第263話 兄ちゃんでヒーロー

 ひとまずの決着がついた事だし、カルロスを起こして治癒魔術を掛けておこう。防御結界の効果があるとは言え、ダメージを負った事に違いは無いからな。


 発端はカルロスの発言とは言え、こちらの、というか私の我儘に付き合わせたのだ。フォローぐらいはさせてもらうとも。


 それはそれとして、若手の冒険者達は呆然としてしまっているな。

 試合の経過時間は僅か十数秒というごく短時間だ。あまりにもあっけなく終わってしまった事で、状況を受け入れられていないようだ。5人共見事なまでに固まってしまっている。


 カルロスの意識が回復したようだな。


 「痛みは残ってる?」

 「いや、問題ねぇ。助かったぜ、『姫君』様」

 「それで、どうする?結果に納得していないようなら気のすむまで何度でも試合をしてくれても構わないよ?」


 試合を続けるかどうかを訊ねれば、顔を歪ませ右手を左右に振りながら拒絶の意を示した。


 「勘弁してくれ。こちとら最初から全力だったんだぜ?こうまであっさりとあしらわれて、まだ負けを認めねぇだなんてみっともねぇ真似できねぇよ」


 元よりカルロスはオスカーの実力を把握していた事もあり、これ以上試合を行う気は無いようだ。

 だが、彼を慕う若い冒険者達はその回答に納得がいかないようだ。


 「そ、そんな!?」

 「カルロスさん!さっきは調子が悪かっただけですって!」

 「もう一度やれば、次は勝てますって!」

 「そうですそうです!」

 「…!」


 彼等も先程の試合の内容は十分把握している筈なのだが、それでも慕っている先輩冒険者の敗北を受け入れる事ができないらしい。

 カルロスの敗北は偶然が重なった結果だと思いたいようだ。


 「お前らなぁ、実際に戦って無いヤツ等が好き勝手に言うんじゃねぇ!」

 「で、でも!」

 「でももクソもねぇんだよ!100回やったって100回とも俺が負けるわ!」

 「そ、そんなぁ…!」

 「だ、だってソイツ、俺達より…!」


 どうやら自分達よりも年下であるにも関わらず自分達が慕う強者よりも強い事が気に入らないらしいな。

 彼等も同年代から見れば優秀な部類だ。だからこそカルロスも目に掛けて世話を焼いているのだろう。


 カルロスがオスカーに対して難癖をつけた理由は、彼を慕う若い冒険者達のためである。彼等の気持ちを代弁したのだ。


 まだまだ実力の伴っていないせいぜい"中級"相当の冒険者では、例えオスカーにパーティで挑んだとしても一瞬で勝負がついてしまう。

 それではオスカーとの実力差を理解するのが難しいのだ。


 カルロスはそれが分かっていたから、後輩達に無茶をさせないために自分が汚れ役とやられ役を被ってまでオスカーに難癖をつけてきたのだ。


 「いいかよく聞け?あの騎士様はお前等よりも幼い頃から今の俺よりも厳しい修行をこなしてるんだよ。そんでもって、踏んだ場数の量なら多分俺よりも上だ」

 「「ええっ!?」」

 「そ、そんな話を信じろって言われても…」

 「そうですよ…」

 「…」


 よほどカルロスの事をしたっているのだな。彼等にとって、カルロスは特別な存在なのは間違い無いのだろう。


 とは言え、カルロスの強さは人間の強さの次元で言えば、平均よりもやや上程度の強さだ。彼よりも若くそれでいて彼よりも強いものはこの世界に大勢いる。

 カルロスはその事をよく理解しているようだ。


 「前にも言った事があるぞ?お前等と同じかより若くて、俺よりも強い奴なんて世の中には大勢いるってな」

 「うっ…」

 「そ、それが、アイツだって言うんですか…?」

 「そういうこった。だからさっきの試合の結果は当然の結果だったんだよ」

 「「「…」」」


 ここまで言われてようやくカルロスの言葉を受け止める気になったらしい。

 それでもまだ不満が無くなったわけではないようだが。


 何が理由で彼等はここまでカルロスを慕うのだろうな?こうまで頑固な反応をされると流石に興味が湧いてきた。


 「貴方達、どうしてそこまでカルロスの事を慕っているのか、聞かせてもらっていいかな?」

 「おぁあっ!?」

 「ひ、『姫君』様っ!?」

 「あっ、えっと、その…」

 「カ、カルロスさんは、俺達にとっての兄ちゃんでヒーローなんです!」

 「…(コクコク)!」


 兄でありヒーロー、ね。この5人の様子を見るに、彼等はカルロスも含めて冒険者になる前からの仲のようだな。


 詳細を聞かせてもらうためにカルロスに視線を送られてもらおう。彼ならば事情を説明してくれる筈だ。


 「俺も含めて、ソイツ等も孤児でな。同じ孤児院で育ったんだよ。俺は15になったらすぐに冒険者になったから、孤児院でコイツ等の面倒を見てたのは2、3年程度なんだがな」

 「でも!カルロスさんは毎月月末になると、孤児院にお金や食べ物を持って来てくれてるんです!それは今も変わりません!」

 「孤児院に来てくれると、いつもみんなと遊んでくれたり、冒険の話をしてくれました!」

 「そんなカルロスさんに憧れて、俺達も冒険者を目指したんです!それ知ったカルロスさんは、俺達に稽古も付けてくれました!」


 本当に面倒見が良いな。子供達からすればまさにヒーローじゃないか。慕われるのも頷けるというものだ。


 おや、カルロスが少し顔を赤らめているな。どうやら嘘偽りない憧れの感情をぶつけられて照れているようだ。


 「分かったから落ち着けお前等。つーか、騎士様は認めてねぇってのになんで『姫君』様の言う事は素直に聞くんだよ」

 「だ、だって『姫君』様は大人だし…」

 「天空神様と煌命神様の寵愛を授かってるし…」

 「世界共通で英雄扱いだし…」

 「そうですそうです!」

 「…(コクコク)!」


 彼等としてはそれなりに人生経験を積んでいれば信用に足るらしい。


 だが残念!私は年齢で言えば赤子だ!まぁ、一々伝えるつもりはないが。


 「あのよぉ、そんな『姫君』様が騎士様の実力を認めてるんだぜ?その時点でな納得しとけよ…」

 「あぅ…」

 「そ、それを言われると…」

 「で、でも『姫君』様とソイツとだと、何だか子供を引率しているように見えちゃいますし…」


 まぁ、そう言われても仕方がないだろうな。

 なにせ案内してもらっている時の姿を新聞に記載された時があったが、まさしく小さい子供を引率している最中に見えてしまったのだ。

 まぁ、実際に率いられているのは私なのだがな。


 「気持ちは理解できるが現実は素直に受け止めろ。つーか、お前等の騎士様に取ってる態度、普通にメチャクチャ失礼だからな?ちゃんと謝っとけ」

 「はぃ…」


 カルロスに叱られて気落ちしている若い冒険者達に既視感を覚えたのだが、すぐに分かった。


 ゴドファンス達に怒られてしょげてしまったウルミラにそっくりだったのだ。

 この騒ぎの発端になったのが彼等とは言え、少し可哀そうになってきた。一通り話を纏めたらみんなで食事でもして気を紛らわせてあげるとしよう。



 冒険者から謝罪をオスカーが素直に受け取り、話は終わりとなった。

 まだカルロス以外の冒険者達の表情は沈んだままなので、美味いものをたらふく食べさせてあげよう。


 「さて、一件落着となった事だし、これも何かの縁だ。これから一緒に夕食でもどうかな?私が奢ろうじゃないか」

 「「良いんですか!?」」

 「「ありがとうございます!」」

 「…(ペコペコ)!」


 私が奢ると言った途端、急に態度が豹変したぞ?まったく、現金なものである。


 カルロスは彼等の反応を見て、疑問が生じたらしい。


 「そういや、なんだかんだで良い時間が経っちまったが、大丈夫なのか?」

 「それなら大丈夫。むしろ受付嬢からは驚かれるだろうね」

 「…何か、とんでもねぇことしてるんだな?」


 やるじゃないか。今の問答だけでそこまで把握するだなんて。折角だから先に答えを教えておこうか。


 「オスカーも訓練場に移動する前に私に訊ねていたけど、時間を気にする必要は無いと言っただろう?」

 「ああ、実際には、すぐに終わっちまったわけだがな」

 「今この訓練場は、私の魔術によって外と時間の流れが違うんだ。ここでの1時間は外の1分にも満たない時間になっているよ」

 「…………マジで?」

 「マジさ」


 ぶっつけ本番で行った魔術だが、『幻実影ファンタマイマス』の幻を訓練場の外に出して『広域ウィディア探知サーチェクション』によって領域の内外の時間の経過を確認しているので、間違いはない。


 試合後の若い冒険者達への説得の方がずっと時間がかかってしまったが、外の時間はまるで経過していないのだ。


 そして違う時間の流れを同時に体験するという、不思議な感覚を覚える。


 領域の外から確認している領域内の時間の流れは極めて速いと認識できるのに、領域内での時間の流れは普段と変わらないのだ。

 そう、領域外の私が感じている時間はほんの一瞬。人間であれば認識できないほど短い時間なのである。


 人間がこの感覚を体験した場合、果たして異なる時間の流れの情報を正しく処理しきれるのだろうか?


 まぁ、私からは人間に『時間圧縮タイムプレッション』も『幻実影』も教えるつもりはない。

 模倣する者が現れるかもしれないが、そんな事ができる者が現れるのなら、その時はじっくりと話をしてみたいものだな。


 「それじゃあ行こうか。受付嬢への説明は私が済ませておこう。ああ、依頼の報告などは大丈夫かな?」

 「お、おう。分かった。依頼の報告なんかも問題ねぇ。お前らも良いな?」

 「は、はい!今日の分は報告し終わってます!」


 なら、このまま宿に直行してしまって問題無いと言う事だな。私が先に訓練場からロビーに移動して受付嬢に説明しておこう。



 そんなわけで私達は私が宿泊する宿で夕食を取っている。流石に8人という大所帯なのでテーブルをよせて繋げさせてもらった。


 「さぁ、思い思いに食べると良い。私もそうさせてもらうよ」

 「ここって、一泊で銅貨30枚する高級宿だよね…?」

 「見りゃ分かるだろ…。い、いいのかな…?俺達、何もしてないけど…」

 「ちゃんとご飯の味、分かるかなぁ…」

 「だよな、だよな?」

 「…(ドキドキ)」


 やはりこういう宿は若手の冒険者達ではまず泊まろうとしない宿のようだ。

 メニューの値段を見て目を見開いているので、普段食べている料理よりもずっと高額なのだろうな。


 「しっかりしな。俺を目標にしてんだろ?だったら、何時かはこういう宿に泊まる事にもなるんだ。今のうちに経験して慣れときな!いずれ役に立つだろうぜ!」


 ほう、流石に"星付きスター"冒険者というだけあって、カルロスはこういった宿にも宿泊した事があるらしい。


 やや粗野ではあるが、カルロスに緊張した様子は見られない。違和感なく宿の雰囲気になじんでいる。


 そう思うと、私と共に平然と同じ宿で同じ品質の食事を取っていたオスカーはこういった場所にも慣れている、と考えていいのだろうか?


 確認を取ろうと思ったら注文した料理が運ばれてきてしまった。ここから先は料理を食べながら、だな。


 私の目の前に次々と運ばれてくる料理を見て、冒険者達が此方に信じられないものを見るような視線を私に送ってきている。

 この視線にも最早慣れたものだな。同じような視線を何度も浴びれば流石に何とも思わなくなる。


 「貴方達にとっては珍しい事なのだろうけど、私にとってはコレはいつもの事なんだ。気にせず自分の食事を堪能すると良いよ」

 「いや、無理だろ」

 「あの量をどうやって食べるんだろう…」

 「残ったのは『格納』にしまって後で食べるとか…?」

 「みなさん、ひとまずは食べませんか?折角の出来立ての暖かい料理が冷めてしまいますよ?」

 「…(コクコク)!」


 オスカーの言う事が全面的に正しい。喋る事は食事中でもできるのだ。まずは食べよう。彼等も自覚出来ていないだけで、きっと空腹になっている筈だ。


 「では、いただきます」

 「「「「「いただきます」」」」」


 命をいただく。この挨拶を忘れずに口にする。私が感銘を受けた言葉だ。今後も大切にしていきたい。


 さぁ、美味い料理を口にしながら、冒険者達から色々と話を聞かせてもらおう!

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