第254話 オルディナン大陸の食べ物

 翌日は予定通り、残りの衣服を取り扱っている店を一日を掛けてじっくりと見て回らせてもらった。勿論、どの店舗でも最低5着は衣服を購入させてもらった。


 文化によってデザインが異なるのは当然だが、その文化の中でも衣服のデザインというものは一辺倒というわけでは無いのだ。本当に面白い。


 そんなわけでたったの2日間で総数100着以上の衣服を購入する事となった。

 改めて購入した衣服の数を考えて、オスカーが若干どころでなく引きつっていたが、これでも使用した金貨は100枚どころか50枚にも満たない。


 無駄な事に資金を使用するつもりはないが、この調子だと資金が底をつく事は無さそうだ。



 一通り衣服を見て回った事なので、今日からは装飾品や武具を見て回ろうかと思ったのだが、デンケンに空き時間が出来たというので、今日はオルディナン大陸の商品を彼に紹介してもらう事にした。

 それと、時間があれば彼が乗って来た船も案内してもらうとしよう。


 「よう、『姫君』様!新聞読んだぜ!随分と羽振りがいいなぁ!」

 「こういうところでドンドン使っていかないと、貯まる一方だからね。今回も景気よく使わせてもらうつもりだよ。勿論、常識の範囲内でね」

 「ガッハッハッハッハ!そいつぁありがてぇ!こっちも紹介しがいがあるってもんだぜ!んで、ソッチが噂の天才騎士様ってか?」


 相変わらず豪快な口調でオスカーに視線を送る。デンケンも新聞を読んだと言っていたように、オスカーの事も把握しているようだ。


 オスカーを見るデンケンの目つきは鋭い。実際にタスクが認めるほどの実力があるかどうか見定めているようだ。


 デンケンの視線に対して、オスカーは全く怯む様子が無いな。私と話をしている時とはまるで別人だ。あの子とは昨日の稽古でもまだ完全に打ち解けたとは言えなかったから、多分元からデンケンに睨まれたとしても平然としていたと思う。


 「ハッハァッ!いいじゃねぇか!大した胆力だよ!流石はあのタスクが手塩にかけたっつーだけの事はある!よろしくな、オスカー!今後はお前さんとも仕事を共にする事もあるだろうよ!」

 「光栄です。此方こそよろしくお願いします、デンケン提督」


 どうやらデンケンはオスカーに対してそれなりの威圧を放っていたらしい。それも生半可な人間が受ければ腰を抜かしてしまうほどの。

 近くを歩いていた水夫が突然驚きデンケンの方を向いた事で判明した。


 そしてデンケンが差し出した手を迷うことなく握り握手を交わす2人。かなり力強く握っているようだが、2人共特に顔をゆがめるような様子もない。


 この2人顔は笑っているが何処か張り合っているような気配があるな。


 理由は何だ?

 オスカーの場合は…案内の役目を奪われてしまうからだろうか?

 昨日一昨日と、この子はかなり意気込んでいたからな。それをデンケンが行うのはあまり面白くないのかもしれない。

 今回紹介するものはオルディナンの品々、つまりデンケンの専門分野である以上、オスカーから説明する事が無くなってしまう事も大きいな。


 では、デンケンがオスカーと張り合おうとする理由は何だ?

 彼が知るオスカーの情報はおそらくは新聞から得た知識ぐらいだろう。私も勿論新聞には目を通している。

 そしてそこから得られる情報としては、タスクも認めるほど優秀で、成人した女性から庇護欲を掻き立てるような可愛らしい顔立ちをしている。更には昨日今日の新聞で私との関係も良好だと伝え広まっている。


 あー…そういえばタスクがデンケンは非常に女好きだとかなんとか言っていたな?彼は私と2人きりで食事をする事を楽しみにしていたようだし、そこに1人、しかも15才とは言え男性が加わるのは面白くない、と言う事か?


 その事を踏まえると、オスカーもデンケンに対して不埒な行為を働かないように牽制しているように見えなくもない。


 どっちもどっちだな。

 オスカーは私がデンケンから商品の紹介や船の案内をしてもらう事は事前にタスクから聞いて承知していた筈だし、食事にしたって2人きりで食事をする事に特別な意味を私は見出さない。


 私から見たら2人の争いはとても不毛に映るのだ。


 仕方がない。話を進めるためにも、デンケンに声をかけるか。


 「それで、オルディナン大陸から運ばれてきた製品はどんなものがあるのかな?早速で悪いけど、紹介してもらえる?」

 「おう!そんじゃあまずは食料品からいってみるか!オルディナンでしか採取できねぇって言われてるもんしか持って来てねぇからな!『姫君』様にとっちゃあどれもが新鮮に映る筈だぜ!」

 「ノア様でしたら、本を通して目にした事があるかもしれませんけどね。」


 こらこらオスカー、そういうところで張り合おうとしない。今後長い付き合いになっていくんだから、仲良くしておきなさい。


 少し気を悪くしたかとも思ったが、デンケンは意外にも平然としている。少なくとも、心の表層では何とも思っていないようだ。

 流石に提督という役職を務めるだけあって、余裕があるな。


 オスカーには今晩の稽古の時間にでも一言言っておこう。



 紹介されたオルディナン大陸特有の食料品は、デンケンが言った通り私が目にした事のない物が多数確認できた。

 勿論、オスカーが言ったように本で目にした物もあるにはあったが、それ以上に初めて見る物の方が圧倒的に多かったのだ。


 それに、例え本でその存在を知っていたとしても知識だけはあるのと実物を知っているのとでは大きな違いがある。

 手に取った時の重さや肌触り、匂い、味、食感、そういった情報は本だけでは得られないのだ。


 私が今手にしている食材は芋の一種のようだ。

 ヤームと呼ばれるこの芋は、ハン・バガーセットで知った芋とはまた違う形状と色をしている。皮の色は紫色で、中は非常に濃い黄色だ。


 デンケン曰く、この芋は熱を加える事で驚くほど甘くなるのだとか。

 主食にも菓子にもなるうえ、供給量も多いため、向こうの大陸でも非常に親しまれている食材らしい。


 種類も複数あり、口にした途端にホロリと崩れるようなホクホクとした食感の物や、粘り気を感じるほどにしっとりとした食感の物もある。


 食感だけでもそこまで違いがあるのなら、確かに幅広い料理に仕えそうだな。


 「今日の昼食はコレ等の食材を使った料理が提供される、という事かな?」

 「おう!期待しててくれよな!ま、それだけじゃあ味気ねぇからよ、オルディナンの食材と魔大陸の食材を使った料理も提供するつもりだぜ」


 それは良いな!海外の料理を知るだけでなく、交易しているからこそ実現できる料理というのが素晴らしい!昼食の時間が楽しみになって来た!


 「このヤームって、魔大陸では育てられないの?」

 「ああ、結構な数の植物の研究者が試してるらしいがな、一度も成功した事がねぇんだとよ」


 そうなのか。まだ口にしていないから分からないが、人気があり親しまれている食材なら、きっと美味い筈だ。この大陸、もっと言えば私の家の周りで栽培できればとても喜ばしい事だったのだが、残念である。


 原因は何なのだろうか?


 「それがな?このヤームってのは魔力を蓄える性質が他の植物よりも強いらしくってよぉ、魔大陸の土壌で育てようとすると、魔力を取り込みすぎて、変質しちまうんだとさ。ヤベェ時なんて魔物になっちまった時すらあったらしいぜ?」

 「他国の事ではありますが、此方では有名な話です。ヤームの味を大層気に入った貴族が育て方をあいまいに聞きかじり栄養豊富な土壌で育てたところ大量の植物型の魔物が発生して大きな被害を被ったのです」

 「うわぁ…」


 それだと、私の家で栽培するのは無理そうだな。どう考えても人間達では対処できないような怪物が産まれてしまうのが目に見えている。


 …いや、待てよ?ちょっと確認しておこう。


 「オスカー、その植物型の魔物って、知能とかはあった?」

 「知能、ですか…?どうでしょう…。アクレイン王国で起きた事件でしたら隈なく調べるのですが、他国の、それも貴族の醜聞ですからね…。情報はあまり開示されていないのです…」


 むぅ…。流石に他国の事ではそこまで詳しく知る事はできないか…。

 しかし貴族が大層気に入るほどの味なのだ。出来る事なら私の家で栽培して何時でも食べられるようにしたい。


 「オスカー、その国や貴族の名前を教えてもらえる?有名な話だと言うなら、それも伝え広まっているのだろう?」

 「それは…まぁ…」


 いまいち反応が悪いな。オスカーの視線はデンケンへと向けられている。

 となると、海外にはあまり渡したくない情報、と言う事なのだろうか?


 「しかし、『姫君』様は、そんな事知ってどうするつもりなんだ?」

 「ん?勿論、家で育てるつもりだよ?」

 「ノア様!?本気ですか!?」


 思った以上に驚かれたな。これまでの経験上、果物も野菜も、含まれている魔力が多ければ多いほど美味いのだ。

 だとしたら、私の家で育ったヤームは、さぞ美味いのではないかと思ったのだ。


 例え魔物が産まれてしまっても、私ならばどうとでもなるだろうからな。

 家の皆はティゼム王国で手に入れて来た芋も気に入っていたからな。きっとヤームも気に入ると思う。


 「魔物になっちまった植物まで食べちまう気かよ…」

 「別におかしい事ではないだろう?私は魔物の食材をこれまで何度も口にしているよ?きっと魔物化したヤームも美味いと思うんだ」

 「そ、そうなんですか?むしろ、体に悪いような気が…」

 「だけど、食べ物というのは、どのようなものであれ魔力を多く含んでいた方が味が良くなるだろう?」


 2人共あまり好意的に捉えてくれていないな。

 癪に感じたので、思った事をそのまま口にしてしまったのだが、少し考えが足りなかったのかもしれない。


 「ええっ!?」

 「ちょ、待った!『姫君』様!今の話、マジなのか!?」

 「………」


 なんてこった…。人間達はこの事を知らなかったのか?そういえば、今のところ私が読んだ本にはその手の資料はまるで無かったな。


 『収納』からアップルを取り出し、4つに切り分け、そのうちの2つにはほんの少し魔力を含める。

 そうして魔力を含めたアップルと含めていないアップルを二人に手渡した。


 「言葉で言うよりも実際に口にした方が早いだろう?食べ比べて見ると良いよ」

 「こいつぁ、アップルか?魔大陸産の奴は他の大陸のよりも味が良いって聞くが、ひょっとして、そういう事なのか…?」

 「い、いただきます…!」


 2人共、まずは魔力を込めていない方を口にする。美味そうに食べている。状態の良い物を選んで購入したし、取り出したアップルも良い物を選んだからな。美味いのは当然だ。


 魔力を込めていないアップルを食べ終わると、間を置かずに魔力を込めたアップルを口にし始めた。

 そして果実を口にした瞬間…。


 「う、うめぇえええっ!!なんっじゃいこりゃあ!!?ほ、ホントにコイツは、同じアップルだったってのか!?」

 「……!?…!?」


 絶賛してくれるじゃないか、デンケン。だが、感想は口にしたものを飲み込んでから言うべきだな。折角のアップルが口から出てしまうよ?


 オスカーも口を押えて驚いている。まずはしっかりと咀嚼して飲み込んでから感想を言うつもりらしい。行儀が良いようでなによりだ。


 「あ、あの!これって、僕達が魔力を込めても、同じような事になったりするんですか!?」

 「そのはずだよ。あまり試した事は無いけど、以前家で似たような事をして確認したからね」


 マクシミリアンの所持していた剣でオーカムヅミを切ろうとした時の事だ。あの剣から出た魔力刃は単色の魔力だったからな。

 それを吸収しても味が良くなったのなら、人間達が普通の果実で同じ事をしても今のアップルのように味が良くなる筈だ。


 「何なら、もう1つアップルを出そうか?」

 「ぜ、是…っ!い、いえ!流石にノア様の御厚意に甘えるわけにはいきません!」

 「そういう事なら、俺に任せな!良いモンがあるぜ!コッチだ!」


 そう言ってデンケンが紹介してくれたのは、緑と黒の縞模様をした直径20㎝ほどある大きな球体だった。この球体もまた、本で見た事のない食べ物だ。

 スイカという名前らしい。植物としては野菜に分類されるらしいのだが、果物としても扱われているらしい。その辺りの分類はかなり曖昧なのだとか。


 1玉デンケンが購入すると、その場で『格納』から包丁を取り出し、真っ二つに両断してしまった。緑と黒の縞模様をした皮からは想像もできないほどみずみずしい赤い断面が姿を現したのだ。


 デンケンが『格納』から銀製のスプーンを2つ取り出すと、一つずつ私達に手渡してきた。


 「まずは果肉を掬ってそのまま食ってみてくれ!勿論、味は保証するぜ?」


 自信満々に言う以上、味の心配はいらないだろう。スプーン一杯分を掬って迷わず果肉を口にする。


 コレは良いな!

 見た目通りとてもみずみずしくて、しっかりとした甘さがある!まるで食べるジュースのようだ!

 ついもう一口食べたくなってしまったが、耐えるんだ。


 デンケンがスイカを食べさせてくれたのは私達にスイカの味を知ってもらい、魔力を加えた際の変化を確認するためなのだから。美味いからと言って食べ尽くしてはいけない。


 沢山ある事だし、オスカー達の検証が終わったら十分な量購入させてもらおう。



 検証結果は言うまでも無く、味が良くなった。私の魔力を使用しないでだ。


 私にとっては当然の事だったのだが、2人にとっては由々しき事態だったらしい。

 2人共血相を変えているし、オスカーはすぐにでもタスクに報告したそうにしているし、デンケンは報告書を作りたそうにしていた。


 軽い気持ちで放った言葉が、かなり大事になってしまったようだ。完全に私のミスである。

 注意していても、やはりミスというものは起きてしまうものなのだ。


 開き直るつもりはないが、受け入れよう。大事なのはミスをした後の行動だ。

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