第267話 品評会開催!

 時間は正午前。私は美術コンテストの受付会場に来ている。

 正午からようやく出品された作品をこの目にする事ができるのだ。モーダンからお預けを食らっていた身としては、いてもたってもいられなかったのだ。


 流石に受付期限ギリギリで作品を出品する者はいなかったようで、受付会場は閑散としている。

 が、通行人は通っているため、この場所に私がいるとどうしても注目を浴びてしまっている。


 特別審査員を引き受けた事は既に新聞で知らされているため、不審な目で見られているわけではないし、何故私がこの場所にいるのかも理解はされている。


 だから私に向けられる視線は何と言うか、生暖かいものが多いな。[そこまで楽しみにしていたのか]、という意思がこれでもかと伝わってくる。

 実際私は非常に楽しみにしていたし訊ねられたら即答で勿論だと答える。


 受付終了まで後10分を切ったところだ。


 「楽しみにして待っている時間と言うのは、長く感じてしまうものだね」

 「あのぉ、ノア様?」

 「ん?」


 受付が終了するのを今か今かと待ち続けていたのだが、そこで申し訳なさそうにオスカーが話しかけてきた。

 何か伝えたい事があるようだが、この子の様子からして私にとって嬉しくない情報らしい。


 まさか、品評を行う場所はここでは無かったりするのか?


 「非常に言い辛いのですが、受付が終了してからすぐに品評を始めるわけでは無いのです…」

 「な、なんだって…?」


 そういえばこの場に待機しているのは私だけだ。他に審査員らしき人物の姿は確認できない。


 そもそも作品の品評を行うのはこの場所なのか?

 外交大臣は今どこにいるのだろう?作品の品評を始めるのは何処でいつなのか、確認を取りたい。


 今にして思うと、一般の観客よりも一足先に作品を観る事ができるからと浮かれてしまい、色々と確認すべき事を確認していなかった気がする。


 『広域ウィディア探知サーチェクション』を使用して外交大臣の居場所を確認する。

 見つけた。彼はこの会場にいるようだ。スタッフに頼んで、彼と会話をさせてもらおう。



 スタッフは外交大臣に何と伝えたのだろうか?

 私がスタッフに案内された部屋には外交大臣がいたわけだが、彼は椅子に腰かけておらず、土下座をして待機していた。


 「えーっと…どういう状況?」

 「は、ははぁーっ!この度はこちらの説明不足のため、『姫君』様の貴重な時間を浪費させてしまいましたこと、誠に申し訳が無く…!」


 確かに必要な説明をしてもらっていなかった気がするが、別に責めているわけでは無いのだ。そんなに怯えて小刻みに震えないでもらいたい。


 「謝罪は受け入れるよ。と言っても、聞くべき事を聞いていなかった私にも責はあるんだ。貴方を責めるつもりはないよ。」

 「は、ははぁーっ!寛大なご対応、ありがとうございます!」

 「それじゃあ、顔を上げて椅子に座ろう。作品の品評に関して、詳しく説明してもらうよ?」

 「しょ、承知いたしました!」


 まぁ、作品の品評を行うのはまだもう少し先になるようだし、じっくりと説明してもらうとしよう。



 結局のところ、作品の品評を行うのは午後2時からだった。

 受付が終了した後、王城のホールに提出された作品を一度陳列させるのだとか。


 つまり、私が懸念した通り、品評はこの場所で行うわけではなかったのである。

 なるほど。コレは流石に通行人から生暖かい視線を向けられるのも頷ける。今後は確認すべき事はしっかりと確認するようにしよう。

 まぁ、そもそもの話、いくら自分にとって喜ばしい提案をされたからと言って浮かれすぎるな、という話なのだが。


 折角なのでこのまま外交大臣と共に王城まで移動する事にした。そうでなくとも私の元に使いを出して王城まで案内するつもりではいたらしい。


 それと、品評にはオスカーも同行しても構わないらしい。勿論、コンテストが開催されるまでは内容を口外しないでもらう事が前提になるわけだが。


 その辺りは騎士と言う事もあり信頼があるのだろう。

 それに、他の審査員も護衛や付き人を同行者として連れて来ているらしい。

 そう、私以外の審査員は既に王城で待機しているのだとか。


 それならば予め教えて欲しかったと伝えたら、凄まじい勢いで再び土下座されてしまった。


 軽く謝ってくれればそれでいいのだが、外交大臣の怯えようを見る限り、私は相当に恐れられているようだ。私は滅多な事では怒るつもりはないんだがな…。


 それとも、私が魔大陸の中でも大国とされているティゼム王国やファングダムからその身分を保証されているからこそ、この態度なのだろうか?

 私の不興を買う事は、あの2国からの不興を買う事だとでも?


 クレスレイもレオナルドも、この程度の事で騒ぎを起こすような男じゃない。

 もし彼等がそんな器の小さい男だったのならば、私が転移で彼等の元に出向いて文句を言ってやるところだ。


 転移の事はともかく、もしもこの程度の事で彼等が動くようなら私が2人に苦言を是すると伝えたら、何故か余計に怯えられてしまった。


 「ノア様。大国の国王に容易に苦言を是する事ができる時点で十分すぎるほどに畏怖すべき内容です」

 「む…。まぁ、それもそうか。とにかく、安心して良いよ。私は親しい者が傷付けられたりしない限りは滅多な事では怒らないし、話をしてみて受けた印象として、クレスレイもレオナルドも器の大きい国王だ。貴方が恐れているような事は起きないよ。安心して」

 「は、はい…」


 大丈夫なのだろうか?外交大臣は心労で胃を痛めていそうな表情をしている。どうやら私と関わるだけでストレスが溜まるようだ。

 彼の精神衛生を健全な状態に保つためにも、責任者だからと言って何でも彼に聞くのは控えておくことにしよう。



 王城のホールに作品が陳列されるまでは、客室で歓待を受けながら待機だ。

 招待された審査員達もそれは同じで、彼等は昼食もこの場で取ったらしい。


 少々羨ましくもあるが、品評を行うのは今日だけではない。明日以降は昼の時間に王城に行けばいいだけの事だ。


 審査員達の中にはそのまま客室で宿泊している者達もいるという。

 王城というだけあって客室の設備も豪華で上質なものとなっている。こういった待遇を受けたくて審査員になりたい者もいるのだろうな。


 まぁ、私は既に宿の宿泊手続きをしているし、宿の契約が切れれば、その後は折角誘われているのだからジョゼットの屋敷で世話になろうと思っている。王城で宿泊する事は無いだろう。


 その辺りは自由にさせてくれている辺り、審査員達はアクレインからかなり信頼を得ている、と言う事だろう。

 その信頼を無下にしないためにも、私も品評した作品を口外しないよう、外での振る舞いには気を付けるとしよう。



 適当に『収納』空間に保存しておいた菓子を摘まみながら紅茶を飲み、図書館で複製した本を読んで時間を潰していると、遂に待ちに待った時が来た。


 客室の扉がノックされた後、ホールに作品が陳列されたと報告が来たのだ。


 「ようやく世界中の美術品をこの目で見る事ができるんだね。待っていたよ。」

 「『姫君』様におかれましては、説明が足りず大変お待たせしてしまった事、誠に申し訳なく…。」

 「いいよ。確認しなかったこっちにも非はあるだろうからね。それよりも、案内を頼むね?」


 まさか報告に来た使用人からも外交大臣と同じような謝罪をされるとは思わなかったな。

 ひょっとしてアクレイン王国は私に不都合をさせてしまった事を深刻なこととして捉えていたりするのか?


 …時間に余裕があったら、私がそんなに恐ろしい存在じゃないと国王と話をしておこうか。

 まぁ、そうは言っても実際には人間からしたら恐ろしい力は持っているから、あまり効果は無いかもしれないが。


 アークネイトの事もついでだから話しておこう。国王に事情を話せばファングダムで調査を行っているアクレインの人間も帰還する事だろう。


 さて、それはそれとして美術品だ。使用人に案内されてホールまで移動すれば、同じように審査員と思われる人間達が使用人やメイドに案内されてホールまで移動してきている。私以外の審査員は全部で10人いるようだ。


 彼等は私の存在にすぐに気付いたようだ。皆、私を見るとその場で足を止めて硬直してしまってしまった。


 彼等も私が特別審査員になった事は知っている筈なのだが、私の外見は一目見たら硬直してしまうほどのものだとでも言うのだろうか?


 「お認めになりたくないかもしれませんが、現在のノア様の外見は、その、息を吞むほどの美しさだと思います」


 現在の私の服装は、フウカが仕立ててくれたベルベット生地のドレスだ。

 王城と言う事もあり、それなりの格好をした方がいいと思って客室で着替えていたのだが、それが原因で周囲の注目を必要以上に集めてしまったらしい。


 「場所に合わせて服装を変更したの、不味かったかな?」

 「いえ、大変お似合いですので、問題ありません」


 似合うと言ってくれるのは嬉しいが、懸念がある。

 審査員達の意識が私に向いてしまい、正確に作品が評価できなくなるかもしれないという事だ。


 これは自惚れではなく、人間達からの私の外見の評価が極めて美しいと判断しているからだ。

 その証拠に、美術品に目が無いジョゼットが私を生きた芸術品というぐらいだからな。私の予測はそれほど間違っていない気がする。


 中には未だに硬直している審査員までいるぐらいだ。やはり服装を平凡なものにしていた方がよかっただろうか?今からでも普段の服装に着替えようか?


 そう思っていたところ、審査員と思われる中年男性が私に語り掛けてきた。

 一番最初に私に気付いた審査員であり、一番最初に硬直が解けた人物でもある。


 「失礼、『黒龍の姫君』、ノア様ですね?こうしてお目見え出来ましたこと、真に光栄に思います。私はこの国アクレインのカーワウン領を治めるマフチス=カーワウン伯爵です。以後、お見知りおきを」


 まさかの伯爵である。つまりは高位貴族だ。しかもカーワウンという名前には見覚えがある。

 アクレインの地図に目を通していた際に見かけた名前だ。私が今回の旅行で是非訪れてみたい町が領地となっていたので、気に留めておいたのだ。


 マフチスに挨拶するついでに、確認をしておこう。


 「初めまして。"上級"冒険者のノアだよ。カーワウンと言えば、レジャーとして小型高速艇を貸し出している、アマーレのある領地だね?」

 「おお!ノア様は我が領地をご存知でしたか!もしや高速艇にご興味が!?」


 随分と興奮しているな。既にマフチスには私の姿にそれほど意識が向いていないように見える。

 私の興味が自分の領地に向いている事が嬉しくて仕方がないようだ。


 「イダルタで小型高速艇の事を知ってね。モーダンでもスーレーン製の物を一度使わせてもらったのだけど、とても楽しかった。まぁ、その時はあまり長時間使用できなかったのだけどね」

 「それはそれはっ!ご安心ください!確かにスーレーンの造船技術は優れていますが、こと小型高速艇であれば我がカーワウンも引けを取りませんぞ!?何せ小型高速艇によるレースを定期的に開催していますからな!皆、勝利を掴むために日々切磋琢磨を続けていますからなぁ!」


 自分の領地の特徴を自慢できて、しかもそれが私に好印象を与えているとあってご機嫌である。


 実際、マフチスの説明に出てきた小型高速艇によるレースにも興味が湧いた。

 レースには参加資格があったりするのだろうか?参加に制限が無いとしたら、私も出場したりできるのだろうか?


 興味が尽きない話だが、それは美術コンテストが終わった後だな。


 周囲を確認すれば私の姿に意識を奪われていた審査員達は、マフチスの声によって正気を取り戻している。

 しかもいち早く私に話しかけた事で、他の審査員達に彼に対して対抗心まで植えつけさせたようだ。


 どうやら彼に助けられたようだな。

 マフチスの言葉に嘘は無いし、私が彼の領土に興味を持っている事を嬉しく思っている事も本心だろう。

 だが、彼はそれを利用してこの場の停滞してしまった状況を動かした。


 わざと大袈裟な態度と張りのある大きな声で会話をする事で我を忘れてしまった審査員達に活を入れ、更には今後私の姿に気圧されないように彼に対する対抗心という形で、審査員達の気を強く持たせたのだ。


 彼等の対抗心を真っ向から受け止め、それらを全て跳ねのけるだけの自信があるのだろう。大した胆力である。


 有力であり有能な貴族なのだろう。まだマフチスの内面が全てわかったわけではないが、美術コンテストの審査員に選ばれるだけの信頼を得ている人物だと考えれば、多少の贔屓はしてもいい人物なのかもしれない。


 まぁ、気になったならジョゼットにでも聞けばいいだろう。彼女はマフチスよりも地位の高い侯爵だからな。聞けばすぐに答えが返ってくるだろう。



 私の服装が原因でこれから行われる品評に支障が出るかとも思ったが、マフチスのおかげで事なきを得た。

 既に審査員達は私も含めてホールに集まっている。


 外交大臣が陳列された美術品の前に立ち、挨拶を始める。


 「この度美術コンテストの審査員に選ばれました皆様方。大変長らくお待たせいたしました!ここでの長話は無粋でございましょう!早速品評会を始めましょう!どうぞ、世界中から集められた数々の芸術品を皆様の目に収め、公正な評価をお願いいたします!」


 短く挨拶し終えると、外交大臣は足早にその場を去ってしまった。自分の役目はこれで終わりだと言わんばかりだ。


 それでは、一品一品、じっくりと観察させてもらうとしようか!

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