第255話 魔大陸の不思議

 私が2人に話してしまった事は彼等にとってとんでもない大事だったらしく、いち早く上の者に報告したい内容だったようだ。

 つまり、私の案内をしているどころではなくなってしまったのである。2人共そわそわしていて落ち着かない様子だ。


 「一度解散して報告を済ませとく?」

 「い、いけません!情報を提供して下さったノア様をないがしろにする事など!」

 「そうだぜ、『姫君』様。確かに報告書をまとめてぇが、それでアンタを放置するってのは、どう考えたってアウトだろ」

 「だけど、2人共気になって案内に集中できないだろう?」

 「「う゛っ」」


 そろって言葉を詰まらせてしまった。意外と息が合うんだな。わだかまりが無くなれば、案外いいコンビになるのかもしれない。


 まぁ、なんにせよ報告を優先した方がいいのは間違いないだろう。


 「オスカー、タスクは今時間あるかな?」

 「え、ええ。今の時間なら執務室で書類を片付けているかと思います」


 だとすれば、仕事を増やしてはしまうが、報告自体はできそうだな。


 「それなら、一度タスクの元へ向かおう。デンケンも、報告書をまとめるのならそこで部屋を借りて作製したらどうかな?」

 「そうさせてくれるってんなら、俺に断る理由はねぇな。いいのかい?」

 「ええ、タスク様に確認は取る事になりますが、大丈夫だと思います」

 「なら、決まりだね。タスクのいる役場まで向かおうか」


 善は急げというやつだ。早いところスッキリしてもらって、オルディナンの名物をどんどん紹介してもらわないとな。



 魔力を加える事で味が向上する話をタスクにし、実際に魔力を加えたスイカと通常のスイカを食べ比べてもらったら、俯いて目頭を押さえられてしまった。


 頭痛の種になってしまったらしい。


 人間にとっては考えつかない知識だったようだが、私から言わせてもらえば、何故今の今まで気づかなかったのか時間をかけて問い詰めたい気分だ。


 「あのですね、ノア様。確かに食品に魔力を加えるような実験は過去にも行った事があるのです。ですが、その結果が…」

 「魔物の発生か、もしくは魔物への変質だったからなぁ…。食い物に魔力を加えると魔物化するって考えが先行しちまって、誰も試そうとしなかったんだよ」

 「変質した際の魔物が、これまた味が悪い事で有名な魔物だった事も災いしていましたね」

 「つまり、魔力を食物に加えると、味が悪くなると伝わっていた、と?」

 「はい…」


 なるほどな。極めて印象的な前例があったせいで、強烈な先入観が産まれてしまったという事か。


 一度先入観を持つと、それを払拭するのは難しいらしいからな。人間達がこれまで食べ物に魔力を加えなかった理由も頷ける。


 だが、その考えも今日までだ。


 どこの誰とも知らないような無名の人物が、誰も知らなかった事実を口にしても、まるで耳を貸してもらえるとは思えない。

 だが、信用のある者からの言葉ならば、耳に入れざるを得ないだろうからな。


 そう、つまり私達の言葉である。

 宝騎士に船団の提督、それに私。それだけの者達が同じ事実を口にすれば、例え認めたくないような内容でも、確認しないわけにはいかないだろう。


 「とりあえず、この情報は公開すべきでしょうね。何せ、やろうと思えば誰もが行える手法なのですから」

 「まぁ、感覚的には誰もが持っている個別の調味料を使用しているようなものだろうからね。世界中に広めるべきだと思うよ」


 これに関しては特に情報を制限する必要はないだろう。コレと言った技術を必要としないのだからな。大々的に広めるべきだ。


 タスクもデンケンも私の意見に賛成のようだ。


 「だな。ちょっとコツを掴めば、誰でも飯が美味くなるってんなら、やらねぇ理由がねぇものな!」

 「ええ、可能な限り迅速に伝えるべきで……ん…?」


 タスクが話を進めようとしたところで、何か気になる点があったのか、言葉を途中で止めてしまった。


 「あの、ノア様。すみませんが、先程何と仰ってましたか?」

 「先程って?」

 「調味料を使用している、の辺りです」


 あの辺りで気になるような言葉などあっただろうか?


 …あ!ひょっとしてアレか?


 「個別のって部分が気になった?」

 「!や、やはり聞き間違いではなかったのですね!?魔力による味の変化は、個人によって変わるのですね!?」

 「それはそうだろう。生物で同じ波長の魔力なんてものは一つとしてないと伝え広まっているだろう?だとしたら魔力を加える事で変化する味にだって差が出るのは当然だよ」


 私にとってはごく普通の話なのだが、この情報もまた驚愕の事実、というやつだったようだ。

 この場合、早くに露見して良かったと思うべきだろうな。


 一度報告が終わった後にまた新たな事実が発覚してしまうと、流石に二度手間三度手間だ。この際だから色々と質問をしてもらって、それから報告をしてもらった方がいいかもしれない。


 「そうですね。お手数をおかけしますが、お願いできますか?」

 「お安い御用さ。丸一日使うような事でもないだろうしね」


 そうと決まれば話は早い。ひとまず街の案内は中断して報告書をまとめ上げるとしよう。



 報告書をまとめ上げ、再び自由な時間を得た頃には既に午前14時45分過ぎ。すっかり昼食の時間である。

 確かに一日中係るものではなかったが、残念な事に半日近くを消費した事になる。思った以上に質問の内容が多かったのだ。


 しかも途中、あまり関係のない話に脱線しかかった時があった。もしかしたら、あわよくばという気持ちで、私が所持するその他の技術や知識を得ようとしていたのかもしれない。


 まったく、善良な顔をして強かなものである。いや、国のためを想っての行動だし、善良である事は間違い無いのだが…。

 とにかく、油断のならないというか、食えない性格である。


 まぁいい。そんな事よりも乗船である。それも、デンケン達が乗って来た、巨大な交易船のだ。今日の昼食は、この船の甲板でいただく事になっている。


 船の上という一風変わった景色での海外の料理、堪能させてもらおう。


 「すまんな、『姫君』様。すっかり遅くなっちまった」

 「ここまで遅くなってしまうだなんて…」

 「私は気にしていないよ。それに、あれだけ念入りに問答を行えば、将来聞きたい事があると質問は来ないだろうからね。来たとしても説明済みだと言って、説明を断れる」

 「つまり、敢えてこれでもかと質問させたのですね?」

 「そういう事だね。後顧の憂いを断ったのさ」


 何度も同じ事で質問をされるのは、誰が相手でも煩わしく感じてしまうからな。


 ただ、2人共私の言い分を納得してはくれているのだが、私を案内する時間が減ってしまった事を残念に思っているようだった。


 オスカーは案内役を務める事に対して酷く言緊張してはいたが意気込みはあった。デンケンも今日という日を、私との食事以外の事でも、そう自分達の大陸の品を紹介する事も楽しみにしていたのだと思う。

 そのため、その時間を失ってしまった事が残念だったのだろう。


 私がこの街に滞在する時間には限りがある。何せ期限までに王都に届けなければならない物があるからな。


 美術コンテストに出品する絵画である。受付の期限があるため、締め切りに間に合うようにしなければならないのだ。


 そういえば、シェザンヌがこの船にもコンテストに出品予定の品が積み込まれていると言っていたな。

 ついでだし、この船に積み込まれていた出品予定の品も、まとめて私が搬送してしまおうか?


 ちょっとデンケンに確認を取ってみるか。


 「マジか?いや、『姫君』様に搬送してもらうってんならこれ以上ねぇほど安心できるし、是非とも頼みてぇんだが、良いのか?」

 「勿論、物のついでだし、間違いが起きて折角の美術品が出品できなくなるような事は避けたいからね。指名依頼として引き受けよう」

 「助かるぜ。なら、飯を食った後にでも手続きしに行くか!」


 決まりだな。勿論、ただの善意ではない。あわよくば一足先に出品予定の美術品を目にする事が出来ないかという下心もあっての提案だ。

 デンケンには見抜かれているかもしれないが、彼にとっては些細な事だったのだろう。特に悩む事も無く決定してくれた。


 食事のための食卓ではあるが、ギルドの依頼書を『格納』から取り出して料理が届く前に手早く依頼の内容を記入していく。これでスムーズに依頼を受注できるという事だ。


 一昨日ギルドの指名依頼を受けた時も、スムーズに事が運んでいたし、そう時間は取られない筈だ。



 美術品の話も決まり、出来立ての料理も堪能した。

 今朝紹介されたヤームを用いた料理だったり、オルディナン大陸で大量に採取できる豆をふんだんに用いた煮込み料理を味わわせてもらった。


 豆。一つ一つはとても小さいが、これがまた面白い食べ物だ。煮て良し、炒って良し、揚げて良しと、複数の調理法があるのだ。


 しかもそれだけにとどまらず、一部の豆は加工する事で調味料にもなるのだとか。万能食材か。


 肉に含まれる栄養素を多く含んでいるため、畑の肉と呼ばれてもいることすらある。動物を慈しむあまり、肉を食べられない者が肉から摂取すべき栄養素を摂取するのに役立っている。本当に万能食材だな。


 そんな豆だが、私が気に入ったのは間食としての豆だったりする。

 酒の肴としても使われるのだが、調理した豆に塩で味付けをするという非常にシンプルなものだ。

 味も、私が今まで口にした絶品料理と比べれば、そこまで高い評価ではない。


 そのはずなのだが、コレが一度口にしだすと止まらないのだ。

 程よい塩気が口の中を寂しくさせてついつい手が伸びてしまう。止め時が分からなくなってしまうのだ。


 豆に含まれる栄養素は大きさで考えればかなり豊富だ。

 元が小さいからと調子に乗って食べ続ければ、あっという間に栄養を過剰摂取してしまうだろう。つまり、太るのである。


 ある意味、非常に恐ろしい料理だった。まぁ、私は太らないからいくらでも食べられるが。オリヴィエなんかは非常に苦悩しそうな料理である。


 「やっぱり、この豆も魔大陸で育てようとしたら?」

 「したぜ?魔物化。この大陸が魔大陸って呼ばれる所以の一つだな。」


 それは知らなかった。色々とこの大陸は他の大陸と比べて常識外れらしい。


 「考えてみれば不思議ですよね?ちゃんとこの大陸でも植物は魔物にならずに育っている物もあるのに、外の大陸から来た植物の中には、決まって魔物化してしまう種類があるんですから。」

 「…それはもう、魔力が原因というよりも、外から来た事が原因になるのでは?」

 「「えっ?」」


 ん?思った事をそのままいっただけなのだが、2人して目を見開いて驚いているようだ。しかも今度は顔を見合わせて頷き合っている。


 「あの、ノア様。その話、詳しくお願いできますか?」

 「ああ、もしかしたら世紀の大発見になるかもしれねぇ」

 「…今しがたしたばかりじゃないかったかい?」


 またか?さっきの今でまたなのか?

 こんな事が頻繁に起こる様では議論をしている最中には、碌に考察を口に出す事が出来なくなるな。

 何かを口に出すたびに世紀の大発見、などと言われては、流石に堪ったものではないぞ?


 「あー…また、タスクのところ、行く?」

 「「………」」


 彼の元に報告に行けば、確実に今日はそれで時間が潰れる。

 大体、今回口に出した事は私もなんとなくで言っただけだし、確証など何も無い。今朝のようにはいかないのだ。


 案内する時間が無くなってしまう事を危惧した2人は、なんとか解決策を考える。


 「そ、それでしたら、後日!後日タスク様に連絡しましょう!それに、今回は技術的な物ではありませんし、何度か検証も必要な筈です!」

 「そ、そうだな!それがいい!すぐに結果が出る話でもねぇだろうし、今日は一旦この話は置いとこう!」


 本当に息ピッタリじゃないか。デンケンへの対応、このままオスカーに任せても大丈夫じゃないだろうか?後でタスクに伝えておこう。


 それはそれとして、外の大陸から持ち込まれた作物が魔物化してしまう理由については今は保留にして、また後日タスクと共に話し合う事に決めたようだ。


 ならば、食事を終わらせた後は冒険者ギルドで美術品の搬送依頼を受け、コンテストに出品する品を『収納』に納めさせてもらうとしよう。



 ギルドで搬送依頼を受けた際、ついでとばかりに他に依頼が無いかを聞いてみたら、魔物の討伐依頼が指名依頼で発注されていた。

 見た事も無いような巨大な軟体生物で、既に複数の船を沈められてしまっているらしい。

 よくデンケン達はその魔物の被害に遭わなかったな。


 そんな風に感心していたら、理由を本人が教えてくれた。


 「俺達の船は頑丈さと速さを両立してる事が自慢でな!下手な魔物に襲われたところで船でそのまま体当たりをすりゃあブッ飛ばせるし、嵐だって強引に乗り越えられるんだ!多少デカいぐらいの魔物にどうこうできる船じゃねぇって事さ!」

 「スーレーンの保有する海軍の船団は海戦ならば世界最強と謳われているほどですからね」


 それは凄いな。自慢するのも頷ける。

 多分だが、今停泊しているスーレーンの船は、今後もどんどん進化・発展していく事だろう。当分は海戦の優位は揺るがないんじゃないだろうか?


 なお、現在世界最高の文明と技術力を保有するヴィシュテングリンだが、あの国は陸続きの土地のため、海軍を保有していない。造船できたとしても保有しておける場所が無いのである。


 まぁ、あの国は"ヘンなの"のように空を飛ぶ船を作ってしまいそうではあるが。

 尤も、仮にそれが出来たとしても世界情勢が劇的に変わるわけでは無かったりする。


 魔物の存在だ。

 この星の空には人間から見れば極めて強力な力を持った魔物が生涯地面に足を付ける事なく、常に飛行を続けて自らの餌になり得る者を探し回っているのだ。。


 "ヘンなの"ならばそんな魔物とも善戦できるかもしれないが、あんなものをそうそう量産できるとは思えない。


 そんな事が出来るようになれば、世界情勢は本当にガラリと変わってしまうだろうな。もしかしたら人類の統一を目指して世界中に宣戦布告をしてしまうかもしれない。それほどまでにあの国と他の国との間には技術力に差があるのだ。


 まぁ、ヴィシュテングリンの事は今考える事じゃない。今は魔物の話である。


 私は本で目にした事があるのだ。8、もしくは10本の足を持つ、海に生息する軟体生物の資料を。

 どちらも似たような生物のようだが、名前からしてかなり違いがあるらしい。

 ただ、共通する事は、見た目に反して非常に美味であると言う事。


 そんな事を事前知識で得ていて、討伐依頼が発注しているのだ。私のやる気は既に振り切れている。


 手早く斃して解体し、今晩の食事になってもらおう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る