第256話 タコ!

 討伐対象の魔物の出現場所だが、大分沖の方で出現するらしい。


 まぁ、何も問題はない。海面を移動することぐらいは訳が無いからな。どうとでもなる。

 魔力の足場を発生させてもいいし、『水上歩行』を用いてもいい。

 距離も、問題無い。私の移動速度ならば大した距離じゃないからな。


 ただ、それらはあくまで私単独で行動する場合だ。


 討伐依頼にオスカーとデンケンも同行したいようなのだ。彼等は私が戦闘を行うところを、直に見てみたいらしい。


 今更だが、私は自分が戦闘行動を行っているところをあまり他人に見せた事が無かったな。

 あると言えるのは、グリューナとの親善試合と、リナーシェとの模擬戦ぐらいか。


 信用のある者達から私の実力を保証されているとはいえ、実際にどの程度の実力を持っているのか、興味を持たない筈がない、といったところか。


 望むのなら動向を許可しても構わないのだが、その場合、移動はどうしようか?


 2人を両脇に抱えて移動するのもやぶさかではないが、それでは私の戦闘に巻き込んでしまうからな。

 オスカーは勿論、デンケンも人間の基準で考えれば十分な手練れだ。大抵の魔物の攻撃はものともしないだろう。


 だが、だからと言って私の攻撃の余波に耐えられるかどうかといえば、首を横に振らざるを得ない。


 多分だが、討伐対象は適当な攻撃を放てば一撃で斃せる。ただ、2人を抱えて移動する場合は攻撃方法にも制限が掛かる。

 その場合、私の攻撃方法は尻尾カバーに『成形モーディング』を使用して広範囲を切り裂くか、雑に蹴り飛ばすかになると思う。どちらにせよ、強力な余波が発生するのは間違いない。


 「ノア様…?」

 「さっきから随分と静かだが、何かあったのか…?」

 「ああ、目的の魔物がいる場所までの移動方法をどうしようかと思ってね…」


 2人は期待に満ちた表情をしていたので、出来る事ならその期待を裏切りたくは無いのだ。素直に移動方法について悩んでいる事を打ち明けると、デンケンが嬉しい提案を申し出てくれた。


 「何だ、そんな事で悩んでたのか?海の事なら俺達にお任せだぜ!流石に"マグルクルム"を出す事はできねぇが、搭載されてる小型高速艇なら問題無く使えるからな!」

 「それは、どの程度の速さで動くの?」

 「動力部に魔術具を使用してるからな!使用する奴によって出力も変わってくるんだ!ま、『姫君』様なら間違いなくぶっちぎりの世界最速の船になるんじゃねぇか?ガハハハハハッ!!」


 なるほど。つまり、私がイダルタでやってみたいと思った、小型船の高速移動が楽しめると言う事か!


 願っても無い申し出じゃないか!嬉しさのあまりデンケンを抱きしめたくなってしまうな!


 だが、感情のままに行動してその結果相手を失神させてしまった経験を持つ私は、早まった行動はしない。対策もルイーゼに教えてもらったしな。


 『収納』からルイーゼからもらったぬいぐるみを取り出して両腕で抱きしめる。

 相変わらずフカフカで、とても抱き心地が良い。そうだ、何か良い香りがする物をこのぬいぐるみに付ければ、より抱き心地が良くなるんじゃないだろうか?


 理想としては、ルイーゼのあの香りだな。ぬいぐるみからルイーゼと同じ香りがすれば、彼女を抱きしめているような感覚にもなるだろうし。


 あの香りは魔王国に行けば容易に手に入るそうだし、魔王国に行ったら必ず購入するようにしよう。


 気持ちも落ち着いたので、ぬいぐるみは『収納』に戻しておこう。ルイーゼからもらった大切なぬいぐるみだ。極力汚したり傷付けたりしたくない。


 勿論、私ならば例え汚れたり破損してしまっても元通りに綺麗に出来るし修復も容易だ。何だったら魔法の使用も辞さないつもりだ。


 だが、いくら直せるからと言っても、大事な物が汚れたり傷付いたりするのを見るのは気持ちの良い物では無いのだ。必要な時以外は大切に保管しておくに限る。


 「「………」」

 「ん?2人とも、どうかした?」


 ぬいぐるみを仕舞って2人を見やれば、声も出さずに固まってしまっている。一体どうしたというのだろうか?


 「あ、あの…今のは…?」

 「正直、『姫君』様にそういう趣味があったのは意外だが…好きなのか?」


 意外、なのか?はて、私がぬいぐるみを抱きしめるのが、そんなにおかしい事なのだろうか?


 ううむ…?そういえば、ルイーゼはもうぬいぐるみを抱きしめる年齢では無いと言っていたな…。

 まさか、ぬいぐるみというのは比較的幼い者が使うものなのか?


 デンケンに聞いてみれば、やや引き気味に肯定されてしまったので、ざっくりと私がぬいぐるみを使用する理由を2人に教えておこう。


 「―――というわけでね。以前の失敗を踏まえた、という事さ」

 「ノア様からの…抱擁………ごくっ…!」

 「マジかぁ~…!ソイツがいなけりゃ、俺が『姫君』様からハグしてもらえてたかもしれなかったのかよぉ~!」


 可能性はあっただろうな。ただしその場合、ほぼ確実にオリヴィエから冷ややかな視線を浴びることになっていただろうがな。


 「しっかし今の『姫君』様が抱きしめたぬいぐるみ…。ううむ、どっかで見た事があるんだよなぁ…」

 「ぬいぐるみならどこでも売ってるじゃないですか。まして提督は世界中を渡っているのですから、立ち寄った場所で同じデザインのものを見た事がある、と言う事なのでは?」

 「かねぇ…?」


 拙いな…。あのぬいぐるみ、元はルイーゼのお気に入りだったみたいだし、過去にデンケンは新聞でルイーゼがこのぬいぐるみを持っている写真を目にした事があるのかもしれない。


 今はまだ私とルイーゼが親しい間柄だと言う事実を知られたくはない。間違いなくルイーゼにそのしわ寄せが来るだろうからな。

 私達が親しい関係だという情報は、せめて魔王国に訪れた後に公表したいものだ。辻褄が合わなくなってしまうからな。


 話を切り上げるためにも、高速艇の話に戻すとしよう。


 「話がそれてしまったが、討伐対象の元へは小型高速艇を用いて3人で移動する、と言う事で良いんだよね?」

 「ん?お、おお!そうそう!ああ、振り落とされないように防護結界も張れる優れモノだからな!景気よく飛ばしてくれて構わんぜ!」


 素晴らしいな!船の速度が使用する者によって変化するのなら、私が使用した場合、デンケンの予想通りとんでもない速度が出てしまうだろうからな。

 振り落とされる心配が無いのなら、思いっきり…は流石に壊れてしまいそうな気がするから、加減して適度に楽しむとしよう。


 何にせよ、話をぬいぐるみから逸らす事ができて良かった。


 「ああ、そうだ。折角船に行くのなら、ついでにコンテストに出品する美術品も回収しておこう。デンケン案内を頼めるかな?」

 「おう!まかせな!」


 さてさて、オルディナン大陸の美術品とはどのようなものなのか、存分に教えてもらおうか!




 私は現在交易船"マグルクルム"に搭載されている小型高速艇で勢いよく飛ばして海上を進んでいる。


 「いいね!これだけの速度が出せるというのは、なかなかに爽快じゃないか!」

 「…ひ…!……お、落ち…!」

 「は…速…っ!…つーか…飛ぶ……っ!」


 癇癪という奴である。八つ当たりとも言う。


 結局のところ、楽しみにしていた出品予定の美術品は見る事ができなかった。

 どれもこれも、大きなシートが被せられていて、碌に美術品の内容を確認することができなかったのだ。


 流石に、厳重に梱包を解いて中身を見せて欲しいとも言えず、そのままの状態で『収納』する事になったのだ。


 なお、テロの可能性を考慮してシートの内部を『広域ウィディア探知サーチェクション』で確認したが、特に問題は無かった。


 それが分かるのなら作品の詳細も分かるのではないか、と疑問に感じるかもしれないが、魔術で感知するのと肉眼で視認するのとではまるで感動が違うのだ。

 むしろ内容が分かってしまった分、肉眼で視認できなかった事が余計に残念に思えてしまったほどである。


 そんなわけで、私は小型高速艇の魔術具を壊れてしまわない限界ギリギリの出力で稼働して、一気に海面を移動している。

 スピードが出過ぎて船体が海面から浮き上がりそうになっている。


 勿論、ただ船を爆速で移動させているだけではない。移動中も『広域探知』を用いて目的の魔物の居場所を捜索している。


 そんな時、ズウノシャディオンから声を掛けられた。


 『あーノア?あのデカいタコの場所なら、とっくに行き過ぎちまってるぞ?ちなみに、今は海底で仕留めた獲物を食ってる最中だ』

 〈『情報提供ありがとう。ところで、貴方は海の最も深い場所にいるって事になっているけど、事実なの?』〉

 『まぁな!お前さんなら龍脈を使って俺の位置も割り出せるだろ!余裕が出来たら遊びに来いや!歓迎するぜ!』

 〈『そうさせてもらうよ。それじゃあ、また』〉


 既に目的の魔物のいる場所は通り過ぎていたようだ。『広域探知』に掛からなかったのは、海底にいたかららしいな。


 それなら、龍脈を利用させてもらおう。

 海底も地盤である事には変わりないのだ。その下には龍脈が流れている場所も当然ある。


 その龍脈から『広域探知』で海底を探れば、目的の魔物、ズウノシャディオン曰くタコなる魔物も難なく発見できるだろう。


 ………見つけた。現在地からかなり離れてしまっているな。というか、いつの間にかモーダンからも相当離れてしまっていたようだ。


 …少し、冷静さを欠いていたのかもしれない。

 この船に振り落とし防止の防護結界が無ければ、オスカーもデンケンもとっくに海に放り出されてしまっていた。


 「ごめん。ちょっとはしゃぎ過ぎたみたいだね。目的の魔物は、もっと街の方にいるみたいだね」

 「お…おう……」

 「あの…提督…?これ、何処まで来てしまってるんです…?モーダンの街が見えないのですが…」

 「多分だが…"マグルクルム"を全速で進ませて3日掛かる位置だな…」

 「………」

 「その、もう少し、いや、かなり速度を落として移動させてもらうね?」

 「おう、そうしてくれや」「はい、お願いします」


 いくら何でも、スピードを出し過ぎていたようだ。2人共すっかり疲れてしまっている。

 きっと、防護結界の世話にならないために可能な限り踏ん張っていたのだろう。

 残念ながら結局防護結界の世話になってしまったのだが。


 先程の1割ほどの速度で移動し、目的地まで移動する。

 私としては先程の速度になれてしまっているので、かなり物足りない速度だ。


 「……あの、提督…!?」

 「…言うな…!これでも相当落としてくれてるんだよ…!」


 それでも2人にとってはまだまだ相当な速度で移動しているらしい。

 その証拠に踏ん張ること自体は余裕を持ってできているようだが、風圧で目を開けづらそうにしている。


 「もう少しで到着するから、悪いけど、あとちょっと我慢していてね?」

 「……今更かもしれませんが、どうして海の中にいる魔物の位置が分かるんでしょうね…?」

 「さぁな!考えたって分かんねぇし『姫君』様だから、で良いんじゃねぇか?」


 理由はズウノシャディオンに教えてもらったり龍脈や『広域探知』を利用しているからだが、これらの情報はどれもまだ人間に伝えるつもりはない。


 折角私が尋常じゃない存在として世界中の人間達から認められているのだから、それを理由に納得してもらおう。



 目的地に到着したのはいいのだが、相変わらずタコとやらは食事中のようだ。船ごと食べているのだが、どういう胃をしているのだろう?


 「止まったって事は、この辺りに例の魔物がいるって事か?」

 「特にそれらしい魔力は感じませんが…」

 「海底にいるからね。引っ張り上げるとしようか」


 船から飛び出て、海面に立つ。今回は海面に魔力の板を発生させる事にした。

 魔術でも良かったのだが、気分の問題だ。今度海面、もしくは水上に立つ機会があったら、その時は魔術を使用しよう。


 「なんじゃいありゃあ…どうやって海面に立ってるんだ…?」

 「魔力操作を極めた者は、魔力の操作だけで空中に魔力の足場を成形できると聞いた事があります…。それによって、空中で軌道を換えたり、高さを得るのだと…」

 「『姫君』様がやってるのも、それと同じだってのか…?」

 「おそらくは…。ですが、あの技術の効果が続くのはほんの一瞬の筈です…」

 「つまり、達人が必死こいて身に付けた技術の発展型ってわけだな?」

 「はい…」


 そこまで大した事をやっているつもりは無かったのだが…。リナーシェもコレと同じような事は普通に出来ていたから、披露しても問題無いと判断したのだが…。


 やはり国が違えば常識も変わるようだ。まぁ、コレも私だから出来る、で納得してもらおう。


 それよりもタコだ。そろそろいい時間になってきているからな。このタコを斃して解体して調理してもらうとなると、のんびり釣りをする余裕もないだろう。


 『成形』で魔力ロープを生み出し、先端に輪っかを作り、海底にいるタコの元まで一気に伸ばす。


 気取られたようだが問題無い。タコの頭部?に触手の間に魔力ロープの輪っかを括りつけて即座に縛る。後は魔力ロープを引っ張れば良いだけだ。


 引っ張られたタコが海面に浮上し、それでも勢いを失わず上空まで上げられる。


 「うぉおおおーーーっ!!?あ、アレかぁあーーっ!!」

 「な、なんて不気味な…!恐れられるのも無理ありませんね…!」


 オスカーもデンケンもタコを見るのは初めてのようだ。

 私もこうして目にするのは初めてなのだが、本にある程度の情報が載っていたので2人ほどの驚きはない。

 私が気になるのは、本当にあの生き物の味が美味いかどうかだ。


 とりあえず、とどめを刺してしまおう。後、調理しやすいようにある程度の解体も済ませておくか。


 尻尾カバーから魔力刃を『成形』で生み出し、8本あるタコの足を付け根から全て切断する。

 このタコという魔物は、かなりの生命力を持っているようで、切断した傍から再生が始まっている。

 面倒な事にならないよう、早々に残った部分を魔石ごと縦に両断させてもらった。


 このタコという魔物、なかなかに独特な身体構造をしているようで、頭のように見えている部位は人間で言うところの胴体で、足の付けに近い場所、私が魔力ロープで括りつけた辺りに脳があったのだ。


 タコと言えど、流石に脳や魔石を破壊されてしまっては、強力な再生能力も発揮できなかったらしい。討伐完了である。


 ついでだからこのまま解体して『収納』に収めておこう。


 さて、このタコとやら、食べられる見た目をしていないように見えるのだが、本当に食べられるのだろうか?

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