第269話 神ならざる者の神の如き振る舞い

 戻ってきた使用人の報告を受けて、外交大臣が驚愕している。そんな外交大臣の様子を見た審査員達も、使用人達がどのような回答を製作者から聞かされたのか、気になるようだ。


 「イーサン外交大臣!せ、制作者達は何と言っていたのですか…!?」

 「本当に、『姫君』様が仰られていた通りだったのですか!?」

 「一体、どのような報告を受けたのですか!?」

 「み、みなさん、落ち着いて、どうかまずは落ち着いてください…!話します、話しますから…!」


 まさか、審査員達がそこまで気になっていたとは思わなかったな。あまりの勢いに外交大臣、イーサンもたじろいでしまっている。

 まずは彼が一番落ち着くべきではないだろうか?


 少しして、イーサンは確認を取りに向かわせた使用人たちに直接説明させる事に決めたようだ。彼等に指示を出して自分の前に立たせた。


 「それじゃあ、まずは絵画の作者の反応を聞かせてもらえる?」

 「は、はいっ!制作者のサルサン氏は、モデルとなった踊り子のビビアン=ニッカが、プロデビューする前からのファンだったそうです。昨年美女コンテストで優勝した時の彼女の姿が目に焼き付いて離れてなかったらしく、その思いが色あせる前に最高の形で残したかったと、意見をいただきました!勿論、ノア様の名前は出しておりません!」


 使用人の報告を聞いて、審査員達が動揺している。

 制作者の発言がほぼ私が先程述べた事と同じだったから、皆驚いているようだ。


 私は使用人達がイーサンに報告していた際の言葉が聞こえていたから、今更使用人たちの言葉で特に何かを思う事はない。


 審査員達が軒並み驚愕している中、更に陶芸家へ確認しに向かった使用人が、私が描いた絵を見せた結果を教えてくれた。


 「花瓶の制作者であるユージ=ハラ氏にノア様の描いた絵を見せたところ、あの絵を描いた者は自分の作品の最大の理解者だと述べていました!まさしく、この絵に描かれていた内容を思い浮かべながら制作していたとの事です!」

 「「「……こ、これはっ!?」」」

 「あ、あの一瞬でこれだけの絵を描き上げてしまったというのか…っ!?」

 「な、何という…っ!これが『黒龍の姫君』か…っ!」


 まぁ、強い思いが込められていた分、添えられた花の姿も明確に見る事ができたからな。これもまた当然だ。


 使用人が私の描いた花を添えられた花瓶の絵を審査員達に見せると、彼等は揃いも揃って驚愕してしまった。

 ただ、審査員達は描いた絵の内容よりも、短時間で絵を描き上げた事に驚いているように見える。


 まぁ、それは良い。最後の一人の報告を聞かせてもらおう。


 と思ったのだが、使用人の様子がどうもおかしい。何やら私に対して非常に申し訳なさそうにしているのだ。


 「何かあったの?」

 「そ、そのぅ…。非常に申し上げにくいのですが…。ブローチの制作者であるホーカー氏が、どうしてもノア様の描き上げた絵を譲ってほしいと、その…懇願されまして…」

 「譲ったの?」

 「は、はい…」


 使用人は非常に申し訳なさそうにしているが、別に問題は無い。

 同じ物を再び描き上げる事など容易だし、それだけ私の描いた絵は、ブローチの制作者であるホーカーとやらの心に響いたのだろう。


 ならば譲るさ。私が作った物で大きな感動を与えられたというのなら、喜んで渡すとも。


 だからそんなに申し訳なさそうな顔をしないでほしい。


 「問題無いよ。むしろ良く譲ってあげたね」

 「その、とても必死でしたので…。それに、彼の事情を聞いた手前、渡さずにはいられませんでした…」


 その言い方は、ホーカーには何か事情がありそうだな。彼の大切な女性に何かあったのだろうか?


 「その事情、説明してもらえる?」

 「は、はい…。その、ノア様が仰ったとおり、彼が手掛けたブローチは、彼の恋人のために作られたものでした。ブローチが完成し、いざコンテストに出品しようとしたところで、恋人が大きな病に侵されている事が分かったのです」


 何ともむごい話だな。それでも作品を出品しに来たという事は、その恋人に自分の事に構わず出品しに行くように言われたのだろうか?


 確認を取ってみたところ、それで合っているようだ。


 「ホーカー氏は病に侵され、残り僅かな命の恋人と時を共に過ごそうとしていたのですが、恋人からコンテストに出場するようにと説得を受け…」

 「恋人は、自分の死期を悟っていたようだね」

 「はい。ホーカー氏の作品は必ず高い評価を得るだろうから、コンテストに出場し、裕福な者の目に彼の作品が目に留まれば、この先も食べて行ける筈だ、と。だから、自分の事は気にせずにコンテストへ出場するようにと…」


 ホーカーは、このコンテストに向かう最中、いや、今もずっと辛い思いをしているんじゃないだろうか?


 「ホーカーの恋人は、今も存命しているの?」

 「ホーカー氏が故郷の村を出るまでは存命していたようですが、今も無事かどうかまでは…。コンテストが終わり、ホーカー氏が故郷に戻る頃には、恐らく持たないと医者から言われておりまして…」


 つまり、ホーカーは恋人の死に目に立ち会う事が出来ないのか。

 辛いだろうな。だとしたら、例えコンテストに出場できなかったとしても、ホーカーは恋人の傍に居たかったはずだ。


 だが、ホーカーの恋人はそれを望まなかった。聞けば、ホーカーは幼いころからずっと彫金師となる事を夢見てきたらしい。

 そんな彼の姿を幼いころから知っていた恋人は、ずっとそばで彼を応援し続けていたのだとか。


 だからこそ、ホーカーに夢を捨てて欲しくなかったのだろう。

 夢が叶うあと一歩のところまで来たというのに、自分が原因で夢を捨てて欲しくなかったのだろう。


 「ホーカー氏は、ブローチを身に付けた恋人の姿は、見る事ができないだろうと思われていました。それ故に、あの絵を見た途端、ホーカー氏は人目もはばからずに泣き崩れてしまい、絵を描いた人物、ノア様に感謝をしておりました」

 「その後、あの絵を譲ってもらえないかと頼まれたんだね?」

 「はい…。勝手な判断をお許しください…」


 誰が責めるものか。さっきも言ったが、むしろ良く譲ってあげたと褒め称えたいほどなのだ。


 しかしそれを言ったところでこの使用人は納得しなさそうだ。それだけの頑固さが彼からは感じ取れる。


 ならばこちらにも考えがある。口で言って駄目なら体で分からせてやればいい。

 使用人の元まで近づき、頭を撫でてやろう。


 「許すも何も、怒っていないし責めるつもりも無いよ。それどころか、貴方の行動は賞賛すべき行為だ」

 「っ!?!?」

 「ノア様っ!?何をっ!?」


 私が使用人の頭を撫で始めた事でこれまで沈黙を保ち続けていたオスカーが悲鳴を上げるように私に問い詰める。


 オリヴィエの時もそうだったが、私に敬意を払ってくれている者は、私が異性と深く接触する事に対して強く反応してしまうようだ。

 確かに異性との接触は頻繁に行うものではないとは言われているが、手で頭に触れることぐらいは容認してもらいたいものだ。


 それはそれとして、やはり私は我儘だと改めて思った。使用人の話を聞いてしまうと、何もしないでいる気にはなれなかったのだ。


 「済まないけど、少し席を外すよ。30分もしない内に戻ると思うから」

 「ノア様!?どちらへ!?」

 「ホーカーに会いに行ってくる」


 そう言い残して私は城のホールを後にする。言葉の通り、私はホーカーのいる場所に向かう事にした。


 場所に関しては問題無い。作品を隅々まで堪能するために、私は『広域ウィディア探知サーチェクション』も併用して作品を鑑賞していたのだ。

 それ故に、使用人達の動きもホーカーの居場所も把握しているのである。流石に使用人達と制作者達の会話までは聞いてはいないが。



 ホーカーの宿泊している宿に訪れ、彼に面会したいと宿の主人に伝えると、血相を変えはしたものの、すぐ彼が宿泊している部屋に案内してもらえた。


 ホーカーの様子はどうかと言えば、彼は私の事を知ってはいたが、何故私がこの場にいるのかは知らないようだ。

 先程まで泣きはらしていたようで、やや目元が赤く腫れている。


 私が直接会いに来たことで、非常に緊張しているようだ。


 「あ、あの…。何故、『姫君』様がこちら、と言うか私に…?」

 「ホーカー、貴方に聞かせてもらいたい事があってね。貴方の故郷の場所を教えてもらいたいんだ」


 『収納』から世界地図を取り出し、ホーカーの目の前で広げる。その光景に驚いているようだし、何故そんな事を聞いて来るかも分からない、と言った様子だ。

 根本的な目的を伝えていないのだから、当然である。


 だが、ホーカーには悪いが、今それを教えるつもりはない。手遅れの可能性もあるし、恩を着せるつもりは無いからな。


 「そ、それを知って、どうなさるおつもりですか…?」

 「悪いけど、それをここで言うつもりはない。貴方の故郷の名前を教えてもらっていいかな?」


 そう言って教えてもらった場所は、何とこの大陸内だった。これならば時間は掛からない。


 ホーカーの故郷の位置を確認したので、龍脈を経由して『幻実影ファンタマイマス』による無色透明な幻を、彼の故郷に出現させる。

 そこで『広域探知』を使用して彼の恋人を確認するのだ。


 良かった。非常に衰弱しているが、まだ存命している。

 いや、彼等からしたら何も良くはないか。もうほとんど意識も残っていないような状態だ。

 彼女の周囲には、彼女の肉親らしき者達が囲んでいるようで、その死をとても惜しまれている事が良く分かる。


 だが、生きているのであれば、死んでいないのであれば、回復させるのは私ならば容易い事だ。


 ホーカーの恋人の元まで移動して、彼女の治療を行おう。


 「キーコ!?ど、どうなっているの!?」

 「か、顔色が…!さっきまで土気色だった姉さんの顔色が…!」


 瞬く間に顔色が良くなっていく事に、ホーカーの恋人、キーコを見守っていた者達が気付くと、驚愕の声を上げ始めた。


 「かあ…さん…?」

 「ああっ!!キーコ…!意識が…っ!」

 「おなか…すいた…」

 「ええ!ええ!待っていて!すぐにスープを用意するわ!貴方達も手伝って!」

 「お、おう!」


 これまで病によって碌に食べ物を口にしていなかったのだろう。空腹を感じるのは当然の事だ。胃に優しいものを食べさせてもらうと良い。


 病は完全に取り除いたし、体力も少しではあるが回復させた。

 勿論、健全な状態まで完全回復させる事も可能だが、流石にそこまでしてやる義理は無い。

 助けるのであれば最後まで責任を持って回復させろ、と言われてしまうかもしれないが、これ以上の干渉は無粋だと感じたのだ。


 傲慢だとは思うが、キーコの病を取り除いたのは私の我儘であり、私を深く感動させるだけの作品を作ってくれたホーカーへの報酬だ。

 彼には是非とも幸せになって、これからも名作を作り続けて欲しいと思ったからこそ、キーコを回復させたのだ。


 これ以上私がここにいる意味も無い。幻を解除してしまおう。


 「にじいろのめがみさま…ありがとう…ございます…」


 …感謝の言葉は素直に受け取るから、女神と呼ぶのは止めてくれ。最近、女神という言葉に不信感を抱かずにはいられないんだ。



 幻を解除した後はホーカーに希望は捨てないようにと伝えた後に宿を離れて城に戻ることにした。

 ホーカーの故郷が魔大陸内だったおかげで、城から一度出てホールに戻って来るまでに、15分も掛かっていない。


 予想よりも早い帰りに、オスカーは少し安堵した表情を見せている。


 「お帰りなさいませ。それで、ホーカー氏にはどういったご用件が?」

 「なに、彼の故郷を聞かせてもらって、少し助言をしたぐらいだよ」

 「はぁ…」


 やはりこれだけの説明ではあまり納得はしてくれないか。その程度の事ならば何も今ホーカーの元へ向かう必要が無いだろうからな。


 今回の我儘が許されたのは、偏に私が世界中で一国の、それも大国の姫と同列に扱われている事が理由だろう。

 今の私の立場を確立させてくれたクレスレイとレオナルドには、感謝しておかないとな。


 最初は有難迷惑に思っていた私の扱いだが、こういった時にある程度自由が利くのは、非常に助かる。

 おかげで失わせたくないと思った命を一つ助ける事ができた。


 おそらくは世界中にキーコのように、病に苦しめられて今にも息絶えようとしている人間達が大勢いるのだろう。


 だが、彼等には悪いが、そういった者達を全て救うつもりは、私には無い。


 そんな事をしていたら私は間違いなく人間達から都合の良い神として扱われてしまうだろうし、何より私の自由な時間が無くなってしまうからだ。

 私が人間を救うのは、あくまでも私の勝手な我儘だ。理由も無く無償で助けるつもりはないのだ。


 さて、人間達に対する考えは、この辺りで一旦切ろう。


 気を取り直して陳列されている作品を堪能するとしようか!

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