第270話 積み重ねてきた経験と誇り
気持ちを新たに、改めて陳列されている美術品を一通り眺める。
…やはり、ここに陳列されている品はどれもこれも実にいいものだ。
私は、これらの作品に10段階で得点を付けなければならないわけだが、無理だ。評価をするのは良い。だが優劣を付ける事など出来はしない。文句無しで全ての作品に10点を記入させてもらった。
無論、私の作品も含めてだ。
決して大した思いを込めて作った物ではないが、それでも私なりにあの作品は良いものを作ろうと思って作った作品だ。そして私はその出来栄えに満足している。
ならば10点の評価で問題無いと思っているのだ。だから、私の品評用紙に記入されている美術品の評価は全ての作品が漏れなく10点である。
これは私の評価であって、他の審査員達の評価ではない。他の審査員達はちゃんとこれまで目にしてきた美術品とここに陳列されている作品とを比較したうえで自分なりの価値観に従い評価を付けている。
それ故に、彼等の品評用紙に記載されている得点は私と違ってバラバラである。
ただ、私が先程彼等に余計な事を喋ってしまったせいで、評価の基準が変わりつつあるようだ。
作品に込められた思い。彼等は今、それを読み取ろうと必死になっているように見える。
私の言葉に耳を傾けてくれた事、それ自体は嬉しく思うが、それだけで今まで彼等が培ってきたものをないがしろにするのはどうかと思う。
ここは一つ、私の意見を伝えさせてもらおう。
元より、責任者の外交大臣には伝えるつもりだったのだ。
「皆、ちょっと聞いてもらっていいかな?」
「は、ははぁっ!」
「わ、我々は何か、『姫君』様の不興を買うような狼藉を働いてしまったのでしょうか…?」
そんなに怯えないでほしいんだが…。やはり人間にとって強大な力を持つ存在と言うのは、それだけで恐怖の対象なのだらおうな。
本当に、私が自分の正体を人間達に公表したらどういった扱いを受ける事になってしまうのか、今から気が滅入るな。
「特に不興は買っていないから安心して。ただ、貴方達に一つ伝えておきたい事があってね」
「伝えたい事、ですか…?」
「私は今回出品された作品にはおそらく全て10点を付けるよ」
「「「っ!?」」」
真面目に作品を評価していたように見えていたから、全て最高得点を与えるとは思われていなかったらしい。
いや、勿論私は真面目に作品を評価していたわけだが、全て10点では適当に評価しているように思われても仕方が無いのだ。
「別に適当に採点しているわけじゃないんだ。ただ、私にはどれも素晴らしい作品にしか見えなくてね」
「それは…まぁ…由緒あるコンテストですから、今更適当な作品を出品するものはいませんので…」
「しかし、その素晴らしい作品の中から特に素晴らしいものを見つけるのが我等の役目でして…。その…『姫君』様のその判断は…」
分かっているとも。審査員としては相応しくないだろうな。
正直、私の評価は一般的な客人達と変わらない気さえしてしまう。私は美術品に対して強い関心を抱いてはいる。
だが、だからと言って専門家達と肩を並べて評価ができるほどの量、作品を目にしてきたわけでは無いのだ。
「新聞で知ってると思うけど、私は美術品というものが好きだ。一つの作品に対して数時間掛けて鑑賞する事も苦痛とは思わない。だからこそ、それだけ美術品が好きだと知れ渡っているからこそ、こうして特別審査員の誘いも来たわけだ」
「は、はい…。ノア様は美術コンテストを大変楽しみにしておられたとの報告を受けましたので…。少しでも早く作品に目を通す事ができる審査員に抜擢されれば、大層お喜びになられると判断して、提案させていただきました…」
私の言葉にイーサンが頷く。その判断に関してはスタッフ一同満場一致で賛成していたようだし、ここにいる審査員達も文句は無かったようだ。
改めて私に特別審査員の話を持ち込んでくれた事に礼を述べておこう。
「ありがとう。おかげで私はとても充実した気分だよ。さて、それはとても嬉しいのだけど、私が美術品を直接目にしたのは、つい最近の事なんだ。目にした数も、貴方達と比べたら比較にならないほど少ない」
それ自体は彼等も承知している筈だ。私の事は世間知らずな姫として伝わっているだろうからな。
審査員達も私の言葉を否定する様子は無い。
「だけど、貴方達は違う。貴方達は専門家と呼ばれるだけの実績がある。一般の人間よりも遥かに多くの作品を目にしてきた筈だ。違うかい?」
「仰る通りです。我々は、いえ、今回審査員に選ばれなかった美術に関わる鑑定士達も、自分達が鑑賞し、鑑定した作品の数、そしてそれに基づく経験を誇りに思っております」
いい答えだ。ここにいる審査員達の誰もが、その目、その顔に、熱意や誇りを持って私を見つめている。
「こと美術品の評価に関して、貴方達は人間の代表とも言える立場だ。どうか、そんな貴方達と、経験の少ない私を同列に扱わないでもらいたい。技術や知識はすぐに取り込む事ができたとしても、経験ばかりはどうにもならないんだ」
「ノア様…」
「私が何を言いたいかと言うとだね、審査員の一人として作品をそれぞれ評価させてもらいはしたけれど、所詮は素人の意見だ。どうか、私の意見を見ても、自分達の判断を、基準を安易に変えないでほしい」
私が言いたいのは、そういう事だ。ないとは思いたいが、私の評価に影響されて自分の付けた評価を覆してもらいたくなかったのだ。
「私はむしろ、貴方達の評価を読むのを楽しみにしているんだ。それによって、作品をどう見るのかを参考にさせてもらえるだろうからね」
「ひ…『姫君』様が…我等をお頼りに…?」
「おお…!何と言う事だ…!」
「これほど名誉な事が、他にあるだろうか…!?」
うん?何やら審査員達が歓喜の感情を露わにして打ち震え始めているな?
私に頼られた事に喜びを感じているようだが、それほどまでに嬉しい事なのか?
そんな風に考えていたら、審査員達が私の前に一列に整列した後、一斉に片膝をついて頭を下げだしたのだ。
そして列の中心にいたマフチスが、私に告げる。
「『姫君』様の思い、しかと受け止めました。我等一同、己の経験、誇りに従い、心のままに作品を評価し、少しでもノア様の参考になるよう、勤めさせていただきます…!」
「…ありがとう…。貴方達の評価、参考にさせてもらうよ」
「「「「「ははぁーっ!」」」」」
気持ちはとても嬉しいのだが、少し大げさすぎやしないか?
ああいや、待てよ?こういうのは参考にすべき事例が他にもある筈だ。ちょっと考えてみよう。
確か小説にも似たようなシーンがあった筈だ。確か、とある家臣が自分が仕えている主人から期待されていた時に、自分が主の役に立てる事に喜びを感じて打ち震えていたんだったか。
役に立てる喜び、か…。そういえば、レイブランとヤタールも、私の役に立ちたいと言っていたし、実際に役に立ってくれてその事で礼を言ったらとても喜んでくれていたな。
つまり、そういう事なのか。
審査員達は私の配下というわけではないが、それでも私の役に立てると言う事に強い喜びを感じているのは間違いないようだ。
ならばその思い、ありがたく利用させてもらおう。今まで以上に彼等は真剣に品評を行い、事細かに作品の評価を品評用紙に記載してくれるだろう。
後程、存分に彼等の意見を参考にさせてもらい、改めて作品を評価させてもらうとしよう。
そうして一日目の品評会が終了し、夕食を終えた後、私とオスカーはいつものように冒険者ギルドの訓練場に訪れている。
なお、夕食は宿泊している宿で取らせてもらった。
城の食事も興味が無いワケでは無かったのだが、やはり宿に勤めている者達の喜んでいる顔を見てしまうと、残念な気持ちにさせたくないのだ。
しかしどうしたものだろうか?宿の宿泊期間を過ぎたら今度はジョゼットの屋敷に世話になるだろうし、その時には当然食事も出してもらえるのだろう。
城の食事にも興味があるが、侯爵であるジョゼットの屋敷で提供される食事にも興味がある。
きっとどちらも滅多に口にできる料理ではない筈だ。意地汚いかもしれないが、どちらの料理も口にしてみたいと思っている。
…本当に意地汚いが、ジョゼットに頼んで、食事を確保してもらおうか?流石に断られてしまうだろうか?
いや、待てよ?城での食事は何も全員で集まって取るわけではなく、客室に運ばれてくるのだ。
それならば運ばれてきた料理を『収納』に仕舞い、ジョゼットの屋敷で提供された食事と共に食べてしまえばいいのでは…!?
それだ!
我ながらよく思いついた!これでどちらの料理も余すことなく堪能できる!
悩みが解決できたことでとてもスッキリした気分だ。
これで心置きなく仕事に専念できる。
なにせ今の私には冒険者達の稽古以外にも仕事があるのだ。
10人の審査員達が下した今日の品評会での評価を確認し、それを参考に自分の評価を再考するのだ。
その間、私と模擬戦を行う事になっていた者達には申し訳ないが、模擬戦は尻尾だけで対応させてもらった。
人間達の前で尻尾を伸ばすつもりはないが、尻尾カバーから魔力棒を発生させて彼等に背を向けて尻尾を振れば、腕で魔力棒を振るうよりも遥かに広い攻撃範囲を確保できる。
勿論、予め説明して了承を取っている。彼等も私が美術コンテストの特別審査員になった事は知っているからな。
今回の対応を快く受け入れてくれた。
と言うか、彼等は一度私の尻尾の動きを見てみたかったらしい。
新聞には、私の尻尾の動きが手足よりも変幻自在に動く事まで記載されていた事があるのだ。
まぁ、グリューナとの親善試合が原因なわけだが、宝騎士の全力すらあしらってしまった動きに、興味があった、と言う事なのだろう。
何にせよ、不満を持たれていないようで良かった。
稽古が終わった際には、なんと品評会が終わった後も、尻尾で模擬戦を行ってほしいと頼まれてしまった。オスカーまでもがだ。
彼等にとっては普通に模擬戦を行うよりもずっと参考になるらしい。
オスカーはともかくとして、私と模擬戦を行うのは、高ランクの冒険者なのだ。
そうなってくると、彼等が戦う相手は人間ではなく魔物である。
人間の動きよりも、魔物に近い尻尾の動きの方が、冒険者としては参考になるらしい。
そして、それはオスカーも同じだったようだ。
大抵の国の騎士の務めの一つとして、冒険者だけでは討伐が困難な、強力な魔物の討伐がある。
そういった魔物との戦闘を想定した訓練として、私の尻尾は最適なのだそうだ。
勿論、尻尾の動きだけが魔物の動きというわけではないが、強力な魔物には大抵尻尾がついているものなのだとか。
まぁ、実際私も
そんなわけで、今後は私と模擬戦を行う場合は腕ではなく、尻尾で対応する事となった。
午前午後で美術品の品評を行い、夜になったら冒険者に稽古を付けながら、審査員達の評価を参考に私が付けた評価の再考。
そんな生活を繰り返し、あっという間に10日目になってしまった。
品評会もこれで最後だ。今日はどのような作品を見れるだろうか?
しかし、楽しみにしていた私の気持ちとは裏腹に、ホールに置かれている作品はたったの一つである。
しかも、その作品は私が知っている作品だ。私が運搬したのだから当然だな。
イーサンが布をかぶせられた作品の前に立ち、挨拶を始める。
「審査員の皆様方。大変長らくお待たせいたしました。本日評価していただく作品はただ一つ!"神筆"の異名を持つ、エミール氏の渾身の作品です!」
「「「おお…!」」」
「つ、遂に、かの巨匠エミールが文句なしに最高傑作と自負した作品が…!」
「この時を…この時を待っていたのだ…!」
「イーサン殿!」
今日私達が評価する作品は、イーサンの言う通り一点のみ。
イダルタに住まう、巨匠と呼ばれるほどの知名度と技術を持った画家。エミールの作品だ。
つまり、私の肖像画である。
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