第264話 みんなで食事会

 テーブルいっぱいに置かれた料理を口にしながら、冒険者達とオスカーの話をまずは聞く。

 私から彼等に話す事などあまりないからな。勿論、私の事で答えられる事ならば答えるが。


 会話の内容はオスカーがいかにして騎士になったのかの説明だな。

 この子の才能と潜在能力をタスクが見出し、弟子にとり、正式に騎士となったその日までの事をゆっくりと、丁寧に説明している。


 流石に故郷も肉親も全て魔物に奪われていた事など知らなかったため、オスカーの境遇を知った冒険者達はカルロスを含めて皆気まずそうな顔をしている。


 だが、家族や故郷を失った事を悲しいと思ってはいるが、既にその悲しみを乗り越えている。


 何とも思わないというわけではない。悲しい事だと思いながらも、それでも立ち上がり、前に進んでいるのだ。


 結果、この子にはミワ男爵夫妻という、新たな両親を得た。タスクという、師匠であり兄のような人物にも巡り合えた。弟のようにかわいがってくれるジョゼットにも出会えた。

 私から見た今のオスカーは、間違いなく幸せである。


 それ故に、今のオスカーを必要以上に憐れむのは失礼にあたるだろう。


 「気にしないでください。既に過去の事ですから。僕はもう、大丈夫です」

 「そっか。お前さんは、乗り越えてるんだな…。まだまだ若いってのに、大したもんだ」

 「カルロスは、何か思うところがあるのかな?」


 カルロスはオスカーが既に悲しみを乗り越えている事に関心をしているし、羨ましくも思っているようだ。


 そういえば、カルロスを含め、席についている冒険者達は皆孤児だったな。つまり、彼等も家族を失っているのだ。


 「まぁな。俺もコイツ等も、結構な時間引きずってたからなぁ…」

 「夜中に目が覚めて泣いちゃうときとかもあったなぁ…」

 「そうそう、それでよく先生に迷惑かけてたっけ」

 「でも、そういう時って、決まって優しく抱きしめてくれてたんだよなぁ…」

 「カルロスさんにも抱っこしてもらってたっけ」


 聞いている限りでは孤児院の経営者は、慈愛の精神がある優しい人物なのだな。


 もし同じ状況を前にしたら私の場合、どうしていただろう?

 多分だが、魔術によって強引に寝かしつけていたような気がする。


 勿論、優しく接すること自体はできるだろうが、私には家族を失った者の気持ちを理解する事はできないだろうからな。

 親身になって宥めてやることはできなさそうだ。


 カルロスに抱きかかえられた事を思い出してしみじみと語る少女に、カルロスが楽し気に、そして意地悪な顔をしている。


 「なんだ?また抱っこされたくなったか?成長したと思ってたが、やっぱまだまだガキンチョだなぁ!構わんぜ?いつでも言ってこい!何だったら高い高いもしてやるぜ?ハッハッハッ!」

 「ちょっ!?カ、カルロスさん!もぅっ!そうやって子供扱いしないでよ!」

 「カルロスさんからしたら、やっぱまだ僕等って子供なんですか?」


 若手の冒険者達は、これまで順調に活躍してきた事もあって、自分達を子供扱いして欲しくなさそうだ。

 だが、彼等の年齢は16~17才。子供同然と言っていいのだ。カルロスが子供扱いしてしまうのも無理はないだろう。


 「あったりめぇだろーが!そもそもお前等がこぉんな小せぇ頃を知ってんだ。俺にとっちゃお前等はいつまで経っても弟で妹だよ。まだまだ子供扱いするぜ?」

 「えーーーっ!?」

 「俺達、ちょっとはカルロスさんに追いつけたと思ったんだけどなぁ…」

 「馬鹿野郎。俺だって自分の強さがここで限界だとは思ってねぇし、まだまだ上を目指してんだ!そう簡単に弟分妹分に追いつかれてたまるかってんだよ!」

 「ははは…。目標は遠いなぁ…」


 カルロスからすれば、彼等はまだまだ庇護対象なのだろうな。

 冒険者という職業はとにかく危険な職業だ。ちょっとしたミスでその命を落としかねない。


 食事中でも口うるさく彼等に冒険者の在り方を説いている辺り、彼等をとても大切に想っている事がよく分かる。

 彼が言う通り、この冒険者達は彼にとって弟であり妹なのだろう。


 ファングダムでも思った事だが、やはり家族というのはいいものだな。例え血が繋がっていなくともだ。


 愛情、という感情が私の心に強く響くのだろう。お互いに対する確かな愛情が私にはとても微笑ましく、そして愛おしい。


 ……急に周りが静かになってしまった。

 見ればオスカーとカルロスを含めた皆が私をじっと見つめている。


 「気にせず会話を続けて良いよ?貴方達の話は聞いていてとても楽しい」

 「あ…や、その、『姫君』様よぉ、そんな顔されると会話どころじゃなくなっちまうんだが…」

 「「「………」」」

 「これが…『黒龍の姫君』…」

 「き、綺麗すぎる…」

 「…まぁ、好きにすればいいとは思うけど、ずっと固まっていたら料理が冷めてしまうよ?」


 彼等の会話を微笑ましく見守っていたら、私の表情が人に注目されるような表情になっていたようだ。

 こういった状況は何度か経験しているので、今更不思議に思う事は無いのだが、新聞などで私の顔を見ているのだから、多少は慣れて欲しいと思わなくも無いな。


 まぁ、好きにすればいい。私は私で食事を進めさせてもらおう。


 この宿の料理人もいい仕事をしてくれている。アクアンでは魚介だけでなく肉類も豊富に用意されているのだ。

 ここ数日間は魚介ばかりを口にしていたので、そろそろ肉を味わいたかった私は非常に喜ばしい。食が進んで仕方がない。

 勿論、高級宿の食事と言う事もあって味も絶品だ。さっきから料理を口に運ぶ手が止まらない。


 固まっている者達をよそに食事を楽しんでいると、カルロスが感心したように声をかけてきた。


 「食べる量も早さもとんでもねぇが、それなのに『姫君』様はやたらキレイに飯を食うんだな」

 「本に書かれていた食べ方を真似ているだけなのだけどね。この食べ方は貴族や王族達も不快に思う事は無いそうだよ」

 「あー…そういやぁ、王族と食事をした経験もあるのか」

 「うん。まぁでも、彼等の食事風景も今の食事風景ととあまり変わりはないよ。和気あいあいと会話をしながら、相手に対して失礼に思われない範疇で好きなように食事を取っていたからね」


 確かに王族としての、作法に則っての所作ではあったからまったく同じ光景とは言えないが、雰囲気としては今とそう変わらなかった。


 私から見れば、家族会議が終わった後の彼等の食事風景はとても微笑ましく愛おしい光景だったのだ。

 彼等には、末永くああいった幸せを感じる食事を送ってもらいたい。


 「マジかー。あ、そういや、ファングダムに新しく国宝が出来たって話が新聞に出てたな!しかもいっぺんに2つも!しかもどっちも絵画だって!」

 「内容は知ってるの?」

 「いや、とんでもなくスゲェ絵画だってのは記載されてたんだが、撮影禁止だったらしくてな?どんな内容なのかは直接城まで見に行かなきゃならねぇんだ」


 確か、どちらの絵画も一般公開すると言っていたな。

 それでも写真に収めさせる気は無かったらしい。見たいのなら直接見に来い、と言う事だろう。


 「そんでな、一般人が城に入るにゃあ入城料が掛かるし、国宝になった絵画は相当に良い物らしいんだ。しばらくはファングダム国民がこぞって見に行ってるから、外国から来る連中は、全然見ることができないらしいな」

 「に、入城料、取られるんだ…」

 「まぁ、大した額じゃねぇらしいけどな。城全体を見て回れるわけでもねぇから、精々銅貨2、3枚ってとこさ。みんなに見てもらいたい作品なんだろうぜ」


 そうだな。ネフィアスナが描いた私の作品はともかく、王族達全員の仲睦まじい姿は国民達に見せたいとレーネリアは言っていた。

 そうする事によってファングダムの未来が明るい事を示すのが彼女の狙いだ。

 まぁ、そんなものは実は建前で、実際はただ単に身内の自慢がしたいだけなのかもしれないが。レーネリアはそういう人だ。


 「内容、知りたいの?」

 「まぁ、一気に2つも国宝が増えたからな。気にはなるさ。なんだ?ひょっとして、『姫君』様は、国宝について何か知ってんのか?」

 「知っているとも。なにせ、一つは私が描いたんだ。知っていて当然だよ」

 「「「「えええぇーーーっ!!?」」」」

 「…っ!!?」

 「…お前等、揃いも揃っていきなり叫ぶんじゃねぇ…」


 その情報は非常に衝撃的な内容だったのだろう。新たに国宝に指定された2つの絵画について話すと、固まっていた若手冒険者達は一瞬で正気に戻り驚愕の悲鳴を上げていた。


 おかげで大音量に当てられたカルロスが両耳を抑えて悶絶している。

 狐ほどではないが、狼も聴力の優れた動物だ。そんな狼の因子を持った彼が耳元で大声で叫ばれたら、悶絶してしまうのも当然だ。


 治癒魔術を掛けようかとも思ったが、必要ないらしい。自力で自分に治癒魔術を掛けて状態を回復させてしまった。流石"星付きスター"冒険者、と言ったところか。


 「あっ…その、ごめんなさい…」

 「カルロスさん、大丈夫ですか?治癒魔術を使っていたようですが…」

 「心配はいらねぇよ。コイツ等に耳元で叫ばれるのなんて、今に始まった事じゃねぇからな」


 心配そうにオスカーがカルロスの安否を尋ねるが、問題は無い。獣人ビースターは生命力が強い種族だ。多少の負傷は軽い治癒魔術でたちまち回復してしまう。

 それに、先程の叫びで鼓膜が破れたわけでも無いようだからな。治癒魔術を掛けなくとも治っていたのだろう。


 「それよりも『姫君』様、さっきの国宝の一つを描いたって話はマジなのか?」

 「うん、マジだよ。直接王族から依頼されてね。完成した物を見せたら国宝にしようって話になってね」

 「内容って、教えてもらう事とかできそうか?」


 気になると言っていただけあって内容を知っている者が目の前にいれば訊ねたくもなるか。まぁ、気持ちは分かる。


 ただし、教えるつもりはない。


 どちらの絵画も新聞に記載させて公開されているのならともかく、直接見る以外に公開はしていないのだ。ならば、内容を知りたければ彼等も王城に向かってもらうべきだろう。


 「悪いけど、彼等が撮影を禁止している以上、直接見る以外でその詳細を教えたくはないだろうからね。是非直接ファングダムで見てくることをお勧めするよ」

 「やっぱダメかー!」

 「ですが、どれほどの作品なのかはある程度分かるかもしれませんよ?ノア様は今回の美術コンテストに御自身の作品を出品されましたから」

 「マジか!?」


 ああ、その辺りの話は未だ伝わっていなかったのか。

 一瞬にして彼等の興味が、ファングダムの国宝から私が美術コンテストに出品した作品の詳細へと変わっている。

 国宝について私が教える気が無いと分かったからというのもあるが、随分な変わり身の早さだ。


 「そっちについては尚更だね。近い内に公開されるのだから、その時を楽しみにしていると良いよ」

 「こうして知り合った誼って事で教えてもらう事は?」

 「ダメ」

 「ダメかー!」


 流石に、作品に関わったわけでも無いというのに審査員よりも先に作品の内容を知ろうとするのは駄目だろう。


 カルロスの態度は流石に若手冒険者達も擁護できなかったのか、皆して彼を非難している。


 「カルロスさん…!流石に図々しいですよぉ…!」

 「ご飯奢ってもらってる上にそれは無いですよ」

 「そうですそうです!」

 「…(コクコク)!」

 「お、お前ら…」


 まぁ、流石にカルロスの要求が今回ばかりは図々しすぎたのだろうな。

 私はただ断るだけだしそれ以上に特に何とも思っていないが、若手冒険者達からしたら失礼だと感じたのだろう。


 それでも諦めきれないカルロスは、今度は内容を知っていそうなオスカーに訊ねようとしていたのだが、それも若手冒険者達に遮られてしまった。


 ちなみに、オスカーも作品の内容を知ってはいるがこの場でそれ説明する気は無いようだ。

 後で確認した事なのだが、仮に尋ねられたとしても[コンテスト当日を楽しみにしていてください]と答えて適当にあしらうつもりだったらしい。なかなかいい性格をしている。



 その後、若手冒険者達が普段こなしている依頼の内容やカルロスの苦労話を聞きながら食事を続け、午後8時頃に食事会はお開きとなり解散となった。


 この後は食後の運動である。既に日課となった、冒険者ギルドでオスカーへ稽古をつける時間だ。


 オスカーもその事を承知しているので、宿を出た後冒険者ギルドへと向かったのだが、今回は少し稽古の内容が変わりそうだ。


 私達と共に、カルロスがついて来ているのだ。彼も冒険者ギルドに用がある、というか、私達に用があるみたいだ。


 「ワリィ、『姫君』様。図々しいのは承知で頼むんだが、騎士様のついでで良いから、俺にも稽古をつけてもらえねぇか?」


 まさかの稽古の依頼だった。オスカーと試合をして、思うところがあったのかもしれないな。


 「稽古をつけること自体は構わないよ。だけど、無償というわけにはいかない。その理由は、分かるね?」

 「当然だな。『姫君』様の稽古だなんて、強さを目指す連中なら是が非でも受けてみたいだろうからな!勿論、報酬は言い値で払うぜ!」


 ちゃんと分っているようで良かった。

 今の私が無償で他人に稽古をつけた場合、自分にも稽古をつけて欲しいと言い出す者が殺到して来るのは間違いないだろうからな。


 ティゼミアで私が冒険者達に稽古をつけ、彼等が短時間で見違えるほどに成長した話は既に周知の事実なのだ。


 しかし、言い値で、ときたか。少し困ったな。

 別に金でも構いはしないのだが、正直、金には困っていないので、金銭でやり取りをするのは、いまいち気が乗らないのだ。


 私が欲しくて、カルロスが持っていそうなもの、何か無いだろうか?

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