第268話 作品に込められた思い
私は人間と関わろうと決めてから過去に何度もその選択を称賛している。そして今回も同じく自分を称賛したくなった。
人間と関わろうと思って本当に良かった。この場に陳列されている作品のどれもが、私に感動を与えてくれる。
審査員達は凄いな。これだけの作品達に優劣を付けられるのだから。私には出来そうにない。
私はしばらく言葉を失い、只々作品を眺めるだけとなってしまった…。
絵画だけでも現在陳列されている物で10作品ある。
秘境と呼ばれるような場所の絶景を描いた風景画、国で一番と言われる美貌を持った人物を描いた肖像画、何処かの国の国宝と思われる品を正確に描いた静物画、点・線・面・色彩を用いて自分の中にある思いを表現した抽象画、中には冒険小説の一説を参考にその場面を描いた作品もあった。
他にも作品はあるというのに、絵画を見ているだけで時間が無くなってしまいそうになるな。
時間が有限である事がとても惜しい。こうなったら、『
いや、駄目だ。『時間圧縮』をこの場で使用してしまった場合、この場にいる他の人間まで巻き込んでしまう。
私の感覚で心行くまで作品を鑑賞していたら下手をしたら数日が過ぎてしまう。
今日だけならばそれほど影響はないかもしれないが、これが数日続くとなった場合、流石に周りの人間には多少なりとも影響が出てしまうだろう。
『時間圧縮』による鑑賞時間の延長は諦めよう。
品評の方法は事前に伝えられている。ホールに訪れる際に予め渡された、品評のための用紙があるのだ。
用紙には出品された作品の名前が、結構な間隔を開けて書かれている。この空いたスペースに評価すべき内容を記入するのだ。
それに加えて、作品に10段階で得点を付けて欲しいのだとか。
更には記入した用紙は審査員の人数分更に複製されて再度審査員達に配られる。
他の審査員達の評価を見るためだ。そうして全員の評価を確認したところで改めて作品に得点を付けるのだとか。
回りくどい事をするようにも感じるが、他者の評価というものは存外馬鹿に出来るものではない。
まして、この場に呼ばれている者達は皆が皆美術品に関する専門家なのだ。その言葉には耳を貸すだけの価値がある。
そういうわけだから、名残惜しいが絵画以外の作品もしっかりと鑑賞しよう。実を言うと、評価と記入自体はすぐに終わるのだ。
しかし評価し終わったからと言って満足できたわけでは無いからな。出来る事なら長時間眺めていたいのだ。
何か他者に影響を与えずに好きなだけ好きなものを眺めていられるような手段は無いものだろうか?
時間に余裕がある時に考えておこう。今は品評の時間だ。
絵画以外に陳列されている作品は装飾品や彫刻の他にも、精巧な模型もある。
今回私が出品させてもらった作品も模型の分類だ。早速この場所に陳列されていたりする。
「こ、これは…!スーレーンの交易船団か…!?」
「何と言う精密さだ…!これほどまで正確ににあの船を再現できるとは…!」
「船の精密さもさることながら、海面の表現も素晴らしい…!」
「一体、誰がこれほどの作品を…」
私が製作したのは、今私以外が注視している、スーレーンの交易船団がモーダンへと向かっている光景を再現した立体模型だ。
素材は船に関しては容易に購入が可能な木材で制作し、海面の素材は樹脂に近い性質をした錬金樹脂なる素材を購入して使用した。
購入時には液状なのだが、専用の硬化剤を加え攪拌する事で石のように固まるという面白い素材だ。
高さ10㎝、1m×1mの正方形に樹脂を硬化させ、そこから樹脂を削り出し海面の形状を形成していった。
勿論、船が海を進んだ際に発生する航跡波の再現も忘れない。と言うか、船の移動を表現するうえでコレが一番重要だと思っている。
塗装にはレーネリアから貰った魔術具のキャンバスを使わせてもらった。
このキャンバス、非常に便利な事に魔力を調節する事で塗料の質を自在に変化させる事ができるのだ。
それによって同じ色でも艶の有無も選択が可能になった。更に水分の調整まで自在に可能だったので、非常に製作が捗った。
そうして私がイダルタで確認した船団の光景とモーダンで船が到着する光景、そして小型高速艇で海に出た際に確認した海面の様子を参考に海面を移動する船団の光景を形成、塗装したのだ。
見たところ審査員達からの評価は上々らしい。まぁ、褒めているからと言って高得点を得られる、などとは思っていないが。
作品を手掛けるにあたって、私と他の芸術家とでは大きな違いがある。私には彼等と比べて大きく劣っているものがあるのだ。
それは作品に掛ける思いの強さだ。どの作品も、私の作品に比べて非常に強い意思が込められている。
強い意思が込められた作品には、人を惹き付ける力がある。
いくら精密に形を再現したとしても、そういった思いが宿っていなければ一流の作品とは私は思えない。
言ってみれば私の作品は模倣である。
いや、模倣という言葉の意味で言えば模倣では無いのだが、私は自分が見た光景を頭に記憶できるし、それを正確に、それも立体的に出力できてしまうのだ。
私の感覚だと、やはりそれは自分の創作とは考え辛いのである。
勿論、まったく思いを込めずに作品を手掛けたわけではない。
製作中は非常に楽しかったし、可能な限り良い作品を作ろうと思いながら制作していたとも。
だが、それでは足りないのだ。
一流と呼ばれる芸術家達が手掛けた作品と並ぶほどの思いには、私の作品はまるで足りていない。
私の作品に感心していた審査員達も、その事に気が付いている者が何人かいるようだな。
「ふぅむ…。不思議な作品ですな…。確かに凄まじく精巧な作品である事は間違い無いのですが…。この作品には、他の作品に比べて何か物足りなさがある…」
「これだけの作品にですか…!?」
「詳しく教えていただきたいですな。私の目には、少なくともここに並べられた作品の中では最も優れた作品に思えますが?」
人間達は、皆が皆物に込められた意思を感じ取れるわけではないらしい。私の作品がこの中で最も優れているという意見が出る辺り、それは間違いない。
そして意思を感じ取れる者も正確に感じ取れるわけではないようだ。
強い意思を込められた作品に惹かれはするが、その理由がいまいちわかっていないようである。
「どう説明するべきでしょうか…?私は、この作品から他の作品ほどの熱意のようなものを感じ取れないのです…」
「熱意、ですか…?」
「その辺りは、個人の感想なのでは…?」
「いや、その人の言っている事は正しいよ」
「「「!?!?」」」
意思を感じ取れる審査員にあまり同調できていないようなので、彼の言葉を肯定しようと思ったのだが、審査員全員を驚かせてしまったようだ。
私から声を掛けられるとは、誰も思っていなかったらしい。
「ひ、『姫君』様…。一体、どういう事なのですか…?」
「貴方達が称賛しているその作品には、他の作品ほど、強い思いが込められていないのさ」
「思い…?」
ううむ、あまり理解されていないようだ。
どうやら審査員達の大半は、作品を手掛ける過程で培われた制作技術や素材の品質、被写体の最限度などを見て作品を評価しているようだ。
では、例を挙げて分かり易く説明していくとしよう。
「例えばこの肖像画。これは、実在の人物を描いたものだね?」
「は、はぁ…。その作品のモデルとなっているのは、昨年のヒムスケア大陸で開催された美女コンテストで優勝した方となっております」
うん。やはり実在していた人物だったか。国一番どころか大陸一番の美女をモデルにした作品だったとはな。
なるほど。それならばこれだけの思いが込められていても不思議はない。
「ありがとう。さて、説明に戻るけど、この肖像画の作者は、この女性に対して強い憧れの感情を持っている。その想いの強さは崇拝と言っても良い。自らの全身全霊を賭して、この人物の最も輝かしい時の姿を、最も美しい姿を。そんな思いが、この絵画には宿っている」
「お言葉ですが、それはノア様の感想なのでは?」
まぁ、確かに私の感想でもある。しかし、私が言ったような意思が込められている事もまた事実なのだ。
そうだ。この作品を出品した画家はこの街に滞在している筈だ。ならば確認を取るのは容易だろう。
「そうかもしれないね。だけど、私は物に込められた意思を、感情を読み取る事ができてね。後でこの絵の作者に直接聞いてみると良いよ。勿論、さっきの私の話は出さずにね」
「はぁ…。」
外交大臣が使用人を呼んでいるな。肖像画の作者に確認を取ってくるように指示を出している。
なかなかに行動が早いじゃないか。少し見直したよ。
それはそれとして、多くの審査員達はまだ私の意見に納得がいっていないようだ。では、他の作品についても説明していこうじゃないか。
「なら、次はこの陶器だ。これは花瓶、と言う事で良いんだよね?」
「はい。オルディナン大陸の陶芸家が、会心の出来だと言って出品された花瓶でございます」
その説明を聞きながら、『収納』から紙と色鉛筆を取り出し、一枚の静物画を描いて外交大臣に渡す。絵の内容は、今話している花瓶に花を添えたものだ。
「その陶芸家にこの絵を渡してみると良い。彼はこの花瓶を制作する際に、既に自分が理想とする姿が出来上がっていたみたいだよ?ああ、その絵も私が描いたとは伝えないように。」
「す、すぐに確認してまいりますっ!」
絵を渡された外交大臣はすぐさま使用人を呼び、用件を伝えて確認を取らせに向かわせた。作品を提出した人物達の宿泊先などは、全て把握しているのだろう。
「あ、あの、ノア様?」
「陶芸家が、この花瓶に使ってもらいたい花が、私には見えるんだ。明確にね。それほどまでに強い思いを込めて、この花瓶は作られてる」
「……っ!」
「続きといこうか。とは言え、全部を説明していたらとてもではないけど時間が無いから、これで最後にしておこう。」
もうひと作品、どうせならば伝えておきたい作品があるのだ。
私が今説明しているのは、ここに陳列されている作品の中でも、特に強い思いが込められている作品だ。
その中でも、最も強い思いが込められている作品を、まだ紹介していないのだ。
「このブローチ、実に見事なものだろう?多分だけど、貴族が制作者に対してオークションの出品を強く願う事になるんじゃないかな?」
最後に紹介したかったのは、精巧に作られた金細工のブローチだ。
番の鳥が向かい合わせて羽ばたいている形状をしていて、その瞳には一片の曇りなくカッティングされたルビーとサファイアがはめ込まれている。
使用されている宝石は非常に小さいが、このブローチに込められている思いは非常に強い。だからこそ、無自覚に人を惹き付けるのだ。
「え、ええ…。仰る通りです。我々も同じ思いです。これほど見事な作品は滅多に見れるものではないでしょうから…」
「だけど、この作品、オークションへの出品は渋られると思うよ?」
「…理由を、お聞かせ願えますか?」
マフチス伯爵か。どうやら、彼もあのブローチが欲しいようだ。自分の妻、あるいはいるようなら娘にでも送りたいと思ったのだろう。
そうとも。そういった思いがこのブローチには込められているのだ。このブローチを手掛けた者は、このブローチを送りたい相手がいるのだ。
「単純な事さ。出品者はそのブローチを自分の恋人、もしくは妻に渡したいんだよ。このコンテストに出品したのは、自分の名前を売る事に加えて、賞金も目当てだったんじゃないかな?そのブローチは他の誰でもない、彼にとって一番大切な女性のために作った物なんだよ。」
「そ、そんな事まで分かってしまうのですかっ!?」
分かってしまうのだ。それだけ強い思いが込められているからな。
質問に頷きながら、再び『収納』から紙を取り出し、ブローチから見えた一人の女性の姿を描く。ついでだから、このブローチを付けた姿を描いておこう。
描き終わったら、先程と同様に外交大臣に手渡す。
「ブローチの作者に、この絵を渡してくれる?」
「は、ははぁっ!た、直ちにっ!」
再び私から絵を渡される事を予想していたのか、既に絵を渡しに向かわせる使用人を呼んでいたみたいだ。
すぐさま使用人が外交大臣の傍に駆け寄り、私が描いた絵を受け取り移動する。
「さて、今三つの作品について強い思いが込められていると言ったのだけど、本題に戻ろうか。その船団の立体模型、他の作品と比べて、そこまで強い思いが込められていないんだよ。」
「強い思いが込められていない、と言う事は、思いが込められている事は確かなのですね?」
まるで尋問のような聞き方だな。彼等としては、自分が素晴らしいと判断した作品があまり評価されなかった事に不満を抱いているのだろう。
「うん。それは認めよう」
「では、この立体模型にはどのような思いが込められているのですか?」
「その作品は、あの船に乗ってみたいなぁ、だとか、着港した時の迫力は大したものだったなぁ、とか、模型を作るのも楽しいじゃないか、とか、そんな事を想いながら作った作品だよ」
「それを証明する根拠は、何ですか?…ん?作った?『姫君』様。今、作ったと仰られましたか?ま、まさか、この作品は…!」
耳聡いものだな。作られた、ではなく作った、という私の発言を聞き逃さなかったようだ。そして、それ故に彼等が称賛している立体模型を誰が作ったのかを、彼等は理解したらしい。
「そう。その立体模型を作ったのは私だよ。だから、大して思いが込められていないと分かるのさ」
「「「「「な、何ですってぇええーーーっ!?!?」」」」」
凄まじい驚きようだ。あの立体模型、私の作品だとは微塵にも思われていなかったらしい。
確かに用紙に記載された内容には作品名だけで制作者の名前は書かれていなかったが、私がコンテストに作品を出品したのは伝わっていた筈なのだが…。
まぁ、立体物を公の場に公開したのはこれが初めてである。私が出品した作品は絵画だと思われていたとしてもおかしくは無い。
と言うか、そう思われる方が自然か。ならば、彼等の反応も普通の反応、と言う事になるか。
審査員達は立体模型が私の作品だと知ると、先程以上にまじまじと鑑賞するようになってしまった。
構わないけど、その作品は既に評価を終えたんじゃないのかい?彼等は他の作品を評価しなくてもいいのだろうか?
彼等の態度に疑問に思いながら、私もまだ評価し終わっていない作品を鑑賞して20分が経過したところだ。
外交大臣が確認のために使いに出していた使用人達が戻ってきた。
では、答え合わせといこうか。
製作者が作品に込めた思い、この場で確認させてもらうとしよう。
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