第257話 いまいちな評価の美味しい食べ物

 両断した胴体は内臓が零れてしまわないようにしっかりと凍らせている。

 魔力刃で切断した傍から凍った事に対して不審に思われるかもしれなかったが、すぐに『収納』に仕舞った事で気取られる事も無かったようだ。それに、私ならばそれぐらいできてしまうと納得してくれるかもしれない。実際できているしな。


 さて、仕留めたタコの大きさは全長約10m。バラバラにした触手一本だけで見ても、その長さは6mはある。

 これだけ巨大なのだ。少しぐらい食べてしまっても問題は無いだろう。


 タコの足の一本、先端の30㎝ほどを魔力刃で切り取り、手元に残す。さて、どうやって食べようか。


 「あの、ノア様?それ、どうするのですか…?」

 「ま…まさか、食べるつもり、なのか…?」


 おや、オスカーとデンケンは何やら引きつっているな。タコの切り身を指差して慄いている。


 もしかしてこの手の生物が美味いと伝わっている事を知らないのだろうか?

 あり得るな。何せそういった情報が載っていたのはティゼム中央図書館でもほんの少しだったし、2人共今までタコを目にした事が無かったようだしな。


 「ティゼム王国で読んだ本に、美味いと書いてあったからね。確かめずにはいられないのさ。まずは味見だね」

 「ええぇ…」

 「マジかよ…」


 何もドン引くこと無いじゃないか。特にオスカー。魔大陸では魔物を食す事ぐらい、普通の事だろう?

 多少見た目が悪くとも、美味ければ何も問題無い筈だ。そもそも、加工してしまえば気になる事も無いだろうしな。


 とりあえず、まずは生で行ってみるか。切断面をそのまま齧り付いてみよう。


 ふむふむ…。コレは………。


 今までにない食感だな!弾力が凄まじい!前歯で噛めば抵抗なく噛み千切れるが、奥歯で噛むと今まで食べたどんな肉よりも強い弾力が伝わってきた。

 しかも、大量の旨味成分でも含んでいたのか、噛めば噛むほど旨味がにじみ出てくるのだ!

 海水に浸っていたためか塩気もあり、かなり美味い!本の内容は事実だった!


 「凄く美味いよ。2人も食べてみる?弾力が凄いから、薄く切り分けよう」

 「え、えっと…」

 「よぉし、『姫君』様がそこまで言うんなら間違いなくうめぇんだろうな!俺は食うぜ!」

 「て、提督!?本気ですか!?」


 意外にもオスカーよりもデンケンの方が先にタコを食べる意思表示をしてきた。

 というかオスカー、流石にその言い分はデンケンや私に失礼じゃないか?その言い分だと既にタコを食べている私が正気じゃないみたいじゃないか。


 「おうよ!こちとら海の男だ!海で捕れるもんで食えるってんなら、食わねぇわけにはいかねぇんだよ!味は『姫君』様が保証してくれてるしな!」

 「うぅ…で、では…僕もいただきます…!」

 「ガハハ!大した度胸じゃねぇか!無理はすんなよ!」

 「こ、これも騎士の務めです!」


 海の男だったらなぜ海で捕れるものを食べなければならないのかだとか、忌避している食べ物を食べる事のどの辺りが騎士の務めなのかは分からないが、とりあえず2人共欲しがっているのだから提供しよう。

 勿論、噛みやすいように極薄、0.5㎜ほどの厚さにスライスして提供しよう。


 「さ、どうぞ。海水の塩分が身に浸透しているからか、このままでもしっかりと味があるよ。私の意見を言わせてもらうと、すぐに飲み込まずに何度も噛み続けるのがコレの楽しみ方だと思うよ」

 「今更だが、『成形モーディング』の使い方がヤベェな…。精密なんてもんじゃねぇぞ…」

 「かの"形無しフリースタイル"でも、同じような事ができるかどうか…」


 "形無し"…。確か、『成形』の扱いに長け、あらゆる武器の形状を成形して様々な状況に対処する"一等星トップスター"の冒険者だったな。

 私が直接会って話をしてみたい冒険者の一人である。魔大陸の住人であるオスカーも知っている辺り、かなりの有名人なのだろう。


 それはそれとして、2人共提供したタコの切り身を口にしたようだ。弾力もタコの醍醐味だと思ったので、ある程度の厚みを残してみたのだが、功を成したようだな。


 モゴモゴと口を動かしながらも、しっかり味を堪能しているようだ。


 30秒ほどじっくりと噛み続けてようやく切り身を飲み込んだ。


 「どうだった?」

 「悪くねぇな。てか、俺は好きだぜ?酒のつまみに欲しいと思った」

 「噛むたびに出て来る旨味が凄いですね。染み込んだ塩分も相まって、とても美味しいです。元の姿を知らなければ、問題無く食べてもらえると思います!」


 思いのほか好評じゃないか。だが、味の感想の割にはあまり表情は明るくないな。何か問題があるのだろうか?


 「この薄さでも弾力が凄いですからね。大抵の人は顎が疲れちゃいますよ」

 「だな。いっぺんに大量に食えるもんじゃねぇよ。平然と噛み切れるのは、それこそ『姫君』様みたく鋭い牙みてぇな歯を持った種族ぐらいじゃねぇかな?」


 どうしよう。タコの身、途轍もなく大量にあるのだけど。どう考えても消費しきれる量じゃないぞ…。

 だというのに、この2人をしてあまり量を食べられないと来たか。まだまだ大量にあるんだがな…。


 まぁ、いいか。そんなに需要が無いというのなら、私が食べてしまえばいいだけだ。多分だが、家の皆なら問題無く食べられるだろうしな。


 さて、試食はまだ生で食べただけだ他の調理方法も試してみよう。身に対して魔術を使えば、調理時間もかなり短縮できるはずだ。



 モーダンに戻りながらタコの身を焼いて、茹でて、乾燥させてと味の変化を試させてもらった。

 どの調理方法でも相変わらず弾力は維持されていて、やはり人間ではあまり多くを食べる事ができなさそうである。

 大量に人間達に卸すなら、やはり保存が利く乾燥になるだろうな。


 一応オスカーとデンケンにも試食してもらったのだが、やはり2人も一般人に卸すのなら乾燥させて卸すべきだと言われた。


 だが、正直人間達には扱うのが難しい気がしている。


 このタコの身、私だから何事も無く容易に加工できてしまったのだが、実際に人間達で加工しようとした場合、どれほどの労力を用いる事になるのか想像がつかない。

 残念だが、今日の夕食に提供してもらうのは諦めた方が良さそうだ。


 とりあえず手元に残ったタコの足はこのまま食べてしまおう。


 「…こうしてみると、凄まじい弾力がある様には見えないですよね…」

 「一体、どんだけ顎の力が強いんだか。おっかなくてしょうがねぇや」


 一度食したからこそ私が平然とタコを食べる事ができている事に驚愕を禁じえないのだろう。私がタコを食べると言い出した時よりも引いているように見える。2人して非道くないか?



 その後は何事も無く停泊所まで戻った私達は冒険者ギルドへと向かい、魔物の討伐を報告。

 未確認の魔物だったようだから、討伐した証明になるものでも提示する事になるかと思ったのだが、驚くべき事にいつも通りギルド証を渡すだけで手続きが済んでしまった。


 どうやらかなり昔にアレと同種の魔物に『鑑定アプレイザ』を行った者がいたらしい。大したものである。


 魔物の名称、タコかと思ったが違った。

 正式名称はトゥルァーケン。私が仕留めたのは成体ではあるが平均よりも小さい部類の物だったらしい。

 過去確認された最大サイズは40m近くあるのだとか。


 ああいった魔物が大量に海底には存在しているという事だ。人間が海底を探索するのは、止めた方がいいだろうな。


 滞りなく討伐手続きも終ったところで時間も夕食時となりデンケンとはここで解散する事となった。

 結局オルディナン大陸の品を、あまり私に紹介できなかった事を悔やんでいた。


 それならまた明日紹介して欲しいと言ってみれば、明日以降は彼も仕事があるらしい。今日は態々私のために時間を取ってくれていたそうだ。

 そう言われてしまうと、何だか悪い事をしてしまった気がする。


 ちなみに、トゥルァーケンはまだ卸していない。大きさが大きさだし、碌に卸された事が無かった魔物だ。長丁場になるのは火を見るよりも明らかだった。


 今日も夕食後、オスカーに稽古をつけようと思っているので、トゥルァーケンを卸すのは明日以降にしようと思っている。


 宿に戻ってトゥルァーケンを見せれば、やはり思った通りの反応をされた。

 勿論、『収納』に仕舞った足を丸々1本、そのまま卸してはいない。なにせ足一本でも6mを超えているのだ。単純に置けるスペースが無いのだ。

 そのため、まずは卸せるサイズにトゥルァーケンの足を細かく切り分けるところから始める事にした。


 船で私が食べたのと同規模の大きさを提出したのだ。それも、食べやすいようにするために細かく目の前で切り分けさせてもらった。


 そこまでやって、それでもなお、宿に勤めている料理人の反応は微妙なものだった。彼等に見せたのはほんの足の先端だったのだが、それでも気味悪がられてしまったのだ。


 一応、オスカーも味を保証してくれたので味見自体はしてくれたのだが、乾燥させたもの以外は軒並み不評だった。

 分かっていた事だが、保存が利かないのが一番のネックだそうだ。


 「これ、ここまで薄くて小さいヤツを一切れ食べるだけでも、かなり体力を消耗しますね。オスカー様も言ってましたけど、一度に食べるのはこの状態でも1切れ2切れでしょうかねぇ…」

 「それなら、大半は私が処理させてもらうとしよう。とりあえず、残った切り身で何か料理を使ってくれると嬉しい」

 「そう言われたのなら達成はしますが、今日のところは諦めて下さいよ?とてもじゃないですが、いまからじゃ料理が間に合いませんよ?」

 「構わないとも。私も今日料理が出来ると思っていなかったからね」


 そう伝えて、席へと戻る事にした。少なくとも、この街に滞在している間には食べられるようになっていると思う。


 今日は普段通りの夕食を楽しむとしよう。


 気が早いかもしれないが、既に私は明日の事を考えている。何だかんだで既に今日で滞在4日目。滞在予定時間の半分を使ってしまったのである。


 見ていない物や体験していない事もまだまだたくさんある。きっと今回の滞在期間では全てを視て回る事はできないだろう。


 ならば、また来た時に存分に楽しませてもらう事にしよう。どの道、海外へ往くために将来船に乗せてもらう事を約束済みなのだ。

 その時に、今回見て回れなかった物を存分に見て回らせてもらうとしよう。


 明日は何を見ようかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る