第266話 アクアンでの日常

 冒険者ギルドから出て風呂屋へ行く間に、カルロスがなぜそうまで異性に飢えているのかを聞いてみよう。


 ちなみに、訓練場から出る時にオスカーとカルロスには『清浄ピュアリッシング』を施しているため、汗の臭いなどはしていない。清潔な状態だ。

 勿論彼等も『清浄』を使用できるが、稽古で体力と魔力を消耗しきっているので、自分に魔術を使用すること自体が億劫となっていたのだ。


 『清浄』は非常に便利な魔術ではあるが万能ではない。例え汚れや臭いを消す事ができても疲れや身体から出てしまった水分までは補充されない。あくまで汚れを落とす魔術だからだ。


 だから稽古が終わった後はオスカーに毎回水分と塩分を補給させてたし、風呂に入って体をリフレッシュさせる事で体力の回復も早める事はとても重要なのだ。


 そんなわけで体が綺麗な状態でも、私達は風呂屋へ向かっているわけだ。


 「経験が無い?」

 「ああ、そうだよ。悪いかよ!?こちとらまだ未経験だっての!」


 カルロスから聞いた、彼が異性に飢えている理由を訊ねてみたところ、そんな答えが返ってきた。


 何が、と言えば子孫を残すための繁殖行為、人間達の言葉を借りるならば"愛の営み"というヤツだ。


 妙な話だ。カルロスは人間の価値観で言えば番に相応しい相手の筈だ。望めばいくらでも相手がいるんじゃないだろうか?


 金貨1枚を気軽に支払える経済力に人間の仲では強者の部類の強さ。それに容姿も決して悪くは無い。


 「や、そのな、まぁ、自慢じゃねぇが、俺だってそれなりにはモテるんだぜ?ただよぉ、間が悪ぃっつーか、何つーかよぉ…」

 「煮え切らないな。もう少しハッキリ言ってくれないか?」


 カルロスらしくない答え方だ。まだ知り合って1日も経っていないが、普段の彼ならばもっとハッキリと物を言う。

 今のカルロスからは羞恥の感情も感じ取れるため、彼に経験が無い理由に何か恥じらう事があるのだろうか?

 長い悶絶の末ようやく彼の口から出た答えは、意外な答えだった。


 カルロスは、異性の肌に免疫が無かったらしい。

 裸など以ての外、薄着の姿でさえ必要以上に興奮してしまい、そのまま気絶してしまっていたのだとか。


 まぁ、それはまだ彼が20才前後の話だったのだが、その話はアクアンの冒険者達の間では非常に有名な話らしい。

 というか、今でも露出の高い女性を見ると顔を赤らめてしまうらしい。


 だが、多少耐性がついた事で彼は積極的に女性を求めるようになったようだ。

 尤も、今まで碌に女性と親密になった事が無かったせいで積極的になり過ぎているらしいが。


 そのためか、好意を寄せられる事はあっても、それ以上に幻滅されてしまう事の方が多いのだとか。

 その結果が恋人が出来た事も無ければ生殖行為の経験も無い、と言うわけだ。


 「それなら尚更私と共に入浴などはできないんじゃないか?」

 「いやだからそれはもっと若い頃だって!今は女の裸ぐらいだったら大丈夫なんだって!そろそろ俺もいい年だから彼女の一人ぐらい欲しいんだよ!!」


 人の目があるというのにも関わらずこの必死さである。

 大声で叫ぶせいで夜も遅くなったことで少なくなった通行人から注目を浴びてしまっている。


 が、その視線はすぐに戻された。

 叫んだ人物がカルロスだと知り、いつもの事だと納得されてしまったのだ。


 「カルロスはもっと落ち着きを持つべきだと思うよ。そうすれば相手の方から言い寄って来るんじゃないかな?」

 「そ、そうか?」

 「見た目も醜悪ではないし、強さもある。それで所得も十分にあるのなら、大抵の女性は放っておかないんじゃないかな?オスカーはどう思う?」

 「えっ!?ぼ、僕ですか!?」


 自分に話を振られるとは思わなかったらしい。これまで無言、無表情を貫いていたオスカーは突然の問いかけにとても驚いている。

 その驚きようは、私と会話をする際は必ず一人称を"私"だったのが"僕"となってしまっている事からも頷ける。


 だがオスカーは律義な子だ。私の質問に自分の意見を答えてくれる。


 「カルロスさんは、今年で28才になったのですよね?」

 「ああ、先々月にな」

 「そのぐらいの年齢ならば、やはり積極的な人よりも余裕を持った人の方が魅力的に映るかと思います」


 大人の余裕、という言葉があるぐらいだからな。加えてオスカーの場合は常にタスクの姿を見続けていたからな。

 魅力的な大人の男性像として常に落ち着いた雰囲気を持っているタスクの姿が思い浮かぶのだろう。


 「オスカーよぉ、言うのは簡単だぜ?だがな、実際に美女や美少女に言い寄られてみろよ?余裕のある態度とか無理だぜ?」

 「そ、そうなのでしょうか…?」


 その辺りは人によるとしか言いようがないだろうな。マコトやタスク、それにユージェン辺りは問題無いだろうし。


 「まぁ、私が知りたい事は分かったし、そろそろ風呂屋だ。私から始めた話ではあるが、これ以上話すのなら後は2人でじっくり話すと良い」

 「丸投げかよっ!?なんかこう、モテる秘訣とか教えてもらえねぇの!?」


 風呂屋の看板が見えてきたので話を終わらせようと思ったのだが、恋人がほしいカルロスはアドバイスを懇願してきた。


 「私からはもう少し落ち着け、としか言えないよ。それに、モテたいと言っているけど、実際貴方はモテているじゃないか。後は、幻滅されないようにするだけだよ。そのために落ち着けと言ってるんだ」

 「その落ち着く方法を知りてぇんだよぉ!!」

 「カルロスさん、流石にそれをノア様に求めるのは無理がありますよ…」


 全くだ。恋愛ごとにまるで興味のない私にそんな事を求められても堪えられるわけがないだろう。


 オスカーの制止のおかげで私に意見を求めるのは諦めたようだが、代わりにオスカーに彼の不満の矛先が向かったようだ。


 「ようし、そうまで言うならオスカー!風呂に浸かりながらじっくりと恋愛について話し合おうじゃねぇか!」

 「え、えぇ…。この話お風呂でも続けるんですか…?」

 「…するなとは言わないけど、周りの客に迷惑かけないようにね?」


 話はここまでとばかりに私は一人風呂屋へと足を踏み入れる。後は2人で気のすむまで話してくれ。風呂から出てくる頃には終わっているだろう。

 それとカルロス、オスカーは貴方の弟分や妹分の冒険者達よりも年下だと言う事を忘れないように。あまり過激な話はしないでもらいたいところだ。


 それにしても、自己鍛錬をさせている間に2人は随分と仲良くなったな。

 カルロスのコミュニケーション能力が高いのか、それともオスカーが弟分達と年が近かったから話し易かったからなのか。


 どちらにせよ仲が良くなることは喜ばしい事だ。出会いの形はあまり良いとは言えなかったが、結果的に有効な関係を得られた。

 高ランクの冒険者と仲がいいという事実は、オスカーの今後の騎士の活動に、きっと有益になる筈だ。


 オスカーに良い友人ができた事を素直に喜び、私は風呂に入るとしよう。



 私が風呂屋から出た時には、既に2人共風呂から出ていて私が出て来るのを待っていたようだ。

 オスカーは私を宿まで送るため待っていたとは思うが、カルロスまで待っているとは思っていなかった。


 当のカルロスと言えば、私の姿を見るなり鼻の下を伸ばしてとてもだらしのない顔をしている。

 なるほど。コレは確かに幻滅する。折角俗に言う男前な顔立ちが台無しである。


 ややカルロスを見るオスカーの視線が冷たいのは、そういう事なのだろうか?


 聞けばカルロスが待っていたのは、私の湯上り姿を目にしたかったかららしい。


 「まぁ、実際に見て思ったけど、その表情を見せている間は、恋人を得るのは難しいんじゃないかな?」

 「うぐぅっ!?」

 「だから言ったじゃないですか。大人しく帰った方がいいですって。ほら、これ以上ノア様の評価が下がらない内に宿に帰りましょう?」

 「あいよぉ…。俺ってそんなに変な顔してたかぁ…?」


 彼が宿泊している宿は私の宿とは別の宿であり、方角も別方向だ。猫背になってとぼとぼと一人帰宅し始めた。


 「私達も帰りましょう。必要ないかもしれませんが、宿までご案内します」

 「ありがとう」


 やはりオスカーは私を宿まで送るために待機していたようだ。これも案内役としての仕事だと考えているのだろうな。



 ところでカルロスはオスカーに対して、余計な事を吹き込んでくれたらしい。

 庸人ヒュムスの視力では辺りが暗くなっているため分かり辛いだろうが、オスカーの頬が赤くなっているのだ。


 決して湯上りだからではない。私が風呂屋から出て来るのを待っている間に、オスカーの体温は平温まで下がっているからだ。


 ではオスカーのこの状態は何が原因なのか。

 改めて考えてみるとオスカーは案内するという名目で私の前を歩き、極力私を視界に収めようとしていない。


 つまり、オスカーは照れているのだ。私の事を少なからず女性として意識してしまっているのだろう。

 原因はまぁ、カルロスが風呂に入っている時にオスカーに何か言った事が原因だと思っている。


 今のところ恋慕の感情は無いようだが、今後の付き合い方によってはそういった感情を抱かれてしまう可能性が高くなったと言えるだろう。

 本当に、余計な事をしてくれたものだ。


 アクレイン王国の一般的な服装はティゼム王国やファングダムよりも露出がやや高い傾向にあったのだが、今後もあまり肌を露出しないようにしておこう。

 明日になったらある程度は元に戻ってくれているといいのだが…。



 特に何事も無く1日を終え、そこからの私のアクアンでの行動は美術コンテストの受付が終わるまでの間は同じような日常を過ごす事となった。


 午前中は冒険者ギルドに顔を出し適当な依頼を受注し、その後図書館で過ごす。


 昼食を終えて午後になったら依頼を片付けて、夕食までの時間に街をオスカーに案内してもらう。

 流石王都というだけあってアクレイン中どころか世界中から様々な商品が集まっているため、モーダンで見たような食材や調味料も見かける事ができた。


 夕食を終えて午後になったらオスカーと共に冒険者達に稽古をつける。


 ある程度予想していた事ではあるが、非常に多くの冒険者が集まってくれた。

 やる気に満ちているのは大変良い事だが、彼等は依頼を片付けて少なからず消耗している状態だ。

 あまり無理をさせないように気をつかった。そうでもしなければ例え風呂で体を休ませても疲れが癒えきらず、翌日の活動に支障が出てしまうからな。


 

 そんなこんなであっという間に鳥の月の10日。美術コンテストの出品受付の期限日だ。

 今日の正午から遂に世界中から集まった美術品をこの目にする事ができるのだ。


 この日をどれだけ待ち焦がれた事か。

 逸る気持ちを抑え、大人しく図書館で時間を過ごすとしよう。


 そして午前14時に早めの昼食を終わらせて目一杯美術品を堪能させてもらおうじゃないか!

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