで周りの事を意識せずに食事をしていると私の食事量に関して言及されてしまうと言う事だ。
多くの生物にとって食事とは生きるための栄養素を取り込むための行為、生命維持活動だ。
特に人間はどのような形であれ他者の命を己に取り入れる事で生きながらえている事を強く認識しているらしい。そのため、食材そのものに対して感謝をするものがとても多い。
彼等が食事をする際にいつも[いただきます]と言葉に出しているのは、[自分が生きるために貴方の命をいただきます]、という意味合いがあるのだとか。
そう考えると、食事の必要のない私がただ味や食感を楽しむためだけに食事を口にする行為が少々申し訳なく感じてきた。
だが、結局この考えも私の傲慢なのだろうと考え直し、やはり純粋に食事を楽しむ事にした。
食べた食事は一応、魔力に変換されているようだし、まったくの無駄というわけでは無いのだ。私も今後は人間達に倣って食材に感謝して行くとしよう。
昼食が終わった後は再び美術品の鑑賞及び購入である。昼食の時にオスカーに確認を取ったのだが、午前中に私が見た美術品は全体の2割にも満たないらしい。
午前中と同じペースで見て回ったら確実にそれだけで残りの滞在日数を使い切ってしまうな。
しかし、思いを込められた品々を流してみる事など私にはできそうもない。作品に、そして作者に対して失礼に感じてしまうからだ。
ここはもう開き直って存分に思うまま見て回ろうタスクもオスカーも存分に楽しめと言ってくれたのだ。遠慮などするものか。
美術品を見て回るだけでモーダンに滞在している時間が1週間経ってしまうかもしれないが、多少滞在期間を延長しても問題は無いのだ。
時間の事はもう気にせず見て回ろう。次に訪れた時に今展示されている作品がまだ展示されているとは限らないのだからな。
結局、私は4日間丸々使って海外から運ばれてきた美術品の数々を全て見て回らしてもらった。
色々と吹っ切れてからは購入した美術品の数も最初のころと比べてやや増えてしまった気がする。
購入した美術品の総額は金貨500枚に届くほどだった。
人によっては無駄遣いをしているように思われるかもしれないが、私が満足しているのだ。決して無駄だとは思っていない。
家に帰ったら城の至る所に飾らせてもらう所存だ。勿論、防護をしっかりと施した状態でだ。
こうして美しいと感じたり感動した物を即決で購入していると、改めて自分もドラゴンだと思い知らされる。
勿論、私は普段から自分の事をドラゴンだと認識しているが、ヴィルガレッドを始めとしたドラゴン達のように財宝や光物を集める収集癖と執着心が、彼等と比べて乏しく感じていたのだ。
私にも彼等のような収集癖や執着心がある事を認識出来て、少し嬉しく思った。
それと、滞在時間は1日間だけ延長させてもらった。
私が案内してもらったモーダンは海外から運ばれてきた品々を取り扱う区域のみだったのだ。
最後の1日はモーダン全体をざっくりと見て回る事にして、余った時間で美術コンテストで出品する作品を作製させてもらった。
そんなこんなでモーダンの観光も終え、いよいよアクレインの王都アクアンへと向かわせてもらう。
なんだかんだで色々とやる事があるがそれもお使いのようなものである。
手早く終わらせて観光を楽しませてもらうとしよう!
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