第265話 アクアンでの稽古
さて、稽古をつける報酬としてカルロスに何を求めようか?
アクアンの案内をしてもらう…のは駄目だな。それは既にオスカーがしてくれているのだ。今更別の人物に案内してもらう必要はない。
孤児院を案内してもらう…のも違うな。
場所は聞けばすぐに分かるだろうし、多分カルロスに案内してもらおうがされまいが、私が孤児院でやる事は変わらない。目一杯子供達を可愛がるだけだ。
何か、カルロスだけにできるような事は無いだろうか…。
「あの、ノア様?」
「ああ、ゴメン、カルロスから受け取る報酬をどうしようか迷っていてね?」
「あ、ひょっとして、金銭のやり取りじゃない感じか?」
カルロスはこちらの考えに気付いたようだ。まぁ、分かったところで特にないかが変わる事は無いのだが。
「あの、普通に金銭の報酬ではだめなのですか?」
「ああ、うん。別に構わないのだけど、特に金に困っていないからね。どうせなら金銭以外の報酬をもらおうと思ってね…」
報酬をどうしようか悩んでいたらオスカーから疑問を投げかけられた。
正直、金銭以外の報酬を求めるのは私の我儘だ。適当に銀貨の10枚かそこらの報酬をもらえば十分だとも思っている。
ただ、今の私の懐事情を考えると、その程度の金額では正直あっても無くても変わらない。
だからこそ、金銭以外の報酬を求めているのだ。
「えっと…ノア様がカルロスさんに稽古をつけること自体は特に問題は無いのですよね?」
「うん。それは問題無い。向上心がある事は好ましいし、まだまだ弟分や妹分達の目標でありたいんだろう?」
「おうよ。さっき飯で話してて尚更そう思ってな。まぁ、アイツ等は早く俺と肩を並べたいみてぇなんだが…」
それはそうだろう。憧れている人物の隣に立てる事がどれだけ嬉しいか、私はそれを直接知っているわけではないが、冒険物の小説で何度も目にした事がある内容だ。
カルロスを慕う若手冒険者達もきっと同じ気持ちに違いない。
「それで、ノア様は他にも稽古をつけて欲しい冒険者がいたら、稽古をつけてあげるんですか?」
「ん?そうだね。オスカーのついで、という形にはなるけど、望むのなら稽古をつけるつもりだよ。さっきも言ったけど、向上心がある人は嫌いじゃない」
「でしたら、無理に特別な報酬を求める必要はないのではありませんか?ノア様は資金が増える事に魅力を感じていないようですが、資金というものはあって困るものではないでしょうから」
………言われてみればそうだな。多分だが、カルロスが私から稽古をつけてもらう事は他の冒険者にも知れ渡る事だし、そうなれば自分も稽古をつけて欲しいと願い出て来る者達も現れる筈だ。
彼等に一々個別の報酬を求めていては、稽古どころの話ではなくなってしまいそうだな。
差し出される報酬がエスカレートしていき最終的に自分にとって一番大切なものを差し出してきそうな予感さえしてくる。
ううむ…。ならばいっその事、全面的に告知してしまおうか。
『
「うぐっ!?」「こ、これはっ!?」
「二人とも、少しの間その状態で自己鍛錬をしていてもらえる?」
「ノア様は、どちらへ…?」
「ギルドマスターの所にね」
ティゼミアと同じ条件で稽古を受け付けるとしよう。
2人には、私がギルドマスターと話を付けてくるまでの間、自己鍛錬を行ってもらうとしよう。
ギルドマスターと話を付けて訓練場に戻ってくれば、2人は滝のような汗を流していた。
呼吸も大分乱れているし、それなり以上に負荷のかかる鍛錬を行っていたんじゃないだろうか。
2人の立ち位置からして、組手のようなものを行っていたと思われる。
「ただいま。結構消耗してるみたいだね」
「お、お帰りなさい…」
「クッソ…。やっぱ一発も当てらんなかった…」
聞いてみれば、素手同士で組手を行っていたらしい。ただし、オスカーはその場を動かずに、だ。
2人に施した『重力操作』の負荷は同じ負荷ではない。オスカーの方が掛けた負荷が大きい。それは、カルロスの方が圧倒的に体が大きいから、その分掛かる負荷は大きくなる事も加味したうえでだ。
分かり易く説明しすると、カルロスが50㎏の重りを付けているのに対してオスカーは100㎏の重りを付けているような状態だ。
なお、組手の提案を出したのはオスカーの方だった。体術の稽古に、今の状況はうってつけだと考えたのだろう。
カルロスも自分の稽古になると考えたためその提案を了承したとの事。
その結果、私が戻って来るまでの20分間、ずっと高負荷が掛かった状態で組手を続けていたというわけだ。
「それで…稽古の件はいかがなさるのですか…?」
「2人も私がティゼミア、ティゼム王国で冒険者達に稽古をつけていたのは知っているだろう?アレとほぼ同じ条件で稽古を受け付ける事にしたよ」
「つまり、ギルドからの依頼として稽古をつけるって事か?」
「うん。まぁ、私がこの街にいる間になるけどね。それと、時間は私が夕食を終わらせた午後7時30分から10時30分の3時間。途中参加は無しだ。訓練場の扉を閉めてしまうからね」
稽古の内容も、ティゼミアで行っていた稽古の内容とほぼ変わらない内容にするつもりだ。
そのため、開始時間に間に合わないようなら遅れてしまった者には悪いが、参加させるつもりはない。
「稽古を受けたきゃ、時間通りに来いってこったな」
「そういう事。まぁ、開始時間の10分前には受付を終わらせて訓練場に来てもらおうかな」
「んで?結局『姫君』様に支払う報酬っていくらになるんだ?」
「金貨1枚」
「安すぎだろっ!?あっ、いや、低ランクの連中には逆に高すぎるのか?」
稽古の報酬金額にカルロスが驚愕しているが、冒険者一人一人が金貨1枚を私に支払うわけではない。それでは低ランクの冒険者が支払えなくなってしまうからな。
「私が報酬を受け取るのは、あくまでも冒険者ギルドからだよ。冒険者達はギルドに対してランクごとに定められた授業料を支払ってもらう事になるよ」
「ティゼミアでもそのように行っていたのですか?」
「うん。ただし、あの時は"
ギルドマスターに稽古の提案をしたら、稽古をつけること自体はあっさりと承諾されてしまったのだ。
金額の設定も前例があるため、"上級"冒険者までの金額設定はそのままで受け入れられた。
しかし、"星付き"以上の金額は設定されていなかったため、その設定と支払われた金額の使い道で話し込んでしまったのだ。
「じゃあ、"星付き"の俺はいくら払えばいいんだ?」
「"星付き"は金貨1枚。そこからランクが上がるにつれて支払う金額は10倍にしようって話になったよ」
「うげ。一気に跳ね上がるなぁ…。けどまぁ、そのランクだと支払えない事もねぇんだよなぁ…」
「しかしノア様、よろしいのですか?おそらくアクアンに所属する"星付き"以上の冒険者達も、こぞって稽古を受けに来るでしょうから、相当の金額が冒険者ギルドに支払われる事になりますよ?」
オスカーとしては短時間で大量の資金が冒険者ギルドに集まる事に何やら懸念があるらしい。
ギルドマスターに聞いたところ、アクアンには"
私に支払われる報酬金額を金貨1枚にしたのは、私が"上級"冒険者であり、的確な報酬金額が金貨1枚だからだ。それに加えて、私が特に多額の報酬を求めていないからでもある。
ティゼミアとファングダムからの報酬に加え、これまでの行動によって私の所持金は、金貨一万枚を軽く超えているのだ。
これ以上私に金貨が集まったところで、今度は人間社会に還元するのが大変になるだけだ。
仮に今の金貨で支払えないような大量に資金が必要になったのなら、それこそ煌貨を使えばいいわけだし、それでも足りなくなったらその時に稼げばいい。
もしも策略で私に資金を回さないというのなら、その手の連中は間違いなく禄でもない事をしている連中だからな。『
不正の証拠や公表できないような秘密を暴いて、ティゼミアやファングダムに報告させてもらおう。
そういうわけで、今の私に多額の報酬は必要ないのだ。
だから、その金の使い道も決めさせてもらった。
「問題無いよ。支払われる金額は私に対して支払っているようなものなんだ。ギルドに支払われる授業料の使い道も、私の方で決めさせてもらったよ」
「その使い道は?」
「この国の孤児院に寄付してもらう事にしたよ」
「ヒューッ♪気前いいねぇー」
孤児院の経営は何かと結構な資金が必要になる。そのうえ、今も魔物によって孤児になってしまう子供がいるのだ。
加えて、魔物以外の原因でも親や兄弟を失う機会もある。事故や病気、賊に襲われるなど、例をあげればいくらでも出て来る。
身寄りのない子供を養う孤児院の存在は、今後も必要なのだ。
設備の修繕、増設、改築、増築、食生活の改善、備品の更新、色々出来る事はあるだろうし、全ての孤児院でこんな事をやろうとすればそれだけで金貨1000枚等使い切ってしまえる筈だ。孤児院の数も結構な量あるのだからな。
「まぁ、そういうわけだからそろそろ本格的に稽古を始めようか」
「はい!よろしくお願いします!」
「あいよ!っと、その前に、先に金貨を支払った方がいいのか?」
律義な事は良い事なのだが、既に冒険者ギルドに訪れてから30分ほど経過しているからな。それに夕食での会話が弾んでしまった事で稽古の開始時間も遅かったのだ。今更である。
今後もカルロスは私の稽古を受けに来るだろうから、今回ぐらいはまぁ、多めに見てもいいだろう。
「いいよ。今回はサービスしてあげよう。貴方のおかげで色々決める事ができたのだしね」
「そりゃ随分と気前の良い事で。で、稽古の内容はどうするんだ?」
稽古内容をティゼミアと同じようにするとはいっても、稽古で使用したファニール君は既にウルミラの所有物だ。稽古で使用する事はできない。
そんなわけで、ファニール君との鬼ごっこの時間を召喚した魔物との戦闘に割り当てる事にした。
スケジュールとしては、加重状態での型稽古を行った後に技の打ち込み稽古、その後に"星付き"までの冒険者達には私が召喚した魔物と戦ってもらう。"
勿論、それぞれの稽古に映る前に20分の休憩をはさむ事も忘れない。
今回は残り時間1時間と言う事と、私が戻って来るまでの間にお互い組手を行っていた事もあるので体は十分いほぐれているだろう。
カルロスには"星付き"相当の魔物を召喚して宛がい、オスカーとはいつも通り模擬戦だ。
「こんな感じだね。何か異論があれば聞くよ?」
「"二つ星"以降が『姫君』様との模擬戦の理由は?」
「それ以降の魔物は皆かなりの大型、もしくは超広範囲の攻撃ばかりするからだね。周囲の被害が酷いんだよ。結界を張れば問題ないけど、そんな事をするぐらいなら、私が模擬戦を行っていた方が効率がいい。だが、そうだね。対人戦ばかりが上手くなっても冒険者としてはあまり得る者が無いだろうから、定期的に全員で大型の魔物と戦ってみようか」
「ボス戦ってわけか。燃えるじゃねぇか!」
魔物の中にはヴィルガレッドほどとはいかないまでも非常に巨大な魔物が存在するし、人間達の集落に襲撃を仕掛ける事があるのだ。
そういった魔物との戦闘を想定した稽古をつけるのも悪くない。
広さの問題は空間を拡張すればいいだけだ。『
「では、もういいかな?そろそろ始めようか」
「おうよ!」「はい!」
カルロスは召喚した魔物に、オスカーはいつも通り訓練用の装備を手にして私に切りかかってくる。
稽古を開始する際に2人に施した『重力操作』は解除してある。
どれ、それでは2人の自己鍛錬がどれだけの効果があったのか、確認させてもらうとしようか。
会話によって呼吸が整っていた2人は、稽古が終わるコロンは再び息も絶え絶えと言った状態になっていた。
「ま…まさか普段の依頼よりしんどいとは思わなかったぜ…」
「ご指導…!ありがとうございました…!」
「2人共お疲れさま。それじゃあ、この後は風呂で汗を流して、ゆっくりと休むとしようか」
「ふ、風呂っ!?い、今からかっ!?ま、まさかこの場所に風呂場を作っちまうのかっ!?」
カルロスは一体何を考えてそんな事を口走ったのだろうか?私と風呂に入れるかもしれないと考えているのか、かなり興奮している。
珍しくオスカーが冷たい視線を送っているな。
「そんなわけないだろう。これから各自風呂屋へ行こう、という話だよ」
「…」
「ダヨナー。そう甘くはねぇかぁ…。はぁ…」
随分と気落ちしたものである。随分と異性に飢えているように見えるな。
カルロスほどの冒険者ならば、言い寄って来る女性がいないわけでもないだろうに、何をそこまで落ち込んでいるというのか。
まぁ、風呂屋までの道のりは一緒なのだ。
その辺りの事は道すがら聞かせてもらうとしよう。
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